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第十話

「ど、ど、どうしようっ!今からここにくるって…」

「え、じゃあ私、邪魔っけだね。帰るよ」

「だ、ダメっ!お願い、いて!」


 ヤバイです、無理です!

 こ、心の準備がっ!


 などと私がパにくってる横で、優はバッグをたぐり寄せ…



 ピンポーン!



 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

 え、まさか。高木さん、もうきちゃったのおおお?!

 このタイミングで来るって、さてはマンションの下にいたんだな?

 わたわたしている私の横で、優が困ったような顔で笑って、私の肩にぽん、と手を置いた。


 はあ……


 諦めて私は玄関の扉を開けた。



 ♦♦♦♦♦


 高木さんと優を紹介して、高木さんを中に入ってもらおうとしたら、さすがに断られた。玄関先で話をするのもなんだけど、まだ片付いてないし、ありがたいかもね。


「私はすぐ帰りますから」


 優がにっこりして言った。いつの間にか、荷物を片付けて帰り支度を済ませてる。はやっ!

 それから、私にこっそり耳打ちした。


「高木さん、よさそうな人じゃない。大丈夫だよ、心配することないよ。もう、あんなことはないから、ね?」

「・・・うん」


 優の言いたいことはわかってる。そのことを思い出してうつむくと、高木さんが不思議そうな顔でこちらを見ているのが目に入った。


 それからすぐに優は帰ってしまい、玄関には私と高木さんが取り残された。色々考えて、マンションの並びにあるコーヒーショップへ場所を移動した。



 コーヒーショップの2階の奥まったソファー席に陣取って、二人で買ってきたコーヒーをすする。うう、気まずい。


「・・・まず第一に、南美が俺のことを嫌いになったのでなければ、俺はあきらめないから」


 唐突に高木さんが言い出した。


「た、高木さん」

「南美は無理だとかだめだとか言うけど、嫌いとかつきあいたくないとかは言わないよな?だから、俺は諦める気はさらさらないよ。今みたいに俺が南美と会うのは俺の意志であって、南美が悩むような話じゃないから。そもそも、南美はちゃんと最初に『無理です』って意思表示してるじゃないか。俺はそれを了解した上で誘ってるんだからいいんだよ。わかった?」

「わ・・・わかり、ました?」


 そういってまっすぐこちらを見る眼差しに、恥ずかしさというか照れというかがむくむくと心のうちにわき上がってくる。でも、なんか言いくるめられたような気がするのは、気のせい?


「それにしても、前に聞いた南美が男を信じられない理由、本当にそれだけか?」

「え?」


 急に話がそれて、思わず伏せがちだった顔を上げる。


「ほら、飽きられてポイ捨てされたって言ってただろ?気を悪くしたら申し訳ないんだけど、そういう例って世間にごまんとあるじゃないか。南美がそれだけその男を信用していた、っていうことなのかもしれないけど、なんとなく根拠が弱い気がして」

「え・・・えっと」


 いつかそう言われる気がしてた。確かに、それで臆病になる人はごまんといるだろうけど、私みたいに拒絶するタイプはそうそういないだろう。まあでも、いないわけじゃないだろうから、この理由で押し通してもいいんだけど、本心を言うとその先を高木さんには聞いてもらいたい気もする。


 でも、その先は私の一存では話せない部分で。



「高木さん」

「ん?」

「たしかに、それだけじゃないです。でも、詳しくは話せません」

「どうして?俺が・・・信用できないから?」


 高木さんが悲しそうな目をした。


「そうじゃないです。話が、私だけの話じゃなくて、他の人のプライバシーに関わってくる話だからです。私の一存で誰にでも話していい話じゃないので。・・・ただ」


 視線を落としてコーヒーカップの中を見る。キャラメルラテはまだ暖かくて、ほとんど残っている。それを一口飲んで口を湿らせて。


「ただ、その・・・その人は、私の知り合いに言うことを聞かせるために私を利用したんです。そのために、私を口説いたんです。

 そのせいで、その知り合いの人を危険な目に合わせちゃったんです」


 その人は甘言を弄して私を口説き落としたけど、実際は自分を盲信させて言うことを聞かせて、その知り合い・・・っていうか、優に対する人質として利用するのが目的だった。彼の率いていた組織は、相当ヤバい商売をしたり、特別な薬品を作るために優のお父さんを監禁したりしてた。優は、その薬品の被験者で唯一の成功例だったけど、その人たちのところから逃げ出してきて、麻生さんと麻生さんの家族にかくまわれていた。私は、それをおびき出すためのエサだったわけだ。

 このあたりの事情を話すわけにはいかないので、利用されたことの詳細は話せないけど。


「私、ばかだから、ちやほやされて舞い上がってて。後で考えれば怪しいところは一杯あったのに、つきあってるときはなにも気がつかなかった。

 でも、最後は本当のことがわかって・・・ショックでした」

「それだけ、そいつのことが好きだったんだ」

「・・・それも嘘じゃありません。それに加えて、自分がゆ・・・その知り合いの足手まといになったことが自分自身で許せなかったんです。

 だから私、怖いんです。また同じ事がおきるんじゃないか、って。私が甘い言葉に舞い上がってるせいで、また誰かをピンチに陥れちゃうんじゃないか、って・・・ごめんなさい、高木さんがそんな人だって思ってるわけじゃないんです。でも」

「南美・・・」


 小さなコーヒーテーブルの向かいから大きな手が伸びてきて、そっと私の手を取った。

 暖かくて、ちょっと骨張った手。その大きさにどきっとした。


「南美は何も悪くないよ。俺が南美の立場でも、そうなっちゃうかもしれない。

 でも、もしその知り合いの人の立場だったら、ちょっと悲しい、かな」

「悲しい?」

「うん。自分が巻き込んだようなものなのに、そのせいで南美はこんなに恋に臆病になってる。その責任を感じると思うんだ」

「責任・・・」


 そうなのかな。


「でも、だって、私があの人にだまされなければ、その人たちを危険な目に遭わせることもなかったわけで」

「待って待って。もしここで誰が悪かったのか言いたいなら、一番悪いのは南美でもその知り合いでもない、その男だろ?だから、南美は悪くないんだ」

「高木さん・・・」

「ああ、それにしても腹が立つ。その男、どこにいるんだ?ぶん殴りに行きたい」


 私の話を聞いてその人にひどく腹を立てていた高木さんをなんとかなだめて、「ありがとう」って言ったら、なんだか高木さんがちょっと赤くなった。


「な、なんでお礼言うんだ?」

「だって、私のために怒ってくれたんでしょう?」


 高木さんの頬が更に赤くなって、ふい、と視線を逸らされた。高木さん・・・照れてる?

 そう思ったら、なんだか気持ちがほっこりしてきた。






 あれ?でもなんか私、忘れてる?

 そう思ったとき、高木さんのスマホが鳴った。テーブルの上に置いてあったので、反射的にそちらを見て、電話の発信元が目に入った。


『曽根さん(秘書課)』


とたんに胸がずきりと痛んだ。

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