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第二話

 ♦♦♦♦♦



 あれ以来、給湯室で高木さんに会うことが増えてきた。

 ただ頼まれてお茶を淹れるだけ。大概、私が課長たちに頼まれてお茶を淹れているときなので余計な労力がかかるわけじゃないし、別にそれ自体はいやじゃない。



 高木さんは、たいてい


「モモちゃん、今日は何飲むの?」


 と、私の飲むものを確認して、


「じゃあ俺もそれ淹れてくれる?」


 と、私と同じものを注文してくる。

 そして、お茶を淹れている間、ちょっとした雑談をして、というのが週に3回くらいはあるようになっていた。



 男の人は苦手だけど、恋愛絡みじゃなければ関わるのは別に嫌じゃない。

 第一、相手はあの高木さん。いま、女子社員の人気ナンバーワンの、有望株。

 地味でちんちくりんの私とどうこう、なんて有り得ないからね!

 かえって安心です。


 *****


 高木さんのぶんのお茶を淹れるようになって2ヶ月ほどしたある日のこと。


「モモちゃん」


 この日も高木さんが給湯室にひょっこり顔を出した。


「あれ?高木さん。今日は水曜なのにお出かけじゃないんですね」


 高木さんはいつも水曜はお客さんのところへ出かけていることが多く、お茶の時間に会わないのに。


「うん、今日は先方の都合が悪くなってね。・・・あれ?それは?」


 あ、みつかった。

 高木さんの目は私の手元の小さなピンクの箱を見ている。


「紅茶ですよ。今日はちょっとうれしいことがあったので、お茶タイムに飲みたいなと思って家から持ってきちゃいました」


 これは、蘭のフレーバーティー。味は普通の紅茶だけど、ふわっと自然な花の香りがたつ。でも、嫌味なきつい香りじゃなくて、むしろリラックスできるような、いい香り。特別なお店じゃないと手に入らないので、私は特別なときに飲むようにしている。

 ・・・その大事なお茶、凝視してますね、高木さん。


「・・・召し上がります?」

「え?あ、いや、だってそれモモちゃんの私物だろ?さすがにそれは悪いよ」


 うう、どうしようかな、とちょっとだけ考えて、答えた。


「よかったら飲んでください。あ、フレーバーティーが大丈夫ならですけど。

 ・・・実は、一番の親友が婚約したんです。とっても苦労してきた子なんですけど、とっても大好きな人とやっと婚約できたんです。私、本当にうれしくって。だから、そのお祝いなんです。

 うれしい気持ちって、人と分かち合うともっとうれしくなりますよね?だから、もしよかったらこのお茶、つきあっていただけませんか?」


 そう言って高木さんを見ると、高木さんは目をまん丸にして私を見ていた。でもすぐに、いつもの笑顔に戻って言った。


「喜んで」






 セオリーを守ってお茶を淹れると、ふわっと花の香りがカップから漂う。

 香りって不思議だね。仕事でかりかりしていた気持ちが、すうっとほぐれていく感じ。

 今度、アロマテラピーも習ってみようかな?


「・・・すごい、香りが絶妙だ」


 高木さんが感心したように言った。高木さん、紅茶が好きですよね。


「とっても自然な香りで。いいね、この紅茶。どこのメーカー?」

「あ、これ、池袋にある小さな紅茶専門店のオリジナルブレンドなんです。花の香りなんですけど、何の花かわかります?」

「う~ん・・・薔薇じゃないし、キンモクセイとかスズランとかでもなくて。フリージア・・・?」


 なんかその選択肢、芳香剤に使われてる香りばかりじゃないですか。


「はずれ。これ、蘭の香りなんですって」

「蘭かぁ」


 感心したように言う高木さん。


「花の香りって、食べ物についてると気持ち悪くなりそうだけどなあ」

「あら、そんなことないですよ。薔薇の花びらのジャムとかあるじゃないですか。私も一回作ったことありますよ」

「薔薇のジャム?」

「はい。去年、育てた薔薇がすごく一杯花をつけて。でも、美味しくなかったです。私、お料理は手くないから」


 そこまで話して、「じゃあ」と会釈して課に戻った。お茶、冷めちゃうもんね!





 ♦♦♦♦♦



 真面目に仕事して、定時であがった。今日はこれから約束があるのだ。


 ロッカールームで着替えて、髪と化粧をささっと整えて。

 それから、愛用の茶色の革製のバッグと、もう一つ紙袋を手にさげてロッカールームから出てくると、ばったり高木さんと長崎さんに鉢合わせした。


 そういえば、この二人って同期なんだっけ。

 仲良しなのかな?



「モモちゃん、お疲れ様ー!今日はやけにめかしこんでるじゃん。デート?」


 長崎さんが茶化すように言う。確かに今日はちょっと頑張ったファッションだ。細かい花柄のワンピースに深い赤紫のカーディガン、それに黒のロングブーツ。眼鏡は相変わらずだけど、視力が悪いのでそれは勘弁してもらおう。


「えへ、そうなんです。親友とデートです」

「親友〜?彼氏じゃないの?」


 茶化す長崎さんの横をを見て、一瞬どきっとした。


 高木さんが憮然としてるのがふと目に入ったから。



 あれ?なんか、機嫌が悪そう。

 いつも給湯室ではニコニコしてるから、そんな顔思いつかなかったし。


 …ひょっとして、くだらない雑談で足を止められて腹を立ててるのかな?高木さん、いつも忙しい人だから。



 何となくそんな高木さんの顔を見たくなくて、ふと視線をそらす。


「あ、あの、それじゃ私失礼します。そろそろ時間なので」

「モモちゃん、どこまで行くの?」

「へ?」


 ちょっと、誰ですか話をつなげようとしてるのは。

 私、このプチ重たい空気から逃れたかったんですけど?


 高木さんだ。


 な、なんか怒ってますか?目が少々怖いようなんですが?


「どこ行くの?」


 高木さんが重ねて聞いてきた。

 うう、有無を言わさない気ですね!


「…新宿、ですけど」

「送ってくよ」

「へっ?」


 またマヌケな声を出してしまったよ。


「俺、これから車で帰るんだ。ちょうど新宿通るから、送ってく」


 言い切りましたね?

 決定事項なんですか、それ?


「でも、あの」

「おいで」


 180はゆうに超えてるだろう長身の高木さんに見下されてビビった訳じゃないけど、有無を言わさぬその物腰に気圧されて、気がついたら会社の地下駐車場で紺のBMWの助手席に座らされている自分がいた。

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