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極楽クラフト  作者: ゆまち春
一章『引きこもりの涛万里』編
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006 須田君、元気出して(下)


 悲運なことに、昼休み直前の四時限目は古文だった。

 常より静まり返った授業が終わり次第、須田すだは古文担当の柳先生に職員室まで連行された。

 ネトゲの話を聞きたかったんだけどな……。


 しょうがなく、いつもの男所帯で飯を囲む。


「やなぎん生理なんじゃね」


 馬鹿が一人。


「四十八だろやなぎん。もう子は産めないだろ」


 馬鹿が二人。


「最近は体外受精とかあるけれど、年齢が高いにつれて成功率も落ちるらしいしな」


 真面目馬鹿が一人。


「それよりさあ、ネトゲってお前らやったことある?」


 話を聞かない俺が一人、その輪に加わる。


「ネトゲ? 何だ、須田に感化でもされたか?」


「そんなん」


 まさか女の子目当てとは言えない。結局、須田から詳しく話を聞けなかったから、消化不良で残ってしまった。

 もしかしたら俺の知らない楽園ハーレムが、サイバーワールドネトゲの中にある。渋谷を一日歩くより、全世界と繋がっているインターネットを活用すれば効率がいいかもしれない。


「そりゃあやったことはあるよ。須田ほどガッツリじゃないけど」

「俺もいくつか。MMOとか、FPSとか」

「……悪い。そういうのよくわかんねえ」

「ああ、おっしはゲーム持ってないしな」


 俺の家には電気を使う系統のゲームが一切ない。花札やトランプは姉貴と遊べるからと親戚が買ってくれたものが押し入れに眠っている。


「こいつが言ったのは、そういうゲームのジャンルだよ。つうか、ネトゲってパソコンでやるんだぞ。先に行っておくけど、パソコンがないと出来ないぞ」


「それなら大丈夫だ。パソコンなら姉貴が持ってる」


 そういうと、三人は弁当をつつくのもめて祈り始めた。


「おう神よ。ついにおっしに文明機器を授けたのですね。慈悲深きなり」

「やめろやめろ鬱陶しい、吐き気がする。姉貴のだ、つってんだろ」

「それで牡牛おうしはネトゲの何が知りたいんだ?」


 話を戻してくれたことに感謝しつつ、別段何が知りたいわけでもないことに気づく。オンラインゲーム自体に興味はない。興味があるのはその向こう側にいる女の子たちだ。


「……人種?」


 けれどそれをどう表現していいかわからなかった。


「いろんな目的を持った人がいるよ。大きな世界を冒険者になって旅したい人とか、人生捨てて現実逃避したい人とか、終わらない世界でいつまでもいつまでも同じモンスターを借り続けたい人とか……」


「人を辞めてないか、そいつら」


 なんだ? オンラインゲームってそういうアレなのか。離れた人と集まって笑いながらゲームするみたいな認識は間違っているみたいだった。


「流石にそんな闇抱えた人間ばかりじゃねえよ。ゲームにもよるが、そういうのは半分ぐらいだ」


「二人に一人が闇抱えてんのかよ。恐ろしいよネトゲ」


 延々と終わらない旅を続けるゾンビみたいな女プレイヤーが跋扈ばっこする世界――オンラインゲーム。

 ネトゲについての興味が俄然がぜん失せてしまった。


「やりたきゃ一度手を出せばいいとおもうぜ。楽しくなきゃそこで手を引けばいいし。最近は基本料金無料のばかりだしな。始める敷居は高くないだろ」


「気が向いたらな。たぶん一生向かないが」


「本音が出てるぞ」


 だってしょうがないだろう。そんなものやろうと思うやつの気が知れない。




 そんなことを思っていたら、気が知れない奴の声が聞こえた。


「おっしい! ネトゲについて、婉曲えんきょく誤謬ごびゅうもない正しい真実を俺が教えてやろう!」


 やなぎんの説教は思いのほか早々に終わったらしい。須田は反省文の用紙を持っていた。須田と直接対話することを迂遠うえんしたのだろう。よほど嫌だったみたいだ。


「お帰り須田。でももういいや。ネトゲに興味がなくなった」


「この世のものとは思えない女がたくさんいるのにか」


 どんな女だよ。嫌だよ。普通の女がいいよ。しかもたくさんかあ。

 クラスの女子が露骨に今朝のやなぎんばかりに不快な顔をしているというのに、須田は一向にへこたれない。こいつのメンタルだけはダイヤモンド並だ。


「変なやつがたくさんいるが、悪くない。教会から出てこないリアル引きこもりシスターや、無職で失うものがないのにまだ後衛をするアーチャー。大企業の社長と豪語しながら手下もひきいずに一人特攻する野良戦士。あとはMP枯渇して死ぬことに快感覚える自称神様のヒーラーとかな――まあ、本当かどうかは知らんがな」


 流しながら聞いていた須田の言葉に引っかかる。

 自己犠牲もいとわない自称神様。


「……須田、そのヒーラーみたいなの、ネトゲには一杯いるのか?」


 各々が好き勝手に過ごす昼休みだというのに、俺の一言でクラスのざわめきが強まった。

 ハーレム建国にいそしみ始めたことを知らないクラスの男連中が、硬派で純情な俺をしきりにからかってくる。


「なんだおっし。そういう不思議ちゃんがタイプかあ、ええ、このこの。はい、不思議ちゃんご指名入りましたー」


「不思議ちゃん一丁いっちょう――お兄ちゃん、今日の晩御飯のこのおさかな、私が釣ったんだよ?」

「四点」


「不思議ちゃん二丁――あ、あそこの幽霊、ボヘミア行きの航空券探してる」

「十七点」


「不思議ちゃん三丁――ハッピーニュース! 宝くじ一等と私を交換する権利をあげるね」

「ふっ、ちょっと面白かった。十六点」


「あなたはどの不思議ちゃんにする? ワンダーフレンド(輪)」

「元ネタがわからない。一点」


 思い思いに寄ってきたやつらを適当にあしらう。


「で、須田。どうなんだ。そういう女の子って、総人口のどのくらいなんだ?」


「総人口で言い始めたら少ないだろうな。まず、友達のよしみとして教えておいてやるが、ネトゲの女キャラは中身が女であるとは限らない。寧ろ、外見と中身が一致しているやつは極稀だ。だから女キャラが「私女なんです~」とかチャットで発言しても、それは九割の確率で男だ」


「そうか。もうネトゲは引退するよ。お疲れ」


「まあまて。そうあせるな。俺が苦節八年、ネトゲをやってきた経験を踏まえて、中身が女であるかどうかの確かめ方を教えてやるよ」


 クラスの連中は苦節八年の技術が魅力的らしく、須田に教えろ教えろとせがんでいたが、俺はノリ気ではなかった。

 ネットゲームの中で女の子一人探すために、あまりに手順が多い。女の子を女の子であると判別してから、その性格が好みであるかも調べる必要がある。

 昨日行った渋谷では、女性だけでも千人くらいはいた。どうせ外見の容姿から選んでも行きつく先は同じなのだ。ふるいにかける人数は多いほうがいい。

 ネトゲにあまり旨味うまみはなさそうだな。


 ……ただ、自称神様の話だけは、話を聞いてみてもいいかもしれない。


 昼飯を食いながら、輪の真ん中で胸を張る自称ナイト様の高説を耳に入れた。





「いいか。キャラクターを外側から眺めるんだ。動きで男か女かわかる」


 須田が現在やっているネットゲームのプレイ動画なるものを携帯で囲みながら、プレゼンに聞き入る。


「最初に言った通り、俺が教えるのは、『可能な限り母体数から性別:女を残したふるいをするやり方』であって、女を選考過程で落としていることは事実だ。ただ、残ったグループから女の割合を高めるものでしかない」


「前説何回やるんだよ。その口上こうじょう、もう三回目だぞ」


「うっせえ。お前らが騒ぐせいで他クラスからも集まってきたから説明してんだよ。牡牛だけに教えてやろうと思った秘術なんだからな。この方法で奇跡的に女子を見つけたら俺にも紹介しやがれってんだ!」


 奇跡的なのかよ。

 他クラスからも男子が押し寄せたせいで、いつもの昼飯ゾーンは大所帯だ。弁当を置く場所にさえ困る有様だった。


 咳払いを一つしてから、須田は携帯の画面を指差した。

 斜め上から俯瞰するような角度のゲーム画面が動き出した。

 動画の中で、中央にいるゲームのキャラクターがえっちらほっちら人形劇みたいに歩いている。


「二人のキャラクターがいるな。画面中央でテンガロンハットを被っているのが自分のキャラクターだ。透明になっているから、別のプレイヤーからは見えない。そして周りで跳ねているツインテールのキャラクターがオンライン上の他ユーザーだ。このツインテールプレイヤーが女性であるかどうかを見極めてみよう」



 動画はどういう趣旨のものなのかわからないが、テンガロンハットのキャラクターが、ツインテールのプレイヤーを追いかけているものだった。

 ツインテールのプレイヤーはちょこまかと壁やギミックと呼ばれる仕掛けを弄っては、モンスターの注目を集めている。


「今、どういう状況かわかる人?」


「はい。ツインテール女史がヘマして悪鬼あっきを大量出現させているところであります」


「よろしい軍曹ぐんそう。座りたまえ」


 ところどころ茶番を繰り広げながら、ゲームを一切知らない俺にわかりやすく説明してくれている。ありがたいぞ軍曹、褒めてつかわす。


「ではもう一つの動画を見てみよう」


 須田が誰かの携帯を借りて、もう一つ動画を開いた。それも同じような趣旨らしく、マップの見た目とテンガロンハットのキャラが透明というところまで同じだ。同じ人だろう。

 但し今度はツインテールではなく、猫耳をつけたキャラクターを追いかけていた。


「前情報として、ツインテールも猫耳もチャットでサブアカではないと公言している」


 熱が入ったのか、「サブアカ」なるものの情報は俺に開示されなかった。周りに視線を送っていたら、軍曹が俺に耳打ちで教えてくれた。


「サブアカ、っていうのはサブアカウントのことだ。大体ネトゲっていうのはアカウントにプレイヤーの情報が記録されるんだ。アイテムとかどこまでクエストが進行したとかいうデータもそうだし、大切なレベルの数値もアカウントに保存されている」


「でも、レベルってあげるのって大変なんだろ? いくつもアカウントを持っていたら、それだけ一つのレベルを上げるのに時間がかかるんじゃないのか」


「時間はかかる。けれど恩恵もある。レベルが低いことで優位になるんだ。なんせ、レベルが低いキャラは『初心者』なわけだから。爽快感を与えるためにも、強い武器やアイテムを初心者に配るんだ。その極めに、初心者キャラのレベルが一定まで上がるともらえる超絶お得アイテムなんかがある。そういうのを玄人くろうとは欲しがって、サブアカを作るんだ」


 へえー。知らない世界だった。俺が小学生なら素直に「そうなんだー」とか言ってた。


「じゃあサブアカだったら、アイテム欲しさにゲームをやりこんでる人が、一度通った初心者の道をもう一回プレイしてるってことか」


「ザッツライト」


「軍曹は日本人であられますか?」


「帝国軍人の誇りは捨てた。今はしがない情報屋じゃよ、ふぇふぇふぇ」


 キャラがブレブレの元軍曹は変な声を出して勝手にむせていた。



 しかしまあ、それは面倒じゃないのか。

 同じ道を通るということは、何があるのか知っているということで、ゲームの楽しみ方はわからないが、初めて見る景観を楽しむ人としての心は俺にだってわかる。何度もそれを繰り返すのはつまらなそうだし、時間の無駄だ。


「それでは画面を動かそう」


 待ってくれていた須田が二つの携帯を同時にタップする。

 ツインテールと猫耳のキャラクターが二つの画面で動き出す。違いは歴然だった。

 猫耳のキャラクターは、ツインテールとは違って、壁や仕掛けなんかを一切触らずにマップを直進した。


「猫耳はすれ違うモンスターだけを最小コストの魔法で効率よく倒している。ソーサラーでこの腕は文句がない。武器と防具を揃えればそのまま上位魔獣との戦闘にも行けるだろう。対してツインテールは、モンスターにダメージを与えては後退の、ヒットアンドアウェイ戦法を繰り返している。逃げることと倒すことを同時にやろうとして悪戦苦闘している。二人を見比べておっし、どう思った?」


「猫耳の手際がいい。よすぎるくらいなんだろ、これって」


 猫耳がボスらしき敵を倒した画面が映し出される。派手なのはエフェクトだけで、猫耳はまたつまらぬものを切ってしまった剣士みたいだった。横のツインテールはまだ敵から逃げ惑っていた。


「猫耳はモンスターを倒して経験値を稼がなくてもボスを倒せることを知っていた」


 須田が俺に答えを言わせるためのヒントを与える。俺は教師の期待に応えるため、教え子としての使命をまっとうする。


「わかりません」


「なぜだ!」


 須田は腰をのけらせて、「ガッデム」と叫んだ。古いなそれ。


「なんでもどうもねえよ。猫耳は上手い。それか勘がいい。そうとしか考えられないだろ。だってサブアカじゃないって本人が言ってんだから」


「甘いぞおっし。いつからそんな性善説を信じるような人間になった!」


 一限目の哲学の授業で習いたての用語で俺をなじる須田は、人差し指を俺の鼻頭はながしらに突き付けた。


「答えを言おう。猫耳のほうだが、まず間違いなく女ではない。なぜならこいつは効率厨。ウィキを見て攻略を調べ自分でもデータを集める。そんなことする暇人は確実に男だ。よって猫耳はサブアカでかつ男だ」


 なんだか決めつけのようにも思えたが、オンラインゲームを八年続けた須田は、いわば大先輩にあたるのだ。その言葉には説得力があった。


「ソースは俺だ」


「お前かよ。え、なに。この猫耳は須田なの?」


「俺ではない。が、俺の同位体ともいえる存在だ」


 なにやら小難しいことを言っていたが、須田のように考える人間が多くいるということらしい。


「アイテム集めのために初心者から開始したとき、いつもとは違う服装を試してみたい。出かけるときにちょっと悪い恰好にしちゃおうかなと考えるのと発想は一緒だ! しかしやってみると、女キャラというだけで周りが俺を女性だと勘違いしてアイテムを渡してくる。気持ちが悪いことこの上ないが、ネットゲームという場所の性でもある」


「須田は本当にオンラインゲームを俺に勧める気があるのか……?」


 俺の質問を咳払いで濁しながら、須田の演説は聴衆へ向けられた。


「だから猫耳はそういう効率化を図ってプレイしているゲーマーの一人だ。サブアカであると明言したらアンチが沸くから嘘をついているが優しい人間だ。そして男だ。いいな?」


 だ、そうだ。

 サブアカじゃない、という嘘。それを優しいと須田が評価して、クラスの連中も苦い顔をしていない。サブアカであることを偽るのはありきたりなことらしい。

 そういう人が蔓延しているのなら、きっと水無月みなづきはネトゲとは合わないだろう。自称神様とは、水無月のことじゃなさそうだ。


 食べ終わった弁当を片付けた。昼休みは後少しで終わりだ。


「わかったよ。じゃあつまり、ツインテールが女性プレイヤーってことになるのか?」


 須田が猫耳の動画を閉じて、携帯を返しながら俺に答えた。


「違うな。ツインテールもやはり男だ」


 ……正解がないんだが。俺が探しているのは女の子だというのに。いや、そもそも須田は女の子をふるい分けで残すためのコツを教えてくれているのだ。女の子を探すのは俺が実地でやらねばいけないこと……なのか?


 若干ネトゲのことなんてどうでもよくなっていたが、俺以外の男連中はツインテールが男であることに納得がいかないようだった。


「どうしてツインテールが女の子じゃないんだよ。全然効率化なんて図ってないし、適当に壁触ってモンスターに見つかっては逃げてる。これはサブアカでもない、確実に初心者の動きだ」


 ゲームの中でツインテールはずっと逃げ惑っていた。俺と須田が話していた時間があったのに、モンスターの一体も倒せていなかった。それどころか追っかけモンスターは増えていた。まるで売れっ子アイドルである。


「動画を見ていればわかる」


 須田はそれはそれは悲しい目をしながら、俺たちに言い残して去って行った。


「どこ行くんだ、須田。まさかお前、消えるのか……?」


「麻婆豆腐を食べに行くのよ(裏声)」


 何の声真似なのかわからないが、須田は走って教室から出て行った。

 仕方なく囲んだ男子で一つの携帯を食い入るように見る。すると、画面に変化があった。


「左下、何か動いてないか?」


「左下にあるのはチャットウインドウだな。これは、ツインテールの発言みたいだ……『たすけて~~~~!!!』だな」


「救援要請ってことか」


 ツインテールにはモンスターが強くて荷が重いから、周りの人間に助けを求める。なんら特別なことはない。むしろ自分から助けを求められるなんて、できた人間だと称賛を贈ってもいい。俺が傍を通りかかったら迷いなく助ける。




 だが、そう思っていたのは俺だけだった。


 クラスの連中は、どこか不思議そうに、怪訝けげんな顔つきで画面を見ていた。


「何かおかしいのか?」


 聞いてみると、元軍曹がふぇふぇふぇと言いながら近づいてきた。


「これはのう――げほっ、げほっ」


「ばあさん、もうご臨終りんじゅうの時じゃあ。あとは私に任せんしゃい」


 帰ってきた須田が元軍曹を大事にいたわって机の上に寝かせていた。元軍曹に供えるように、麻婆パンなるゲテモノをお腹の上に置いていた。


「それで、何がおかしいんだ? 俺には普通に見えるんだが」


「ゲームをやっていればお決まりというか、システム上当たり前なことがあるんだが、こういうフィールドで追ってくるモンスターっていうのは、キャラクターから一定の距離が離れたら追うのをやめるんだ。そうしないと、延々とモンスターが追ってくるだろ。現実のストーカーだって、見失えば追うのをやめるし、近くに交番――ゲームでいえば休息ポイントに敵は近づかないんだ。それはゲームチュートリアルの説明にもある」


 画面を見る。ツインテールは同じ場所をぐるぐると回りながら、時折立ち止まり、モンスターに一撃をヒットさせ、まるで図ったかのように、同じ軌道へと戻った。


 そしてツインテールはその行動を、何度も何度も繰り返していた……。


「まさかこれ、計算して?」


「いや、計算されているのは、この先だ」


 動画でツインテールはたびたびチャットを打っていた。その打つタイミングを見ていると、ある共通点が見えてきた。ツインテールの周りに他のプレイヤーが通るたびに、『たすけて~~~~!!!』とチャット画面が更新される。


 食人花が獲物を見つけた時だけ香りを振り撒くみたいだった。


 機械的で無感動だった猫耳よりも、もっとおぞましいものを見させられている気分になる。




 画面が動いた。視点の中心となるキャラクターが動いたのだ。


「これで終わりか?」


 尋ねてみたが、誰もその答えを返さない。振り向けば、クラスの女子までもが真剣に同じ動画を見ていた。


 ツインテールが画面から消えた場所で、透明だったテンガロンハットが踊りだす。キャラクターの色が鮮やかになった。一部のモンスターが画面中央のキャラクターに気づいて詰め寄ってくるが、それらを一発で吹き飛ばした。どうやらこのテンガロンハットは強いキャラクターらしい。


 まだ回転していたツインテールが画面にフェードインする。ツインテールの画面からは、テンガロンハットが初めて通りかかった風に見えていたのだろう。実際にはずっと傍で盗撮されていたのに。


 彼女は例に漏れず救援要請のチャットを送った。


 今まで通り過ぎる人たちは彼女を無視をしていたが、テンガロンハットはツインテールを追っていた魔獣を、氷の魔法で一撃で消し飛ばした。


 マップにはツインテールとテンガロンハットだけが残っている。

 画面左下のチャットが更新された。今までは緑色だったが、今度は水色だった。


 蘇生した元軍曹が通りすがりに教えてくれる。


「緑色はフィールドチャット。近くにいる人全員に聞こえる。水色は個人チャット。一人にだけしか送れないが、他人から見られる心配がない。密談なんかに使うものだ」


 青色チャットがいくつも更新された。それらはすべて、ツインテールのものだった。


『すご~~~い』『お強いんですね』『何レベですか?』『助けてくださってありがとうございます』『格好いいですねその帽子』『どこで手に入れたんですか?』『私も持ってたらお揃いなのにね』『余ってたらいいのにな~ナンチャッテ☆』


 と、連撃のようにチャットが送られてくる。目で追うのも一苦労な文字数。キーボードのどこにどのアルファベットが印字されているのかわからない俺からすれば、一時間あっても打ち切れない量の文章が津波のようにテンガロンハットを襲った。


「こういうのはあらかじめ文章を登録してあるんだ。そういうのをマクロっていう」


「登録……? じゃあ、誰かが助けてくれるのを見越して作ってあったっていうのか?」


 テンガロンハットが『初心者ですか?』と尋ねると、すぐさま『そうなんですよ><』と返信があった。

 テンガロンハットは、そこで質問を切った。どこかに立ち去ることもなく、ツインテールを眺めているだけだ。


 何をしているんだろうと待っていると、チャット画面が更新された。


 ツインテールからだ。


『あのお、もしよかったら一緒に回りませんかあ? このダンジョン、私だけだと負けちゃいそうなんです』


 ツインテールは魔獣を一体も倒せなかった。彼女だけでは道中のモンスターを倒してボスも討伐するというのは困難を極めそうだ。というか、眺めてる感じほぼほぼ無理に近い。


 それに比べてテンガロンハットの攻撃は、そこらの敵を簡単に一掃できる。ボスを倒すのも彼にとっては大した労力にはならなそうだ。



「ああ、そういうことか。これが効率化か」



 俺が呟いたその一言に、須田が満足そうにうなずく。


「つまりツインテールのやり口は、強い人を仲間に引き入れて、その人に戦闘を肩代わりしてもらう。初心者が倒せるか倒せないかの敵なんて、玄人からしたら赤子の手を捻るようなもんだ」


「正解だ。ついでに、高レベルの人からのアイテム搾取も忘れずに行う。そういうプロだよ、ツインテールは」


 思わずため息が出てしまった。詐欺師の手口を暴いてしまったような感覚。満足感なんてなく、ただただ人のする愚行に呆れるほかない。


「まあ、ネトゲではありふれてるから、引っかかるのは本物の初心者だけだし、本物の初心者がツインテールみたいな行動をしていることも、万に一つはある」


 同じ画面を見ていたクラスの女子が混ざって質問する。


「そういえば、須田君は早くツインテールがサブアカだって気づいてたよね。どうしてなの?」


 須田が教室全体に体を向けた。クラス全員が同じ問題を共有して、回答を欲していることがさも当然であるかのように感じさせる。須田の尊敬できる点は、こうやって人の関心を集められるところだ。


「最初にツインテールはギミックのあるマップを踏んで、作動させた。初心者ならありがちだが、その順番が不自然だった。出現ポイントっていうのは、本来目に見えない。システムで決まった場所だから、プレイヤーたちの多大な考証のすえにわかるものなんだ。ツインテールはそういうポイントをひとつ残らず踏んだことがおかしい。何より、一度敵が出てきたら、先にそっちを対処するだろ? 残しておいて、新しい敵が出てきて倒される危険を考えたら、どこかで一区切りつけるはずだった。けれどツインテールは一度も敵を倒そうとしなかった。怪しいと思ったのはそんなところかな」


 クラスは須田に対して賞賛の目を向ける。神というのは、こういう崇め方をされるんだろう。クラス中が須田に対して、他の技術を請いた。女子までもが、女子の見極め方を知りたがっていた。お前ら必要ないだろうに。


 俺一人だけが、須田に対して懐疑的だった。おかしいと思ったからだ。


「なあ、須田」


「なんだおっし。ああ、女性がいるかどうかだったな。では結果を――」


「今の話を聞く限り、須田もそういう、目には見えないけれど敵が沸くポイントを知っていたってことにならないか?」


 須田の体がトビウオのように跳ねた。


 動画を見ていて、俺にはその存在がわからなかったし、説明されてもきっと理解できない。ゲームをしていた全員が知っている情報でもなさそうな口ぶりだった。ということは、須田が望んでそういう場所を調べたということになる。


 そんなもの調べる理由はどこにある。たとえば――。


「もしかして須田、このツインテール、お前なんじゃないのか」


 須田にクラス中の視線が向けられる。先ほどまで一致団結して問題に取り組んでいたことが仇となった。


 今朝やなぎんに激昂されてさえ、元気にしていた須田は、疑惑の目を向けられて冷や汗をかいていた。


 クラスのあちこちから、「どうなんだよ須田」と声が飛び交う。

 追い詰められた須田は両手を挙げた。


「……まるで探偵だな、おっしは。そうだよ、俺がツインテールさ」



 クラスに言い知れぬ空気が漂った。毒で溶かしたゴムを霧にしたみたいに、ぶよぶよと気持ちが悪いが、その本質を言い当てることのできないもどかしさが蔓延していた。


「おっし、俺はさ。牡牛に真実を知ってほしかったんだ。幻想のない、紛れもない真実を」


「もしも須田、お前が女になりたいんだったら俺は相談に乗った」


「そうじゃない。俺は男でいい。女が好きだ。そしておっしが今朝ナンパをしたことを知っている」


 射抜く双眸が俺へと集中攻撃を始めそうになったが、あれはナンパじゃない、と民草を先導する。われらの敵は須田だとおおっぴらげに宣伝する。


「それはいいんだ。|リンカネーションを執事としてお嬢様に届ける義務(ちょっとした事情)があったんだ。――で、真実ってなんだよ?」


 須田は口角だけを引きつらせるようにして笑い、とぼとぼと歩き始めた。


 人並がモーゼの海のように割れる。


 教壇の上に立った須田は、鷹のごとく腕を広げた。空が飛べるわけじゃないが、意識は飛んでいるみたいだった。


「俺が真実を教える! 全員、耳の穴をかっぽじってよく聞けえ!」


 窓が震えるほどの大声。隣近所の教室からも一瞬、声が止むほどだった。


「これが、俺が八年間、血道をあげて取り組み、人道を捨てて築き上げたネトゲの真実だ!」


 もしも今、須田が爆発するといわれたら信じてしまうほど、彼は真摯な目をして、俺たち二年十一組の面々を見渡してから、噎び泣いた。



「ネトゲに女の子は存在しない!」



 ……泣きたいのは、こっちのほうだった。


 貴重な昼休みが終了するチャイムが鳴ったのは、流れ続けていた動画の中で、ツインテールがテンガロンハットに『お断りします』と個人チャットを送られたのと同時だった。



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