第一話
新連載です!
よろしくお願い致します。
「モモちゃ~ん、悪いけどお茶淹れてくれる?」
伝票の合計を計算してたら、課長から声がかかった。
あああ、このタイミングで声をかけるのはやめてほしい。
そもそも、私はモモちゃんなんて名前じゃありません。
藤田南美っていうんです!
なんでモモちゃんって呼ばれてるかは、まあ大した話じゃないので、そのうちお話しますね。
でも、まあモモちゃんなんて可愛い呼び名だから、とりあえずよしとしています。
「はい、わかりました~」
イコール、っと。ちょうど計算が終わった。
席を立って、給湯室へ向かうと、
「モモちゃん、俺も俺も!あ、俺コーヒーね」
「俺、緑茶」
「は~い、小池さんがコーヒーで長崎さんが緑茶ですね!課長も緑茶でいいですか?」
「うん、お願い」
はいはい、もうお茶くみって言う仕事は絶滅したと思ってたんですけど。
何のために、オフィスコーヒーメーカーを入れてると思ってるんだろ。
まあ、でも、これで円滑に仕事が回るならそれでいい。そう思ってる。
みんなで気持ちよく仕事した方が成果も出るってものよね。
そう言い聞かせてお茶の支度をする。ついでに自分の分も淹れようっと。ミルクティにちょっとだけお砂糖入れようかな?
湯沸かしポットにお水をくんでいると。
「あ、隣の課のモモちゃん」
と、後ろから声がした。
振り返ると、給湯室を覗き込んでいる人と目が合った。
「高木さん」
高木真樹人さん。隣の課に今月から転勤してきたやり手の営業マン。
背が高くて、すらっとスタイルもよくて、イケメンだ。フレームの細い眼鏡をかけて、いかにもエリートサラリーマンっぽい雰囲気の彼は、本物のエリートサラリーマン。少し低迷していた隣の課の営業成績を立て直すために転勤させられてきたって、もっぱらの噂だ。
そんなだから、女子社員の間にもファンクラブができてる。
でも私はファンクラブのメンバーじゃないし。
かっこいいとは思うけど、ねえ。
だから、普通に笑顔を返す。
「お茶ですか?よろしければ、一緒に淹れましょうか」
「うん、お願いできる?」
「はい。何にしますか?」
「モモちゃん、何にするの?」
「私は紅茶にしようかと・・・」
「じゃ、俺もそれもらおうかな」
そういってにこにこ給湯室に入ってきた。私のすぐ横に立って手を伸ばし、流しの上の棚からマグカップを一つ出して、はい、って手渡してきた。黄色のストライプのマグカップだ。
あ、なんかほんのりいい香りがする。高木さん、コロンとか使ってるのかな?
「これが高木さんのですか?」
「うん」
私は身長が152センチしかないから、上の棚のものは取ってもらえると助かります。
高木さんは180センチはありそうですね。
お湯が沸いて、まずは全員のカップに少しずつお湯を入れてカップを温める。それから、緑茶を頼んできた課長と長崎さんのカップにはたっぷりめにお湯を入れる。緑茶は沸かし立てのお湯で入れると甘みが立たないから、少し冷ましてから淹れた方がおいしいの。
逆に紅茶は沸騰し立てのお湯で。ティーバックしかないのが残念だけど、温度と時間を守ればそれなりに美味しいお茶は淹れられる。コーヒーはもうコーヒーメーカーにできてるからそれでごめんなさい。
・・・それよりも、気になるんですけど。
なんで、高木さん、そこにいるんですか?
「高木さん、席までお持ちしますよ?」
「ああ、ごめん、すごく丁寧にお茶淹れてるなあと思って、つい見惚れちゃった」
「見惚れ・・・」
ちょっとほっぺたが温かい。
「長崎さんが、モモちゃんのお茶は美味しい、っていうからさ、一回淹れてほしかったんだ」
「言っていただければいつでも淹れますよ」
「うん、今度またお願いしようかな」
そんなことを話してるうちに、時間だ。
ポットからティーバッグを抜いて、緑茶は茶こしを使ってカップに注ぎ分ける。最後の一滴が美味しいんだよね。それから、紅茶を高木さんの黄色のカップに注ぐ。
「お砂糖とかミルクは?」
「ミルクだけ入れてもらおうかな」
冷蔵庫から牛乳を出してちょっとだけ入れる。それから、全部のカップをお盆に乗せて運ぼうとしたら。
「あ、俺のちょうだい」
「席までお持ちしますよ?」
「すぐ飲みたいから」
そういってお盆からカップをとりあげて、一口飲んだ。
うーん、美形はお茶を飲む仕草1つも絵になる。
そんなふうに内心ホクホクしている私とは違って、高木さんお茶をや飲んでからちょっとびっくりしたような顔をしてる。
「長崎さんの言うとおりだ。本当に美味しい」
「ありがとうございます。それじゃ」
そういってお盆を持って給湯室を出ようとしたら、声をかけられた。
「モモちゃん」
「はい?」
「ありがとう」
高木さんはそういってにっこり微笑んだ。
うわあ、美形は得だなあ。キラースマイルでお茶代が支払える。
私はぺこりと頭を下げて、なんとなくあわてて自分の課へ戻っていった。
でも、戻ってから気がついたけど、自分の紅茶にお砂糖入れるの忘れてきちゃった。
お茶を配り終わって席に戻ると、同じ課の女子社員がこそこそっと声をかけてきた。
「ねえねえ、さっきモモちゃん給湯室で2課の高木さんと話してなかった?」
おいおい、就業時間中ですよ。
なので、簡単にさくっと説明した。
「お茶淹れてたら高木さんがお茶飲みに来たから、ついでに淹れただけだよ~」
「なあんだ。でも、役得ね!高木さんとお話できたなんて!」
うっとりした顔で妄想してないで、仕事しようよー!
私は伝票に視線を戻した。でも、彼女の妄想、いや暴走は止まらない。
「ああ、私もそんなチャンスが来ないかしら。それがきっかけで毎日給湯室で逢瀬を重ねるの!『君のいれたお茶だからこんなに美味しいんだね』なんて、言われたぁい!」
もはや聞き流して伝票に日付印を押す作業に入り込んだ。
だって、仕事中だし。
だって、恋人なんて欲しくないし。
高木さんはかっこいいけど、あくまでタレントさんを見てるような感覚であって、それ以上の気持ちにはならない。
だって、男の人は信用できないから。