第21話 「レイリー商団への依頼」
夕時の酒場は、多くの人でごった返していた。
うまそうな肉の焼ける匂い。アルコールを浴びるようにして飲む男たち。丸いテーブルが十ばかり並ぶ席の間を、ジョッキをいくつも引っさげたウエイトレスが縫うようにして進んでいく。
レイリー商団の長は、そのような光景を眺めながら目の前の「密使」に視線を戻した。
「で? 俺にいったい何の用だ?」
ニヤリと笑ってみせると、密使は周りを気にしながら、一通の文を差し出してくる。
レイリーは黒い外套から手を出してそれを受け取った。
「ふむ……。これは驚いた。王都の上級貴族、ネザー……」
「声を、お控えください……!」
思わず差出人の口にしかけると、密使はすかさずきつく注意をしてくる。顔をこちらに寄せて、レイリーにだけ聞こえるように話しはじめた。
「これは……極秘のお願いです! そちらに書いてある通り、例の少女を手に入れるためには、あなた方の協力が必要……」
「悪いが他を当たってくれ。俺たちはすでに、別の所から依頼を受けているんでな」
「なっ!」
レイリーが分厚いステーキを食みながら断ると、密使は絶望しきったような表情になる。
「わ、わたしは旦那様から、この依頼の全権を与えられているのです。もしこれが失敗したら、わたしは……」
「そんなの知ったことか。いいか、これは早い者勝ちのレースなんだよ。あんたんとこのご主人様はそれがちいっとばかし遅かった。他のとこなら……やってくれるかもしれねえ。あとはお前の方でどうにかしろ」
「ま、待ってください!」
食事を終えたレイリーが手紙を突き返す。席を立つと、密使はあわててレイリーに追いすがった。
「お、お願いします! どうか、うちの仕事を頼まれたってことにしてください。代金に、い、糸目はつけませんから!」
「そうは言ってもなあ、こっちはそこに書いてある以上の金をもらえることになってるんだ」
「で、でしたら! そちらの額よりも多く……払います。それならば、やっていただけますか!」
「うーん……」
「お願いします! すぐに旦那様に、確認をとりますから!」
少しだけ迷っていたレイリーは、その言葉にすっぱり言い放った。
「悪いが、そんな猶予は無え」
「えっ?」
「そっちのご主人様は知らねえだろうが……もうタイムリミットは迫ってきてるんだよ。教会が出張ってくるんでな。それじゃあ、遅い」
「……きょ、教会?」
「ほんとに何も知らねえのか。まあ、とにかく縁がなかったってことで。悪いな」
レイリーは密使の男を振り切ると、代金を払って店を出た。
ここ最近、この手の仕事がひっきりなしに舞い込んでいる。
人身売買は他の所でもやっているが、やはり『実績』があると、ひと味もふた味も違うようだ。レイリー商団の噂は、すでに裏の界隈で広く知れ渡っていた。
それでも警察の手が伸びないのは、王都の貴族連中がいくらかこの商団の恩恵にあずかっているからだろう。
「ははっ。まったく、あんな年端もいかない娘を、皆いったいどうしたいっていうのかねえ」
懐から煙草を取り出すと、火をつけながらレイリーは歩き出す。
宝石加護の人間がこの世に現れる度に、こういった取り合いの争いが水面下で行われてきた。
誰がいち早くその人間を手中にするか。
その一心で、過去には血が流れる戦もあったという。
教会が管理するようになってからそういったことは抑えられてきたが、レイリーも、そのまた上の世代も、多くの者がこの争奪戦に乗っかり、そのうまみを享受してきた。
いつの世も、神は等しく恵みをお与えには「ならない」。
仕事をする上で、レイリーは誰よりもそれを深く理解している。
「さあて、二日後までには決行しなけりゃな。とりあえず、明日の昼までにいろいろ下見しとかねえと」
レイリーは口から煙を吐きながら、どのように盗むかを考え始めた。




