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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第5章 勇者の足跡
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幕間 - 追憶の情景6

 

「ねぇエルド、貴女って本当にドラゴンなの?

 私にはどう見ても人間の姿にしか見えないんですけど」

「あら意外、お嬢様は『人化の法』を知らないのですね」

「ふぇ、それ私も知らないのです。便利そうだから私にも教えて欲しいのですよ」


 私のふとした疑問にエルドは心底意外という顔をし、アイラは嬉々として飛びついた。




 私の乳母であるエルドは、まだ年若い私とアイラにこうして色々な事を教えてくれていた。

 魔王であるお母様の下に生まれた私は、これから『魔界』の上に立つのだ。

 まだ生まれて間もないとはいえ、色んな事を知らないまま過ごしていいわけが無い。

 上に立ち、起こり得る様々な状況に対応する為にも、

 今から誰よりも勉強しなければいけないし、常に努力を怠るわけにもいかないのだ。

 疑問に思った事は後に残してはいけない。

 そういった思いから、私はエルドに向けて数々の疑問を投げかけていた。


 私の隣で、いつも一緒にニコニコとエルドの教育を受ける少女の名をアイラといった。

 彼女は私と同時期に生まれたクイーンサキュバスの娘で、ほわほわした印象の女の子である。

 アイラの特徴を一言で現せば『天才』であった。

 彼女は興味を持ったことを感覚的につかむのが抜群に上手く、

 そして次の瞬間にはなんとなく(・・・・・)でそれを再現して見せるのだ。

 彼女は非常に気分屋で、興味を持ったことにしか手を出さなかった。

 しかしクイーンサキュバスであり現四天王でもある彼女の母親は、

 既に能力では娘に勝てないのではないかと周囲に漏らしているらしい。


 異性を誘惑して『食事』をする彼女は、成長の早いといわれる私より更に早く成熟し、

 私がまだ凹凸に乏しい体つきをしているのに対して、既に色んな部分がムチムチとしていた。

 私が早く成長したいと漏らしていると、彼女は何故か逆に私の体を羨ましがっていたが…

 この辺はおそらく、お互いに無いものねだりというものなのだろう。

 私達は今日も仲良く肩を並べて、エルドの授業を受けるのであった。




「考えてみれば『人化の法』を使える者は限られているし、

 もし使えたとしても『魔界』ではそもそも必要無いから、

 生まれて間もないお嬢様達が知らないのも無理もなかったわね」

「ということは、その『人化の法』とは相当修得が難しいものなのですね」

「ええ、本来は相応の魔力容量と素養が必要になる技術よ。

 でもアイラには相性の良い技術だし、お嬢様に至っては息をするように出来るはずよ」

「へぇ、そういうものなのですか」

「ふえぇ、それなら早速教えて欲しいのですよ」


 どうやら私達が修得するのに問題の無い技術のようである。

 この技術があれば、魔物と人との架け橋を目指す私の大きな助けになるはずである。


「でも魔術の祖である魔物にも使える者の少ない技術を、

 私達なら問題ないとエルドが断言できる根拠が私にはいまいち不明なのですけど。

 そもそも私はまだ魔術の使い方を教えてもらってないですし」

「ええ、ただの魔術ならね。でも『人化の法』は魔術じゃないの。

 この技術において一番重要なのは『想像力』と『魔力容量』になるわ」


 その説明は非常に意外なものだった。

 『魔術』は綿密な理論の上、決まった形に魔力を組み上げることで発動するらしい。

 それに対して今の『人化の法』の説明は、まるで無形の法であった。

 例えるなら魔術が既存品を作り上げるのに対し、人化は好きな物を自由に作るのに近い。

 それなら確かに、魔術を扱えないが魔力容量だけは大きい私にも出来るかもしれないし、

 感性で物を捉えるのに長けたアイラには、正にうってつけの技術かもしれない。


 しかしエルドの言い方だとそのアイラよりも、私の方に適正があるように聞こえる。

 世界平和を夢見る私のことを、想像力の豊か過ぎる妄想娘と暗に皮肉っているのだろうか。

 もしそうであれば、非常に失礼な話である。

 今はただの妄想だとしても、私はその実現の為にこんなにもがんばっているというのに。



「まずは自分の内にある魔力の流れを感じ取って、それを掴みなさい」

「はぁい」

「ええっと私の場合、魔眼に流れてるものを感じればいいのかしら?」


 私はまだなんとなくしかわからない体に流れるそれを何とか感じ取る。

 アイラを見れば、楽勝とばかりに鼻歌を歌っている。


「流れをつかめたら、その魔力を『自分のなりたい形』に流れるよう強く歪めてやるの」

「ええっと、こうかな…ふわわ、何か変な感じ」

「うーん」


 私は自分の体が人間のものになる想像を強く浮かべる。

 丸い瞳孔に毒の無い短い犬歯、舌もラミアよりずっと短くて先も分かれていないはずだ。

 そして蛇の胴体の代わりに、2本の細い足が自分の下半身に生えているのを想像する。

 うん、自分が人間になったら、きっとこんな姿になるんじゃないかな。


「イメージが固まったら、魔力の流れを固めてその姿になりたいと強く『願い』なさい。

 それが成功すれば、ちゃんと人化できるはずよ」

「え、そんなのでいいの?」


 エルドの『人化の法』の説明は、なんともアバウトなものであった。

 本当に魔術に比べて、全然違う魔力の使い方である。

 そもそもどれだけ魔力をこめればよいのか等の説明がどこにも無い。

 私は魔力量の放出を調節出来ないのに、はたしてそれで成功するものなのだろうか?



「ふええぇ!?」



 そんなことを考えていると、すぐ隣から妙に可愛い声が聞こえてきた。

 あれ、でも今の声っていつものアイラとは何か感じが違ったような…


 私がその声の発生源を確認すると、そこにはアイラによく似た小さな幼女が佇んでいた。



「ねぇアイラ、それがあなたのなりたい姿だったの?」

「は、はうぅ…」


 エルドの少し呆れたような言葉に、小さなアイラは真っ赤になって俯いていた。

 しかし私には、何故かその表情に喜びの色が混じっているように見えた。


「あのねアイラ。確かにこの『人化の法』にはなりたい姿になれる力があるわ。

 でも本来の姿から魔力を歪め過ぎる(・・・・・)と、大きな代償があるの。それはね」


 エルドの言葉が終わるか終わらないかのところで、一際大きな音が鳴り響いた。



『グウウウウゥゥゥ~~~~キュルルルル…』



 アイラは、エルドの言葉を最後まで聞き届けることなく、目を回して倒れてしまった。

 さっきのアイラの腹の音から察するに、彼女は空腹が過ぎて気絶してしまったのだろう。

 アイラの空腹が意味するもの、すなわちエルドの言う代償とは…


「莫大な、魔力の消費…」

「はい、正解」


 なるほど、『人化の法』に込める魔力量が決まっていないのも納得である。

 おそらく『人化の法』は本来の姿から離れれば離れるほど消費魔力が増えるのだろう。

 アイラの保有魔力は一般の魔物に比べれば桁違いに多いはずである。

 その魔力を、彼女が幼女になっただけで全て消費しきってしまった。

 これは魔物がほとんど人化を扱えないのも納得である。


「アイラったら、淫気も出せないほど消耗しちゃってるわね。

 後でこの子に魔力回復薬でも飲ませてあげてくださいな」


 エルドは意識の回復しないアイラを手下に運ばせ、別室で介抱の指示を与えていた。

 アイラを運んだ彼は、確か彼女の親衛隊のうちの一人ではなかったか。

 彼は彼女の姿に驚いた様子だった。

 私は彼がロリコンでないことをそっと心の中で祈った。





「勘違いしたかもしれないけれど、魔物の特徴を消して人間の姿になるだけなら、

 今のアイラみたいに全魔力を消費することなんて無いわ。

 一度その姿になってしまえばその後魔力を消費することもないしね」

「は、はぁ」


 エルドの言葉に、私はそれが使い勝手が良いのか悪いのか判断しかねていた。

 普通に使えば問題が無いが、扱いを誤れば自爆とは魔術では聞いたことのない話である。


 エルドに促され、私は出来うる限り慎重に『人化の法』を行った。




「ほらね、お嬢様なら問題ないと言ったでしょう」

「ええ、確かに今の所どこにも不具合は感じませんね」


 初めて行った人化は、何故か本当に呼吸するかのごとく行うことが出来た。

 魔力もほとんど消費した実感は無い。

 私は初めて体験する、しかし何故か妙に懐かしい感じのする人間の体を確かめた。


 先ほどまで蛇の胴体で地面を掴んでいたのに比べ、2本の足は随分不安定に感じる。

 瞬発力も筋力の詰まった蛇の体と比べるべくも無い。

 ただこの『走る』という行動は少し面白いかもしれない。

 見た目は人間のほっそりとした足だけど、

 その中身を構成するのは、蛇の時と変わらない瞬発力に優れたそれである。

 何よりラミアの時と比べて、体がものすごく軽いのである。

 近距離の瞬発力は筋力量が違うため恐らくラミアの姿が勝るが、

 長距離を移動する場合は、その軽さからこちらの姿の方が勝るかもしれない。


 そして、もう一つ大きな違いがあることに私は気付いた。


「う、なんだか見えすぎて目がチカチカする…」


 それはこの人間形態の時の目が、ラミアの時と比べて格段に良くなっているのだ。


「姿が変われば色々な所が代わりますわ。

 最初は戸惑うかもしれませんが、まぁそのうち慣れるでしょう」




 色とりどりの情報に溢れたその見慣れぬ光景に、私はしばし目を細めていた。



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