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第13話 「黒猫の可能性」

 なにか、ふわふわとしたものが頬を撫でている。

 ガーネットは暗い自室のベッドの上で寝返りをうった。


「ううーん」


 黒猫が来るかもと開けっぱなしにしていた窓から、夜風が吹き込んでいる。

 さらにまた頬を撫でるものがあったので、ガーネットは目を閉じたままそれを手で払いのけた。とたんに、大声で少年の声が響き渡る。


 ――――おいっ、いい加減に起きろ! せっかくボクが来てやったんだぞ!


 あわてて目を覚ますと、枕元に青い瞳をした猫がいた。さっきから頬を撫でていたのはこの猫の前足だったようだ。


「うわっ、ね、猫さん! ほんとに来てくれたのね!」


 ――――うるさい。来いって言っておきながら、ぐーすか寝てるってのはどういうわけだ?


「ご、ごめんなさい。ずっと待ってたんだけど、眠くなっちゃって……」


 そう言いながら、ガーネットはあくびをひとつして見せる。


 ――――まったく。ボクはお前に用はないんだからな。そっちがその気なら……もう帰ってもいいんだぞ。


「そ、そんなこと言わないで! あなたは夜行性だから夜は得意なんでしょうけど……。ほら、もう、かなり遅い時間よ、普通人間はこの時間寝ているものなの。でも……ありがと。来てくれてとっても嬉しいわ」


 怒り気味の黒猫に、ガーネットはキャビネットの上にある置き時計を見ながら説明する。そしてすぐ感謝の言葉を述べると、黒猫は少しだけ機嫌を直してくれた。


 ――――ふん。明日の朝、また食べ物をよこさなきゃ承知しないぞ。


「わかってるわ。……で? 街の様子はどう? 目の悪い人って、どれくらいいるものなの? 治った人はいた?」


 ガーネットは黒猫が来てくれて気持ちが高ぶったのか、急に体を起こし、前のめりなって座る。


 ――――ああ、『目腐れ』のやつらか。


「目腐れ?」


 聞き慣れない言葉が出てきたので、ガーネットは思わず訊き返す。


 ――――目が悪くなって死んでいくやつらの事だよ。半月も経たないうちに目が腐って、やがてその毒が全身に回っていって死ぬ。だから『目腐れ』。そうだな……だいたい街を歩いていたら、高確率ではち会うぞ。当然、どんどんそいつらも死んでいってるから、総合的な数はよくわからない。治ったって喜んでるやつは、まだ見たことないな……。


「そう……」


 ――――それになったやつは必ず死んでる。原因は、よくわからない。ボクが以前、世話になってた魚屋のオヤジもそれで死んじまった。まったく、なんなんだ、この病は。


「不思議ね……。いったいどうしてそんなにたくさんの人が病気になっているのかしら。伝染病ではないって、ここのお屋敷の人は言ってたけど……原因がわからないなんて、ちょっとただの流行り病じゃなさそうね。なら、わたしの力は……やっぱり効かないかもしれないわ」


 しゅんと肩を落とすと、黒猫が近くにきて見上げてくる。


 ――――不思議って言ってるけどな、そう言ってるお前の方こそ、ボクは不思議だと思うぞ。こうして猫と話せるやつなんて、どう考えたって普通じゃない。変わってる上に、お人好しすぎる……別に、自分と関係ない街のやつらのことなんか、救わなくたっていいじゃないか。


「そうね。それは、そうなんだけど……。でも、この街を救わないと、元の村に返してもらえなさそうだし……やっぱり街の様子が気になるの。わたしは実際に見ることができないんだし……。あ! わたしが不思議って言うけどね、あなたもけっこう変わった猫よ? ……ねえ。ちょっと背中、撫でてみても良いかしら」


 ――――は? 突然何を言い出すんだよ? なんでそんなことをする。


 突然のガーネットの申し出に、黒猫は目を丸くして飛び退いた。


「いいじゃない。ちょっと撫でたくなったのよ。きっと気持ちいいわよ?」


 ガーネットの言い分に、黒猫はまた怒ってみせる。


 ――――ふ、ふざけるな! 猫は誰でも撫でられるのが好きだと思うなよ! おいっ、ていうか聞いてるのか? 何勝手に……。


 ぎゃんぎゃん言うのもかまわずに、ガーネットは黒猫の背中にそっと触れる。すると、黒猫はしばらく身を固くしていたが、やがて諦めたのかベッドの上で丸くなった。


「まったく。お前の勝手さには呆れるな。もう好きにしろよ、どうせ言っても……」

「えっ?」


 急に声がクリアに聞こえ出したので、ガーネットは驚いて手を引っ込めた。今までは頭に直接響くようだったのに、撫でていたら少年の声がはっきりとあたりに響き渡ったのだ。


「く、黒猫さん? 今……」


 ――――ど、どういうわけだ? ボクにも聞こえた。ボクの中から、声が出たのか?


 ガーネットはもう一度、黒猫に触れてみる。


「ねえ、もう一度だけ話してみて。触れている間に、声が出るのかも」

「そ、そんなわけないだろ、お前がどっかから声を……って、嘘だ……。今、たしかにボクから声、出てるよな?」

「そのよう……ね。いったいどういうわけかしら。今まで……村でも牛とか羊に触っても、こんなことなかったのに。どうしてあなただけ……」

「さあな。ただ、これもお前の力が原因、ってわけか?」


 ガーネットは黒猫を見つめた。透き通るような青い瞳が月明りに反射して煌めいている。


「まさか、あなた……。そんなまさかね……」


 ガーネットはふと想像し、あわてて否定した。だが、その言葉尻を黒猫は逃さない。


「あ? なんだよ。なにがまさか、なんだ? ボクがなんだって?」

「いえ……あなたの瞳、とっても綺麗だから……宝石みたいだなって思ったの。それで『もしかして』って」

「だから、『もしかして』って、なんだよ」


 少し言いよどんだが、思い切ってガーネットは言ってみた。


「あの……ね、あなたも宝石加護の力を持っているんじゃないか……って、思ったの」

「はあ?」


 黒猫はあまりにも突拍子もないことを言われたので、顔をしかめていた。


「なんだよ、それ。そのなんとかって力は人間だけのものじゃないのか?」

「わからない。わたしも、そんなこと誰にも聞いたことがないから。人以外に、動物にも宝石の加護が与えられるなんて……あり得ない。……とも言い切れないわね。知らないだけで、過去にあったのかもしれないし……間違ってるかもしれないけど……でも、他にこの不思議な現象について説明できない。あなたが、なんらかの宝石加護の力を持っているんだとしたら……」

「はあっ? このボクが、お前みたいな変な力を持ってるっていうのかよ?」

「ええ、たぶん」


 黒猫とガーネットは、そう言ってそれぞれの美しい瞳を見つめ合った。

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