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第22話 「ガーネットの力」

「えっと……あの人は、いったい?」


 夕食後、ガーネットはウインザーに連れられてとある部屋にやってきた。

 そこには一脚の椅子があり、誰かが座らせられている。

 金色の巻き毛に、こげ茶のベレー帽をかぶったやせぎすの青年だった。


 とまどうガーネットに、執事のウインザーが説明する。


「あの者は例の『目の病』にかかっています。貴女には、自分が誰かということは伏せたままで、彼を治療してもらいたいのです」

「ええっ? そんな……わたし、自信がありません。前の村ではそういう風に誰かを治したこともないですし……。せいぜい元気にさせるくらいで」


 ガーネットがためらっていると、ウインザーは微笑を浮かべた。


「ものは試しと、やってみるだけです。治すことができればそれが一番良いですが……できなくても別に構いません」

「そ、そうですか……?」

「ええ。ですから、遠慮なく色々やってみてください。直接触れてみるとか……『治療』していると貴女が思うような行動をとってみてください」

「は、はい……」


 ガーネットは意を決して、おずおずと青年の前に進み出た。


「えっと、はじめまして。わたしは……あ、いけない。名乗っちゃいけなかったんだわ」

「はじめまして『先生』。僕は、しながい画家です」

「画家?」

「ええ。『だった』というのが正しいですか。昨日から、ついに完全に見えなくなってしまいましてね……もはやキャンバスに向かうこともできません。治してもらえるなら……ぜひやってください」

「ええと……わたしにできるかどうかはわからないけれど……でも、やってみるわね」


 そうして、ガーネットは青年の目のあたりを、まぶたの上から触ってみた。

 こうして誰かを治そうと試みたことは一度もない。けれど、どうにか治ってほしいという願いを込めて、撫でさする。


「……どう? 何か変化はあった?」


 しばらくして手を離すと、青年は目を開けた。


「相変わらず……見えませんね」

「そう……。ごめんなさい。やっぱりわたしでは……無理みたいね」


 ガーネットは深くため息を吐く。しかし、青年は思わぬことを言った。


「でも……心なしか痛みが引いたような気がします」

「えっ、ほ、本当?」

「はい。失明してから……じくじくと痛み出してきてたんですが……今はもうほとんど気になりません」

「そう、それは……良かったわ」

「先生は不思議な人ですね。ただ手で触られただけなのに、どうして……それに声からしてとてもお若いようだ。貴女はいったい……」


 ガーネットはどう説明したものかと、助けを求めるようにウインザーを見た。

 ウインザーは一歩前に出て、青年に話しかける。


「ジャスパーさん、お疲れ様でした。もう結構ですよ。万が一、快方に向かうことがあれば……また経過をお報せに来てください。我々はいつでも貴方を受け入れます。しかし……先ほども言ったことですが、ここでのことは他言無用です。いいですね?」

「は、はい。ありがとう……ございました。痛みが無くなっただけでも、かなり救われました」


 やや高圧的なウインザーの物言いに、青年はうやうやしく頭を下げる。


「帰りは使用人に送り届けさせます。あ、診療代も要りませんので、ご安心ください」

「そうですか、恩に着ます」

「あくまで、新しい診療方法の臨床試験ですので……。ご協力、感謝いたします。ああ、そうそう……」


 頃合いを見計らってメイドの一人が部屋に入ってきたが、青年を連れて行こうとしたところでウインザーが呼び止める。


「ひとつ、訊いておくのを忘れておりました」

「はい……なんでしょう?」

「目が見えなくなり始める前、なにか変ったことはありませんでしたか?」

「変わったこと?」

「ええ。誰かに何かをされたとか、変なものを食べたとか、どこかで妙な物を触ったとか……」

「それは……僕の目が見えなくなったことと何か関係があるんですか?」

「そうですね。旦那様はこの病が広まった原因をお探しです。思い出せる範囲で構いません。何かお心当りはありませんか?」


 青年はしばらく考え込むと、ハッと顔をあげた。


「そういえば……いつも川べりで絵を描いていたんですが……妙な人物に会いました」

「妙な人物、ですか?」

「はい。黒いつば広帽子に、長い外套を着ていて……僕の絵を見て褒めてくれたんです。その人の笑顔が、妙に気持ち悪くって……あんな人、この街ではあんまり見たことなかったですし、今思えばあの人と会ってから目が悪くなっていったような……」

「そうですか。ありがとうございます」


 ウインザーが礼を言うと、青年はメイドとともに部屋から出ていった。

 入れ替わるように、違う扉からサンダロス伯爵が出てくる。


「なるほど。やはりその人物が関係しているようだな」

「はい、旦那様……」


 まるで今までの会話をすべて聞いていたかのような言い方だった。ガーネットはそんな伯爵を警戒して、一歩後ずさる。


「ふふっ、そう怯えずとも良い。しかし……驚いた。視力を取り戻すまではいかなかったが、腐敗までは止められたとは」

「ちゃんと治せたか……わかりません。わたしのそばから離れたら……また、悪くなってしまうかもしれないですし」

「よい。ひとまずはお前の能力が嘘ではなかったと、わかればいいのだ。それよりウインザー、その黒衣の女……この街にいるとしたら即刻探し出さねばならんな」

「はい」


 伯爵の言葉にウインザーが深く頭を下げる。


「街の警ら隊に手配書を作成させます。他の者の証言も出ていますし……まずその女が原因かと」

「いったい、どんな手を使っているのだ? 黒づくめの女とは……まるでおとぎ話に出てくる魔女のようではないか」

「旦那様。この街に、呪いでもかけられていると、そうおっしゃられているのですか?」

「ふっ、そうは思いたくはないがな。引き続き、調査と対応を頼む。さて、お前ももう下がって良いぞ、ガーネット。またこのような『治験』をしてもらうことがあるかもしれんが……できるか?」


 冷たい目で見下ろされて、ガーネットはごくりと唾を飲み込んだ。


「ええ……わたしが、少しでも困っている人を救えるなら。神様も、きっとご覧になっているでしょうし……」

「神、か」

「わたしは、できることをするだけです。サンダロス伯爵、あなたもそう……なんでしょう?」

「…………」


 サンダロス伯爵は特に何も答えずに、ウインザーとともに部屋を出て行った。

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