蛇の若君は朝日に誓う?
今宵はいい月夜だな。
自室の大きな窓から青白い月を眺めた。
自室は池の中の高床式の離れなので月光が水に揺れて幻想だ。
あの青白い銀は……ミディリーシャみたいだ。
そう思いながらコメスパークリング酒をあおった。
「我が君、そこそこになさいませんと」
オルフェートがたしなめた。
「君も飲むかい?」
「職務中でございますので」
コメスパークリング酒をかかげるて誘うとオルフェートは断った。
相変わらず職務に忠実な男だ。
私の護衛と側近を引き受けるデアス鱗家の武人……男臭いな。
「大丈夫だ、それよりミディは綺麗になったよね」
「大きくなりましたね」
私の言葉に少し顔をしかめてオルフェートは答えた。
ふん、お前が強い女しか興味がないのはしっている。
それに妹みたいにミディリーシャを思っていることを……
初めてミディリーシャにあったのはエリカに会いに来た時だ。
そこそこ広いイルの屋敷の奥にはそれまで入ったことはなかった。
エリカがいるということで案内されたそこは四季折々の花の咲いた修練所だった。
その向こうにひっそりと、でも何故かピンク系に塗られたの人界のお伽話みたいな離れが本家の渋い茶色と黒の屋敷にあわずにたっているのがみえた。
エリカはカーラファーシャに因縁つけられて手合わせの最中だった。
えーいという掛け声とともに我があいすべき従兄妹が元気な少年みたいな異母妹に飛び蹴りをかけられている。
痛いよ〜 カーラちゃーん
と泣くエリカにカーラファーシャは大声で叫んだ。
『エリカ姉様に軍人は無理です、諦めてください!! 』
そのままカーラファーシャの叩きつけた剣をエリカがモタモタと庭の岩陰に入って避ける。
『無理〜家業だもん! 』
エリカがなきながら叫んだ。
もうすぐ魔王都の士官学校を卒業するエリカは相変わらず丸い……卒業したら魔界軍配属だったような……
『私が魔界軍など叩き潰します』
『それ反逆だから!! 』
カーラファーシャが上段から剣を振り下ろす岩が粉々になってあたりに飛び散った。
エリカは慌てて頭を抱えてシールドを張った。
うん、本当にそれ反逆だからと私は突っ込んだ。
岩の欠片は同じくシールドを張ったカーラファーシャに降りかかるのが大部分だったが一部の大きいサイズが私のいる屋敷の廊下側に飛んだ。
『みゅー』
悲鳴が聞こえてそちらを向くと銀の小さい子竜人がすぐ近くの廊下で頭を抱えてしゃがみこんでいた。
『ミディちゃん! 』
『ミディリーシャ!! 』
子竜人に破片がいくつかぶつかりそうになった。
エリカとカーラファーシャが叫んだ。
シールドも張れないか弱いそうな子竜人に岩がぶつかれば大怪我しかねない、とっさにシールドを張って子竜人を尻尾で囲んだ。
岩のかけらがシールドに阻まれて粉々になって庭に落ちた。
小さな手がぎゅと尻尾を抱きしめた。
子竜人をみると大きな緑の目がうるうると私を見上げていた。
『こ、怖かったの〜』
子竜人が私の尻尾にしがみついて大泣きした。
なぐさめたくて尻尾で巻きつけたまま引き寄せて銀の長い髪をなでる。
『うちの不肖の末妹が失礼しました』
更にたんのうしようとしたところでカーラファーシャが子竜人を尻尾からだした。
『お前も廊下にひょこひょこと出てくるでない』
『怖かったねミディちゃん』
エリカがカーラファーシャの腕の中で泣いてる子竜人の頭をなでる。
『エリカスーシャ姉様〜怖か……たの』
子竜人がエリカの腕に抱きついた……ら案の定エリカはよろめきカーラファーシャがエリカスーシャ姉上には軍人は無理ですと言い放った。
『ミディちゃん、ヘルスチアお兄ちゃんにお礼を言ってお部屋に帰りましょう』
エリカがわめくカーラファーシャを困った顔で見て子竜人の頭をなでた。
『……お、お兄様ありがとうごじゃいましゅ』
グズグズ泣きながら子竜人が顔を上げて頭を下げた。
濡れた緑の瞳にドキッとした。
あとでイルの末っ子でぼっと出来たけどイル当主の大事で心配なか弱い娘だと聞いた。
今まで周りに強い女性ばかりだった私はどうしても気になって何度も会いに行ってカーラファーシャに邪魔された。
暇を見つけてはイル家に通った。
小さい下級竜人はおずおずとエリカの影から出てきたりしてだんだん仲良くなった。
当時の側近候補のアウスレーゼとティインシスも連れて行った。
まあ、奴らはいずれにしても将来は魔界軍中将や魔王護衛官になって白地方を離れるのだが……
『ヘルおに~ちゃま〜ミディおっきくなったらアウスおにいちゃまとかティインおにいちゃまみたいな』
弱いのに戦士になるのかと私は微笑んだ。
『大酒のみになるの〜』
次の瞬間私はずっこけた……そのまま笑いの発作に巻きこまれて笑い転げた。
『君は面白い娘だね〜』
楽しくてしっぽに抱き込んでなでてると柔らかい腕が抱きついた。
どんどん好きのなっていくのがわかった。
もちろんその時は明確な恋愛感情じゃない。
『今度、お見合いをするんだよ』
ミディを膝に乗せてお土産のリンゴ飴をなめさせながら話すと少女になったミディがそうなのですか? と小首をかしげた。
私の護衛についたアウスレーゼとティインシスが笑いをかみ殺している。
いつもの女関係を見ている幼なじみの奴らには私のミディに対する初々しい態度がつぼに入ったらしい。
『頑張ってくださいの』
ミディが可愛く笑って飴を差し出した。
可愛すぎて尻尾まで使って抱きしめたところでカーラファーシャが乱入してあらそったのはいつものことだ。
その見合いは吸血鬼種族の黒本家の令嬢とだった。
赤家の当主のイゼリアンと一緒の見合いで結局、黒本家令嬢は結局翠家の血を引く男……黒本家の当主の新妻の弟にとられたが……
あの乱暴男、かなりリーン殿に入れ込んでいたらしく一緒に迫ったくせにお前のせいだと恨まれて闇討ちされたが返り討ちしておいた。
最強の武人を有する白地方の本家をなめないでほしいな。
まあ、護衛についた竜人戦士の方がつよいんだが……
いらいなにかとつかかってきて面倒だな……
黒本家令嬢にふられていらいお見合いは何人もしたが、どんな噂が広がっているのが全敗だ。
橙本家のアールセイル嬢が相手と見合い話が出てきて嫌気がさして来たころ弟が嫁をもらうと聞いたので白地方に戻ってきたら、ミディが大衆酒場に入っていくのを見つけて思わず覗いた。
言動は相変わらず面白くて可愛くて笑ってしまった。
そしてあのミディが大人になって酒の匂いがしてる……なんて美味しそう何だ……
その後逃げられたが……
美しい銀のか弱い緑の瞳の竜人を諦める気はサラサラなかった。
だから……婚約者になってと求婚したのに……
「婚約と申し込んだのに偽装だと勘違いしてる? 」
「たしかに……」
私のつぶやきにオルフェート護衛官がうなづいた。
……そうか……だが私はミディ……ミディリーシャを逃すつもりはない。
「今度確かめに行くか……」
私はコメスパーク酒を飲み干した。
クククと笑い声が出た。
私はカーラファーシャにもイルの当主にも負けるつもりはない。
窓から見える青白い月を見上げて笑い続けた。
次の日白本家当主にずいぶん楽しそうだったわねといわれた。
絶対にミディをこのうでに抱いてみせる。
私は朝日に誓った。
そしていつもの生活がはじまる。
今日も帰りにミディを迎えに行こうと思いながら魔王都から送られた書類に目を通す。
「我が君」
オルフェートが静かに入ってきて膝まづいた。
「どうしたんだい? 」
私は顔を上げた。
緊急事態でございますと実直な護衛官は碧い鱗をさらに青くして報告した。
私はさらに青くなった。
あやつよくもまあ、逆恨みを!!
「すぐに調査を」
私は本性を抑えきれないほどの気持ちを抑えて命じた。
「はい」
オルフェートが礼をしてすぐに行動をおこす。
鱗がいつも以上にざわめく……だが闇雲に動くわけには行かない……
どうか無事でと見つめた先には夕闇が迫っていた。