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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第6章 力を求めて
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幕間 - 追憶の情景9

 



 ――ルナルナ視点――





 まとわりつくような寝苦しさに、俺は思わずうめき声を上げて、目を覚ました。



 夜が明けるまでにはまだ時間が必要なようで、周囲はかなり薄暗い。

 光源と呼べるものは、窓から差し込む月の光のみである。

 この体はあまり夜目が効かないようで、目の前の天井もぼんやりとしか認識できない。

 いや、夜目どころか、どうもこの体は視力自体があまり良くないようだ。

 人間だった頃(・・・・・・)に比べると、どうしてもこのぼやけた視界が気になってしまう。

 そしてこの目で認識できる情報において、視力よりももっと気になる部分が存在した。

 それは、認識できる色の数であった。

 人間の頃は7色くらいに見えていた物が、この目の場合4色程しか認識できないのだ。

 ついでに、ラミアの尾の色が妙に派手な理由も、どうやらこの辺が原因らしい。

 極端な色にしなければ見分けがつかないのだ。

 参考までに、この城にいたもう一匹のラミアの尾の色は、ピンク地に紫の斑である。

 目覚めていきなり()()との違いを認識させられて、俺の気持ちは沈んでしまう。


 それにしても、今は深夜だと言うのに非常に暑い。

 これは『魔界』という名のこの国が、かなり南の方に位置している為だろうか。

 ……と考えたところで、その原因がもっと別にあるという事に気がついた。

 俺は、この寝苦しさの原因になっているその物体に目を向けた。

 そこには、こちらに向けて間抜けな顔を晒す、一匹の巨大なラミアが横たわっていた。


 彼女の姿を見て、俺はひとつ溜息をついた。

 こいつが人間だった俺を殺し、無理矢理こんな姿に転生させた張本人なのだ。

 本来ならば憎むべき相手のはずだが、名付け以来その感情も少し薄れている気がする。

 そしてこいつ自身あの名付けの後から、完全に母親面して接触してくるようになった。

 今も恐らくは普通の親子気分で添い寝をしているのだろう。非常にうっとうしい。


 なんにしても、このままでは寝るに寝られないので、もう少し離れた場所へ移動する。

 ……と思ったら、何かに引っぱられるように体を離す事が出来なかった。なんだこれ?

 疑問に思った俺は、ふと下半身に目を移した。

 そこでは蛇の尻尾になった俺の下半身が、彼女の尻尾と荒縄のように絡み合っていた。


 う、うわああああああああ!!な、なんだこれ!?


 このくまなく絡み合っているような感覚も気持ち悪いし、視覚的にも気持ち悪い。

 そして、俺の体が異常に長くなってしまったと認識させられるのが何より気持ち悪い。

 今すぐ離れたいのだが、彼女とは体格があまりに違うため押しのけるのは無理そうだ。

 かといって今彼女を起こすのは、もっと面倒な事になりそうなので出来れば避けたい。

 そう考えた俺は、彼女を起こさないようゆっくりと自分の尻尾を抜き取ることにした。





「はー、なんとか離れられたか……」


 数十分後、ようやく彼女から解放された俺は、汗でぐっしょりと濡れた額を拭った。

 恐らく()()の尻尾同士では、摩擦の関係上抜き取る事は出来なかっただろう。

 だが幸いなことに、俺の尻尾は白くてツルツルとした布のカバーで覆われていた。

 柔らかくて傷つきやすい鱗を保護する為といって、あいつが用意したのだ。

 それを抜け殻(・・・)のように利用することによって、無事俺の尻尾は開放されたのだ。

 外気に晒されたことにより下半身がスースーするが、今はその開放感が気持ちよい。


 しかし……と、今一度、自らの下半身に視線を落とす。

 そこにはやはり、まごうことなき蛇の胴体が存在していた。

 鱗の色は青紫と黒のまだらで、なんとなく毒ヘビを連想させるカラーリングである。

 人と蛇の境目はちょうど腰骨の辺りにあり、褐色の肌が徐々に鱗に変わっている様が、

 なおさら自分が魔物であることを強調しているような気がした。


 鱗の境目を眺めていると、その傍にある『女の子の部分』まで視界に入ってしまった。

 う、うわあああああああああああああああああ!!

 そこは自分の体であるにもかかわらず、俺は気恥ずかしさから慌てて視線を逸らした。

 この部分は人間と一緒なのかよ!

 俺は脱出の為とはいえ、布のカバーを脱いでしまったことを少しだけ後悔していた。





 キラリと、ふいに視界の中で何かが光ったような気がした。

 俺はそちらに振り返り、目を細めて暗がりの中を探る。

 そこには中途半端な大きさの入り口で繋がった、もうひとつの大きな部屋があった。

 ん?と、そこで俺は違和感を覚え、その入り口の方へ移動する。

 いや、移動しようとした。

 しかし、なかなか動き出すことが出来ず、俺は自分の下半身を恨めしげに睨んだ。

 この足の代わりに生えている蛇の胴体のせいで、移動するのが大変過ぎるのだ。


 まずは体自体が非常に重かった。

 俺はラミアとしてはかなり小さいサイズらしい。

 だが、それでも同サイズの人間の何倍も体重があるのではないだろうか。

 その重さのほとんどが下半身の蛇の部分に集中しているのだ。

 子供の体に、何十キロの重りを付けているといえば理解してもらえるだろうか。

 当然足が存在しないので歩くことは出来ない。

 そして俺は前に進む蛇の動きを理解していないので、かなり不恰好に進むことになる。

 今の俺を傍から見た者は、おそらく皆こう言うだろう。

 お前は蛇ではなく尺取虫だ、と。


 牛歩のごときスピードで、俺は巨大なベッドの上をえっちらおっちら這い進んでゆく。

 大体何なのだ?この巨大すぎるベッドは。

 今俺の視界を埋め尽くすのは、まるで大平原のごときシーツの白だ。

 このベッドを巨大に感じるのは、間違いなく俺の体が小さいからという理由ではない。

 俺は試しにチラリと背後を振り返ってみた。

 すると、あんなに巨大に感じられた母親を名乗るラミアが、随分と小さくなっていた。

 魔王の使う物だから、ベッドまで無駄に大きくしているとでもいうのだろうか?

 もしそうだとしたら、なんという虚栄だろうか。

 ベッドを大きくした所で、使う者自身は何も変わらないと言うのに。

 むしろ機能性を無視した虚栄は、ただただ不便なだけである。

 具体的には、たった今こうして非常に迷惑をこうむっている。

 俺は未だ遠くに見える白い平原の果てを確認して、盛大な溜息をついた。





 四苦八苦しながらも、俺はようやくベッドの縁の奇妙な入り口までたどり着いた。

 そこにあったのは、感じた違和感の通り部屋の入り口ではなく、大きな鏡だった。

 月明かり零れる薄暗い部屋の中、俺は鏡に映るもう一人の俺と初めて対面した。


「……誰だよ、コレ……」


 鏡を見て、まず口をついて出たのがその言葉であった。

 なにしろ、過去の自分の特徴が何一つ残ってないのである。

 元の俺はこんな銀髪じゃなかったし、こんな褐色の肌でもなかった。

 髪が短い為によく目立つ耳は、人間ではあり得ないほどに尖っている。

 ぽかんと開いた口の奥には、鋭く長い牙が見えているような気がする。

 気になったので口を開けて牙に触れてみると、牙に触れた指に何かの液体が付着した。


「唾液、か?」


 試しに指先をぺろりと舐める。俺の唾液はかなり苦かった。

 そしてついでに、指を舐めた舌の感触もどこかおかしかった。


「うわぁ、何か割れてるし……っていうかなげぇ!気持ち悪りぃ!」


 鏡の前で舌を出してみると、先の割れた舌がてろんと胸元あたりまで垂れ下がった。

 立て続けに出てくる人間ではあり得ない特徴に、俺の精神はごりごりと削られてゆく。

 ついでに、先程から飛び出す独り言も、耳がくすぐったくなるほど可愛い声なのだ。

 魔物の姿に変わり果てた鏡の中の自分に、俺は思わず視線を逸らしてしまった。


 その事実自体は、既に認識していたのだ。

 自分があいつの手によってラミアに転生してしまったのだと、頭ではわかっていた。

 しかし、その事実を実際目の前に突きつけられると、精神的にくるものがあった。

 ラミアとして、魔物として転生して、人間だった頃の体はもうこの世には存在しない。

 それは、自分が二度と人間には戻れないことを意味していた。


 ぱたり。


 と、いつの間にか自分の手元が濡れていた。

 ふと視線を上げると、鏡の中のその見慣れぬ女の子は、涙を流していた。

 涙を止めようにも、それは無限に湧き出る泉のごとく、後から後から溢れ出してくる。

 そして泣いている自分に気付いてしまうと、後はもうどうしようもなかった。


 俺はただ、人間も魔物も関係なく仲良くしたかっただけなのに。

 魔物とだって、いつか人間と同じように分かり合えると思っていたのに。

 そう信じて魔物の領域に踏み込んだ報いが、この結果なのかと。

 恐らくあの魔王は、自分が彼女と同じになったことで優しく接してくることだろう。

 だがそうではないのだ。

 それでは意味がないのだ。

 人間と魔物。お互いが違うからこそ認め合える。俺はそんな関係を夢見ていたのだ。

 そしてそれを信じていたからこそ、彼女の今回の行為が裏切られたような気分だった。


 俺はもう二度と、人間として魔物と打ち解ける事は出来なくなってしまった。

 その機会は、永遠に奪われてしまったのだ。

 今の俺は、人間の心を持った魔物という、なんとも中途半端な存在になってしまった。

 こんな姿では、今までのように人間と接しても、ただ怖れられるだけだろう。

 かといってこれから魔物として生きていけといわれても、それは無理があるだろう。

 確か俺の記憶が正しければ、ラミアは『肉食』と言われていたはずである。

 ということはそのうち俺も人間を食物と見なし、平然と食べるようになるのだろうか?

 正直まったく想像ができない。

 だが、魔物になるということは、きっとそういうことなのだろう。

 そんな事を考えて、俺の気分はそのまま果てしなく沈んでいった――



 ――いいや、そんな事はないはずだ。


 俺はその考えを振り払うように頭を振る。

 そもそも人間だった時も、俺以外に魔物と仲良くしたいという者は滅多にいなかった。

 だが、俺だけは可能だと信じて行動し、そして実際に受け入れられてきたのだ。

 だからこそ、例え立場は変わっても、人間と仲良くすることはきっと可能なのだろう。

 そう考えれば、いきなり手に入った『魔王の子供』という立場も有用かもしれない。

 今度は魔物側として、人間と仲良くなればいいだけの話なのだ。

 だいいち、このまま悲しみに沈んで涙に暮れるなんて、自分にはまったく似合わない。

 とりあえずはこんな仕打ちをしたあの自称母親に、改めて文句を言ってやろう。

 俺は決意を新たに、頬に残る涙の跡を拭った。





「それにしても……」


 心を落ち着かせ、俺は鏡の中の自分を改めて確認する。

 この姿が、これから俺が一生付き合っていかなければいけない、新しい自分なのだ。

 ならば、いつまでもこの姿から目を逸らし続けるわけにはいかないだろう。

 先程は人間とは違う部分にばかり注目してしまった。

 しかし改めて見てみると、この体はかなり可愛い造形をしているように思える。

 考えてみれば、あのはた迷惑な自称母親も、見た目自体は非常に良いのだ。

 あくまで見た目だけは、という評価なのだが。


 さらさらで、キラキラと輝くような青の混じった銀髪。

 すっと通った綺麗な鼻筋。

 薄めの唇は稼動域も広く、よく動く表情は清楚というより健康的な美を感じさせる。

 そして何よりも目を引くのが、金色に輝く大きなその瞳だった。

 少し充血していたが、それが気にならないほどに惹きつけられるような何かを感じた。


 って、うわ!俺の瞳孔ってなんか爬虫類みたいに割れてないか!?

 再び魔物としての特徴を発見してしまい、またしても軽いショックを受けてしまう。

 しかし、ショックを受けたものの、今度は先程のように目を逸らすまでには至らない。

 むしろ魔物を想起させるその特徴にすら、引き込まれるような魅力を感じてしまった。


「……かわ、いい?」


 鏡に映る存在は幼児と言えるほどの小さな女の子であり、あまつさえ自分自身なのだ。

 だが、それを口にした途端、俺の思考は熱に浮かされたようにもやがかかる。

 鏡の中の存在に、その金色の瞳に、どうしようもなく惹きつけられてゆく。


「……可愛い、かわいい……」


 知らずのうち、俺はうわ言のように頭を満たす言葉を口にしていた。

 だが、それは事実なのだがら今更止めるつもりもない。

 一体どうすれば、目の前に立ち塞がるこの邪魔なガラスを取り払えるのだろうか?

 せめてものと思い、俺はその可愛い彼女までの距離を、出来る限り縮めてゆく。


「……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……」



 ………………………………


 ……………………


 …………














 ――ヴァーミリア視点――





 すがすがしい空気が鼻腔をくすぐる。

 まぶたの裏に感じる柔らかな光が、私に朝の訪れを知らせてくれていた。

 城の中庭で遊ぶ、小鳥達の楽しそうな声が耳に心地よい。


 ああ、こんなに幸せな気持ちで朝を迎えるのは、きっと初めての経験だ。

 普段の私はあまり寝起きの良い方ではないけれど、今日は急速に意識が覚醒した。

 なにしろ愛する我が子と迎える初めての朝なのだ。

 自分でも驚くほど胸が高鳴っているのを感じる。

 この調子なら、いつもと違ってすぐにでも寝床を起き出すことも可能かもしれない。

 だけど、このゆりかごのような幸せの空気をもう少し味わいたいという気持ちもある。

 うん、決めた。もう少しこのままでいよう。

 ふわふわとした意識がこれ以上浮上しないよう、目を閉じたまま昨晩の事を回想した。



 ルナルナちゃんを寝室に連れてきた後、彼女はかなり不機嫌になってしまった。

 なにしろずっと『支配の魔眼』で、彼女が喋らないように押さえつけていたのだ。

 魔眼から開放された彼女は、非常に怒った様子で私に文句を言ってきた。

 だけど、あの場ではああせざるを得なかったのだ。

 なにしろ、生まれたばかりのラミアが流暢に言葉を喋るのは、あまりに不自然なのだ。

 『転生の秘術』は禁忌であり、魔王の私が使用したことは決して公には出来ない。

 だからこそ、しばらくは彼女を人前に出すわけにはいかないのだ。


 幸か不幸か彼女が未熟児と言う形で産まれてきたおかげで、その口実に困る事はない。

 彼女の中身は理性ある大人なので、何故あの場で魔眼を使ったのかを説明しておく。

 それを聞いた彼女は、勝手にこんな状況にしたくせに、と可愛く頬を膨らませていた。



 正直なところ、私に接する彼女の感情が、まだ好意的ではないという自覚はあった。

 なにしろ、私は一度彼女の人生を奪い、無理矢理魔物に転生させたのだ。

 それで肉体的に親子になったから、すぐ仲良くなれるという虫の良い話はないだろう。

 体に根付く本能と名付けの効果で、未だ彼女から決定的な反発は受けた事がない。

 だけど、それにしたって限度はあるだろう。

 彼女と本物の家族になるには、結局の所私の事を好きになってもらう以外にないのだ。

 その為には、お互いの人格を認め合える仲を築いていかなければならないだろう。


 そう考えると、最初は欲張らず、お友達くらいに考えた方がよいのかもしれない。

 そのくらいの方が、きっと彼女にかかる負担も減るだろう。

 彼女のこれからの生活は、色んな苦難や戸惑いに満ちているはずだ。

 私はそれをお友達としてサポートするのだ。

 ならば、私はもう少し彼女との接し方や距離感を考えなければならないかもしれない。


 しかし、それにはひとつの大きな障害が存在した。

 それは彼女の持つ、あの小さくて可愛らしい尻尾であった。


 恐らく彼女が嫌な顔をしたり憎まれ口をたたくのは、実際半分以上本音なのだろう。

 だけどその彼女の意思と裏腹に、あの可愛い尻尾はしきりに私に甘えてくるのだ。

 これは予想だけど、おそらく彼女は意識的に自分の尻尾を動かすのにまだ慣れてない。

 しかし人間よりも野生に近いラミアの本能は、しっかりとその体に根付いているのだ。

 その本能が無意識に私を母親と認め、それがあの尻尾の動きに集約しているのだろう。

 だから、あれはきっと彼女の意思には無関係の動きなのだ。

 そうはわかっていても、甘えてくる彼女の動きに、私はどうしても反応してしまう。

 だって仕方ないじゃない。

 子供に甘えられて嬉しくない母親なんて、いるわけがないのだから。


 昨日の夜も、意識が落ちる寸前の彼女は、しきりに私の体に巻きつこうとしていた。

 悪戯心に少し体を離すと、彼女の尻尾は更に追いかけてくるのだ。

 あの時暴走しなかった私の自制心を褒めて欲しいくらいである。

 結局彼女の尻尾には好きにさせ、彼女が寝息を立て始めるまでそのまま見守っていた。



 さてと、流石にそろそろ起きてしまおう。

 昨晩絡み付いてきた彼女の尻尾の感触が、まだ私の尻尾にその存在を伝えている。

 ということは、彼女はまだ眠っているのだろう。

 私よりもお寝坊さんなんてなかなか居ないのにと、少しだけ笑ってしまう。

 そんな所まで私に似てしまうと、大きくなったとき色々小言を言われちゃうわよ?

 私はわずかに力を込め、彼女の尻尾を優しく揺すってみる。


 すると彼女の尻尾は、そのままくしゃりと潰れてしまった。


 !?!!?!!???!?!!??!!!!!???????


 えっ……ええええっ!?今、何が起こったの?私は今何をした!?

 私は軽く撫でるくらいの気持ちだったのに、それだけで彼女の尻尾を潰してしまった?

 あり得ないという気持ちと言い知れぬ絶望感に包まれながら、私は慌てて飛び起きた。


「え、なにコレ?」


 てっきり眠っていると思っていたルナルナちゃんは、既にそこには存在しなかった。

 そして彼女の尻尾と思っていたその物体は、尻尾の形をした白い抜け殻(・・・)だった。

 そこでようやく、私はほっと胸を撫で下ろした。

 私が潰したのは彼女の抜け殻(・・・)だったのだ。

 1日で脱皮するのは些か早い気もするが、彼女は小さいからそのくらいで良いのだ。

 有り得ない産まれ方をした彼女には、これからもきっと、色々と驚かされるのだろう。

 だが、こういう驚きならば大歓迎なのだ。彼女が健やかに成長している証なのだから。

 まあ驚きすぎて、一瞬心臓が止まるかと思ったけどね。



 そういえば、もう起きていたのならば、彼女はどこに行ってしまったのだろう?

 魔王城は広いから、いくらルナルナちゃんでもまだ外に出ることは出来ないはずだ。

 城内にさえ居てくれれば、別に大きな問題になることは――


 ――あった。

 彼女が城の誰かと普通に話すと、それだけで色々とまずい事が起こるのだった。

 一応彼女には喋らないようお願いしたが、納得してもらえてるかは非常に疑わしい。

 私は、彼女の非常にわかりやすい魔力を探す為に目を瞑った。


 そして即座に目を開けた。

 なぜなら探るまでもなく、彼女の膨大な魔力はこの室内に存在したからである。

 ちゃんと室内で大人しくしていてくれた事を労おうとして……そこで私は絶句した。



「ね、ねえ、ルナルナちゃん……あなた一体何やってるの?」


 すぐに発見出来た彼女の背後から、私は恐る恐る声をかけた。

 彼女はベッド脇に備え付けられたドレッサーに貼り付き、何やらぶつぶつ呟いていた。

 そして、私の声に反応する様子はまったくない。

 近づいて様子を窺ってみると、彼女は「かわいいかわいい」とひたすら連呼していた。

 ひいぃ。こ、怖い……

 もしかして、魔物に転生したショックで、どこかおかしくなってしまったのだろうか?

 私は慌てて彼女を鏡から引き剥がした。


「だめよルナルナちゃん、しっかりして!」


 ベッドの上に抱き上げても、彼女は特に反応せず、虚ろな目でぶつぶつと呟き続ける。

 そして彼女のこの反応は、以前どこかで見た覚えがあった。

 そうだ。アイリスが『魅了』をかけた相手が、確かこんな反応だったはずだ。

 ということは、ルナルナちゃんは夜の間に、アイリスに『魅了』をかけられた?

 私は少し気だるげでやる気のない、あの四天王の一人の顔を思い浮かべた。


 ていうか、人の娘に一体なんてことをしてくれてるのよあの馬鹿淫魔。

 つい最近生まれたという子供の世話に疲れて、奇行にでも走ったのだろうか。

 悪戯にしたって少々たちが悪すぎるだろう。

 幸せな起床だったはずが一転、私はどうしようもなくむかむかとした気分になった。

 なんにしても、早く『魅了』を解いてあげなければルナルナちゃんがかわいそうだ。

 私はありったけの怒気を込めて、あのろくでもない四天王を呼びつけた。



 その日。

 私のいつもより少しだけ早い起床に、魔王城ではちょっとした騒ぎが起こったという。





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