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極楽クラフト  作者: ゆまち春
二章『人になりたい』編
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034 星々は織姫を探す

「おかえり、姉貴」


 玄関のドアが開く音がした。


「ただいま。牡牛、今日はでかけなかったのか」


 ハーレムづくりに必要なのは、一に女、二に女。三四が金で、五に男気。

 いまのところ、何一つ俺の手元にはなかった。


「中身のないバラエティを見て休日を過ごしてました」

「することがないなら筋トレでもすればよかっただろう」


 あーそっか。

 でもなー……。ハーレムを目標に何かをしようと考えると、涛万里の顔が浮かんでくる。そうしたらもうだめだ。一歩も動けなくなる。

 だからこうしてソファにだらんと芯のない人形みたいに倒れていた。


「テストはどうだった」

「まだわかんなーい」

「今日の夜は何が食べたい」

「なんでもいいー」

「スッポンと睡眠剤なら夜這いをかけても安心セットだな」

「……流石に何をおっしゃっているのか弟にはさっぱり」


 ソファから身を起こす。姉貴はネギやつみれ肉を冷蔵庫に放り込んでいた。今日は鍋らしい。七月の中日にか。マジか。


「え、なんでこんな暑い日に鍋なの」

「先週するつもりだったが、牡牛の彼女と友達が来ただろう。だから伸ばしたんだ」


 あんまし答えになってないんだよなー。それ結局七月の一周目か二週目かの違いなんで。


「手ごたえはどうだ」


 テストじゃなくて、ハーレムについてだろう。


「……なーんも」

「そうか」


 特に反応もなかった。というか、あんまり興味もなさそうに流された。


「そういえば、牡牛、撰さんって覚えてるか」


 撰。知り合いにそんなやついたっけか。姉貴が話題に出すってことは親戚だろうか? 思い当たらない。


「いや、知らないけど」


「このあいだ話しただろう。自治体が公園を壊すのに、その撰さんって人がいるらしい」


 姉貴もよくは知らなさそうな口ぶりだった。近所のおばさまに聞いてきたのだろう。ネギを切る音が聞こえる。鍋の仕込みをしながら世間話。


「で、その撰さんって人が、娘に厳しく当たってるらしい。名前も、なんだ、流行りのキラキラネームらしい。たしか……ノーゲーム、だったか」


 それは……。

 頭に浮かんだのは昨日公園で見かけた小学生。


「……娘に厳しくって、公園で他人に見られてても怒鳴るとかそういうの?」


「ん、なんだもう聞いてたのか」


 姉貴はそこで話を終えようとするが、まだ終わっていない。というか、手詰まりだった短冊問題の情報源だ。逃すわけにはいかない。


 目下、これぐらいしかタスクもない。

 世は自伝小説なれど、ミステリーがあれば刺激的だ。


「その撰さんは離婚したらしいが、旦那さんが娘を引き取るのを嫌がったとかでな。教育方針が合わなかったから娘を奥さんに一方的に押し付けたが、その奥さんは意趣返しなのか娘さんを私立の小学校にいれたがったそうだ」


 あれ、でも、あの小学生は公立の小学校に入っているはずだ。

 やなぎん情報だから間違いない。


「落ちちゃったの?」


「それも知ってるのか。らしいな。片親だから落ちたということはないだろうが、学力か名前か」


「名前で落ちることもないでしょ。姉貴にしては偏見じゃないか」


 姉貴は包丁を振るう子気味良い音をストップさせた。どうしたんだとまな板を見るが、何もおかしいところはない。


「……いや、そうだな。受験は名前で落ちるわけないか。じゃあ学力だったんだろう。落ちた娘に失望した母親は――」


 と、姉貴の話に耳を澄ませていると、電話が鳴った。


「私が出る」


「いいよ、料理してる最中なんだから無理しなくて。俺が出るよ」


「牡牛は休んでていいぞ」


「怪我でも病気でもないっての」


 誰かの遅れた五月病が、更に遅れて俺に伝播した……本人に聞かれたら首を絞められても文句は言えないな。

 テレビの音量を下げて、受話器を取る。


「はい、爼倉です」


『私、高校の柳と申します。牡牛君の担任をしております。早急に、牡牛君に代わって頂けますか?』


 やなぎんだ。しかも、何か焦ってる。


「牡牛ですけど、どうしたんですか先生」


『な……本当に牡牛か?』


「え、なんでビックリされるんですか」


 訳が分からん。電話しておいて、いたら驚くとか。新手のイジメか。教育委員会に訴えるぞ。

 俺が冗談を言う前にやなぎんは『少し待ってくれ』と言って電話口の向こうに消えていった。職員室だろうか、何か随分と騒ぎになっているみたいだ。


「牡牛、誰だ」


 姉貴が包丁を止めて、俺を見る。


「やなぎん。あー、担任」


「何かあったのか?」


「わっかんない。何か急いでるみたい」


「テスト関係か」


「たぶん」


 誰かが俺の答案をカンニングしたのが発覚したとか。学校が燃えて答案がなくなったとか。後者なら答案なんて些細なことで電話するとも思えないけど。

 というか、土曜日のもう七時過ぎてる時間に教師が学校にいるのがもうつらい。社会つらみ。


 数分して、やなぎんが電話口に戻ってきた。


「どうしたんですか。答案が燃えたとかなら、気にしないでいいですよ。成績表に5をくれるなら

それで」


『牡牛、この間の小学生について知ってることはないか』


 俺の軽口なんて無視して、息せききったやなぎんの声が電話口から聞こえた。

 内容は予想外の案件。


「……小学生がどうしたんですか」


 白い短冊が頭の中を埋め尽くす。悪い予想だけが頭の中でイメージを伴っていく。

 真面目な声音で、やなぎんは言った。


『この間、牡牛が調べていた小学生の一人が……行方不明らしい』







 事件のあらましはこうだ。

 金曜日の放課後。児童・撰否遊無はランドセルを持って家を出た。

 朝起きて、昼すぎになっても起きてこない娘を心配した母親がベッドを確認すると、も抜けのからだった。


 なんで気づかなかったんだよと、つっこみどころはあるが、それはさておき。


 母は友人宅に連絡。小学校には連絡なし。

 夜になって、娘の友人宅から小学校に行方不明疑惑の電話。

 行方不明であることが大沙汰になって、初めて母は事態を供述。


 なんて親だ、とは周りはすべからく思っただろうし、ここから先の展開で巻き込まれた人たちも思った。俺とか高校の教師の事だ。


 小学校に連絡が入り、まず怪しいとなったのが俺だった。


 ……まあ、タイミングの問題だ。小学校に短冊がどうのこうのと怪しい連絡いれる高校生がいて、その児童も高校生の視野にいたことがわかっている。

 小学校から俺の高校に連絡。土曜日なのにてんやわんやしながら警察と連携。クラス担任であるやなぎんから俺に電話がなされた。




『というわけだ』


「疑われているところ申し訳ないですけど、俺は何も知りませんよ。最後に見かけたのは、テスト終わりで半日だった木曜日のお昼に、母娘で公園を歩いているところです。主婦や老人もいたから、間違いないです」


 というか、この場合、俺が小学生を誘拐している場合が、一番安全だったのか。俺なら危害を加えない。その証明ができるのは俺と姉貴だけだけど。


「娘さんの友達の家には行ってないそうで?」


『わからん。まあ、話がここまで回ってきているということは、見つかっていないということだ』


 そりゃそうだ。ふーむ……。


「俺はどうしたらいいんですか」


『警察に学校に記録されてる名簿を渡すから、そっちにおまわりさんが行く。対応してくれ』


 おまわりさんって。言い方よ。俺はガキか。


「了解です。一応、須田と涛万里にも連絡だけしてみてください。あいつらも先週、一緒に会ってるんで。警察には言わなくていいですけど」


 やなぎんは少し険しそうな声音で『お前らテスト前に遊んでたのか……わかった』と言った。こりゃあ、二人ともこってり絞られるだろうな。けどこればっかりは仕方がない。


 受話器を降ろす。


「姉貴、警察がくるって」


「誰が悪いことをしたんだ」


 即答だった。俺を疑う選択肢がなくて助かる。


「悪いことっていうか、この間小学生が来たでしょ。あの子たちの一人が行方不明なんだって」


「そうか。じゃあ鍋は後にするか」


 悠長な会話である。とりあえず俺は水無月に電話…………。


 小学生。


 まるで動物が檻から飛び出すようだった。


 白い短冊。

 人になりたい。

 家出した小学生。


 連続して繋がる事柄が全て繋がっているなら、手遅れまで猶予はどれくらいあるのだろうか。


 胸の内から黒い声がもくもくとあがってくる。


 どうしてそこまでするの?善意は助ける人のためにはならないのに。見返りなんてないのに。自分勝手に生きるって決めたんじゃないの?


 ……そのつもりだ。


 そのつもりだ。そういうつもりで生きていきたい。他人に迷惑をかけてでも自己利益ばかりを追求して生きていたい。けど、助けたかった。助けたいと勝手に思っていた。見返りなんて求めてない。ただ、助けたいと体が動いてしまう。


 変えようと思っていた生き方はなかなか変えられそうもなかった。


 自然と、俺は立ちあがっていた。



「やっぱりほっとけない。姉貴、先に鍋は食べててくれ。俺はその小学生、探してくる!」

「おい、牡牛!」



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