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第1話 「港町サンダロスへ」

 山道を転がるようにしてほろ馬車が走っている。

 かなりの悪路だ。

 乾いた地面は、大小の小石が散乱している。その上に車輪が乗り上げるたびに、ガタンと大きな音がした。


「おい、ハンス! もっとスピードをあげろ! このままじゃ、今日中にお屋敷に着かなくなっちまうだろが!」


 土煙の中、鞭を振るう御者に向かって、幌の中から鋭い男の声がする。

 左右の山林の薄暗さに比べて、真上の太陽はぎらぎらとしていた。


「すいやせん! でもこれが精一杯なんでさあ。これ以上は車輪も軸もおかしくなっちまう!」

「いいから馬をもっと急かせ! わかったな」

「は、はいっ……!」


 御者の男は、やけっぱちになってさらに鞭を振るう。

 丸2日間、山道を走り続けているので、あまり良い状態とは言えない。馬や馬車のことを考えると、もっとゆっくり進みたいところだった。けれども、今日中に目的地へ着かなければ約束の金を手に入れることはできない。「団長」の命じるままに、御者のハンスは細い腕を動かし続けた。


「ったく、予定ではすでに着いているはずだったんだがな」


 幌の中では黒マントを羽織った男と、ガタイのいい半裸の男が長椅子に座っていた。

 進行方向に対して真横を向くように対面の席に座っている。黒マントの男が頭を掻きながら愚痴をこぼすと、半裸の男もそれに賛同した。


「そうです、ね……。や、山道の途中で……あの大岩が落ちてこなけりゃ……」

「ああ、そうだな。力自慢のお前がいなかったら、もっと遅れていたかもしれねえ。ありがとよグスタフ」


 急に労いの言葉をもらって、グスタフと呼ばれた男は体格に似合わぬそぶりで顔を赤くした。

 黒マントの男は、しかし、つまらなそうに胸元で腕を組む。


 先ほど御者のハンスに声をかけたこの男は、目当ての商品を仕入れるためにはなんでもする「レイニー商団」という組織の長だった。

 自分の名を冠した商団は、今や表の世界でも裏の世界でもひっぱりだこな存在となっている。その自負もあってか、レイニーの心の奥底にはやる気がみなぎっていた。


「そろそろか」


 見慣れた小川のそばを通過すると、懐に手を入れる。

 遠くの関所を眺めながら、一通の文を取り出す。


「さて。果たして『これ』がうまく働いてくれるかね……」


 そそり立った崖と崖の間に、高い塀が建てられていた。

 近づくほど、その中央に馬車が互いにすれ違えるくらいの、大きな門があるのがわかる。


 門の左右には、街に入っていく人間と出ていく人間をチェックする兵士が数人立っており、レイニーたちの乗った馬車が関門に差し掛かると、検分のためにわらわらと集まってきた。


「おい、止まれ。荷はなんだ。何の目的で来た」


 レイニーはやれやれと腰を浮かして、兵士に先ほどの文を見せる。


「こ、これは……!」


 蝋で丁寧に封をされた文。その特徴的な押印のマークを知らぬ者はこの場所にはいなかった。兵士たちは驚きの目でレイニーを見上げている。


「わかったか? 『彼のお方』が直々に手配された品を積んでいる。どうしても確認したいっていうんなら見てもいいが……壊れたとしても俺は知らんぞ」

「い、いえ……失礼しましたっ。は、早くお通りください!」


 許可が出たので、ハンスがまた手綱を揺らす。

 馬車が動き始めるとレイニーは文を服の内側にしまい、また長椅子に腰かけた。グスタフはその成り行きを見届けておもむろに口を開く。


「だ、団長……。う、うまくいきやしたね……」


 足元の大きな木箱を見て、ニタニタと笑っている。


「そうだな。正直、拍子抜けだ。万が一見られるかもしれねえと、あらかじめ『箱詰め』もしておいたんだが……必要なかったな」

「でも……よ、良かったじゃないですか?」

「ああ、楽するに越したことはねえ。まあ、あとはしばらく大丈夫だな。おいグスタフ。『商品』が傷んじゃしょうがねえ、お屋敷までは蓋を開けといてやれ」

「あい、わかりやした……」


 グスタフは、木箱の端に手をかけると、一気に上板をこじ開ける。

 何本か細い釘を打っていたが、彼は力強い腕の筋肉だけで板ごとそれを引き抜いていった。


「よっと……!」

 

 木箱の中には、黒い布にくるまれた若い娘が入っていた。

 歳は十代半ば。明るい色の、豊かな茶髪が流れるように広がっている。その中心に、目鼻立ちのおそろしく整った瓜実顔うりざねがおがあった。だが、娘は苦悶に眉根を寄せて、固く目を閉ざしている。

 レイニーはとっさにその口元に手をやり、呼吸があるかどうかの確認をした。


「はあ……生きてやがるか。てっきり息が詰まって死んだのかと思ったぜ。おい、起きたら干し肉と水を与えろ。衰弱してるとかなんとか、あのお方に文句を言われちゃかなわねえからな」

「あい、わかりやした!」


 幌馬車はいつのまにか舗装された道へと乗り上げている。

 がたつきが減ったので、いくらか男たちの表情に余裕が戻った。


 幌の外には、一面赤い屋根が連なった街並みが広がっている。その向こうには青く輝く海――。

 港町サンダロスに一行は到着した。

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