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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第5章 勇者の足跡
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第45話 アリスの利

今回はアリス視点の話になってます。

 

 またしても、お姉様が部屋に閉じ篭って出て来なくなってしまった。


 お姉様がこうなるのはミュルズホッグの街に続き、これで2度目の事だ。

 最近わかった事だが、お姉様は存外に打たれ弱い所があるらしい。

 アイラさんが言うには、お姉様は故郷のお城でも度々一人になりたがっていたそうだ。


 お姉様がこうなってしまった原因は、間違いなくあのエルドという人のせいだろう。

 彼女はお姉様の乳母という話だが、正直あの人の物言いは卑怯だと思った。

 人には誰にだって弱い部分があるものである。

 彼女はその弱い部分を抉り、おそらくはお姉様の目標を奪ってしまったのだ。

 私の目から見ても、露天風呂から上がったお姉様は完全に『折れて』しまっていた。


 お姉様はここまで、明らかに明確な意思を持って各地を巡っていた。

 その目的の為には、最も危険な魔物といわれるドラゴンに挑むことすら厭わなかった。

 いや、実際はドラゴンと対峙する事を嫌がっていたが、それでも目的は果たしていた。

 そんなお姉様を間近で見ていたから、私もただの足手まといではなく、

 何かしらの部分でお姉様の役に立ちたいと思っていた。

 そして今、お姉様は自分の弱い部分を突きつけられ、恐らくは前に進めなくなっている。

 前回は自力で立ち直ったお姉様だが、今回はもしかしたら戻ってこれないかもしれない。

 澱んだ瞳で部屋に入っていくお姉様を見ながら、私はそんな予感を感じていた。




 私はウエストダウン随一の商人の娘、そして商人の卵のアリス=ベレス。

 目先の利のみを追うではなく、人の心を掴んで動かすのが真の商人だと信じている。

 そして今すべき私の商売は、立ち止まったお姉様に新たな利を与えて背中を押すことだ。

 私は小さな決心を抱き、お姉さまの閉じ篭った部屋の扉の前に立っていた。

 私は固く閉ざされた拒絶の扉をくぐると、闇に沈んだその愛しい顧客に向き合った。





「あらアリスさん、こんな夜中に何の用ですか?

 もしかして一人で寝るのは怖いから、一緒に添い寝して欲しいのかしら」


 そこには女物の部屋着に身を包んだ、ニセモノ(・・・・)のお姉様が柔らかく微笑んでいた。






「私はあなたじゃなくて、本物の(・・・)お姉様の方に話があるの。悪いけど代わってくれない?」

「あら、失礼しちゃうわ。それだと私がまるで偽者みたいじゃない」


 ニセモノのお姉様は、以前と同じく、自分がまるで本物であるかのような言動を取った。

 以前は王様と会うための演技かと思っていたが、今はそうでないのだとわかる。

 お姉様の弱い部分がわかったからこそ、私はそれを理解してしまった。

 これは恐らく、お姉様の『逃避行動』なのだ。

 お姉様は皇女として扱われることに、相当なストレスがあるのだろう。

 そこで自分の中に皇女としてふさわしく振舞う別の人格を作り上げ、

 自分が耐えられない場面では、『彼女』に意識を委ねてその場から逃げ出しているのだ。

 目の前で柔らかく微笑み、それらしく振舞う彼女はいかにも皇女と呼ぶに相応しかった。

 しかし、今の私にはその姿がどこか滑稽で、痛々しいものにしか見えなかった。



「ええ、そう言ってるのよ。本物のお姉様はもっとお姫様らしくなくて残念なの。

 間違ってもあなたみたいな、作られた(・・・・)お姫様のような振る舞いはしないわ」

「本当に失礼な人ね。貴女はまだ私の事を偽者と疑ってるのね。

 私は貴女と旅してきた記憶はぜーんぶ覚えてるというのに」


 確かに彼女の言う通り、彼女は私達の旅の記憶を『都合良く』覚えているのだろう。

 だけど私の記憶力を舐めないで欲しい。

 私は今のお姉様にとって『都合の悪い』記憶まで、しっかりと覚えているのだ。


「それじゃあお姉様は、私と初めて会った時の事もちゃんと覚えてるのよね」

「ええ、もちろん覚えてますわ」

「じゃあ教えてもらおうかしら。その時お姉様は、何と言ってポールを呼び出したかをね」

「!?……そ、それは」

「冥府が何とかとか、地獄がどうのとか…どうだったかしら、詳しく思い出せないんだけど」

「いえ、いつも通りに、普通に呼び出しましたわ」


 うつむいて真っ赤に頬を染めるニセモノに、私はかかったと口角を上げた。


「あら、それだと私の記憶とは違うわね。やっぱりあなたはニセモノなんじゃない」

「ち、違いますわ。大体貴女だって今、詳しく思い出せないと仰ったじゃないですか」

「あ、それ嘘よ。一字一句全部覚えてるわ。とってもお姫様に似つかわしくない呼び方をね。

 確かこうだったかしら。『彼を呼ぶは冥府の理、解き放つは地獄門。汝その呪縛を…』」

「やめて!」


 すらすらとそらんじる私に、彼女は悲鳴のような制止をかけた。


「頼むから、やめてくれアリス……今は、出ていってくれよ…」


 視線を移すと、そこには『本物』のお姉様の、悲痛に歪んだ顔があった。


「やっと、戻ってきてくれたのね。お姉様」


 私は、めいっぱいの優しい表情で、愛しのお姉様を出迎えた。










 お姉様は、その綺麗な青銀の髪をくしゃりと掴み、肩を震わせてしばらく泣いていた。

 彼女は私を追い出すことを諦めたのか、それ以上拒絶の言葉を発する事はなかった。

 私はお姉様の隣に腰かけて、彼女が落ち着くまでじっと待ち続けた。




「…今は、一人にしておいて欲しかったのに…」


 お姉様は時折鼻をすすりながら、呟くように言葉を発した。


「嫌よ。だってお姉様、あのまま消えちゃうつもりだったんでしょ?」


 私の問いに、お姉様は否定もせずにただ俯いていた。

 先ほどまでの出来すぎたお姫様然とした立ち振る舞い。

 あれこそが、お姉様のエルドという人の言葉に対する答えだったのだろう。

 それは、自らを彼女の言う『半端者』と認め、否定した上での人格の譲渡を意味する。

 下手すれば、そのまま二度と本来のお姉様の人格は現れなかったかもしれない。


「そんなの絶対嫌。私はお姉様(・・・)がいいの」

「……」


 そう。

 そんなこと、私が耐えられるわけがない。

 私が好きなのは、カッコ良くてガサツで、少しだけ情けない残念なお姉様なのだから。




 私はお姉様の背中を押す為に、何が必要かもう一度考える。

 今のお姉様は、きっと色んな問題がこんがらがっていてがんじがらめなのだろう。

 そういう場合は一つ一つ丁寧にほどいていかないと上手くいかないものまもだ。

 ならば、お姉様に一度全部話してもらうしかない。

 実は今までお姉様から話してもらえるようずっと待っていたのだが、もうしかたない。

 お姉様はやはり、いざという時奥手で臆病らしい。

 お姉様が勇気を出せないのなら、先に私が勇気を見せるべきだろう。


 私は軽く深呼吸をして息を整え、決心が鈍らないうちに胸の内を告白することにした。




「お姉様、私ね、お姉様に聞いてほしいことがあるの」

「……なんだ?」


 決心したにもかかわらず、私の胸は早鐘のように鳴り響き、鼓動が轟々と全身を駆け巡る。

 そのうるさく鳴り響く音を掻き消すように、私は目を瞑り一気に早口でまくし立てた。


「わ、私ね、お…お姉様の事が好き。世界中で一番、大好きなの!」

「え?う…そ、そうか」


 私の突然の告白にお姉様は驚いて、どう反応していいかわからない顔をしていた。

 正直私も逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、ここで止めたら告白した意味が無い。

 さっきから主張の激しすぎる胸元を押さえ、更なる言葉を何とか紡ぎ出した。


「そ、そのね、別に返事が欲しいとか付き合って欲しいとかそういうのじゃないの。

 ただ、そんなわけだから私ね、お姉様の力になりたいって、ずっと思ってるの。

 だからね、お姉様の悩んでる事、私にも分けて欲しいの」

「いや、それは……でも…」


 しばらく驚いた様子で私を見つめていたお姉様は、再び考え込むように俯いてしまった。

 どうやらお姉様には、もう一押しくらい必要なようである。


「心配ないわ。例えお姉様が人間じゃなくたって、私の気持ちはちっとも変わらないから」

「んなっ!?」


 お姉様は今度こそ目を見開き、私の視線と真っ向から見詰め合った。


「ア、アリス……それは、いつから?」

「ガルタンがね、調べてくれたの。最初は南の王国を片っ端から。

 でも、いつまで経ってもそれらしい国が見つからないから、諦めようとしたの。でもね」

「……」

「その時、お姉様のフルネーム、思い出したの。

 あんなに有名な名前なのに、そこでやっと気付くなんておかしいわよね」

「……やっぱり、最初に名乗るべきじゃなかったんだな」

「ルナルナ=エルディレッド――お姉様は魔王ヴァーミリア=エルディレッドの、娘なのね」

「……ああ」


 重い息と共に言葉を吐いたお姉様は、酷くばつの悪そうな顔をしていた。

 おそらく今まで私を騙していたという意識が強いのだろう。

 だけどそれは私を気遣っていたのだとわかるし、そもそも未だ人間と魔物の溝は深い。

 下手にどこかからその情報が漏れれば、お姉様の行動出来る範囲は相当減るだろう。



 しかし、私は今までのお姉様の行動や言動を思い出していた。

 そもそも魔王は人間との友好関係を望んでいるという。

 お姉様の行動に人間に対する敵意は欠片も見受けられない。

 ならば魔物は、少なくともお姉様は人間の敵ではない。

 そして、私はお姉様の事が好きなのだ。

 ならば私がお姉様を助けるのに、一体いかなる障害があるというのか。



 お姉様は奥手だから、先に私の気持ちを全部伝えた方が上手く行きそうだ。

 そう思い、今考え付く限りの事を全てお姉様に話していた。

 何度も見返りはいらない、好きだからやるのだと言葉を重ねながら。



 最初は困惑の度合いの方が大きかったお姉様も、時を追うごとに落ち着いてゆき、

 次第に私の話にちゃんと耳を傾けてくれるようになっていった。

 やがて、お姉様の方からもぽつぽつと自分の事を話してくれるようになり、

 その頃には彼女の表情も、以前の穏やかなものに戻っていった。


 いや、よく見ればそれは、前の表情とも少し違っている気がした。

 これが、おそらくは本来のお姉様の素の表情なのだろう。

 そしてその一つ一つの表情が、私にとっての最大の見返りとなっていた。

 そんな新鮮なお姉様の表情を見ることに喜びを覚えていると、

 ふとお姉様は、どういう感情なのかわからない顔をした。



「……でもな、アリスが俺に好意を抱くのは、実は俺のせいかもしれないんだ」

「え、どういうこと?」

「俺は『融和』の魔眼という、相手にほぼ無条件で好意を抱かせる物を持ってるんだ」



 なるほど。実際お姉様の視線には妙な力を感じることは確かにあった。

 しかし、それでも私にはそんなもの関係なかった。


「ふーん、でも私がお姉様を好きになったのは、お姉様の目を見るもっと前からよ」

「へ、そうなのか?」

「ええ、お姉様が盗賊のアジトに運ばれてきたときには、もう気になっていたわ。

 あれって、きっと一目惚れだったんだと思う」

「へ、へぇ……そうなんだ」


 なんとも微妙な表情をするお姉様に、私は自然と笑みがこぼれていた。



 胸から感じる鼓動はまだドキドキと大きな主張を伝えていたが、

 今はそれがとても温かいものに感じられた。



最初幕間として書いていたのですが、内容が明らかに本編だったのでサブタイトルを修正しました。

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