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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第5章 勇者の足跡
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第39話 理想のお姫様

今回の話も第37話との対比のため一人称になってます。

 

 昨晩かなり遅くまでアリスに着せ替え人形にされていたため、起き抜けの体は少し重かった。

 しかしそうも言ってられない。今日はガリエル国王と会見する予定の日である。

 開ききらない目を冷水で洗って無理矢理こじ開けた。

 幾分さっぱりした頭で軽く身だしなみを整えると、

 現在自分の身につけている服が、昨日アリスに着せられた女物であることに気付いた。


 本来なら慌てて着替えているところだったが、今はむしろ都合が良かった。

 何しろ今日はエルドの言いつけにより、『素』の自分でいることは許されないのだ。

 いざという時ポロリと素の自分がこぼれてしまっては、すべてが台無しなのだ。

 それならば、今のうちから入っておいた(・・・・・・)方がいいだろう。

 俺は目を瞑り、あるイメージを頭の中に強く描き出した。



『彼女は高貴にして清楚な魔界の姫である』


『彼女は生まれつきの女性で、間違っても男言葉や乱暴な行動を取ったりはしない』


『彼女の目的は全て融和に帰結し、尊敬する母の為、理想の為、身を粉にして行動するのだ』



 俺は、闇の中に浮かぶ自分の姿をした理想の姫のイメージを、より強固にする。

 イメージが完全に固まったところで、次に彼女と自分が重なっていくイメージを浮かべる。

 目を瞑った自分と理想の姫の体は徐々に近づいてゆき、やがてその体は一つに重なってゆく。


 完全に彼女と自分が一つになったところで、()は再び目を開いた。





「ふあぁ…あれ?昨日は遅かったのにお姉様って随分早起きなのね」

「おはようございますアリスさん。貴女(あなた)だって私に負けず早起きじゃない。

 やはり商人の娘だけあって、時間の価値はしっかりと理解してますのね」


 寝ぼけ眼で挨拶してくるアリスに、私はにっこりと挨拶を返した。


「……なんでだろ?今日のお姉様、なんかすっごく違和感あるんだけど…」


 アリスは眠そうな目を擦りながら頭にはてなマークを浮かべている。

 その仕草はどこか子供っぽく、衝動的に彼女を抱きしめたくなるがすんでの所でとどまった。


「どこもおかしい所なんてありませんわ。あ、ほら寝癖がついてるじゃない。

 私が直してさしあげますから、ちょっとこっちにいらっしゃい」


 私はアリスを鏡の前に立たせると、丁寧にブラッシングしてその髪を整えてやった。

 彼女の髪は綺麗な柔らかい赤毛である。そのふわふわな感触はもっと触っていたいほどだ。

 私は寝癖が直っても髪を整えるふりをしながら、しばらく彼女の髪を堪能していた。


 私が彼女の髪に顔を寄せて、その華やぐような香りに目を細めていると、

 鏡に映ったアリスの顔はなぜか驚愕の表情に変化していた。


「え…あれ?お、お姉様…よね?」

「どうかしました?」


 完全に目が覚めた様子の彼女は、すっかりいつもの調子に戻っていた。

 彼女は慌てた様子で私の方に向き直り、私の肩をがっしりと掴んでくる。

 私と彼女の身長はかなり近い為、同時に彼女の顔はかなり急接近してきた。

 あらあら、貴女の気持ちには当然私も気づいてますけど、

 でも残念ながら私にそういう趣味はありませんことよ。


「どうもこうもないわ、どう考えてもいつものお姉様じゃないもの。まさかニセモノ?」

「ニセモノだなんて失礼ですね。今までずっと一緒に旅してきましたのに。

 サライのお城で胸を揉まれた事も、貴女のほくろの位置だってちゃんと覚えてますわ。

 なんなら今ここで言って差し上げましょうか?」


 そう言ったところで、アリスはしぶしぶながらもやっと納得してくれたようだ。


「でも一体どうしちゃったのよお姉様。言葉もだけど雰囲気まで変わってるんだけど。

 これじゃお姉様がまるで本物のお姫様みたいじゃない」

「失礼ね!それは私も至らないところは多々ありますけど、

 それでも私なりにお母様を継ぐ者として日々努力してますのよ」

「日々努力って、私は割と残念なお姉様しか知らないんだけど…」

「な、なんですって!?」



 私とアリスが口論になりかけたところで、廊下の奥からもう一つの影が現れた。


「ふにゃ、お嬢様ーごはん~…」


 寝ぼけ眼でお腹を鳴らしたサキュバスの少女に、()は慌てて彼女を小脇に宿を飛び出した。





「ふー、やれやれ危ない所だったぜ」


 つやつやの笑顔でお腹を擦るアイラを横目に、俺は額の汗を拭った。


 …おっといけない、緊急事態につい『素』をポロリしてしまった。

 この程度の事でボロが出るようでは、本番でどんな失態を犯すかわかったものではない。

 俺は再び目を閉じて、その『仮面』を被り直した。





「ふぇ、でもお嬢様ってお城ではいつもこんな感じでしたよ。

 私にとっては、逆に昨日までのお嬢様の方が違和感がすごかったですもん」

「え、そうなの?」


 アイラの言葉に、アリスは信じられないといった表情を浮かべた。


「だから言ったでしょう、これが本当の私なの。おかしい所なんてどこにもないわ」

「…そっか、そうよね。お姉様は本物のお姫様だもの、これが普通なのよね」


 どうやら、ようやくアリスにも納得してもらえたようである。

 そうこうしているうちにかなりの時間が経ってしまっていた。

 これでは早めに起きてしっかりと準備を整える予定が台無しである。


「いけない、そろそろ支度しなくては。食事を取ったらお城へゆく準備をしますわ。

 アイラ、アリスさん、貴方達も手伝ってもらえますか?」

「はぁい、任せてくださいお嬢様」

「当然よ、私がお姉様をおもいっきり可愛く仕立ててみせるわ!」


 私のお願いに、二人はとびっきりの笑顔で応えてくれた。




 宿の食事を軽く取った後、姦しい二人に囲まれて私は昨日購入したドレスを身につける。

 シンプルなのも良いけど、どこかアクセントが欲しいと主張する二人は、

 アリスはシルバーのネックレスを、アイラは私物のリボンで私のドレスを彩ってくれた。


 鏡の前で私はその仕上がりを確認する。

 デザインに対して些か胸の主張が激しい気もするが、その他は我ながら完璧である。

 私が軽く微笑むと、私の理想に近づいた鏡の中の少女もその表情を柔らかく綻ばせていた。











 その夜、国王との会見を終えた()は、真っ暗な部屋で膝を抱えてうずくまっていた。



「ねぇお姉様ー、もう出て来てよ。いつまで閉じこもってるつもりなの?」

「ふえぇ、お嬢様が引きこもりになっちゃったのです」

「フハハハハ、我が姫ながらなんともか弱きものよ。

 どれ、ここは我輩がその麗しき御尊顔を拝ませて頂きましょうぞ」

「うるせぇ聞こえてるんだよ!ベルゼは入ってきたら本気の本気でぶん殴るからな!」

「フハハハハ、とびっきりはしたないですぞ我が姫よ」



 エルドに幼少の頃から厳しく躾けられてきた俺は、

 いつしか自分に暗示をかけ、自分の思い描く理想の姫を演じる術を身につけていた。

 『彼女』を演じている間はお姫様然とした自分に疑問を感じることもないし、

 その行動や思想に苦痛を感じることも無い。

 3年弱の訓練は、それほどまでにその『仮面』を分厚くしていた。


 しかしそれはあくまで『仮面』なのである。

 それを外せば、全ての出来事が自分の身に起こった記憶としてフィードバックされる。

 そして俺自身がお姫様を演じることに対しての耐性が強くなるわけでもなかった。

 むしろ女としての『彼女』を作ってしまったおかげで、

 普段の男としての自意識との乖離は更に激しくなったのかもしれない。

 結果、『仮面』を脱いだ後はいつもこうやって長く自己嫌悪に苛まれる事となった。




「ねぇお姉様、私はどっちのお姉様でも気にしないから、いいかげん立ち直ってよ」


 優しく諭すようなアリスの声を遠ざけながら、

 俺は仮面の代わりに布団を被り、今日一日の出来事を必死に忘れようとした。



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