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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第4章 北へ
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第28話 最強の部下

 

「サイテー!男ってサイッテー!」

「違うんじゃ、誤解じゃよお譲ちゃん」

「これのどこに誤解する要素があるってのよ!?」


 激怒するアリスに、稀代の名工ことガルタンは必死に弁明を繰り返していた。




「じゃあ何、最初のあれは私を娼婦か何かと間違えたって事?

 ええ確かに私の身体は貧相ですよ。それは悪うございましたね!」

「う、それはその……すまぬ」

「ハァ、こんなのがあのガルタン=ギルスだなんて」


 裸一貫から身を起こし、武器職人として世界中にその名を轟かせたガルタンは、

 商人を目指すアリスにとっては憧れの的であった。

 しかし蓋を開けてみれば、その憧れの存在はただのエロ魔人だった。

 アリスはそんな現実にがっくりと肩を落としていた。


「本当は色々お話聞きたかったのに、そんな気もなくなっちゃったわ…」

「おお、何じゃ?ワシに答えられるものなら何だって答えるぞ」

「うっさいエロ魔人、あんたはもう黙ってて!」


 キッと睨み付けるアリスに、ガルタンは落ち着きなくおろおろとしている。

 これ以上何を言っても彼女の機嫌は直らないと察したのか、

 ガルタンは諦めて店の奥へと姿を消した。

 色々どっと疲れたアリスは、手近な椅子に腰かけて窓の外に呟いた。


「はぁ、早く帰ってきてよお姉様…」


 しばらく奥に篭っていたガルタンはお茶を用意してアリスの近くに差し出した。


「あのお嬢さんが心配かの?さっきも言いかけたが彼女なら大丈夫じゃよ」

「なによ、あなたにお姉様の何がわかるって言うの?」


 不機嫌そうに視線をよこすアリスに、ガルタンはやれやれと肩をすくめる。


「普段の彼女の事はわからんがの、彼女がただならぬ者だということはわかっておる」

「ふーん、例えば?」

「まずあの武器を振れる(・・・)という時点で尋常ではない。

 あれは人間はおろか、並みの魔物ですらその手に余るような設計なのじゃ。

 常識外の魔力の持ち主、いわばあれは『魔王専用装備』と呼んでもおかしくない代物じゃ」

「お姉様ってそんなにすごいの?」


 アリスの言葉にガルタンは無言で頷く。


「ワシも沢山の人間を見てきたが、あれほどまでの魔力の持ち主は初めて見たの。

 彼女は常時かなりの魔力をばら撒いておるが、その容量が減る様子も見受けられん。

 おそらく彼女の体には、よほど高位の魔物の血が流れておるのじゃろうな」

「お姉様はお姫様なのよ。王族ってそんなに魔物の血が濃いものなの?」


 その言葉に、ガルタンは首を傾げる。


「はて、ワシも数々の王家を渡り歩いてきたが、

 そこまで高位の魔物の血を受け継いだ王家があったじゃろうか?

 あれほど極端な魔力ともなると、噂くらいは聞こえてきても良いものじゃが…」

「お姉様は、南の方出身って言ってたわ」

「ふぅむ、南の王国のう…少々調べてみるか」


 ガルタンは再び奥へと篭る。

 アリスは黙ってルナルナの事を調べるその行為に少し罪悪感を覚えた。

 だがアリスにとって彼女の存在は、何も知らずにいるには少々大きくなりすぎていた。


「ごめんなさい、お姉様…」


 アリスは少し冷めたお茶を手に取って口に含むと、憂鬱げに窓の外へと視線を移した。





「くちゅん!」

「あれ、大分暖かくなったと思ったけどまだ寒いのお姉ちゃん?」

「んにゃそんなこと無いけど、なんだろう風邪かな?」


 ディードリッヒの言葉通り、『魔物の棲みか』に入ると明らかにその気温が上がっていた。

 ルナルナも何枚も重ねていたその上着を脱ぎ、今はいつものローブ姿へ戻っていた。

 体調もいつも通りと呼べるほどに戻り、意識もすっかり回復している。

 そしてクリアになった彼女の思考は、その表情を険しいものにしていた。


「あのオジさんが言ってた通り、確かに居るみたいだね」

「火竜かー、やっぱり強いんだよね」

「強いなんてもんじゃないね。硬いし賢いし魔術も使うしブレスもあるし。

 俺としては出来るだけ穏便に済ませたいところだよ」


 そこでディードリッヒは、ルナルナの少々強張っている表情に気付いた。


「もしかしてお姉ちゃん火竜が怖い?」

「怖いっていうか、ドラゴン自体がちょっと苦手でさ」


 ディードリッヒの言葉に、ルナルナは苦笑いを浮かべて頬を掻く。


 事実、ルナルナにはドラゴンに対してあまり良い記憶が無かった。

 それは彼女の知るドラゴンがとんでもない存在で、

 ルナルナはそのドラゴンを、小さな頃から苦手としていたからである。



 もともとこの棲みかはゴブリンの巣という話だったが、周囲に彼らの気配は見当たらない。

 恐らくルナルナ達の気配を敏感に察知し、どこかしらに身を隠しているのだろう。

 力の弱い魔物はその分、そういう危機察知能力が高くなる傾向があるようだ。

 ルナルナは何の抵抗もなく、すたすたとその熱源の元へと歩みを進める。


 程なくして、ルナルナ達はその洞窟の最も奥まった少し広い部屋に出た。

 かくしてその部屋の中に、目的の火竜は存在した。

 洞窟の内部だと言うのに、そこはその雰囲気にそぐわぬ真っ白い部屋だった。

 そして、これもまた雰囲気に合わない白いテーブルと椅子が並べられ、

 そこに目標の火竜がちょこんと座り、優雅なティータイムを送っていた。


「ねぇねぇお姉ちゃん、この人本当に火竜なの?」


 ディードリッヒが懐疑的な声色でルナルナに訊ねる。

 そう、その火竜はいわゆる一般的なドラゴンの姿をしていなかった。

 それはまるで、人間のような形をしていたのだ。

 しかしその姿を見たルナルナは完全に固まり、彼の問いに何も返す事は出来なかった。


「…どうしたのお姉ちゃん?」


 ルナルナは未だに動かない

 すると、優雅に紅茶をすすっていた彼女がルナルナ達に気付いた。

 彼女はルナルナの顔を確認すると、にっこりと明るく、人の良さそうな笑顔を見せた。


「あら、こんな所で会うなんて奇遇ですね。お嬢様」


 彼女がカチャリとティーカップを置くと、その音にルナルナの体はビクリと反応した。


「あれ、知り合いなのお姉ちゃん?」

「な、何でこんな所にいるのさ…」


 ルナルナはかすれた声を何とか絞り出し、その彼女の名を呼んだ。


「…エルド」




 それは現存する最強のドラゴンの名にして、魔王ヴァーミリアの最強の配下の名でもあった。



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