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異世界Exorcist  作者: 紫陽花薫
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第四話 レイカ・アヤメ

 家から数百mの所に、ド田舎村グレンデーンの中心部が位置している。


村と呼べる範囲での面積は四方に二・三十キロ程度のもの。

中心部、と言っても噴水のある時計台がそそり立つだけで、特別派手でではない。

だが、この中心部は子供達の遊戯場のような感じになっている。


「(ま、予想通りって感じか)」


中心部に到着した俺は村全体を眺めた。

 中心部に近ければ近いほど、近代的な(石製の家がこの世界における近代的指標)家が多く見受けられる。また、決して少なくない物売りが存在するのもここら一帯だけだ。


ただ、俺は別に中心部でぼんやりと過ごす必要性はない。

村全体を確認の意味も含めて見て回りたいのだ。


「(……後、ガキが煩い…)」


妙に戯れついてくる同世代の子供を軽くあしらい、俺は歩みを進めた。


 俺が子供を嫌いなのは、色々理由があるが、最も根幹にあるのはたった一つのシンプルな答え。それは「不出来な自分」を感じなかった頃を思い出すようで、気分が悪くなるのだ。

 幼少期、俺は両親や兄から「神童だ」「天才だ」と持て囃された。別にその余韻に浸っていたわけではないが、中学まで続いた持て囃しブームは、高校生になった途端に終わりを告げた。


両親も兄も、高校に入る頃には明確な夢と、それに必要な才能を持ち合わせていた。

しかし、俺は夢も希望もなく、ただ持て囃されるがままに勉強に食らいついていた。


「(理想を持たなかった俺が悪いのか…)」


今思えば、何故あんなにも反抗しなかったのかと自分を疑いたくなる。

ここ最近も、情緒の乱れが酷く、感情のコントロールに時間を多く割くようになっていた。


 悪魔の力を持ちながら、悪魔を狩る事を決意する。それは、言ってしまえば、人の皮を被ったまま、人を殺すのと同じで、酷い罪悪感が心に根付く。ただ、ガルドとレーゼだけは失いたくないし、当然悪魔が二人の命を脅かすのならば、切って捨てる覚悟はある。


矛盾した心の中、その存在は前世の頃から変わっていないのかも知れない。


「(美化したイメージを壊さないが為に、両親に言われた事をやり続ける。自分の意思を殺して、俺はただ絡繰人形みたいな生活を送ってきた………だからこそ、意思を持つことが怖いのかも…)」


何となく憂鬱な気分になったが、足取りを重くするわけにも行かず、とにかく進む。


もう村の中心部から大分離れた、距離にして五キロは離れただろう。

ここら辺から民家の数がグッと減ってくる。密集地帯から離れたからだ。

それと同時に、近くの森とここら辺から隣接し始める。


「(……村と呼べるか否かの判断的には、既にここらで「村じゃない」って感じなんだがな)」


俺は何故村が中心部から五キロ程度の圏内で森と隣接し始めるかを知っている。

元々、この村はそこまで広い構造じゃない。

しかし、無理矢理に奥地へ住んでしまった人が居る為、地図上は実際より広くとっているのだ。


俺が目指しているのはそこだった。


 何でも、そこに住んでいるのは聖職者らしい。別に教鞭を振るうわけではなく、神社や寺、教会なんかと関係が深い方の聖職者である。勿論、俺は神様を信じるクチではないので、お祈りを捧げに行くわけではない。言ってしまえば「暇つぶし」に過ぎないのだ。


十キロは離れただろうか、そろそろ森と村が融合し始めている。

ここら辺から既に事実上村ではなく、完全に森が空間を支配していた。


その時だった。


ガサガサッ。


草むらを強引に掻き分けていく足音が聞こえて、思わずそちらを見据える。

白い何かが森の中を突き抜けていく。俺は無意識にその何かを追いかけていた。


 森の中は、比較的明るい。鬱蒼とした森、というよりは若干背丈の高い木々に囲まれた小さな森、と形容する方が格段に似合っているだろう。当然足元に気を付けて進んではいるが、別に曲がりくねった道でもないので、意識は白い何かを見失わない事に向いていた。


「(早いな……。そもそも足が速いのか、それとも俺と同じで何らかの訓練を積んでる? いや、俺の体が小さくなったせいで、手足のリーチが短くなったのが原因かも知れないな)」


しかし、俺とて別に気を抜いて走っているワケではない。

最大速力の半分以上は出しているし、同年代ならまず五分と持たないだろう。

それでも尚距離を詰められない。何かある、と確信するのに時間は掛からなかった。


「(とは言え、俺のここ一年の訓練を馬鹿にするなよ…? 野山ん中走り回されたり、腕に乳酸溜まっても剣振らされたり……六歳児のやることじゃねぇよ、あれは)」


若干ガルドへのボヤきが入ったが、逆に今は感謝している。

俺はそのまま徐々にペースを上げていく。ただ、体への負荷を気にしつつ、だが。


「(……ん、速度が目に見えて落ちたな。多分これなら…!)」


その時だった。


「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


「!?」


前方から悲鳴が聞こえた。多分、俺が追いかけていた白い何か。

いや、この場合は白い服を着た少女、って感じだろう。


俺は最大速力まで強引に上げて、今までよりも尚速い速度で少女の元へ駆けていく。


ガサァッ!


体に纏わりつく草木を強引に払い、到着したのは森の中腹地点。

若干開いた土地、その中で白い服を着た少女がぺたんと女の子座りで怯えていた。


震える手で指さした先に。


「……魔物…!」


獰猛な唸り声を上げる、オオカミが居た。






◆   ◆   ◆






 目の前で涎を垂らしながら、こちらを睨みつけるオオカミ。


ガルドの魔物図鑑で見たことがある。コイツはそこまで強い種類じゃない。

 

 魔物はAランクからEランクの階位順で組み分けされる。コイツは確か最底辺のEランクだ。また、Aランク以上の魔物は『魔獣』と呼ばれ、Sランク、Rランクが存在する。簡単な目安としては、ガルドのような帝都騎士団の上位層が十人掛りでAランクと対等。Eランクは、下級兵士一人程度のものだ。


しかしながら、問題はそこではない。


「(こんな時に限って……!)」


今回、俺に愛用の木刀はない。

ガルドから徒手空拳は習っているが、流石に魔物相手に徒手空拳じゃ敵うまい。


「(とは言え……!)」


「ガルルアァァァ!!」


「(迷ってる暇は、ないッ!)」


少女に襲いかかろうと飛びかかったオオカミを横跳びの蹴りで吹き飛ばす。


キャイン、と可愛らしく唸ったオオカミは、今度は完全に俺をターゲティングしたようだ。


「ガルァ!」


「く……っそ!」


飛びかかる勢いが強い、俺はオオカミの右足を掴んで、勢いを殺さず叩きつけた。

それでも、弱った様子はなく、それどころか怒りによって速度が若干速くなっている。


「………汝……救い……」


「(こんな時に神頼みか!? てか、ブツブツ喋っててなんも聞こえねえ!)」


猛襲を繰り返すオオカミ、紙一重で躱しつつ相手の体力が無くなるのを待つ。

ガルドに教えられた戦い方の一つでもあった。


 戦闘において、優勢な状態は八割方無いと考える。相手が複数人の可能性もあるし、相手が自分より格上の存在である可能性もある。そういった時、無駄に命を投げ出すのは愚策だ。泥臭く逃げ回って這い回って、兎に角耐える。耐えて耐えて、反撃の一撃を放つ。


多分傍から見た場合、今優勢なのはどう考えてもオオカミの方だ。


「(紙一重で躱す、攻撃を誘発する、避ける、止める…)」


爪で切り裂こうものなら、早めに牽制の一打を放つ。

牙で噛み付こうものなら、右足を軸に回転して避ける。

飛びつこうものなら、転がってでも回避する。


相手の攻撃パターンは、魔物である以上限られてくる。

その点は、人間じゃないだけ有難い。


「ガルゥゥ……アァ!」


「(来たッ!)」


俺は別に躱したりする事だけに専念していたワケではない。

一応チマチマと攻撃は加えていた。

勿論蓄積値的に、倒れるまで後数百発入れないといけないが。


そして、オオカミへのカウンターを放つ際に、最も適したタイミングを探っていた。

それが、このタイミング。


オオカミが勢いを付けて飛びかかる、相手が成功すれば即座に俺は生肉と化す。

だが、俺は何回か避けて分かった。

着地後に、コイツは必ず勢いを殺すために前足をグリップに使う。


「(反撃のチャンス!)」


飛びかかるオオカミ、俺は紙一重で躱す。

そして、相手が着地。勢いそのままに俺は蹴りを放つ。

振り向きざまの鼻っつらに一撃、流石のオオカミでもこいつは効くだろう。


「喰……らえッ!」


未だ着地によるインパクトの余波を残したオオカミに向けて、一撃必殺の蹴りを放つ。

相手は当然スイングに気づいて振り向く…。


はずだったのだが。


なんと、オオカミは勢いを殺さずに地表を滑っていく。

当然、なけ無しのリーチで繰り出した蹴りは見事に空振る。


「(マズイ…!)」


渾身の一撃、それは裏を返せば諸刃の剣である。

全身の力を一撃に込める、それは同時に躱されれば死を意味する。

振り返ったオオカミが二度目の強襲を掛ける。バランスを崩した俺は、対応出来ない。


「(死ぬ……!)」


その時。


「打ち抜くは嚆矢の如く、駆け巡るは稲妻の如し。百花千雷、一の舞五節『六花雷撃』!!」


凛とした、澄んだ女性の声が空気を震撼させ、同時に放たれた雷の矢がオオカミを穿つ。

ドンッ、とオオカミを吹き飛ばした矢が、オオカミと巨木を縫い付ける。


ぷらぷら、と所在なげにオオカミの後ろ足が揺れる。


「………」


「間に、合った……」


ぜーはー、と息を乱しているのは、先程の少女。

全身汗だくになった少女は、怯えた様子は何処へやら淡く微笑む。


「助けてくれて、ありがとう」


「いや、別に構わないんだが……って助けられたのは俺もだから、お相子だ」


「そっか…。私の名前はレイカ・アヤメ。貴方は…?」


「俺はフレイ・デル・アルフォルマだ」


少女は見知った風に頷くと、「アルフォルマさん家の……」と呟く。

 

 先程とは全く違った印象を与える少女、名前はレイカ・アヤメと言ったか。服装は走るのに適しているとはお世辞にも言えない白のロングワンピース、その上麦わら帽子である。靴はサンダルのようなもので、右手には手製のバスケットが抱えられていた。


顔立ちは幼いながらに整っていて、目鼻立ちがくっきりとしていた。

そして、俺には幾らか気になる点があった。


「…黒髪、珍しいな。瞳もカラス色…。名前も……」


「気に、なる?」


「気にならないって言うのは、嘘として今更無理があると思うんだが…」


「そ、そうだよね…」


「あ、後年は?」


「ふぇっ! えー、えーっと、ろ、六歳…」


コイツやっぱ同年代、ってか兎に角子供なんだな。

さっきの魔法(?)と言い、この格好でのあの疾走力と言い、何だか将来有望だ。


「…ま、別に深い詮索はしない。それより、一つ聞きたいんだが、いいか?」


「あ、はい…どうぞ」


「この先に神を祀る祠っていうか、何か、それ系の家があるらしい。知ってるか?」


「知ってるもなにも……私、その家の娘です…」


何となく推察していたが、予想は大方あたりだった。

中心部から来た俺に対して、真逆の方向に逃げた事から、事情は分かっていた。

とは言え、黙りを決め込むのも悪いので、勝手ながら会話を進めるネタにさせてもらう。


「俺は……探検がてら、少し寄り道をしようと思っていたんだ。連れてってくれるか?」


「い、いいですよ…?」


「すまないな」


俺はそこまで話して、ふと気づいた。

あれ、この喋り方、この年齢的にやけに大人びた、いや老けてないだろうか。


相手も何だか年相応な喋り方をしないので、ついつい何時も通り話してしまった。

今更取り繕うのも無理があるので、恐縮した様子のレイカに俺は告げた。


「俺の喋り方は生まれついてのものだから、別に怖がらなくていい。フレイって呼んでくれ。俺は君の事をレイカって呼ぶことにするから」


「う、うん……よろしくね、フレイ」


「ああ、よろしく、レイカ」


その後は取り敢えず当たり障り無い会話をしつつ、レイカの家を目指した。


 黒髪はレイカの家系が先祖代々そういう髪質なのだそうだ。名前が少し変わっているのも、アヤメ家の初代当主が、俺の推測だが日本人だったせいなのだろう。さっきの呪文、いや、祝詞か? とにかく魔法的な何かを発動する時唱えていたあれも、きっとその恩恵だ。


「(洋式魔法に和のテイストを加えたって感じか。どこもかしこも和洋折衷だな)」


その後は話すことも尽きて、ただ黙々と険しくなる一方の林道を進んでいく。

お互いに黙り込んでから二十分程度が経過した頃、ふいにレイカは話しかけてきた。


「フレイの事は、噂で聞いてたんだよ。お婆ちゃん『星詠み』っていう儀式で、この先の未来を占う事が出来るからね」


「星詠み、か」


「うん。そしたらね、つい最近だけど、『アルフォルマ家の子が素晴らしい素養をもっておる』とか何とか言ってたんだ。ガルドさんは、村外れから中心部に買い物に行った時、会ったら優しく声を掛けてくれるから、アルフォルマさんのお家は、名前だけ知ってたんだよ」


「お父さんが……まぁ、確かにあの人はとても優しいね。訓練の時は鬼だが……」


「訓練…?」


「まぁ、将来の為にも剣術を多少習ってるんだ。その合間に徒手空拳も少々」


「としゅくうけん?」


「…要は素手で戦う方法のことだよ」


「あー、なるほどっ」


ぽんっ、と合点がいった様子で右手を皿にして左手を軽く打ちつけた。

その動作からレイカが左利きである事を感じ取る。

ただ、先程バスケットを持っていたのは右手だ、もしかしたら両利きなのかも知れない。


もう歩き始めて三十分は過ぎただろうか。

俺達の歩くペースが速いのか、はたまた意外と距離が短いのか。

目指している家屋は遠巻きに見えてきた。


「あそこだよ、私のお家!」


「(あれは……)」


自慢げに遥か遠方を指差して無邪気に笑うレイカ。

俺も、その時ばかりは笑うしかなかった。


何故なら。


「(……思いっきり神社じゃねえか…!)」


そこにあったのは、日本人なら誰しもがお馴染みのそれ。

朱色の鳥居、キツく縛られた七五三縄、遠巻きにも分かる無駄に長い階段。


そう、それは見紛う事なき、立派な神社だったのだ。


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