第31話 四天王の面々
「お姉様、お帰りなさい!」
ガルタンの武器屋に戻ったルナルナを、アリスは笑顔で迎え入れた。
「それで目的の物は無事手に入ったの?」
「ああ、なんとかな」
ルナルナは「ほら」と懐から朱色に輝く綺麗な鱗を取り出して見せた。
角度によって色彩を細かく変える美しい鱗に、ガルタンとアリスは感嘆の声を上げた。
「これぞまさしく火竜の鱗じゃ。しかも少しも痛んでおらぬ最高級品じゃ。
これは良い物が出来そうじゃ!」
ガルタンはその鱗を受け取ると、「腕が鳴るのう」とそのまま工房に消えていった。
「流石お姉様!例え相手が凶暴な火竜でも、お姉様にかかれば雑魚も同然なのね!」
「あ、いやそれは…うーん…」
相手は火竜ではなく、あまつさえ実際は戦ってすら居ないのだ。
しかし詳しく説明すると、自分が魔物と深く関わっている事まで話さねばならなくなる。
どこまで話し、そしてどこまでごまかすかルナルナが頭を捻っていると、
アリスは何かを思い出したかのように、辺りをキョロキョロと見回した。
「お姉様、あいつはどうしたの?まさか火竜にやられちゃったとか」
「ああ、ディードリッヒは――」
アリスがディードリッヒ不在に気づいた事が渡りに船となり、
ルナルナはここを上手く切り抜ける方法を思いついていた。
「今回俺は戦ってないんだ。火竜とはディードリッヒがやり合ってね。
そこで火竜に素質を見込まれたあいつは、しばらく火竜の元で修行する事になったんだ。
火竜の鱗はその餞別で分けてもらったんだ」
全てを語ってないだけで、嘘は言っていない。
その説明を聞いてしばし目を丸くしていたアリスは、いきなりルナルナの腕に腕を絡めた。
「ということは、またしばらくの間お姉様と私だけで旅をする事になるのね!」
アリスは上気した顔で、ぐいぐいとルナルナに身体を押し付ける。
ルナルナがポールの事を忘れるなよと口に出しかけた所で、
それどころではない連中とこれから旅を共にする事を思い出し、頭を抱えた。
「いや、あいつ等と旅なんて無理だろ…」
「お姉様?」
ルナルナは上機嫌のアリスに、これから起こる事を説明することが非常に心苦しかった。
だが、何も知らずに連中と顔を合わせるのはもっと酷だろう。
ルナルナは意を決して彼らの事をアリスに伝えようと決心したその時――
『コンコン』
――二人の間に乾いたノックの音がやけに大きく響き渡った。
「ま、まさか…まだ何時間もたってないはずだ、いくらなんでも早すぎる!」
「ねぇお姉様、さっきからどうかしたの?」
『コンコン』
疑念の渦に固まったルナルナに代わり、アリスがそのノックに返事をした。
「はーい、今出るからちょっと待っててね」
「ちょ、ちょっと待った!」
パタパタと扉に駆け寄ろうとしたアリスに、ルナルナは慌てて制止の声を掛けた。
「な、何かしらお姉様」
「ここは俺が出る、アリスはあっちでむこう向いて待っててくれないか」
「え?それはいいけど……ねぇお姉様、お姉様は私にいつまで…」
「ん、なんだ?」
「ううん、なんでもないわ」
アリスがわずかに揺れる瞳をルナルナから逸らすと、小走りで部屋の反対側へと向かった。
その様子を確認してから一つ息をつき、ルナルナは意を決してその扉を開けた。
「我々、参上!」
ルナルナは再び扉を閉めた。
『コンコン、コンコン、コンコン…ゴンゴンゴン!ゴゴッ!ゴゴゴゴゴゴッ!』
「あああうるせぇ!」
ルナルナは扉から飛び出し、中から見えないようすぐさま扉を閉めた。
そこには黒く逞しい体をした、人間にはありえない特徴の男が腕を組んで佇んでいた。
「我々、参上!」
その男の装いは異様だった。
上半身は胸元まで見えるランニングのような黒いシャツ。
下半身はぴっちりとしたタイツのような爪先まで覆う黒いパンツ。
腕全体を覆う黒い手袋のような物。
それが全て1枚に繋がったような服装であった。
しかし、彼を異様たらしめている原因はもっと他に存在した。
頭に生えた2本の湾曲した角。
漆黒の鋭利そうな翼。
うねうね動く黒い尻尾。
その姿はまるで悪魔そのものであった。
そして両脇を固める他の二人も、およそ人間とは思えない格好であった。
「ちょ、人化人化!小さな村とはいっても人目あるんだから人化して!」
「ふむ、ヴァーミリア様に直接飛ばして頂いたゆえ、失念しておりましたわ」
「ウ、ウガ」
「ふぇ?す、すみませんお嬢様…」
3人は各々魔力を操り、そのシルエットがシュルリと人のものへと変える。
先ほどまで異様だった男は、パリっとしたガタイの良いタキシードの男へと変貌した。
しかし醸し出す雰囲気は、未だにどこか胡散臭かった。
往来という事もあり、周囲にはちらほらと人の姿が見えたが、
なぜか皆一様に何も見ていないという風にその視線を逸らしていた。
その様子にこれは大丈夫だったのか?とルナルナは拭いきれない不安に冷や汗を流した。
「お嬢様、エルド様より伝言を言付かっております」
「ん、何だってベルゼ?」
「お嬢様を100回泣かすまで帰ってくるな、と」
「あんのアマ…」
ルナルナがピキッと青筋を立てて震えていると、
してやったりという顔をしたベルゼと呼ばれた男が良い笑顔で告げた。
「嘘ですが!」
「こ、こいつ!」
この悪魔はこんな奴だったと思い出し、なんともいえない気分になるルナルナだった。
あの性悪なら本当にそう思ってそうだから、なおさら質が悪いと彼女は感じた。
「うっうっ、ウウウウウ…」
見ればベルゼの隣に並ぶ、白いツンツンした頭のムキムキマッチョが涙を流していた。
「オ、俺は、俺は…」
「ど、どうしたルガール?」
「俺はどんなことになろうともお嬢様を愛そうと決めていた。
だが今のお嬢様は…ぐぐ、今のお嬢様を俺はもう愛する事は出来ない!」
「ああ、そう」
ルナルナはその涙に暮れるムキムキマッチョを、げっそりした表情で放置を決めた。
「ふええぇ、泣かないでくださいルガールさん。そのうち良い出会いもありますから」
ルナルナが放置を決め込んでいると、
隣からふわふわの金髪を揺らした、凝ったコスチュームの女の子がルガールを慰めていた。
彼女から受ける印象も、どこかふわふわとしたものだった。
「いやダメだろ、こいつが出会ったら拙いから」
「そ、そんな、それじゃあルガールさんが可哀想です!」
「出会った相手がもっと可哀想だよ!」
「ふええぇ」
「と、そういえば」
ルナルナはキョロキョロと周囲を見渡す。
この一目無害そうな彼女が、実際には一番厄介なのだとルナルナは警戒していた。
「アイラ、いつもお前が連れてるあいつらはまだ居ないんだな?」
「ふぇ?ここまで飛ばされちゃったから、まだ辿り着けてないみたいです」
「そうか、それはほんっっとーに良かった」
ルナルナはその言葉に心底胸を撫で下ろした。
「必要でしたら今ここで作れますけど、どうしましょう?」
「いやいらない!絶対いらないから!頼むからやめてくれ!」
「ふえぇ」
ルナルナのその必死の剣幕に、アイラと呼ばれた少女は困惑気味にたじろいだ。
「ふむ、こんな所で立ち話もなんですしそろそろ中へ入りましょう。お茶も出しますぞ」
「それ、お前が言う台詞じゃないだろ」
なぜか偉そうに仕切り始めたタキシードの男ベルゼに、ルナルナは深いため息をついた。




