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異世界Exorcist  作者: 紫陽花薫
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第三話 猶予

 その日の出来事であった。


俺は久々にガルドとレーゼに挟まれて、川の字で眠りについた。

 というのは嘘で、あの言葉に感銘を受けて心の底から溢れ出る歓喜に身悶えしていた。ガルドは本当に良い親である。ただ、いつまでも眠らないのは育児の生活態度上よろしくないので、ずーっと瞼を閉じて寝ていた。すると、俺が眠りについたと勘違いして二人は部屋を後にした。


嫌な予感がした。

だが、結末は桃色な結果となって帰ってくる。


 俺は二人が俺に隠し事をしているのだと考えた。ガルドの対応は謂わばテンプレ過ぎて、感銘を受けてはいたが若干不安な面もあった。とはいえ俺は二人を信じることにしたのだ。だが、もし、俺が寝たと勘違いして、二人だけで俺の今後の処遇について語り合うつもりなら、いっそ俺は死ぬつもりだ。


二人は、本来俺が生まれる前は二人が使っていたであろう寝室へ向かった。

こっそり、足音を立てないように俺は二人の後をつけた。


「(俺をああやって言いくるめて、本当は帝都のそのナントカ部隊に突き付けるつもりか…? いや、果ては俺の力を悪用しようと考えている可能性もなくはない。ガルドは優しいし、ハッキリいって女だったら即惚れするレベルだが、故にストレスの捌け口を求めているのかも知れないからな、俺の力で帝都征服なんて考えかねない)」


俺のシリアスな思考はクライマックスに突入仕掛けた。

中ではボスッ、と何かがベッドの上に倒れた音が聞こえて、シュルシュルと何かが解ける音がする。


「(……まさか、放火するつもりか…!? そしてレーゼを連れて帝都へ逃げるつもりだ。いや、もしくは被害者ヅラをして、俺を合法的に亡き者にする…! クソッ! 今のボスッて音は灯油缶か、とにかく可燃性の高い何かを詰め込んだものだろう、シュルシュルって音は導火線…!)」


中からはくぐもった声が聞こえてくる。

しかし、俺の思考のヒートアップは止まらない。止められない止まらない。


「(だとしたら逃げるしかない…! だが、俺はまだガキの体だ、逃げる範囲も限られてくる。いっそ誰かに匿ってもらおうか…? いや、しかし…!)」


その時だった。


「ああぁん!!」


「(は、はい……?)」


中から聞こえてきたのは、激しく荒ぶる嬌声だった。

長い間フリーズを続ける思考、尚も連呼される嬌声の嵐。


「………」


俺は無言のままその場を去って、しっかりと扉を閉めて眠った。

全くもって無益なことをした。何が二人で密会だ、まぁ、間違ってはいないだろうが。


「(………そーいうのは子供がちゃんと寝静まったか確認してからやってくれ)」


ガルドは普段優しくて、ストレスの捌け口を求めているのではないか。

そんな事をさっきまで考えていたが、どうやらそれは要らないようだ。


何せ、レーゼと一緒に居る時間さえあれば、ストレスなど溜まるはずもないのだから。


「(……隣でアンアン騒ぎ立てないでくれるかな。マジで眠れない…)」


これで俺の弟か妹が生まれるのか、と考えると感慨深いものがある。

俺はその日初めて、親の「そういう」行為を目にして気まずくなる感覚を味わった。






◆   ◆   ◆






 時々夢の中って分かるときがあるだろう。


例えば夢の中で靴を履いていたら、家の中なのに靴履いているなんて、夢か…みたいな。

今現在俺は、これが夢であることを知っている。


それと同時に、夢じゃない可能性がある事も、知っている。


『お目覚めかい、我が主』


目の前に居るのは、レーゼ顔負けのダイナマイトボディの美女。

 黒いボディーアーマーのようなものに、所々露出を抑えるように付けられたプロテクター、そして何故か漆黒のマントを生やしている。肌は透き通るような白色で、格好と相まって、異様な神々しさをその場に照らすように映している。


俺は思った。これは夢だ、と。

レーゼの嬌声を子守唄に眠ってしまったが故に、無意識にそういう夢を見たのだ、と。


だが、次の言葉で俺は、これが夢なのか夢じゃないのかの判断がつかなくなる。


『黙り決め込むなよ…。覚えてるワケもねぇか。俺様のことなんざ……ま、んじゃ自己紹介から始めるとするぜ。俺様の名前はルシファー、ようやっと思い出せたか、我が主』


「………ルシ、ファー?」


聞き慣れた言葉だった。

 ルシファーは厳密には悪魔ではなく堕天使である。また、サタンの別称とも言われる。元々は全天使の長を務めていたが、土塊から作られたアダムとイヴに仕えよ、という神の命令に背き、対立した事によって天界から追放されて、神の敵対者になった。


昔はガルド程じゃないが乱読派を名乗った俺、神話系統も大体補完してある。

そして、ルシファーは堕天使ではあるが、悪魔と同列視される事が多い。


つまり。


「…お前が、俺の悪魔の力…!」


『おぉーう? 察しがいいな、我が主。んで、俺様は名乗ったワケだが、名乗ってくれないのか? いつまでも我が主、なんて呼ぶのは怠いぜ』


「…俺は倉橋きど……じゃなくて、フレイ・デル・アルフォルマだ」


『そうか、フレイか。我が主の名はフレイ……勝利神の名を冠するワケだな、何だか皮肉だなァ。まぁいいか、それより、フレイ、フレイ……なんと呼ぼうか、我が主』


「フレイで別に構わない」


『それじゃ遠慮なくフレイと呼ばせていただくぜ』


カカカッと随分と愉快そうにルシファーは笑った。

邪気のない笑み、ただ俺はコイツとの距離を測りかねていた。


 悪魔は俗説だが、人間の心の隙に入り込んで乗っ取ろうとする。弱い部分や見せたくない部分、そういった自分のウィークポイントを悪魔は好むのだ。故に、コイツの前では例え虚勢だとしても、弱い自分は見せられない。堂々として、相手に付け入る隙を与えない、それが鉄則だろう。


しかし、相手は百戦錬磨の悪魔。いや、悪魔の王とでも呼ぶべき存在か。

一筋縄ではいかなかった。


『フレイよォ、そんな虚勢張ったって意味ねぇと思うぜ? 俺様にはお前の心は筒抜けだ。いつでもお前の心に憑きにいける。ま、虚勢張らずに去勢しとけって話だな。カカカッ!』


「うるせえよ! 何上手い事いったみたいな雰囲気出してんだ!」


そうツッコミを入れてハッとした。

ルシファーはニタニタと人の悪い笑みを浮かべつつ、こう言った。


『やっと緊張がほぐれてきたか? あんまし長居はできねえ。手短に要件だけ伝えてくぜ』


「…?」


『お前が持つ力は『魔眼イーヴルアイ』ってヤツだ。後な、悪魔の野郎共が、こっちに向かって侵攻してきてやがる』


「なに…!?」


『つったってアレだ。別に今日明日でがーっと来るワケじゃねぇ。大陸挟んでの移動だからな、早めに見積もっても八年から九年、長ければ十年ってとこか。それまでにはここら一体の人間避難させな』


「だけど…」


『俺様が助言すんのはこれっきりだ。ま、『扉』を開けばまた会えるさ。要約すりゃ、お前はこれから早くて八年、遅くても十年の間に俺の力を使いこなせって事よ。そうしなきゃ、手薄なこっち側は即座に陥落しちまうからなァ。お前の親父さんは帝都のお偉いさんなんだろ? 帝都にも情報は入れといた方がいいからな、そこら辺はお前がなんとかしろ、フレイ』


ルシファーは邪険な感じで俺に手を振って、すぐに消えてしまった。

返事すらできず、俺はただその場に固まってしまう。


「(後八年、つまり、十一歳…か。急がなきゃ、間に合わない…!)」


ルシファーの言っていた事は意味不明な事が多数あった。

だが、この助言は嘘じゃない。嘘だったとしても、それを受け入れる価値はある。

過保護的ではあるが、ガルドにもレーゼにも死んで欲しくない。


俺はその強い意思を胸に抱いたまま、静かに、深く眠っていった。






◆   ◆   ◆







 あの夢以来、ルシファー側から俺に干渉する事は全くなくなった。


ルシファーが夢に出てきてからもう既に三年が経過した。

この三年間はダイジェストとして送る程の価値も殆どないだろう。


 一応話すことがあるとすれば、ガルドは俺の話を聞いて直様帝都へ向かっていった。帰ってきたのは一ヶ月後で、対応へは色々時間が掛かるから、村の移動自体は五年程待機だそうだ。実際、ルシファーの推測が多少外れていても、流石に三年も誤差があるとは思えない。

 

 また、俺は五歳頃からガルドの教えで一日三時間、木刀を使って模擬訓練を行う事になった。当時三歳だった俺は、五歳になるまでに擦り切れる程入門書を読みあさった。また、魔術系統の文献にも手をつけさせてくれた、が、俺はあまり魔法に対して才能なるものがないらしい。


 魔法は全五種、十系統からなる。まず『種類アプリ』、これは謂わば魔法における基礎であり、地盤だ。例を挙げると、主要五科目のようなものである。種類は五つ、攻撃魔法・守護魔法・回復魔法・召喚魔法・封印魔法。そして『系統ルート』、これは派生系で、先程の例を用いると、国語が現国と古文に別れる、みたいな感じだ。

 系統は十個、フレア・クレイ・ボルト・ウィンド・アイス、これら五系統を総称して『属性エレメント』と呼ぶ。残る五つはウェイト・レイド・スピード・スペース・スピリット、これら五系統を総称して『複理化アドヴァンス』と呼ぶ。


系統については分からないが、俺が使えるのは守護魔法のみ。

それも、まだ習ってすらいない我流だからか、ハッキリ言って毛が生えた程度の能力でしかない。


結局、俺が現段階で人並みに出来る事は剣術程度なのだ。

 

 『悪魔』の侵攻まで、もう残り五年。俺は剣術を習いつつも、帝都の『魔法学校』系列の学び舎に入学する旨をガルドに伝えた。ガルドとレーゼは特別反対はせず、寧ろ俺の意見に対して賛同の意を示している。金銭問題に関してはガルドが解決をするそうで、出世払いで返すように言われた。


現在、俺はガルド達、帝都騎士団が練習で使う『藁人形』相手にひたすら剣を叩きつけていた。

藁人形は廃棄が確定したものをガルドが少し修理しただけのものだ。

また、俺が使用している木刀も、下級兵士が使うもののお下がりに過ぎない。


「(ただ、それでも……!!)」


藁人形に向けて、右肩から斜めに切り下げる、袈裟斬りを何度も繰り返す。

横薙ぎ、足払い、袈裟斬り、切り返し、回転斬り。

ガルドに教えられた基礎を忠実に守りつつ、独特の我流を混ぜ込みながら技を繰り出す。


「(まだ、まだ、まだだ!)」


ガン、ガン、と藁人形に木刀を打ち付ける。手が痺れる感覚など忘れて、無我夢中に。

 

 俺が今やっているのは剣道じゃない。剣道のような「遊び」じゃないのだ。これは人を殺すための剣術に過ぎない。横薙ぎで牽制しつつ、足払いで相手を転ばせ、袈裟斬りで利き腕にダメージを与え、相手の攻撃は切り返しでカウンター、また大勢を相手にする際には回転斬り。


対人、対悪魔用の殺人剣。これはその類だ。

例え獲物が木刀だろうと、その事実は変わらない。


「(相手の攻撃を予測しろ……。横薙ぎを止められ、足払いを回避される……だが宙に浮いた敵に向けて袈裟斬りを放つ…)」


ガン、ガンガン!!


脳内シュミレート通りに技を繰り出す。

相手は動かない藁人形だ。しかし、実践で相手が全く動かない事などまず有り得ない。


俺は藁人形を囲うように走りながら剣戟を放つ。

丸太を藁で覆っただけの藁人形、その藁は模擬訓練を始めて一年の間で、何回も取り替えた。


「(一度走る方向を転換、ただこの時にスピードを落とすのは愚策。方向の切り返しは回転斬り、威力と速度を落とさずに上段から振り下ろす連撃……)」


ガガン、ガン!!


時計回りに回転しながら斬りつけていた俺は、回転斬りで方向を逆時計回りに転換。

また、速度が多少減速するのは仕方がないので、攻撃を受ける前に上段からの振り下ろしを加える。


そして最後に。


「(刺突!!)」


ガギィン!! バラッ……。


ビリビリと麻痺して痛む腕を抑えながら、俺は満足気に微笑んだ。

今までの剣戟で耐久力が落ちていた藁が、最後の刺突で完全に剥がれ落ちたのだ。


「(…新記録達成だな。前は数ヵ月に一度ペースだったが、今じゃ週一ペースで取り替えか…)」


「フレイ~……ってあら、また藁剥がしたの?」


「ごめん」


「練習熱心なのはいいけど、腕壊さないように気をつけなさいよ?」


「うん、分かってる」


「……後五年で、この村ともお別れなのね」


レーゼは日々練習する俺を見て、心を痛めている様子だった。

それも当然なのかも知れない。練習開始当時は、何度も腕を真っ赤に腫らしたりもしたから。


村の住人には既に情報は伝達してある。

早めに逃げ出す人も多く、今や村の人口は元の人口の半分を切っていた。

残っているのは、自力で山越えを出来ない年配の方や、小さい子供を持つ親御だけだ。


「(いざって時には、ガルドと結託してレーゼを守りきらなきゃいけない。限られた時間を有効に活用していかないと。それにこの『眼』についても、分からないことが多いしな)」


もし、ルシファーの予想が物の見事に外れていたとしたら。

 帝都から飛龍(移動用の召喚獣、戦闘時にも活躍するオールマイティ)に乗って騎士団がやってきたとしても最低二時間は必要だ。本来徒歩なら丸三日は余裕でかかるのだから、それに比べれば何てことはないが、この村に戦える人材はガルドと俺を除いてほぼ居ない。


二時間の間、百人近い人間を守りきるのは到底不可能だ。

だが、それでも。


「(俺は勝たなきゃいけないんだ)」


俺は未だ見ぬ最凶の敵を想像しながら、グッと右拳を握り締めた。

丁度その時、藁を張替えを終えたレーゼがこちらへ向かってきた。


「フレイ、張替えしておいたわよ」


「ありがとう、お母さん」


「いいのよ……あ、それとね、パパが明日帰ってくるわ。と言っても、強引に休暇を取った感じだから、多分長居は出来ないと思うの。だから、この際に気になってる事とか、聞きたいこととか纏めておいた方がいいわよ? 帝都の騎士団も暇じゃないからね」


「うん、そうする」


レーゼは微笑みを浮かべて、そのまま二階へと上がっていった。

多分部屋の掃除か、もしくは書斎から本を借りて読書時間に入るのだろう。


 ガルドとレーゼ、この二人に対して俺は特別敬語は使わない。だが、ガルドの場合は、訓練中は俺の教師を務めるので、日常と訓練中での喋り方に区切りがある。基本ガルドも同じスタンスで、日常では普段と変わらない柔和な態度だが、訓練になると鬼も逃げ出すような厳しい態度を取る。


気を使わなくて済む、という意味合いではやはり「家族」なのだ。

ただ、俺はここ最近庭で剣術の練習をして、トレーニングも基本自宅か庭で行う。


「(外で遊ぶとか、した事ないんだよな。まぁ、遊ぶのは無いにしても、多少村を見て回るのも…)」


事実、ガルドには厳しく一日三時間「だけ」と限定されている。

今からするのは筋トレ程度のもので、どうせ暇を持て余すだろう。


「……お母さぁーん」


『はぁーい? どうしたのー?』


俺が階下から呼ぶと、扉越しなのか、フィルターの掛かったレーゼの声が聞こえた。

こういう時は読書に夢中で部屋から出るのが億劫な時が多い。

俺は声を張り上げて要件を伝えた。


「少し村を見て回ってくるー!」


『分かったわ~。あまり遅くならないで帰ってくるのよー?』


「はぁーい」


俺はすぐに玄関に向かった。

許可も下りた、これで合法的に外での活動が認められたも同然だ。


「いってきます」


『いってらっしゃーい』


レーゼの間延びした声を、俺は後ろ手に閉めた扉の音でかき消した。


修正点があればコメントで書き添えてください。

後、アドバイス等ありましたら、ご遠慮なさらずにお願い致します。



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