第46話 忠告の矛盾
「そのエルドって人の言うことはおかしいわね」
「うーん確かに、俺もエルドの言動にはどこか違和感あるんだよな」
アリスのストレートな意見に、ルナルナは素直に頷いていた。
ルナルナはあの後、アリスにほとんどの事を明かしていた。
自分がラミアと呼ばれる魔物であること。
母親が魔王であり、自分がその一人娘であること。
つい最近まで魔界の城で、ほぼ幽閉に近い生活を強いられていたこと。
旅の目的が、ヴァーミリアと自分の悲願である、魔物と人間の融和の為であること。
現在旅を共にしている3人が、魔界では四天王と呼ばれる高位の魔物であること。
露天風呂で遭遇した女性が自分の乳母であり、おそらくは最強のドラゴンであること。
彼女の事をルナルナが非常に苦手にしていて、常に頭が上がらないということ。
そして彼女が、ルナルナが強くなることに対して断固として反対していること。
そこまで聞いたアリスは、昨日のやり取りを思い出しながら冒頭の言葉を口にした。
「彼女の言うことには一理あるし、その理由を聞けば一応納得はできるんだけど、
エルドの言うことって何か妙に引っかかるんだよなぁ」
首を捻りながら思い返すルナルナに、アリスは強い口調で断言する。
「いいえお姉様、その時点でもう騙されてるわ。
既に平和になった世界ならまだしも、今はまだ人間と魔物の溝も埋まってないもの。
だいいち話を聞いてると、魔界も一枚岩ってわけじゃないわよね。
きっとお姉様のお母様に反発する魔物だっているはずよ。例えば前の魔王の残党とか。
そんなのが現れた時、お姉様自身に力が無いと身を守れないし、
そもそも魔物のルール的にも、お姉様が強くないと示しがつかないんじゃない?」
「エルドの言うには、そこは四天王に任せろって事らしいが」
「ポールはともかく、他はただの口実と監視に決まってるじゃない」
ルナルナの言葉にアリスは即座に反論した。
彼女の言う通り四天王の、特にベルゼの行動はエルドの監視を思わせる物が多かった。
「うーん、確かにアリスの言う通り、思い当たる節はあるな。
じゃあさ、エルドが嘘をついてるとしたら、アリスは何が目的だと思う?」
「それってお姉様が強くなったら困る本当の理由ってことよね、うーん…
例えば実は彼女が敵側に通じていて、現魔王の勢力の弱体化を図ってる、とか?」
いきなり物騒な予想を立てるアリスに、ルナルナは慌てて否定する。
「いや流石にそれは無いって。確かに今お母様に対抗できるのはエルドくらいだけど。
エルドにその気があるとしたら、お母様が産休中に何かしら行動を起こしてるはずだよ」
「産休……って、お姉様が生まれる時って事?
じゃあ魔王って普通に産休で休めるほど余裕あるものなのね、ちょっと意外かも」
アリスの言う通り、普通ならば魔王の座についたらそうそう休めるものではないだろう。
魔界は弱肉強食が常であり、そのトップに立つのが魔王という存在なのだ。
その魔王がむざむざ戦闘力の落ちる産休状態になるのは、ある意味自殺行為とも言えた。
「ああ、それこそエルドが優秀だから可能だったんだ。
エルドが魔王代理を務めてる間、ずっと魔物全体に睨みを利かせていたらしいよ」
「へぇ、じゃああの人は味方としては、本当に頼もしい存在なのね」
「ああ、お母様もエルドに対しては全幅の信頼を寄せてるしな。
俺だって個人的に苦手ってだけで、エルドの忠誠を疑ってるわけじゃないんだ」
実際彼女は、どこまでも冷たい目で突き放すような態度を取ったり、
歯に衣着せぬ物言いで簡単に人を傷つけることもあった。
だが、彼女がヴァーミリアに背く方向に行動したことは、今まで一度も無かった。
彼女はなんだかんだで、常に魔王ヴァーミリアを支え続ける優秀な側近なのであった。
そのルナルナの説明に、アリスは少々腑に落ちない顔をしつつも、
最悪だったエルドの第一印象を、少しだけ上方修正したようだ。
と、そこでアリスはあることに気が付いた。
「あれ?でも魔王が代替わりしたのって、そんなに昔の事じゃないわよね」
「んー、確か20年ちょっと前だったかな。それがどうかしたか」
「てことは、実はお姉様って思ったよりも若い?」
「あー…」
魔物は人間より長寿の為、おそらくアリスはルナルナの事を年上だと思っていたのだろう。
「実はさ、俺がこの体に産まれたのは3年前の事なんだ」
「さっ!?」
今までルナルナの告白を真摯に受け止めてきたアリスは、
その言葉に初めて大きな衝撃を受け、目を見開いて硬直してしまった。
「ついでにアイラも3歳くらいだったけな。魔物と人間じゃ成長速度が違うから――」
その言葉が追い討ちとばかりにアリスは大きくのけぞり、そのまま後ろに倒れかけた。
「っと、危ない!」
ルナルナはアリスの体を慌てて抱き止めた。
ルナルナの腕の中に納まったアリスの軽い体は、何故かプルプルと小刻みに震えていた。
「大丈夫か?いきなりどうしたんだよアリス」
見れば、アリスはその大きな瞳一杯に涙を溜めていた。
「ずるい!お姉様って、魔物ってずるいわ!!」
「な、一体何の話だよ?」
いきなり涙目で憤慨し始めたアリスに、ルナルナは困惑した。
「あ、もしかして俺が年下なのがショックだったのか?
確かに人間の場合3歳なんて子供もいい所だけど、魔物は精神が成熟するのも早くてさ。
一応俺もアイラも成人してるんだ。だから見た目通りに接してくれた方が嬉しいんだけど」
ルナルナは、頬を膨らませて真っ赤に震えるアリスを落ち着かせるよう弁明するが、
彼女はその言葉に返事を返すことなく、いきなりルナルナの体に抱きついた。
「うひゃ!?ちょ、ちょっとアリス!くすぐったいって…」
「う~…」
そのまま彼女は、ルナルナの柔らかな谷間に頭をぐりぐりと押し付けた。
気付けば二人は真正面から抱き合う形になっていた。
その体勢にルナルナはなんとなく気まずさを覚えたが、
胸元でうーうー唸るアリスの不満が不明な為、ルナルナは彼女を咎めることも出来なかった。
ルナルナは困惑しながらもアリスを抱きとめたまま、彼女が落ち着くのを待った。
「うう…お姉様なんて、お姉様なんて……」
「な、なんだよ。やっぱり俺が悪かったのか?」
しばらく経って再び顔を上げたアリスは、やはり変わらず不満に満ちた表情だった。
「お姉様なんて、『ルナルナちゃん』で十分よっ!」
「はあっ?」
アリスの尖った口から飛び出した言葉は、さらにルナルナを困惑させた。
いや、少なくとも今の言葉で、ようやくルナルナにもアリスの不満が理解できた。
今までアリスはルナルナの事を『お姉様』と呼んでいた。
そのことからも、アリスはルナルナに対し、年上への尊敬の念というものがあったのだろう。
しかし人間と魔物の差があるとはいえ、ルナルナは3歳児だったのである。
恐らくその子供に今まで『お姉様』と慕っていたことに対して、彼女は恥じているのだろう。
実際は3歳とはいえルナルナは魔物として成人済み。人間で言う15歳以上に当たるのだが。
「なあアリス。さっきも言ったけど、俺は実際にはもう成人していてだな?」
「なぁに、それがどうかしたの3歳児のルナルナちゃん?」
どうやら既にアリスの中では『ルナルナちゃん』で決定らしい。
その呼び方自体は、母親であるヴァーミリアから呼ばれ慣れているルナルナだったが、
今まで妹のように接してきた少女にそう呼ばれるのは、またなんともいえない気分になった。
「あらあらルナルナちゃんってば、まだ3歳の癖にけしからんお胸をしてまちゅのね~」
「にゅあ!?や、やめっ!アリスそれ以上は…てかこれ3歳児にやったら犯罪だろ!」
アリスのいつも以上に攻撃色を持ったスキンシップに、
ルナルナは身の危険を感じて、慌ててその身を引き剥がした。
お待たせしてすみません。
次話は明日か明後日くらいに投稿する予定です。




