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異世界Exorcist  作者: 紫陽花薫
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プロローグ 身の上話

 俺は、臆病者で小心者、何も出来ない人間だった。


名前は倉橋毅堂くらはしきどう。当時十九歳。

倉橋の名前は、当時各界でも有名なモノだった。


 父は世界を股にかけるIT関連企業の社長。母はハリウッドデビューをも成し遂げた有名女優。兄は現在メジャー在籍中のプロ野球選手。妹は有名アイドルグループのトップスター。


だが俺は、ただの平凡な大学生。


 父のように有名な名門大学へ行くわけでもなく、母や妹のように高校卒業時点で既に将来の道が拓いていたわけでもなく、兄のようにスポーツに専念する為でもなく。

普通に勉強していれば、普通に入れるような大学に、普通の成績で合格した。


俺には武器が無かった。取り柄が無かった。特筆して凄い何かが無かった。

いつもいつも、俺は両親や兄から罵声を受け、散々に罵られた。


『何の取り柄もないお前は倉橋の名に泥を塗った』

『出来損ないのポンコツ人間が』

『全く誰の血を継いだんでしょうか』

『お前に生きる価値はない』

『何でお前が生まれてきたんだ』

『お腹を痛めてまで産む意味が全くなかった』


高校に入って、俺は何も持ってない事に気づいた。

考えてみれば遅かったのだ。両親や兄、妹にあって、俺には……輝く何かが無かったことに。


だが、それでも妹である星華せいかだけは俺に普通に接してくれた。


 妹らしく、俺に従順で、くだらない実力や才能で俺を測らなくて、優しかった。誰よりも心優しく、俺にとっての、世界の中で唯一安らげる場所が、星華のお膝元だったのだ。


だが、その安寧の時間すらも滅び行く。


高校に入った時、それは訪れた。

当時中学二年生の星華に、アイドル事務所からのオファーが入ったのだ。


 星華は幼い頃からアイドルを夢見て、色々と活動をしてきた。動画配信サイトに自分のダンスを投稿してみたり、わざわざダンススクールに通ったり、声楽を習ったり。勿論、アイドルへ向けて、オーディションを受けたりもしていた。本人は割と冗談半分な面もあったのだが、今回何度目かのオーディションにして、星華はとうとうアイドルデビューのキッカケを掴んだのだ。


そして、星華は俺と全く正反対の道を歩み始めた。

 多忙な事もあり、アイドルと学業の両立は相当に難しかったのだろう。家に居る時間は少なくなり、当然俺なんかに構っている余裕もなくなった。


そんな生活が二年間も続いた。俺は高校三年生になり、大学受験に向けてスイッチしていた。

その頃から、やっと仕事が落ち着いてきたのか、星華はよく家に居ることが多かった。


だから俺は、久々に声をかけてみたのだ。


「星華、こうやって話すの久し━━━」


「話かけないでくれない? アンタみたいのと話すと、人気とか支持率落ちそうだから。ってか、何も出来ない分際で呼び捨てとか有り得ないんだけど。兄ヅラしないでよ」


そこに居たのは、清廉潔白な、あの星華ではなかった。

二年間という期間の中で、星華すらも俺を蔑み罵倒する存在に成り果てたのだ。


俺はその時から、この世界に居場所を感じなくなった。


 学問では父に敵わず、芸能技術では母や妹に惨敗し、運動能力でさえ兄に嘲笑された。そうなってしまったら、俺に残されたのは何だったのだろうか。いや、そもそも俺に何か残されていたのだろうか。


武器を奪われ、牙を抜かれ、爪を削がれた。

何も無い。まるで俺から全てを奪っていったかのように、圧倒的に俺には何もなかった。


「(俺は何も無かったのか。残されたのは、空っぽの心と壊れた心だけ…)」


空疎な日々が毎日過ぎっていく。

俺がこうやって過ごしている間にも、倉橋の名を背負った者達は日夜活躍しているのだろう。


だが、それから一年後、俺はとあるスポーツに出会った。


「…剣道、か」


合格した大学の職員室前に貼ってある部員募集の紙を見て、少し興味が湧いたのだ。

 高校時代は部活を止めて、自由な時間を過ごすことにしていた。当然体は鈍っているし、直様活躍できるようなスポーツセンスもない。ただ、剣や銃はやっぱり好きだったし、サバゲー部なんてものは無いので、少しだけ興味を惹かれて、ここに来たのだ。


そして、生き甲斐の無かった俺は剣道の道に惹かれて、入部した。


大学からのスタートだったので、やはり実力以前に知識が足りなかった。

 当時教えてくれた先輩は二人。実技は男子、知識は女子マネージャーに教えてもらった。二人はとても優しく接してくれて、久々に何となく明日への希望を抱くことができた。


それから数ヵ月後。

どうやら俺の適正は剣道だったらしく、物凄い速度で実力が上達していった。

高校時代有名な選手だった、同期のとある男子生徒にも一本を取るほどの急成長。


「(そうか……。俺はやっと巡り合ったんだ! やっと、あの人達に敵う、才能を見つけたんだ!)」


それから、俺は毎日毎日剣道に打ち込んだ。

 基本技の練習は勿論、筋トレや自主連は欠かさなかったし、先輩達への敬意も忘れなかった。そのお陰で俺は、同期にも慕われ、先輩達からも好まれる、そんな人間になっていった。


ただ、一人を除いて。


入部から五ヶ月、俺にとっては初めての、先輩方にとっては二回目、もしくは最後の大会。

 レギュラーに上がったのは、部長・副部長を務めた三年生二名、実力者枠として二年生二名、そして最後に一年生からの枠で俺が選ばれた。


既に実力は県内屈指とさえ言われた俺は、その時舞い上がっていたのかもしれない。


大会を前日に控えた、十月十一日の事だった。

同期で、俺に次ぐ実力者だった広山和成ひろやまかずなりに夜中に呼び出された。


内容は特に伝えられないまま呼ばれたのは、人気のない公園だった。


「広山…?」


「よう、ノコノコ来てくれたか、倉橋」


そこに居たのは、広山だけではなかった。

見るからに凶悪そうな、ガタイの良い男が数人、広山の背後で下卑た笑いを零していたのだ。


「広山…なんの用だ? てか後ろにいるのは…」


「倉橋、お前マジで分かってねえの? だとしたら鈍感通り越して愚図だろ」


「……何言ってるんだ?」


「俺はさァ、別に選手枠欲しかったワケじゃねえけどよ、流石に大学入ってからやりました~なんて言うド素人に、貴重な枠取られるのは、高校から続けてる俺的にマジ腹立つんだわ。その上さ、お前はストイックに実力高めていくし? なんつーか、剣道しか見えてなかったっていうか、まぁ、ハッキリ言って雑魚が思い上がってんな、って感じ」


「……え………?」


「んで、俺的にめっちゃイラつくし、ここで潰そうって思ったワケ。右手折れば明日の大会出れねえっしょ。んで、その枠に俺が滑り込む。完璧じゃん」


俺はまるで世界から切り取られたような感覚だった。

 広山は居残り練習する俺に対していつも励ましの声を掛けてくれていた。俺が競り勝つと、毎回のように「努力の差かな」って呟いて、俺の努力を賞賛した。俺と競い合うように、一年らしく上級生の命令に素早く的確に対応した。俺は、広山がライバルだったんだ。


だけど、それは違った。

広山は、こうやって俺と競い合うフリをしながら、俺を確実に潰すタイミングを狙っていたのだ。


それから俺は、逃げようと反抗したが、取り押さえられた。

何処で拾ってきたのか分からない鉄パイプで何度も右腕を殴打された。

結果、俺の右腕は骨折。ヒビも数箇所に入った。


俺は、その時全てを失った。


それから三日後。

入院していた俺に、珍しく面会者がやってくる。


それは、意外にも父だった。


「…骨折は治りそうなのか」


「…うん、もう何日かで退院だよ」


「そういえば、剣道をやっていたらしいな」


「頑張っていたよ」


「…お前の大学、全国まで行ったそうだ」


「え……?」


父は俺に新聞を手渡した。

 スポーツ記事の小さな部分ではあるが、『無名大学、まさかのセミファイナル!』と大きく広告がなされていた。そこには、見知った先輩方の顔、そして広山の顔があった。


すると、記事を見ないで父はスラスラと文字列を読み始めた。


「『今回セミファイナルまで駆け上がったのは、全国出場経験ナシの無名大学。しかし、今回勝ち上がった勝因は、二・三年生のしっかりとした土台、そして期待のルーキー広山選手の鮮やかな剣捌きだろう。会見後、三年主将の森山君から話を伺うと「予想以上の結果でした。諦めない気持ちと、ルーキーの広山の活躍が大きかった」と語った』……だそうだ」


「嘘だ……。俺は、広山に何度も競り勝ってる…。違う、違う違う違う!!」


「現実だろう。何やらコソコソやっているから、何かと思えばこんなことか。広山君とやらは、お前を病院まで運んだ好青年だそうじゃないか。才色兼備、お前とは全く次元が違う」


「違う…。俺の腕を折ったのはアイツだ…! 広山だ! アイツが俺の出場を恨んで、無抵抗な俺の右腕を鉄パイプでへし折ったんだ!!!」


「くだらん妄言は止せ。何故自作自演する必要がある。そもそも、お前の実力じゃ県大会突破すら難しかったんじゃないか。先輩方の足を引っ張らなくて何よりだ」


「……なんだよ…それ」


「おっと…。わざわざ時間を割いて来てみたが、まぁ、所詮無意味か」


そう告げて、父は去っていった。

 父は俺のことをハナから期待などしていなかった。それどころか、周囲に巻き込まれての問題行動でさえ挙句俺のせいにする。俺は何もなかったから。俺は使えない人間だったから。


それから三日後、俺は無事退院した。

だが、当然俺はこの世界で生きるつもりなど、もう無かった。


「(せめて、最後は復讐してやろう。これを交番の近くに捨てて、警察側に事情を知らせるんだ…)」


俺は今まで行われてきた家庭内暴力や、その他諸々を遺書として書き連ねた。

そして、交番の近くにカバンごと置いて、家へ駆け出した。


だが、幸か不幸か、俺は反対車線から飛び出してきた車に轢かれて死亡した。

どうせ死ぬのだから、あまり変わりはないが、遺書の意味がなくなってしまったかも知れない。


ふと、最後に見えたのは、何処までも高く青い、晴天の空だった。


「(………ああ、本当に惨めだ。死ぬことで解き放たれるなんて…)」


聞こえてくるパトカーのサイレンを子守唄に、俺は眠った。

永遠に起きることのない。閉ざされた闇の中で。



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