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第19話 「黒猫の葛藤」

 塀の上に跳び乗ると、黒猫は周囲をぐるりと見回す。


 素晴らしく晴れた空。

 その下に広がる、赤い屋根が連なる街並み。

 堀の水面は穏やかな風に吹かれ、ゆらゆらと揺れている。


 屋敷の南側の跳ね橋の上を、一台の馬車が渡っていった。

 幌馬車ではない。黒塗りの屋根つきの馬車である。屋敷の誰かが乗っているのだろうか。それを見送ると、黒猫は屋敷の西側に降りた。

 

 例によって崩れた石垣の上をぴょんぴょんと跳び越え、対岸に着く。土手を登っていると、妙な人間がその上にいるのを見つけた。


 ――――なんだ? 変わった格好のやつだな。


 背の高い男だった。真っ黒な長衣に、黄金の鎖を首からぶら下げている。その先には太陽のような形のモチーフが付いていた。

 男はじっと物憂げな表情で屋敷の方向を見つめている。


「ダニエル神父! ダニエル神父~!」


 そのとき、大きな声で名を呼ぶ者が走ってきた。

 黒猫はすばやく草陰に身をひそめる。

 白い頭巾をかぶった修道女だった。ファンネーデルは、この人間はどこかで見た顔だと思った。たしかに何度か街で見かけている。修道女は堀の岸辺に立っているその男に駆け寄ると、一通の手紙を差し出した。


「お、王都の教会から、で、伝書鳥が来ました。どうぞ!」

「わざわざ持って来てくれたんですか。ありがとうございます、メアリーさん」


 ダニエル神父と呼ばれた男は、その場で手紙を読み始める。


「なるほど……早くても二日後、ですか……。ずいぶんと遅いですね」


 男はその内容にあまり満足できなかったようで、眉根を寄せている。


「あの、ダニエル神父。それって例の件……ですよね? 問い合わせしてたんですか?」

「ええ。しかし……準備に時間がかかるということで、本部の応援は二日後になるんだそうです」

「何で……そんなにかかるんですかね?」

「おそらく、貴族対策のあれこれがあるんでしょう」

「あれこれ?」


 神父の言葉に、修道女は首をかしげてみせる。


「ええ。仮にも相手はサンダロスの街を治める領主ですからね。そこを押さえるために、彼よりも上の貴族や、王の許可が必要になってくるんですよ。教会お決まりの『手続き』です」

「なるほど……。じゃあ、それ待ちですね」

「ええ。今はその間に、地道に情報を収集していくしかありません」

「それで、何かわかりましたか?」

「それが……」


 神父はもう一度屋敷を見上げたが、首を左右に振った。


「サッパリです。ここからじゃ、中が見えませんしね。当然といえば当然ですが……ガーネットという少女がいるかどうかも、全然わかりません」

「はあ、ダメじゃないですか……」

 

 修道女がガックリと肩を落とす。

 ファンネーデルはガーネットという名前が出てきたので、耳をぴんと立てた。


 ――――なんで。なんでこいつらは……あいつがこの屋敷にいるかどうかを探って……いや、「知って」いるんだ? 


 不穏なものを感じた黒猫は、さらに耳をそばだてる。


「近くまで来てみたら、何かわかるかと思ったんですけどねえ、甘かったようです。やっぱり教会で、また密告者が来るのを待ちましょうか」

「ええ、それがいいですよ。伯爵様だって、きっと厳重に隠そうとしてるはずですし……こんなところで見ててもわかるわけないです。さ、帰りましょう。朝のミサの時間です」


 修道女はそう言うと、神父とともに街の方へと戻っていった。


 ――――密告者?


 ファンネーデルは今聞いた言葉を、頭の中で復唱する。

 密告者。密告者。

 誰かが、ガーネットがこの屋敷にいることを、あいつらに教えたということだろうか。そうであれば、いったい誰がそんなことをしたのか。まったくわからない。だが、少なくともこれで、あの少女はこの屋敷から出られるようになるはずだ。


 元の村へと帰れるかもしれない。

 それを知ったら、あの少女はいったいどれだけ喜ぶことだろう。

 ふとそんなことを思って、ファンネーデルは首を振った。


 ――――いや、別にボクにはもともと関係ないことだろ。あいつがどうなったってボクは……あれ?


 胸の中のざわざわが少しだけ大きくなって、黒猫はハッとした。ちらりと自分の胸元を見下ろしてみる。


 ――――な、なんなんだよ? ほんと、ボクどっかおかしくなっちゃったのかな。


 さっきも、食べ物をあげられなくなると告げられたのに「それでも来てやる」なんて口走ってしまった。食べ物がもらえるから行っていたのに。それが無くなったらもう行く意味はないはずだ。なのになぜ、あんなことを言ってしまったのか。


 ――――なんにも、いいことないのにな。人間と話をするのだって、そもそもすごく変なことだし……あいつ以外の人間に乱暴されたり、危険だってあるはずなのに。なんで……。


 あの娘に会いに行きたくなるのか。

 黒猫はそう考えそうになって、強く首を振った。


 ――――違う、違う! ボクは、一時的に一緒にいただけだ。すぐに……また……あいつだって母さんみたいに、いなくなるんだから!


 そう、深入りしちゃだめだ。

 ファンネーデルはもう一度屋敷の方を眺めると、何かを振り切るようにして駆け出した。

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