第14話 「屋敷の探索」
「でも、あなたがいったい何の宝石加護なのかは……わたしにはわからないわ。サンダロス伯爵なら……そういうのに詳しそうだから、すぐに言い当てることもできそうだけど」
ガーネットは黒猫から視線をそらし、考え込んだ。
たしかに、はじめてこの屋敷で会った時に、伯爵はいろいろと宝石加護について講釈していた。
ガーネットが、まさにその宝石と同じ色の瞳をしているということ。そして、その効能で街の人々の病を治せるかもしれないこと。そこにいるだけで、宝石加護の人間は周囲に影響を与えること……等々、教会で教えてもらったこと以上のことを伯爵は語ってくれた。
「そうだ……伯爵の執務室に行けば、何かわかるかもしれないわ」
「えっ? なんだって?」
ベッドの上で背中を撫でられ続けていた黒猫は、ぱっと顔を上げる。
「だから、あなたのことをこれから調べに行くのよ!」
嬉々としてガーネットが言うと、黒猫は面倒くさそうに首を振った。
「いや、別にボクは自分がどんな力があるかとか興味ないし……」
「わたしは、興味あるわ」
「ボクが宝石……なんとかって力を持ってるかどうかっていうのはあくまでお前の想像で、確かなことじゃないんだろう? 別にいいよ。知らなくったって何も問題は……」
「いいから行くわよ!」
ベッドから飛び降りてさっさと部屋の入り口に向かおうとする少女を、黒猫は呼び止める。
――――おい、聞けよ! 別にいいって言ってるだろ!
それは苛立ち気味の少年の声だった。頭に直接響く声。
ガーネットは苦笑しながら、ぽつりと胸の内を明かした。
「いいじゃない……。もしそうだったらわたしの『仲間』だな、って思ったのよ。この街の病気を無くす手伝いを一緒にしてくれるかもしれないって……そういう希望を、持ちたかったの」
――――お前なあ。そんなことボクがするわけ……。
呆れたようにつぶやく黒猫に、ガーネットは微笑む。
「お願い、ちょっとだけ付き合ってよ。違ったら違ったでいいじゃない。明日の朝ご飯、今日よりいいのにしてあげるから。ね?」
黒猫は軽く首を振るとベッドを降りて、トコトコと近づいてきた。
――――わかった。とびきりの御馳走、持って来いよ? それなら付き合ってやる。まったく……仕方ないな。
「ありがとう!」
嬉しくなったガーネットは思わず黒猫に手を伸ばし、顎の下をごろごろと撫でてやった。しばらく気持ち良さそうにしていた黒猫だったが、ふと疑問を口にする。
「あ、そういや、その『執務室』とやらはどこにあるんだ?」
「ええと……そうね。一階のちょっと離れたところにあるわ。一度ケイトに屋敷中の部屋を案内してもらったことがあるから、憶えてる」
「ケイト?」
「わたしについているメイドさんよ。いつもわたしが逃げ出さないかとか、体調は悪くなってないかとか見張っている人。今も、この部屋の向かいの部屋で寝ているわ。出ていくときに気付かれると思うから……ちょっと待ってて」
そう言って、ガーネットは軽くドアを開ける。黒猫は部屋の中で待機したままだ。
ガーネットが廊下に出ると、ケイトがしばらくして廊下に出てきた。
「ガーネット様。どうされました」
「いえ、ちょっとお手洗いに」
「そうですか。お気をつけて。場所はわかりますね?」
「ええ。大丈夫よ。おやすみケイト」
「はい、おやすみなさい、ガーネット様……」
眠そうに眼をこすったケイトはまたすぐに部屋に戻っていく。
「いいわ。もう出て来て大丈夫」
小声で合図を受け、黒猫が部屋から出てくる。
――――ふう。さっきのやつも大変だな。あんなにすぐに反応して出てくるなんて、そうとう気を張ってるぞ。
「そうね、すごく……仕事熱心な人よ。伯爵の命令でわたしを監視しているけれど、本当はとても優しい人……いつもよくしてもらってるわ」
ガーネットはケイトの部屋に向かってぺこりと頭を下げると、すばやく階下に通じる階段へ向かった。足音が少し響くが、かまってはいられない。長時間経つと不審に思われるだろうから、急いで移動する。
階段の横に便所があったが、ガーネットはそこを通過した。
エントランスへと通じる長い廊下には左右に部屋の扉がたくさん並んでいる。
――――いったい、どこがその部屋なんだ?
後ろを足音もなく付いて来た黒猫が尋ねる。ガーネットはその辺の扉をすべて無視してエントランスの先を示した。
「あっちよ」
施錠された玄関のある広間を横断して、さらに長い廊下を進む。突き当りにある重厚な扉を、ガーネットは引いた。鍵はかかっておらず、誰もいないようで中は真っ暗だ。
「入って」
とりあえず人目に触れないよう、黒猫を部屋に入れてから扉を閉める。
廊下やエントランスは窓から月明りが差していたので、はっきりとあたりが見渡せたが、ここは暗くて何も見えなかった。
「痛っ!」
かまわず動き回ろうとすると、何かにぶつかって転んでしまう。
――――おい、無理するな。ボクは夜目が効くけど、人間のお前は見えないだろう。しばらくじっとしてろ。
「うん……」
少しの間そうやって暗闇に目を慣らしていると、徐々にカーテンのかかった窓が見えてきた。うっすらとそこだけが明るいので、ガーネットは慎重に前へと進む。
「これを開ければ……。よいしょっと」
ガーネットが重たい布のカーテンを開けると、部屋の中が月明りで見えるようになった。壁中には本がぎっしりと並べられており、窓のすぐ前には大きな執務机が置いてある。床には繊細な模様の絨毯が敷かれていた。
――――で? これからどうするんだ?
黒猫がすぐそばで首をかしげながら訊いてくる。
「手掛かりになりそうなものを、探すのよ」
ガーネットはさっそくあたりを調べ始めようとして、ふと机の上の物に目が留まった。
「あれっ? これは……」
――――どうした?
そこには、一冊の本が置いてあった。表紙にはご丁寧に「鉱物事典」と書かれている。
ガーネットはすぐにそれを手に取り、パラパラとめくった。自分の宝石が載ってないか調べる。するとすぐに「ガーネット」の頁を見つけた。そこには、様々な石の図と、結晶構造や効能などが具体的に書かれている。ガーネットは思わず歓喜した。
「こ、これだわ! これなら……あなたの宝石のこともわかるかもしれない!」
図はどれも色つきで精密に描かれていた。ガーネットは薄暗い机のそばから窓辺に本を持っていき、黒猫の瞳と同じ色の石を探す。しばらくして、かなり似た色の宝石を見つけた。
「あっ、あった。たぶんこれよ。……アクアマリン、だって」
――――へえ。どんな石なんだ?
「えっと……本当に、あなたと同じ瞳のような色、澄んだ水色よ。空のような海のような綺麗な青い色だわ。そして効能は……コミュニケーションの強化、水難から身を守る、間違った流れを正しい流れにする、歯や爪の健康……それに、視力回復?! ですって。すごい。もしそうなら……」
その時、がちゃりと部屋の扉が開いた。
ガーネットと黒猫は思わず身構える。部屋に入ってきたのは……伯爵の長男、マークだった。




