第二十一話
優たちに話を聞いてもらって、何となくすっきりした、その翌日。
オフィスに着いた私を待っていたのは、またしても室戸さんの呼び出しだった。
室戸さん、かあ。
避けては通れないけど、あんまり顔会わせたくないなあ。
なんでだろ。
私のことは疑ってないって言ってくれたし、真面目そうだし、普段なら好意的に見えるタイプのはずなんだけどなあ……?
自問自答しながら、指定された小会議室に向かった。
「さて、今日呼び出したのは、少し手を貸して欲しいからです。というのも、話をあまり広げたくないのでね。猫の手も借りたい状態なんです」
いつもの怜悧な表情で室戸さんが言った。
あ、なるほどね。こんな不祥事、話して回ることじゃないしね、第一調査中の段階で話を広げることは確かに良くないだろうね。
「これが」
といって室戸さんは私の目の前になにやらプリントを数枚閉じた黄色のファイルを差し出してきた。
表紙を開くと、表が目に入ってきた。
あれ?でもこれは。
「これが、例のSDカードに入っていたものをプリントアウトしたものです」
なるほど!表計算ソフトからのプリントアウトにしては画像が不鮮明だと思ったよ。中身は……確かに、プロジェクトのデータだ。綴じてあるページをめくると、市場動向や顧客のニーズの分析結果、具体的なプロジェクトの進め方などが載っていた。
「うわあ……」
思わず声が漏れる。要するに、まるっと企画書の重要なポイントが載っていたわけだ。
これが外部に漏れていたら、プロジェクト大打撃!だな。
「まずは、藤田さんの考えを聞かせてもらえますか」
「考え……ですか?外部に持ち出される前らしいのが不幸中の幸いっていうか」
「そうではなくてですね。
このカードは女子更衣室で見つかった。つまり、あのフロアの女性はみんな容疑者だ。その中で、女子社員の間の噂程度でもいいですから、怪しい人物はいませんか?たとえば、金に困っているようだ、とか、最近恋人ができて貢いでるらしいとか」
あ、なるほどね。
「う~ん……私の知っている限りではいないですけど……」
頭の中でいろんな人の顔を思い浮かべながらページを繰る。
最後のページまで見てから、もう一度最初のページに戻り……
「……あれ?」
ふと違和感に気がついた。何だろう?
目を皿のようにしてじーっとファイルを眺める。
「どうしました?」
「……室戸さん、このカードが見つかったの、たしか一昨日でしたっけ」
「いや、三日前ですが、何か」
「ええと……確か、デジカメのデータって、パソコンで見ると撮影した日付がデータに入り込んでましたよね?撮影された日がいつだかわかりますか?」
「調べればわかりますが……どうかしたんですか?」
「はい、この最初のページにある表なんですけど」
表計算ソフトで作成された表は、重要な得意先の情報が並んでいる。
「私、今週の頭にこの表に1社データを付け足したんですよ。これ、それが入ってないんです。ほら、一番下が賀川物産になってますよね?この下に、ブラン商会のデータを入れたんです」
今日は金曜日。つまり、私がデータを修正したのは5日前。
もしも、撮影されたデータが3,4日前に撮影されたものなら、ここにはブラン商会が最後の行に入ってるはずなんだ。それがない、ということは、私が修正した月曜日以前に課においてあるパソコンの中のデータを撮影したか、または、パソコン以外の場所に保存されている未修正のデータを撮影したと言うことになる。
室戸さんは、私の考えをすぐに察してくれたようだった。
「なるほど、わかりました。確認してきます。……あ、藤田さんはとりあえず通常業務に戻っていてください。また何かあったら声をかけますので」
そう言い残して室戸さんは慌ただしく小会議室を出て行った。
ええ~、まだ手伝わされるんだ……自分の濡れ衣を晴らすためとはいえ、通常業務は滞るし、何より室戸さんと二人っきりで会議室とか困るんですけど。
ざかざかと私も荷物を片付けて早々に会議室を後にした。
結局その日の午後も呼び出され、通常業務が滞る滞る。
同じ課の女性職員に迷惑をかけまくり、そのうえ結局残業デスヨ……はあ。
冬の日はつるべ落とし、暗くなるのが早いけど、その日の落ちるのなんて気がつく暇もなかった。もう暗くなってから何時間たつんだろうね?
あったかいコートを着込んでざっくり編みのマフラーを首にぐるぐる巻いて、社員通用口を通る。
ああ、おなかすいた。
晩ご飯どうしようかなあ。何か買って帰っちゃおうかな。今から作るのも億劫だし、ひとりで食べに入るのもちょっと、ね。
いいや、コンビニ寄ろう。お弁当と、なにかスイーツ買って帰ろう。
最近のコンビニスイーツって侮れない。300円以下であの幸福感はなに!って感じ。今日は何買おうかな~。定番のロールケーキかな~。たまにはパフェ系も……
「藤田さん」
へ?
呼ばれて振り返ったら、今日の私の残業の原因さんがそこにいた。
なんでみんなココで待ち伏せするかなあ!!!鬼門?鬼門ですかこの社員通用口は!!
「む……室戸さん」
「残業ですか?」
「ええ、まあ」
あんまり愛想よくないですね、私。でもほら、スイーツに機嫌とってもらう前だし、おなかすいてるし。
すると、室戸さんが苦笑した。
「まあ、原因が私にもありますから。よかったら晩メシ奢りますよ」
「え?」
うわ、室戸さんが笑った!じゃなくて。
「いえいえいえ、仕事ですから室戸さんのせいじゃないですし!もう遅いですから、早く帰って休もうかと」
「でも、帰ってから晩ご飯の支度なんてやってられないでしょう。藤田さん、一人暮らしでしたよね?」
何で知ってる。
「ああ、森課長に聞きました」
課~~長~~~~~!!!!個人情報保護はどうした!!!
と憤っていたら。
「じゃ、行きましょうか」
「え、ちょっと待ってください。私、オッケーしてないですよ?」
「おや、断るんですか?」
なんだろう。このデジャヴ感。
嫌な記憶が蘇ってきて、思わず大きな声が出てしまった。
「すみませんが、私、自転車通勤なので!自転車置いて帰るわけに行きませんから!せっかくお誘いいただいたのに申し訳ないんですけど、今日は帰らせていただきます!」
「会社の先輩に誘われたのに断るとは、いい度胸してますねえ」
「う。・・・・・・でも」
「ほら、行きますよ」
く・・・・・・っ!!こういうの、パワハラっていうんじゃないですか?!もろにそうだよね!!!
しかたなく連れて行かれたのは、最近はやりのバルだ。濃い赤を基調にしたシックな色合いの店内が結構賑わっている。実は、初めてなんだよね。一度行ってみたいとは思ってたけど、基本あんまりお酒をのまないからいまひとつ敷居が高かったんだよね。
室戸さんは慣れているのか、さくさくと注文を済ませていく。
「藤田さん、何飲みますか?」
「えっと・・・・・・」
メニューを必死に見ていたら、「ふむ」と手元をのぞき込まれた。
「あまりアルコールに強くないなら無理しなくていいですよ?」
「あ、一杯くらいなら大丈夫です」
「そう?じゃあ、サングリアなんかどうですか」
と、これまたさくさくと注文されてしまった。まあ、サングリアなら飲めるからいいけどね。
すぐに運ばれてきたドリンクを(室戸さんはデカンタで赤ワインを注文していた)手にしたら、室戸さんのグラスが横からすっと寄せられて、私の手のグラスにチン、と音を立てて合わさった。
「お疲れ様」
「あ、お疲れ様です」
ふと見ると、室戸さんが穏やかな顔をしている。仕事中には滅多に見られないような表情だ。
「やっぱり藤田さんは、知れば知るほど無関係だってわかりますよ」
「え?」
「SDの件です。こんな真面目で裏表のない人がそんな真似するはずない・・・・・・あ、個人的な見解ですけど」
社には今の発言はオフレコで、なんて人差し指を口の前に立ててふっと笑みを浮かべて。




