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第二十五話

 そしてそれは、その日の夕方に起こった。







 美代子さんの家からの帰り、夕食を兼ねてショッピングモールに寄った。

 こういう大型のショッピングモールって、都内は案外少ないよね。ここは5階建てで、トップフロアには映画館とレストラン街がある。うちからだと、車じゃないと来にくいのが難点かな?


 夕食には少し早い時間だったから、店内を回ることにした。



「えっ、南美、免許持ってるの」

「持ってますよー!」


 どうしてか運転免許の話になって、私が免許持ってるよ、っていう話になったら真樹人さんがわざとらしく目をまん丸にして驚いて見せた。

 なんか、ひどいな! 大学の頃、優と一緒に教習所に通って取ったんだよ! 仮免だって本試験だって一発合格だったんだよ!

 ……まあ、今では立派なペーパードライバーですが。仕事で海外在住の両親に、頼むから運転しないでくれって泣いて頼まれたんだよね。これまた失礼な!


「じゃ、免許証見せてよ」

「えっ」

「なんでそこで躊躇するの」


 だ、だって!


「……だもん」

「えっ?」

「……てるんだもん」

「聞こえないよ?」

「しゃ、写真がすっごいブスなんだもん!」


 免許証の写真って、笑っちゃいけないし、座ったら一瞬で撮影されちゃうから、顔を作ってる暇もなくて!


「そう言われると、ますます見たくなるな」


 にやりと笑う真樹人さん、なんか素敵なはずの微笑みが黒いですよ?!


「やです!」


 ぎっと睨みつけたら、真樹人さん、吹き出した。なんでーーー!


「わ、わかったよ。じゃあさ、俺も免許証見せるから、交換でみせてよ」

「何でそんなに見たいんですか」

「見せないって言われると、見たくなるものなんだよ。そもそも、俺の南美が可愛くない訳がない」


 な、な、何言ってるんですかあああっ! あつい、あついよ顔が熱いっ! ほら、周りの人も生暖かい目で見てるよっ!







 結局、免許証の見せあいっこすることになりました。


「ほら、可愛いじゃないか」


 真樹人さんはそう言って私の免許証見てるけど、そんなびっくりした目でカチンコチンに固まってる写真のどこが可愛いの!


「可愛いって」

「いいですよう、お世辞言わなくたって。私は気に入ってないんですから。そもそも、こんな写真写りのいい人に言われても説得力ないです」


 ううっ、さすがは真樹人さん、360度どんな角度からどんな表情で撮ってもイケメンなんて、なんかずるい。

 でも、この人が私の恋人なんだよね。

 そう思ったら、顔が緩んでしまう私でした。現金な奴。


 その時、ふと目に入った数字。




 あれ……?

 真樹人さん、もうすぐ誕生日?それも、再来週!!

 免許証に書かれた彼の誕生日に釘付けになった。

 うわあ、今日気がついてよかった! プレゼント、準備しなきゃ!


「ま、真樹人さん」

「ん?」

「えっと・・・・・・ううん、ちょっと呼んでみただけ」


 何か欲しいものありますか?

 と、聞こうと思ったけどやめた。まず自分で考えよう。



 無難にネクタイとかは、私は自分のセンスに全く自信がない。時期的にマフラーとか・・・手袋とか・・・


「・・・・・・ちょっと、真樹人さん?」

「うん?」

「その、何を、してるんでしょうか?」

「え? そりゃあ、南美とデート」

「じゃなくて! ここ、お店の中なんですよ!!」


 思わず声を潜めて叫んでしまった。

 お願いですから、肩抱き寄せたり、そこから覆い被さって髪にチュ、とかやめてやめてやめてっ!

 見てる! みんな、周りの人が見てるからっ!


「だって南美があんまり可愛いこと言うから」


 名前を呼びたかっただけ、なんてさ。

 そう蕩けそうな笑顔で言うと、私の耳元に口を寄せて「愛してるよ」とさらりと囁いた。


 しれっと言った! しれっと言ったよ、真樹人さんはっ!


「ほら、ちょっと疲れたろ? 何か飲もう」


 この段階でもうぐったりしちゃったとしても、決して体力不足が原因じゃないと思う。







 ショッピングモールの1階、広くオープンカフェになっているコーヒーショップは休日のお茶時だけあって結構な混雑だ。あきらめて他へ行こうとしたとき、運良く目の前のカップルが席を立って、座る場所を確保できた。


「南美はカフェオレだよね?」

「うん」

「じゃ、ココに座ってて」


 そう言うと真樹人さんはコーヒーを買いにレジに向かった。その後ろ姿を追って視線を動かすと、うわあ、結構な列だ。真樹人さん、戻ってくるの時間かかるかな。一緒に並んで買って、どこか座れるところを探してもよかったかな。


 そうだ、折角だから、この待ち時間で真樹人さんのプレゼント、どんなものがあるかネットで検索してみようかな。私はスマホを取り出して、国内最大手のショップサイトで「男性 プレゼント」と打ち込んでみた。

 腕時計、グラス、カフス、傘、うわあいろいろ出てきた。

 真樹人さんはお客さんの相手もする営業職。身につけるものはあまり変なセレクトはできない。う~ん、そう考えるとおうちで使えるグラスとか、お客さんには見せなくて済む傘とか?なんとなく、なんでも持っていそうな気もするけど。

 そんなことを考えながらスマホをみて考え込んでいたら、目の前にふっと影が落ちた。


「真樹人さん?あ・・・・・・」


 あれ?ちがう、服が真樹人さんじゃない。

 顔を上げながらそう気がついて、そのまま視線があがりきって硬直した。


 なんで。どうして、この人がここにいるの!


「藤田さん」


 理由はわからないけど、背筋を冷たいものが走る。切れ長の目でにこりともせずに私を見下ろしているのは、こんなところにいそうにない人。


 室戸さんだった。



「む---」

「こんなところで会えるなんて、やっぱり運命を感じますね」


 言いながら私の向かいの席に座ってきた。連れがいるので、ってつっぱねればいいんだろうけど、私は声も出ない。

 何でこの人はこんなところにいるんだろう。

 何で私はこの人がこんなに怖いんだろう?


「折角会えたんですから、どうです、一緒に夕食でも」

「い、いえ、今日は連れがいますので結構です」

「連れ?」

「はい、その・・・」


 どうしよう。恋人と来たって言っちゃおうか。迷って一瞬言葉が詰まる。

 私は真樹人さんを巻き込みたくない。これは、本心。でも、真樹人さんは自分が私の恋人だって公言するって言ってくれた。ここではっきりと言ってもいいのかもしれない。

 私のためにそう言ってくれた真樹人さんの気持ちがうれしかったから。

 大事な人の大事な気持ちを、無駄にしたくないから。


「か、彼と来てるんです!!」


 言った! 言っちゃった!! 


「---彼?」


 とたんに室戸さんのまわりの空気がズン、と重たくなる。思わず息をのんだ。


「貴女には恋人はいません。恋人がいるはずがないんです」

「いえ、彼は」

「わかってるでしょう?」


 室戸さんは低くささやくと、少し顔を寄せて小さな声で言った。


「藤田さんの恋人は、SD事件の容疑者のひとりになる。そうわかっていて、恋人の存在なんて明かせませんよねえ?」

「---!」


 このひと、何言ってるの? この口ぶりだと「私に恋人がいることはわかっててやってる」って聞こえる。

 え? 何? どういう意味?

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