牛蛙ちゃん
私のクラスには、『牛蛙ちゃん』と呼ばれる女の子がいる。
『牛蛙ちゃん』というのは、別に本名ではない。
丸々と太っていて背丈が人より小さい。いつも何処を見ているか分からない程、目と目の間が離れている。体から変な臭いがするし、時々奇声をあげるし、運動も勉強もまるっきしダメダメだし…………。
いつもノロマでまるで牛蛙みたいと皆から馬鹿にされるから、いつの間にか『牛蛙ちゃん』って名前がついた。
そして、その『牛蛙ちゃん』はクラスの子達からイジメを受けていた。
彼女の物を隠したり、わざとらしく無視したり、罵ったり、時には暴力を振るう場面もあった。
私は『牛蛙ちゃん』の隣の席に座っていた事もあり、その酷いイジメの光景をよく見かけることがある。
はじめは「止めなきゃ」と思ったけど、大勢から苛められる『牛蛙ちゃん』が醜い顔をさらに悪化させすすり泣く様子を見るたび、その考えが頭から消えていった。
そして次第に、私もそのイジメに参加するようになっていた。
私が参加してから、彼女に対するイジメがさらにエスカレートしていった。
上履きはボロボロになるまで汚してから返すし、教科書はビリビリに破いて捨てる。机にはいつも見るに耐えない悪口雑言が書き綴られている。
しかし、そこまでしても『牛蛙ちゃん』は学校を絶対に休まなかった。
それが、尚更私達の嗜虐を掻き立てる。
イジメは止むことを知らず、ついには、私がイジメの代表格になった。
そして、私がリーダー格になってから、イジメはさらに激しさを増していき、いつの間にかクラスぐるみで『牛蛙ちゃん』を苛めるようになった。
それでも、彼女はめげず学校に通い続ける。それが、尚一層、イジメを激化させていく。
そういった悪循環を繰返し、挙げ句、イジメは泥沼化していった。
しかし、彼女は学校を休まなかった。大勢からのイジメに身も心もボロボロにされていきながらも、その繰返しが何回も何回も続いた。
………………あの日までは。
ある日、あの『牛蛙ちゃん』が初めて学校を休んだ。
学校にも連絡が無いことから、無断欠席であることが伺える。
イジメ仲間の皆は、とても意外に感じた。
あれほど毎日残酷な事をされても、学校だけは休まず通っていた彼女が唐突にサボるとは。
いや、当たり前と言えば当たり前か。イジメを受けているのに不登校にすらならない方がおかしな話である。
その時はあまり気にも留めず、イジメ相手のいない暇な一日を送った。
その日の帰り道、友達と帰り道を歩いていたときの事だ。
歩道の隅っこに、一匹の蛙を見つけた。
あまり生き物は得意でない私は、敢えてそれを見ないようにしながらその場を通りすがろうと思った。
しかし、運が悪いことに仲間の目にその蛙が映る。
「ねぇー、あのカエル、『牛蛙ちゃん』に似てない?」
友達の一人が悪ふざけで言った一言が、きっかけで、その場全員の視線がカエルの方に向いた。
「ホントだ、似てる似てる」「気持ち悪いよねぇ」「そ、そうだよね」
一斉に騒ぎだす皆に私は、ぎこちなく同調しておく。
すると、いきなり誰かが、辺りの石を蛙に向けて投げ始めた。
それに便乗して、皆、手元の石を拾い蛙に向けて一斉に投げる。
雨のように投げつけられる礫に、その蛙は必死にビョンビョン避け始める。
さすがにやり過ぎではないかと思い始めた頃、仲間の一人が私に「○○ちゃんもやりなよ」と誘ってくる。
あまり、このような事に関わりたくないが、友達から仲間外れにされないため嫌々参加することにした。
試しに足元の小石を拾って、それを蛙より少し右側に投げてみた。
投げられた小石は、目標から大きく逸れて、地面を転々としながら勢いを失う。
一部始終を眺める友達は、私が『弱い者イジメ』に参加したことに満足すると、中断していた石投げを再開する。
人数が増え、石の勢いも激しくなる中、回避を続ける蛙。その姿は、イジメを受けている『牛蛙ちゃん』そっくりで、私の嗜虐心が顔を覗かす。
一投、二投、三投…………、数を重ねるたび楽しくなってきて、投げる勢いも強くなっていった。
そして、調子にのった私は、かなり大きめな石を、今度は当たるか当たらないかのギリギリの位置を狙って、蛙に投げつけた。
私の放った石ころは、狙った通りの軌道を描いて蛙に直撃する。
「ゲグッ………………」と、蛙は苦痛の鳴き声を漏らした。
投げつけられた石が蛙の体を押し潰しており、体液を周りにブチまけながら一度、制止する。
生命の終わりを告げた生き物のなれの果ては、とても無惨な姿であった。
それでもまだ、完全に死ぬことが出来ずピクピクと痙攣を続けている。
しかし、痙攣はだんだん小さくなり、最後にはピクリとも動かなくなった。
「うわっ、死んじゃった」「気味悪~」「キモい~」
蛙の一連の動きを見て、周りは口々に物言う。
その中、私だけは『やり過ぎてしまった』という後悔の念に包まれていた。
自分の手で生き物の命を意図的に奪うのは、これが初めての体験である。
暗い面持ちをしていると、先程から嘲笑していた友達は、蛙への興味が薄れたのか、再び帰路についたので、私も同行する。
帰り際、再度蛙の死骸を目にすると、死体が泣いているように見えた。
人間でもあるまいし、気のせいだろうと思ったが、何故かその様子は頭から離れなかった。
『牛蛙ちゃん』が亡くなった。
担任から発せられた情報に、私達は困惑した。
あれから数週間経過した朝のホームルームの事だった。
先生が厳粛な顔立ちで教室に入って来たので、何かあると察しはついていたが、クラスメイトの突然の死が教室中をざわつかせる。
特に敏感だったのは、私を含めたイジメの中心メンバーだった。
『牛蛙ちゃん』の死んだ要因は多分自分達にあると自覚していたからだ。
もし、彼女が遺書を書いていたら、何か証拠を残していれば、イジメ問題は露見する。そうすれば私達にそれなりの処罰が下されてしまう。
しかし、担任の先生から、『イジメ』に関することは何言わず、彼女の葬式の参加と日程を伝えるだけで話は終わった。彼女の死について、詳しく話さずに。
分かっていてわざと黙っているのか、または、単に知らないだけなのか。
安心する反面、では何故『牛蛙ちゃん』が死んだのかという疑問が残った。
「噂によると、誰かに殺されたらしいよ。隣のクラスの『牛蛙ちゃん』」
休み時間、廊下のすれ違いざまに根拠のない話が耳に入る。
ただの噂なのに、私は、心がザワつくのを感じた。
『牛蛙ちゃん』の死を知らされた日以来、毎夜の如く恐ろしい夢を見る。
それは、私に向かって巨石が雨のように降り注ぐ夢であった。
そして、最終的には巨石が私に直撃し、轢死寸前の所で目が覚める。
それを、毎日毎日繰返し見続けた。
だから、毎晩その夢を見ることが怖くて、恐ろしくて、ろくに睡眠をとれなくなっていった。
睡眠不足のせいで、深刻な不眠症になり、学校も満足にいけなくなる。
ついにはノイローゼになり、自分の部屋に引き篭りがちになった。
夢を見てしまうのが恐くて、不眠不休で部屋の片隅に突っ伏し、時だけが経っていく。
精神的に追い詰められるなかで、何故か『牛蛙ちゃん』の事と蛙を殺した事が頭に浮かんだ。
唐突に浮かんだ二つの事柄は、何の関係性もなさそうなのに、違和感を感じる。
あの時の蛙は『牛蛙ちゃん』そっくりで、あの蛙を殺した時から『牛蛙ちゃん』は、学校に来なくなり、死んだ…………。
考え込んだが、不眠不休のせいで意識が遠くなっていった。
今日の夢はいつもと一味違った。
私に降りかかるのは石の雨ではなく、目の前にあるのは石で潰れた人間の死骸。
体の半分は巨石の下敷きになっていて、床は血の海を作っている。その無惨な光景に吐き気を催すと同時に既視感が湧いた。
それは、あの日殺してしまった蛙の様子と全く同じだ。
そして、石に潰された人間の死体の正体は、『牛蛙ちゃん』。
私は、気付いてしまったのだ。自分のしでかしたことの重大さに。
ビクン、突然死体が跳ねた。大半が機能停止しているはずなのに、死骸はひとりでに立ち上がり、私に近づく。
そして、聞こえてきたのはいつも泣きき声ではなく重々しい声色。
「あなたは私をイジメた。あなたは私を馬鹿にした。あなたはあなたはあなたは……………………私を殺した」
一方的に捲し立てる『牛蛙ちゃん』は、生前とは異なり迫力があった。私に対する『怨み』という迫力が。
あまりの恐怖に言い返すことが出来ない。
無抵抗の私に追い討ちをかけるように告げる。
「私をイジメて殺したあなたに、罰を与える」
彼女がそう言い捨てると、私の意識が再び薄くなっていった。
現実に意識が戻ると、窓越しが白く明るんでいた。
いつの間にか朝方まで寝てしまったようだ。
久しぶりの睡眠に朝日が眩しく映る。
今まで、何か恐ろしい夢を見ていた気がするが記憶からすっかり抜け落ちている。
しかし、妙に暑い。まだ朝は肌寒い季節なのに、寝巻きがうっすら汗ばんでいる。顔も何かに刺されたのか腫れぼったく感じる。
あと、体が重い。まるで自分の肉体ではないみたいに。
そう言えば、目線も少し低くなっている気が。
ずっと不規則な生活を送ってきたせいで、体調に響いたのだろう。
そんなことより、はやく学校に行かなければいけない。
制服に着替えるためにクローゼット近づくと、その横のスタンドミラーに目が移る。
鏡からはみ出しそうな程肥大化したウエスト、周りより一回り小さい背丈、何を見ているか分からない程広がった眼球。
そこには、『牛蛙ちゃん』の姿をした自分がいた




