第三話
会社から新宿まで、車で20分くらい。
車に乗せてもらってから5分くらいは、なんだか車内に重苦しい沈黙が流れていた。
な、なんでこんなに空気が重いんだろう。
高木さん、たしかに運転してるし、前見て集中してるし、無言でもしょうがないんだろうけど。
思わず姿勢を正したまま、崩せない・・・
「・・・今日はさ」
「え?」
ぽつりと高木さんから言葉が出た。
あれ?空気が重いなんて、気のせいだった?
「新宿、どこいくの?」
「あ・・・ええと、センチュリーホテルに・・・」
「ホテル?」
え?なんか、声がこわい・・・
「あ、はい、予約してあって」
「予約?!」
「は、はい!フレンチのレストランの・・・」
ちょうどそのとき信号が赤になって、高木さんは車を停止させた。そのまま、ちょっとハンドルにもたれかかるようにして顔を伏せてる。
「た、高木さん・・・?」
具合でも悪くなった?ちょっと心配になって顔を覗き込むと、目の周りがなんか・・・赤い?
「・・・よく行くの?」
「そんなことないですよ、今日は親友の婚約祝いの食事会なんで、特別です」
「婚約祝い?」
とたんに高木さんがばっと顔を上げた。
「はい、高校の時の同級生で。とってもいい子なんですよ、彼女」
「そ、そうか・・・同級生の・・・」
はは、と高木さんが笑って、車内の空気がすっと軽くなった。
信号が青になって、車がすうっと走り出す。それと一緒に、フロントガラスから街の明かりが流れ出す。
*****
ホテルに到着して、正面玄関の車寄せにBMWをつけると、すぐにドアマンが助手席のドアを開けてくれた。高木さんも運転席から降りてきた。
「ありがとうございました、高木さん」
そういってぺこりと頭を下げると、「それじゃ、また来週」といって助手席のドアを閉めてくれた。そのまま別れてホテルの中へ入り、後ろを振り返ったら、高木さんはまだいて、いつものスマイルで手を振っていた。
つられてにっこりと手をふりかえしたら、
「みなみ!」
後ろから声がした。
「あ、ゆう」
わが親友、優は先に来ていたよ。
レストランに移動するので振り返ると、ちょうど高木さんが運転席に乗り込んで、車を出すのが見えた。
*****
「婚約おめでとう、優」
「ありがとう」
お互い下戸なので、ノンアルコールカクテルで乾杯する。
優は、数年前に事件に巻き込まれ、そのときに知り合った男性と婚約した。とっても大変な目に遭ってきたから、幸せになってほしいな。お相手の麻生さんもいい人だし、きっと大丈夫だ。
「ねえねえ、さっきここまで車で送ってもらってなかった?」
「え」
見てたんだ。
「ああ、隣の課の人でね。ちょうどこっちを通るって言うから、ついでに乗せてもらっただけだよ」
「へえ。うん、でもねえ」
なんか意味深な笑い。
「…なに?」
「かっこいい人だったね」
優がニコニコしながらそう言った。
「…あっ、違うよ!本当に会社の同僚っていうか、先輩っていうか、なだけだよ?」
「うん」
なんか、優のニコニコ顔が怖い。
「みなみにとってはそうかもね」
「…」
「まあ、でも、みなみが興味ないならこの話題はおしまい!あ、ほら、お料理が来たよ」
ちょうどその時、前菜が運ばれてきた。アボガドとまぐろをテリーヌにしたものがセルクルで丸く整えてあり、美しく盛りつけてある。
「優、心配しないでいいんだよ。わたし、たまたまいいなって思う人が見つからないだけだよ」
「…うん」
「でも、高木さんはないな!いま、会社で一番人気だもん。そんな高嶺の花は要りません」
「あー、まあ、わかる気がする。芸能人に憧れるようなものだよね」
「そうそう!」
話に花が咲きまくり、気がついたら3時間以上たってた。
女3人寄れば姦しいって言うけど、2人でもじゅうぶん姦しかったね!
けれど週明け、ちょっとした波乱が待ち受けていようとは、このときの私は考えてもいなかった。
そろそろご存知の方は気が付かれているかもしれませんが、ヒロインは拙著「Hermit」に出てきた藤田南美ちゃんです。
宣伝宣伝♪
そちらを読まなくても大丈夫なように進めていきますのでご安心を。