第2話 囚われの少女
「……ん」
「あ、目が覚めた?」
少年…いや、銀髪の少女はぼんやりとした意識のまま、霞む目を擦る。
次第に焦点が合ってくると、赤毛の女の子が心配そうに彼女を覗きこんでいた。
彼女が寝かされていたのは粗末なベッドだった。
あまり清潔にされていないのだろう、お世辞にも良いとはいえない匂いがした。
「ここは?」
「盗賊の地下牢だって」
「盗賊の…ってことは、俺をさらった連中は盗賊だったってことで合ってる?」
「うん、そうみたい」
「そっか」
自分の考えが大筋で当たっていたことに、少女は少しホッとした。
ベッドに腰かけ一息つき、ふと隣に座る赤毛の女の子を覗き見る。
軽くウェーブのかかった鮮やかな赤毛がまず目に入る。
白い肌に、肉付きの方はまだまだこれからなんだろう。
全体的に細くて白いという印象である。
鳶色の愛嬌のある瞳は、しかし今は少し充血しているようにも見えた。
「ね、お名前聞いていい?私はアリス=ベレス」
「う、名前かぁ……言わないとダメ?」
「言いにくい名前なの?」
アリスはキョトンとした顔で首を傾げる。
「うー、言いにくいっていうか何というかその」
「あ、無理に知りたいわけじゃないの。ただその方があなたのこと呼びやすいかなって」
そう言いつつ、アリスのトーンはあからさまに落ちてしまう。
「ああもう別にいいよ!俺はルナルナ=エルディレッドってんだ。変な名前と笑ってくれよ!」
罪悪感に駆られたルナルナがぶっきらぼうにそう告げると、アリスの表情はパッと花開く。
「ううんそんなことないよ!ルナルナ、ね。見た目通りの可愛い名前じゃない」
「か、可愛いって、俺が?」
「もちろん。うふふ、言葉はちょっとだけ乱暴だけどね」
ルナルナの頬をぷにぷにと突きつつ、アリスはころころと笑う。
と、そこでルナルナはあることに気づいた。
「はっ、俺のローブは!?」
「きっとあいつらに取られたんだと思う。多分他にも色々取られてるかもしれないわ」
言われてルナルナは慌てて自分の身を確かめる。
確かに腰につけていたはずの、やや大型のナイフが消えていた。
「うぁ、お母様にもらったナイフが…」
「私も色々あいつらに取られちゃったわ。お揃いのリングにお婆様の形見のブローチまで!」
アリスはそう重いため息をついた。
…と思いきや、いきなりアリスはくすくすと笑い出した。
「ど、どうした」
「だって私が指輪やブローチを嘆いてる隣で、ルナルナはナイフなんですもの。ルナルナってばちょっと変わってるよね」
「そんなに変、かな?」
「変っていうか、もったいない、かな。だってこんなに綺麗なのに。もっと着飾ろうとか思わないの?」
「着飾るも何も、いつもは男の格好しかしないし」
「あ、だから最初変に低い声出してたんだ。似合わなーい」
「似合わ!?」
アリスのあまりにあまりな言葉にルナルナは愕然とする。
そんな固まったルナルナを見て、アリスはくすりと表情を崩す。
「うそうそ、ルナルナなら男の格好でもきっと似合うよね。男装の麗人っていうの?ルナルナ相手だったら、私そっちに目覚めちゃうかも」
「はー、そりゃどうも」
隣で暴走するアリスを横目にルナルナは思考を整理する。
ここが件の魔物騒ぎの中心で間違いないだろう、とルナルナは考える。
獣達の統率された動き。隻眼の男の言霊。
おそらく、あの男が獣をけしかけることで魔物をスケープゴートにし、街の人間を誘拐しているのだ。
確保した人間はそのまま奴隷商に流すって所だろう。
「で、確認したいんだけど、アリスは昨日誘拐された人で合ってるんだよね」
「うん、教会の帰りにいきなり袋みたいなのに入れられて…」
「ってちょっと待って、あいつら街の中でさらってんの?」
「そうだけど?」
「うーん、なんか思ったより大雑把だな。もっと周到にやってそうに感じたのに」
まあ盗賊なんてそんなものかと、ルナルナは無理やり納得することにした。
「ちなみに他にさらわれた人はいないの?他にも牢があるとか」
ルナルナの問いにアリスは目を伏せて首を振る。
「もう売られちゃったと思う。私やルナルナも、すぐに売られるみたいなこと言ってたから」
「じゃあ今助けられるのはアリスだけってことか」
「え、なにかアテがあるの?」
「そりゃもちろん…」
ポカンと聞いてくるアリスに、ルナルナは飛び切りの笑顔とサムズアップで応えた。
「俺がアリスを助けるからさ!」
「と、思ってた時期が、僕にもありました」
「ダメじゃないの…」
牢屋の鍵をガチャガチャと弄るルナルナに、アリスは心底呆れながら呟いた。
「いやー思ったよりも頑丈だね、コレ」
「当たり前じゃないの、あなた牢屋を何だと思ってたのよ?」
「元に戻れば何とかなるんだろうけど、いきなりアリスに見せるのも本末転倒というか」
「私だって出来ることはやってみたわよ、でも無理だったんだから」
「しょうがない、ちょっとカッコ悪いけどプランBで行こう」
「ふーん、まだ何かあるの?」
アリスはうって変わって期待の欠片も感じられない目でルナルナを見ている。
そんなアリスの様子に、ルナルナは慌てず動じず次の手を繰り出した。
「フフ…彼を呼ぶは冥府の理、解き放つは地獄門。
汝その呪縛を打ち破り、出でよ我が僕、地獄の獄卒ポーーール!!!」
「…………」
「……」
「あのーすみません。アリスの前でちょっとカッコつけようとしたことは謝ります。もう二度と恥ずかしい呼び出し方はしないので、ちょーっと出てきてもらえませんかねポールさん。あとアリスさんも、出来ればその目はやめていただけませんか?」
数分後、そこには絶対零度の視線に耐えつつ虚空を拝み倒すルナルナの姿が。
このままでは本物の痛い人確定である。
と、ふいにバサリと羽音を響かせ、極彩色のオウムが虚空から現れると、ルナルナの肩にとまる。
「あれ?え?今、その鳥どこから現れたの?」
突如現れたポールの姿に、アリスは目を白黒させた。
「はーよかった……これが俺の、もう一つの奥の手さ」
ルナルナは満足げにポールの喉を撫でて労う。
ポールが若干そっぽを向いているのは、きっと気のせいだろう。
「ポール、悪いけどこいつを叩っ斬ってくれないかな?
ついでに上の連中を眠らせてきてくれると助かるんだけど」
ルナルナが牢屋の錠前を指すと、ポールはオウムの姿から、白いダボダボのローブを纏った小さな浮遊物体へと姿を変えた。
ポールはふよふよと鉄格子をすり抜けると、腰に刺さった脇差をチャキッと構える。
「な、な……」
「鳥の姿は仮の姿でね、ポールは幽霊剣士さんなんだ。
あ、幽霊だから魔物じゃないし、むやみに人に危害は加えないから安心してね」
唖然としてもはや言葉にならないアリスに、ルナルナは事もなげに説明する。
そしてその説明が終わらないうちに、鉄格子の数本が斜めにずれて地面に落ちる。
「鉄格子じゃなくて錠前って言ったんだけど、まあいっか。
さて、俺らはここからゆっくりと逃げよっか」
ふよふよと階段を登るポールを横目に、ルナルナは未だ固まったままのアリスをぽんぽんと叩いた。
アリスさんが勝手に動きすぎて困ります。