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♯6 異星の村で


 先遣隊の任を命ぜられた男は三人の小隊編成の一角だった。山林の中で、端末に声を吹き込む。

「こちらアルファ1。目標地点へと到達」

 男の目的はポイントHへの誘導だ。後から来る本隊のために自分たちは道を切り拓かねばならない。ポイントHとは何なのか、詳細は聞かされていないが男には任務をやりきる自信があった。本隊に組み込まれてもいいほどだ。先遣隊という任がある意味では気に食わなかったが、これも大事な任務の一つ。そう割り切れるだけの精神性は持っていた。

 端末の向こうからノイズ混じりの声が聞こえてくる。

『……ちら、……ファ3。通信が、……い』

「アルファ2。応答せよ」

『アルファ2。目標地点に到達』

 アルファ2の声が明瞭に聞こえるということは、一人は近くにいるということだ。その事実に男はひとまず安堵する。木々の合間から空を仰いだ。星空が広がっており、積装の下では見られない明かりが散りばめられている。

 宝石箱のようだ、とらしくない感情が胸を掠めた。今はそのようなことに思考を割いている暇はない。積装の下では見られない星空を土産話にしよう、とだけ胸に留めて男は茫々に伸びた草木を掻き分けた。人工的に植えられたものではない草木一本でも土産の価値はある。しかし、持って帰っても人工物との見分けはつかないだろうな、と男は自嘲した。熱感知スコープをつけて、男は闇色に染まった山の中を駆ける。

 山の中は静まりかえっている。街とは大違いだ。鳥の声や虫の鳴き声が耳に届く。環境音声が無遠慮に鼓膜を刺激する。市街地ではありえない。そもそも環境音声の配慮は、ストレス軽減のためのものだ。今の状況ではストレスが軽減されるどころか不安が駆り立てられしまう。

 ――人工物の下で生きてきたつけというわけか。

 積装に囲まれた市街地で生きてきた自分たちには、生の環境は逆に毒となる。男はアサルトライフルを携えて、もう一度ヘッドセット型の端末に声を吹き込む。

「アルファ1。目標を目視」

 視界の先には盆地があった。手首に視線を落とす。腕時計型の端末から立体的な地図が投射され、この場所のリアルタイムの映像を示す。緑色の緑地帯が広がっているはずだったが、男の視界には明らかに村が広がっていた。人が生活している形跡がある。幾つかの家屋からは明かりが漏れている。百年以上前の、ライブラリーでしか見たことのないようなテンプレートな村の形だった。田園が広がり、川のせせらぎが耳に届く。青い月光が降り注いで、村は昏睡の只中にあるようだった。

『アルファ2、確認』

『アルファ3、確認』

 他の二人もどうやら別地点から村を確認したらしい。ポイントHへ到達した喜びよりも、不可思議な感覚が襲った。

「どうして、リアルタイムの映像にはない村があるんだ」

 腕時計型の端末で方位磁石を呼び出してみるが、エラーの表示に塗り潰される。方位磁石がいかれている。何でもない山村で。男は肌が粟立ったのを感じたが、自分たちの任務を思い返し、村へと踏み込もうと駆け出した。

「アルファ2、アルファ3へ。アルファ1は先行してポイントHへと潜入する」

『アルファ2、了解』

『アルファ3、了解』

 男は緩やかな山道を駆け降りて、山沿いの道に出た。近くに鳥居があった。神社だろうか。

「アルファ1の視界を同期。アルファ3、データベースを確認せよ」

 隊員へと視界に映る鳥居のデータベース照合を命じる。スコープで映した映像がそのままアルファ3の映像照合へとかけられるはずだ。

『アルファ3より、アルファ1へ。該当データなし。未確認のものと推定』

「未確認、か。どこからどう見ても鳥居だが、何を祀っているのだろうな」

 男は鳥居へと歩み寄った。鳥居をくぐって、内部を調べる。アサルトライフルを即時射撃モードに設定し、息を殺して歩を進める。石畳の先にクレーターがあった。男は屈んでクレーターを撫でる。人工的に掘られて舗装されているようだった。

「ご神木でも植える予定だったのか?」

 立ち上がって今度は本殿へと目を向ける。本殿へと歩み寄ろうとしたその時、ノイズの嵐が耳朶を打った。

「アルファ2、アルファ3、どうした?」

 応答はない。一体何が起こったのか。理解しようとする頭よりも、目の前の本殿への好奇心が勝った。何かがある。直感的だが、動物的な本能でもあった。男はアサルトライフルを構えて、扉に手を伸ばした。開こうと力を入れかけた、その時、背後に気配を感じて振り向いた。

 訓練された人間でなければ気づけない気配だ。獣のようにしなやかに何者かが男へと駆け寄っていた。男は闇に紛れた何かを熱感知センサーが察知したことに気づく前に、腹腔へと衝撃が襲った。突き飛ばされ、男は本殿に背中を打ちつける。肺の中から溜め込んでいた息が漏れた。強化スーツでも減衰しきれない攻撃だった。一瞬、銃弾の類かと思ったほどだ。

「何、だ?」

 銃口を据え直し、男は周囲を窺う。攻撃してきた主は闇の中に紛れて消えた。気配すら察知できない。首の裏に嫌な汗が伝うのを感じる。呼吸が覚えず荒くなっていた。

 キィ、と甲高い音が響く。男は振り返った。本殿の扉が開いていた。そこから覗いた物に男は目を戦慄かせる。

「機械、だと……」

 黒い立方体が見えていた。スコープの内部にそのデータが表示される。強力な磁場が放出されていた。それをスコープで捉えようとすると、視界が歪んだ。磁場の影響がもろに出たのだろう。男はスコープを外して、ヘッドセットに吹き込んだ。

「アルファ2、アルファ3、応答せよ。現在、未確認の対象と応戦中」

 相変わらずの砂嵐の向こう側で仲間の呻き声が聞こえた。正体不明の恐怖が爪先から這い登る。一体、何と戦っているのか。

 男はアサルトライフルを構え、息を詰めて気配を探ろうとした。しかし、何も感じられない。ざわざわと風で木々が揺れる。ぬるい風がスーツの隙間から吹き込んできて気分が悪い。

 ざわり、と悪寒を首の裏に感じた。その本能を頼りに男はアサルトライフルの銃口を向ける。目の前に立っていたのは紺色のじんべいを羽織った老人だった。老人は鼻を鳴らしたかと思うと、男の側面へと回り込んだ。男がアサルトライフルを撃ち放つ。弾き出された弾丸が石畳を抉った。恐慌状態に陥った視界の中で老人の姿が掻き消える。男は銃口を左右に振った。背後から声が響く。

「迂闊だな」

 その言葉が耳に届き終わらぬうちに、背中を衝撃が打ち据えた。石畳の上に倒れ込む。男はそれでも受身を取って立ち上がった。強化スーツが必殺の一撃を食い止めてくれているのは自覚していた。もしスーツを着ていなければ自分はもう立ってはいないだろうということも。

 アサルトライフルを捨て、男はナイフを取り出した。超振動のナイフだ。高周波が響き渡り、老人は顎に手を添えて、「ほう」と声を出した。

「昨今の兵はそのような装備か」

 男はナイフを携えて飛びかかった。ひらり、と老人が身をかわし男の足を引っかける。男は前につんのめった。

「以前来た者よりも用心はしているようだ。しかし機械の服と機械の武器に頼りきりとは」

 嘆かわしいとでも言うような口調だった。男はナイフを翳して、振り向いた。老人が構えを取る。見たことのない構えだった。片腕を差し出し、もう片手は腰だめにしている。男はナイフを振るって飛びかかった。

 老人は男の手首を蛇のように絡め取ると、一瞬にして天地が逆転していた。男が背中から倒れる。強化スーツが衝撃を弱めるが、それでも重い一撃だった。老人は同じ構えを取って男から距離を取る。ナイフを辛うじてまだ手に掴んでいた。ぎり、と奥歯を噛んで男はナイフを振るう。

「やめておけ。そのような道具ではワシには勝てんよ」

 男は喉から叫びを迸らせて、ナイフを突き出した。下げられた手が掌底の形を取って、男の手首を突き飛ばす。上向きになった腕に隙だらけの腹部が晒される。まずい、と思った瞬間、男は後ずさろうとしたがそれよりも早く接近した老人の真っ直ぐな突きが貫いていた。男は一瞬息ができなくなる。わんわんと反響する耳の中に老人の声が響く。

「奥義、破魂拳」

 右手を突き出したまま老人が目を向ける。獣のような眼光だった。男は立とうとしたが、その場で膝を崩した。アラートが耳に届く。強化スーツが機能不全を訴えていた。ナイフが手から滑り落ちる。老人がナイフを拾い上げ、超振動を止める。男の首筋へと刀身を当てた。

「何者の命か」

 問いかける声に男は沈黙を返した。男とてそれが知りたかった。ただ上から降りてきた命令に忠実に従っただけだ。何者か、までは知る由もない。男は顔を伏せたまま、ゆっくりと首を横に振った。

「そうか。知らぬまま、戦いに赴いたというわけか」

 ナイフを持つ手に力が込められた気配が伝わる。

 ――殺される。

 その確信に目を瞑った。しかし、いつまで経っても痛みは訪れなかった。老人がナイフを地面に投げ捨てる。男にはそれを拾いに行くほどの余力も残っていなかった。

 男が顔を上げる。強い風が吹き抜けて、老人の前髪をかき上げさせる。額に赤い逆三角形を見つけて、男は口をパクパクとさせて呻いた。

「……異星人が」

 男の首筋へと刃のような手刀が振り落とされた。その一撃で男の意識は闇の中に沈んだ。


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