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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第6章 力を求めて
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第48話 弱さの正体

非常にお待たせしてしまいました、すみません…

 

 そこだけが世界から切り離されたかのような静かな夜の庭園で、

 二つの小さな影が、お互い寄り添うように佇んでいた。


 その影の正体は、二人のうら若き少女達であった。


 彼女達は薄く照らす月明かりの元、お互いを見詰め合っていた。

 二人の距離は、例え親しい友人同士であってもその関係を疑われそうなほどに近い。

 吐息や香り、体温すら感じられる距離で、彼女達は熱っぽい視線を絡ませていた。

 その麗しい見た目と、周囲に咲き乱れる花々も相まって、

 この光景を額縁の中に切り取れば、そのまま絵画として成立しそうなほどである。


 実際に、彼女達の関係はただの友人ではなかった。

 ましてや特に仲の良い姉妹というわけでもない。

 それはお互いを想い合い、慈しみ合う関係。

 世に言う恋人と呼ばれるそれであった。


 だが彼女達をただの恋人同士と呼ぶには、あまりに多くの障害が存在した。

 この鼓動すらも感じられそうな二人の間に、

 実際には触れ合うことすら許されぬほどの隔たりが存在したのだ。


 しかし、だからこそ二人は燃え上がった。

 駄目だと言われてそれを受け入れられるほど、二人の想いは軽くはなかったのだ。

 彼女達は数々の思惑や妨害を乗り越え、そしてついにこの時を掴んだのである。

 誰にも邪魔されることなく語り合い、感じ合い、愛し合える機会を。


 優しく微笑む褐色の少女は、万感の想いを込めて赤毛の少女の頬に手を伸ばす。

 赤毛の少女は一瞬迷うような反応を見せるが、目を瞑り、黙ってそれを受け入れた。

 迷いと共に得た彼女の力みも、頬を撫でる優しい熱により次第に融かされてゆく。


「嗚呼(あゝ)アリス。私の愛しいアリス。もう二度と君を離さない」


 渇望してやまなかったその感触を味わいながら、褐色の少女は彼女に愛を囁いた。

 赤毛の少女はその告白を、熱に浮かされたような表情で聞き入っていた。


「いいえ、いけませんわお姉様。

 私達には身分、種族、性別という大きな壁があるのです。

 例えどんなに想い合っていてもそれは許されぬ恋。

 決して叶わぬ泡沫(うたかた)の夢ですわ」


 しかし熱く絡ませていた視線を外し、うつむいて絞り出した彼女の返事は、

 どこか諦観の混じった、はっきり拒絶を示す言葉であった。


 だが、そんな言葉を受けても褐色の少女は怯まない。

 赤毛の少女の体を抱き寄せ、少々強引に彼女の顎を上げて視線を合わせる。

 熱を帯びた視線と吐息が、先ほどよりも更に至近で絡みあった。


「いいやアリス。

 私は王女の立場よりも、君への想いの方が重要なんだ。

 私には魔界なんかより、アリスの事がずっと大切なんだ。

 例えどんな事が起ころうとも、私は決して君の手を離したりはしない!」

「ああ、お姉様」


 強い決意と覚悟の篭った黄金の双眸に、赤毛の少女は抵抗も示さず全てを委ねる。


「アリス…」


 そのまま二人は、どちらからともなく目を瞑り、

 やがて二つの影は、一つになった――









「――という関係なんですね。はうぅ、とっても素敵です!」


 アメジストを思わせる紫の瞳を輝かせ、アイラはうっとりと妄想に浸っていた。


「いや違うから。ていうかその妄想の中の俺は、一体何キャラなんだよ」

「ふぇ、違うんですか?」

「ち、違わないわ!」


 ルナルナはぴしゃりと否定するが、すぐ横から何故か肯定の声が上がった。

 視線を移すと、アリスはほんのりと頬を染めて、ツイっと視線を逸らした。

 先ほどまで夜の冷気に凍え、顔色は青白くさえあったというのに。

 彼女はこの短時間で、随分とその血行を改善したようである。


「あぅ~、一体どっちなんですかぁ?」

「いや違うだろアリス。そもそも俺達はもがっ…」


 更に反論しかけたルナルナは、突如その口を両手で遮られる。


「…ねぇ、ルナルナちゃん。あれって、本当にアイラさんなの?」


 一転、真剣な表情で問いかけてくるアリスに、ルナルナはハッとした。



 アリスに言われるまでもなく、ルナルナもこの幼馴染と言える若い淫魔に、

 先ほどから強い違和感を感じていたのである。

 姿形はもちろん、表情や口調、仕草まで全て普段通りの彼女である。


「あ、わかりました!私、今度こそわかっちゃいました~!」


 しかし、それでもなお拭えない彼女の違和感。


「強く想い合い、愛し合う二人は、ついにすべてを捨てて駆け落ちを…はうぅ」

「だ、か、ら!しつこいなもう。一体いつまで続くんだよその妄想設定は!」

「えぇ~、違うんですかぁ?

 でもお二人が夜陰に紛れて逃げ出す(・・・・)理由なんて、他に思いつかないですよぅ」

「うっ、それは…」


 いつも通りの微笑を浮かべ、ずばり核心を突いてくるアイラに、

 ルナルナは『やはり』といった感想を抱いた。

 つまり、この淫魔は全てを見抜いているのだろう。

 見抜いた上でとぼけているのだ。


 何故、そう確信できるのか。

 それは先ほどから感じている彼女の違和感が、

 ルナルナ達を決して逃がすつもりはないと雄弁に語っているからである。





 普段は子供っぽい言動にひらひらな服装で身を包み、ふわふわした印象のアイラだが、

 言葉遣いや服装以外の部分は、よくよく見ると実はあまり子供っぽくなかったりする。

 例えば『食事』の時の仕草などは、同性でもドキッとするほど色気に溢れている。

 そもそも前述の装いや口調も、想い人にアピールする為に狙ってやっていることなのだ。

 アイラの本性は、恐らく口調から受ける印象通りのものではないのだろう。


 そして、彼女は母親から実力でクイーンサキュバスの称号を受け継いだ淫魔である。

 生まれてわずか3年で、四天王という魔界の大幹部に上り詰めた本物の天才なのだ。

 まともにやりあえば、魔力の制御が出来ないルナルナに勝ち目はほとんど無いだろう。

 そう、彼女はルナルナと違い、魔力の制御がきっちりと出来るのだ。


 そんな彼女が。

 漆黒に浮かぶ蒼の月を背負って微笑む、幼馴染の淫魔が。

 人化を解いて顕わになった翼を広げ、普段は隠している魔力と淫気、

 そして化け物と表現して差し支えない、圧倒的な威圧感を惜しげもなく晒しているのだ。

 普段通りのはずの彼女の微笑みも、今や妖艶な仕草の一つとして馴染んでいた。

 子供っぽい言葉遣いや服装は、逆に薄っぺらなフェイクにしか思えなかった。


 アイラは夜の魔物の女王にして、エルドが遣わした四天王の一人である。

 それは彼女が、エルドの意思としてルナルナ達の前に立ち塞がったということになる。





 アイラはルナルナ達を威圧しながらも、

 にこにこと表情を崩さずじっと何かを待っている様子だった。

 ルナルナが逃げ出す場面を目撃したのに、彼女自身のリアクションは特に無い。

 さぁ、次はどう動くのですか?と言わんばかりに様子を窺っているのみである。

 それは絶対逃がさないし、何をされても負けないという余裕の表れだろうか。


 実際の所、ルナルナ一人ではおそらくアイラに太刀打ちはできない。

 逃げるにしても、よしんばルナルナの脚力でアイラを振り切る事が出来たとして、

 それではアリスを置いてけぼりにする事になってしまう。


 もしポールがいれば、一旦アリスを彼に預けて後で合流するという手段も取れただろう。

 しかし彼はエルドとの戦闘以降姿を見せていない。

 彼のことだから、そのうちふらりと姿を見せるだろうと心配はしていないルナルナだが、

 さすがに今いない彼の事をアテにすることは出来ない。

 例えばここにディードリッヒがいれば、話はもっと簡単だっただろう。

 何せ逃げようと思えば彼の転移魔術一つで簡単に済んでしまうのだ。

 思えばエルドがディードリッヒを引き抜いたのも、そういった理由なのかもしれない。

 彼の魔術が如何に便利で、換えの効かない物だったかと再認識するルナルナであった。


 しかし今ここには、その二人は存在しない。

 つまり、ルナルナとアリスが揃って逃げることを目標にした場合、

 現状が詰みに近いのは確かに間違いなかった。

 やはり逃走するにしても、もっとやりやすい状況を待った方が上手くいくのではないか。

 そんな考えがルナルナの頭を過ぎった。









 違う!




 そこまでぐるぐると思考していたルナルナの脳裏に、一つの答えが不意に現れた。


 今ここを打開出来ないのは、果たしてポールやディードリッヒがいないからなのか?

 今日は上手くいきそうに無いから、成功率の高そうな日を待つのが成功の鍵なのか?

 そもそもルナルナが求めていた『強さ』とは、そんな安全の上に成り立つものなのか?


 違う!


 それは全て、間違っている。

 ルナルナは頭に浮かんだ『言い訳』をすべて否定した。


 ルナルナは一つ否定することで、今まで答えの出なかった問題に連鎖的に解を得た。

 彼女は今まで何をもどかしく思っていたか。

 彼女は実際には、何に対して悔しい思いをしていたのか。

 彼女の求める『強さ』の正体とはなんだったのか。


 例えば吸血鬼の街で、強大な相手に何も出来ずに見送った時のこと。

 エルドに強くなってはいけないと言いつけられ、悔しく思いながらも従ったこと。

 今、幼馴染に余裕を見せられている状況をすんなり受け入れていること。


 その『物分りの良さ』こそ、彼女の求める『強さ』を妨げる根源なのではないか、と。



 ルナルナはエルドの呪縛を振り切り、強くなりたいと望んだ。

 そしてその強さとは、ただ訓練する事により手に入れられる物ではなかったのだ。

 ルナルナは今までの自らの弱さを認め、その弱さと決別する決心をする。


 そう考えると、とたんにルナルナの頭にある考えが単純になった。

 ルナルナはまだ目の前のアイラよりも弱く、マトモに戦っても勝てないかもしれない。

 しかし、だから諦めると言うのは間違っている。

 今のルナルナには、その答えを簡単に出すことが出来た。


 アイラの背後には、エルドの意思が見え隠れする。

 しかし、だからなんだと言うのだ?

 ルナルナの目標の『世界平和』は、断じてエルドが叶えてくれる物ではないのである。

 ルナルナは、ここで初めて本気でエルドに逆らう事を決意をした。




 ルナルナは、単純になった頭でもう一度現状を確認する。


 目の前には、ルナルナより戦闘能力の高いアイラが立ち塞がっている。

 ルナルナのすぐ後ろには戦闘能力の無いアリスが、寄り添うように身を寄せている。

 今までルナルナはこの状況において、アリスの事を『足手纏い』と計算していた。

 しかしそれは間違いだったと彼女は思い知った。

 戦えない彼女を計算した上で、アイラを突破する方法を探せばいいだけなのである。


 簡単に言えば、アリスが戦えない分、ルナルナがもっとがんばればいい。

 それだけの話である。

 それはいわば、ただの根性論であった。

 しかしそれを言葉に出来ただけで、ルナルナの心は今までに無く軽くなっていた。

 そこに明快な答えがあるからだ。


 もしかしたら、どんなにがんばっても結果は勝てないかもしれない。

 しかしその時はその時である。

 今のルナルナには、例え負けてたとしても、ただ諦めるよりはずっとマシに思えた。

 ましてや強いとはいえ、敵はアイラただ一人。彼女さえ突破すれば勝ちなのである。

 しかもアイラは、ルナルナを侮ってか余裕を見せている状態なのだ。

 ルナルナにとって、現状はどう見てもチャンスなのである。



 アリスを守り、アイラを突破する。


 それだけを胸に、ルナルナはアリスの手を少し強く握る。

 少し冷えたアリスの手は、一瞬の硬直の後、しっかりと握り返してきた。

 ルナルナにはそれが、彼女の信頼の証に思えて、少し嬉しくなった。





 ルナルナは新たな決意を胸に、余裕の微笑を浮かべる夜魔の女王を強く睨みつけた。


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