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♯10 争乱の銃声


 ケイイチは道場の裏手で安堵の息をつく。ヒビキがこちらを見ていたような気がしたが、走り出したところを見ると自分だとは気づかれなかったのだろう。訓練して気配を殺す術は覚えたというのに、ヒビキの本能的な才能には舌を巻く。それが自分とヒビキを隔てるものだということもケイイチは察知していた。道場の裏から、中へと歩み寄る。道場の扉を開くと、中央で仁王立ちしているゲンジロウの姿が目に入った。ケイイチは頭を下げる。

「ヒビキには」

「何とか気づかれずに来ました」

 最初に気にするのはやはり孫のことか、とケイイチは顔を伏せて思う。自分は所詮、弟子の中の一人に過ぎない。

「今日は朝から妙な気配を感じる。ヒビキもどうやら察しているようだ」

「ヒビキが?」

 それはありえないことのように思えた。ヒビキにはここ数日起きている異変については全く感知した様子はない。それなのに今朝の様子が奇妙だと感じるということは、ヒビキでさえも異常だと分かるほど事態は切迫しているということだ。

「村がざわついておる。七つの御神体は?」

「先生方二人に任せてありますが、七つ全てをカバーすることは不可能かと。何個かは破られます」

 確定事項のようなものだった。村を何かしらの力が包囲しようとしている。しかし、それだけではない。それらの意思とは別の、何かが村に迫っているのを感じた。先に感じたものよりも、そちらのほうが重く圧し掛かってくるようなプレッシャーを放っている。その根源へとケイイチは目を向けようとするが、どこかという具体的な場所は察知できなかった。代わりのように空を仰ぐ。空全体が鳴動しているように思えた。

「山のほうから来る連中に関しては仕方がないだろう。問題は、空だな」

 ケイイチの視線を察したようにゲンジロウが重く言葉を発する。その言葉でケイイチの予感は確信へと変わった。

「やはり、隕石獣ですか」

 発した声音は震えている。よもや自分が生きているうちにその言葉を発するとは思っていなかったからだ。覚悟をしていなかった声の震えを、ゲンジロウは汲んだように、顎に手を添えて頷いた。

「うむ。そう考えるのが筋だろうな」

「しかし、この星園村は」

「前回の御神体の盗難で綻びが発生したと考えるのが妥当だろう。最早ここは、楽園ではない」

 重い宣告にケイイチは目を慄かせた。それが近づいているとなれば、楽園であったこの場所は失われる。先人たちがようやく手に入れた安住の地が消え失せる。

「いざとなれば、この僕が――」

 発した声にゲンジロウが鋭く射抜く視線を向けた。その一睨みでケイイチは身体が萎えたのを感じた。ゲンジロウが頭を振る。

「お前では無理だ」

 分かっていても発せられた声は衝撃だった。ケイイチは思わず一歩踏み出して、胸元に手を当てて口を開く。

「でも、僕だって戦えます」

「無理だ。あれは、ヒビキにしか資格は与えられておらん」

 その事実にケイイチは歯噛みした。ヒビキにしかできないこと。しかし、そのことを本人は全く自覚していない。それが何より腹立たしい。全てを救える立場にいながら、安穏と暮らしている。そのあり方が許せない。

 ゲンジロウはケイイチへと察する目を向けた。

「気持ちは分かる。しかし、これは十五年前の因縁なのだ。あの時、全ては決してしまった。ワシらは静観することしかできない」

「でも、僕は……。じゃあ、何のために流連式柔を習って」

「身を守るためだ。大切な人を守るのに、力は必要だろう」

 その力とてヒビキには遠く及ばない。それが分かっている。極めれば極めるほどに、遠い存在であることが。

 ――あいつは誰も守りたがっていないじゃないか。

 自分ほどの渇望があるわけでもなく、日々の鍛錬とて意味を見出していない。そのような鈍らな人間が、努力を続ける自分よりも上の立場にいる。それが理解できない。考えたくないことだった。

 覚えず掌に爪を立てる。食い込むまで強く握り締めた拳を察したのかゲンジロウが、「思い詰めるな」と言った。

「お前にはお前の未来がある」

 だから未来が宿命づけられているヒビキのことは諦めろというのか。自分とヒビキの間に隔たっているものは仕方がないで片付けろというのか。言いたいことは山ほどあったが、それらは言葉になる前にケイイチの中で消えていった。喉元で飲み込み、「……はい」と苦渋の声を搾り出す。

 その時、道場の外に気配を感じた。ゲンジロウが顔を上げ、ケイイチが周囲を見渡す。鋭い殺気だった。ゲンジロウはすかさず片腕を翳し、戦闘態勢に入る。ケイイチも遅れながら構えを取った。

「五人、嘗められたものよ」

 即座に数を読み取った歴戦の兵の声に、ケイイチは舌を巻いた。自分には曖昧な殺気の塊としか感じられない。

「出てくるがいい。闇討ちを仕掛けるつもりならば、やめておけ。今は朝だ」

 ゲンジロウの声が朗々と響き、殺気の塊がざわりと動いた。すぐさま分散し、残ったのは一人の人間の気配だった。

「戦闘員ではないな」

 その声に応ずるように、「入ってもいいでしょうか」という声が聞こえた。女の声だった。

「よかろう」とゲンジロウが返すと、道場の扉が開いた。

 そこにいたのは黒いスーツを身に纏った女だった。年のころは二十代前半と言ったところだろう。黒い長髪で切れ長の鋭い眼差しを二人に向けていた。女は道場の床の手前で立ち止まった。

「靴は脱ぐのが礼儀でしょうか?」

「お主らの常識に照らすがいい」

 女は靴を脱いだ。黒いスーツに似合わぬ実用的な靴だった。

「本当ならばスーツもやめたいんだけど、一応はあなた方と会談するという名目ですから。正式なものを選ばせていただきました」

 高圧的な女の態度にケイイチは苛立っていた。この女は何様のつもりなのだろう。次に失礼な言葉が放たれれば即座に拳を放とうと考えていると、女の後ろから武装した集団が押し寄せた。ゲンジロウの読み通り、五人だ。武装集団は靴を脱ぐなどの礼節はお構いなしに道場へと踏み込んでいた。ケイイチは覚えず叫んだ。

「貴様ら! この道場が神聖な場所だと知っての狼藉か!」

 ケイイチの声に武装した人間たちは目を交わし合い、あまつさえ肩を竦めた。その様子がケイイチの神経を逆撫でした。一番近い人間に飛びかかる。相手からしてみればケイイチの姿が突然掻き消えたように見えただろう。アサルトライフルの銃口を上段から振り下ろした掌底で弾き、もう片方の手で形作った拳が相手の顔に食い込むかに思われた刹那、

「やめろ!」

 ゲンジロウの制する声にケイイチはピタリと拳を止めた。相手の人間がようやくケイイチの拳に気づいたのか、よろけて後ずさる。他の武装した人間が、「異星人が!」とアサルトライフルを向けようとした。

「やめなさい」

 その行動を女が片手を振り上げて制した。人間の一人が声を出す。

「しかし、天月少尉。みすみす……」

「我々は話し合いに来たのです。それをゆめゆめ忘れぬよう」

 天月、と呼ばれた女の声にその人間はたじろいだようだった。どうやら天月という女が最も地位が高いようだ。ケイイチは拳を収め、ゆっくりと後ずさった。一度たりとも視線を外さない。相手もアサルトライフルの銃口を向けたままだった。

「話し合いにしては、物々しい」

 ゲンジロウが口を開く。ケイイチはゲンジロウの傍に侍った。相手の武装した人間たちも天月の傍に侍っている。お互い、長を交えて話し合おうというところだろうか。

「もっともです。しかし、あなた方は我ら人類の一部を捕虜にしている」

「昨夜忍び込んできた一味のことか。あれらの処遇に関してはお主らほど手荒にはしておらんよ」

「殺しては」

「いない。もちろんだとも。我々は、殺しはせん」

 言外に人間とは違うという含みを持たせた言い方だった。それをどう受け取ったのか、天月は口元に笑みを浮かべた。

「記録以上に人間らしい所作ですね。今の我々よりも、よっぽど人類のようだ」

 後から来た分際で、という意味が滲み出ていた。ケイイチが拳を固めかけると、「やめよ」とゲンジロウが言った。

「拳では何も解決せん」

 ゲンジロウは歩み出て、手を差し出した。

「座られよ。立ち話もなんだ。冷たい床だが外よりかはマシだろう」

 ゲンジロウの申し出に天月は首を横に振った。

「いいえ、結構。もしもの時に対応が遅れれば困りますから」

 せっかくの厚意を、とケイイチは思ったが人間側とて必死なのだろう。ゲンジロウが本題を切り出した。

「ここに来た理由は分かっておる。あれを探しに来た、というわけだな」

「察しが速くて助かります。あれは人類の物です。すぐに返してもらうように通達します」

「断る」

 硬く発せられた声にケイイチも驚いて目を向けた。天月は一瞬目を見開いたが、やがてその目をきつく細めた。

「何ですって?」

「断る、と言った。あれは我ら、ロードの物だ。それにお主ら、勘違いしているのではあるまいな。十五年前、あれを貸し与えなければ人類は既に滅亡していた」

「しかし、あなた方がそれ以前に地球に亡命しなければ人類は存続していた。人類だけの手で」

 お互い、譲る気のない言葉の応酬に思えた。ケイイチは何もできぬ自分に苛立った。ゲンジロウの傍にいても、ただの邪魔者だ。殊にこの空間においては、戦闘員ほど邪魔な存在はいない。ゲンジロウ一人で事は足りる上に、自分には差し挟む口もない。

「返してもらう気はないと、解釈しても構わないのか」

「返すも何も、既に我らの手にある」

「M2が接近しているんだぞ」

 初めて聞く切迫した声に、人間がこの村に来た意味が分かった。しかし、それは自業自得というものだ。

「隕石獣を引き寄せたのはお主らだ。御神体を動かしたな。そのせいで結界に綻びが生じた」

 ゲンジロウが眼光鋭く睨みつける。普通の人間ならば竦み上がるだろう。実際、武装した人々は武器を手にしていなければ今にも尻尾を巻いて逃げ出しそうだった。しかし、先頭に立つ天月だけはゲンジロウの目を真っ直ぐに見返した。

「結界だと? このステルスフィールドのことか。それのおかげであなた方は十五年間、人類から逃げ続けた。その贖罪とは考えないのか」

「この惑星に来たことは既に先人が詫びた。その上で、あれを造ったはずだ。隕石獣を断つ刃、人類と我々の星の剣をな」

「M2の脅威は去っていない。人類に責を被せて、恥じることはないのか」

 天月の言葉は徐々に棘を含むものになっていた。まるで今まで封じられていたダムが決壊したように、天月の怨嗟の声は容赦がない。

「人類はそう教育したか。お主のような若者を……」

「私は自分で考え、自分で最善と思った道を選んだ。ロードに教育の云々を言われる筋合いはない」

 初めて、自分たちを示す名前が人間の側から飛び出した。それも怒りを伴った声音だった。ケイイチは緊張したが、ゲンジロウは風と受け流した。

「あれを渡しても、お主らには使えんよ」

「それは我々が決めることだ」

 天月が武装した人間に手を差し出す。拳銃がグリップ側を向けて出された。天月がそれを掴み、ゲンジロウへと真っ直ぐに向ける。ケイイチが思わず、「何を!」と叫んでいた。

「黙っていてもらおう、ロードの少年。私は人類の代表として、そこにいるロードと喋っている」

 有無を言わさぬ声音にケイイチは思わず身が竦んだのを感じた。単純な殺気ではない。これは憎悪か。自分たちへと無遠慮に向けられた抜き身の憎悪が拳銃として顕現している。

 ゲンジロウが目を伏せた。

「哀れ。話し合いの場と定義したのはお主のほうだ」

「生憎、ロードの戦士を前にして生身で話し合えるほど、人類は器用に進化していない」

「そうだったな。人類は昔から不器用だ」

 その言葉に天月は眉を跳ねさせて拳銃を両手で握り締めた。

「知った風な口を……!」

 その言葉が響き終わらぬうちに銃声が言葉尻を劈いた。


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