第27話 火竜の鱗
「火竜だと!?」
夢現を彷徨っていたルナルナの意識は、その単語を理解した瞬間に覚醒した。
――火竜。
呼んで字のごとくドラゴンである。
ドラゴンは魔物と分類されるものの中でも、その格は最上位とされていた。
その知名度も高く、人間の間でもドラゴンを神として信仰する一派も存在する程である。
そしてドラゴンの始祖は、魔界の本物の神であった。
始祖ドラゴンは『空を統べる者』と称され、魔界3柱の内の1つとして数えられていた。
ドラゴンはその高い知名度に反して、個体数は非常に少なかった。
非常に長寿で高い知能を持つ彼らは、人間の前にその姿を現す事はめったになく、
人間の間ではしばしば想像上の生き物と認識されている事もある程であった。
ドラゴンはラミアと同じく強大な魔力を操り、
今ある魔術の何割か――属性魔術と呼ばれるものの大半――は彼らが作り出した物だった。
鱗に魔力を通す事で各々の属性を纏う事の出来る身体。
その硬く強靭な肉体から繰り出される単純かつ絶大な物理攻撃。
魔術とは別に、彼らにのみ許された『ブレス』という名の暴虐。
上位ラミアの『魔眼』のような絡め手は持たないものの、
こと攻撃力に関しては彼らの右に出る者は存在しなかった。
また、彼らは生まれつき何らかの属性を持ち合わせ、
鱗に魔力を通すことで発現するものが、その個体の属性であった。
氷竜は凍てつくような鱗を身に纏い、そして火竜は灼熱に燃える鱗を持っていた。
ガルタンがルナルナを暖める為に、火竜の鱗を欲するのはなるほど納得である。
魔力を通せば発熱するその素材を上手く使えば、その身体を常に温め続ける事も可能だろう。
問題はその火竜である。
魔物として最上位の彼らは、武器のないディードリッヒが足手まといになりうる相手である。
そもそもこの人里に近い『魔物の棲みか』にそんな大物が居ること自体が眉唾であった。
尤も、全世界の『魔物の棲みか』に現れうるラミアも存在するのだが、彼女は例外である。
「本当にこんなところに火竜が居るのか?にわかに信じられないんだけど」
「本当じゃよ。これはただの噂話ではなく、ワシが実際この目で見たのじゃからな」
聞けば、ガルタンは素材を集める為にしばしば『魔物の棲みか』に潜っているのだと言う。
そして1月ほど前から、本来はゴブリンと呼ばれる魔物しか居なかった近郊の棲みかに、
なぜか火竜が居ついていたのだという。
ちらちらとルナルナを伺うガルタンの様子には、
あわよくば討伐してくれると助かるという意図がはっきりと表れていた。
「はー、火竜がどれだけ厄介な奴か知ってるのか?
そんな子供のお使いみたいなノリで討伐できる存在じゃないんだけど」
「なんの、おぬしこそそいつが振れるならその威力は知っておるじゃろうに。
正しく威力を発揮すれば、一振りで山を砕けるだけの性能は持たせておるはずじゃ」
「攻撃力が足りないとは自分も思ってないよ。
ただこいつは俺の切り札なんだ。普段からおいそれと使えるものじゃないんだよ」
「どういうことじゃ?火竜相手に出し惜しみをしている暇なんぞないと思うのじゃが」
「お、俺が使いたくないんだよ…」
使うとエロい事になってしまうとは、このエロ魔人の前では言いたくないルナルナだった。
するとルナルナの後ろから、いつも以上に楽しげなディードリッヒが声を掛けた。
「大丈夫だって。いざとなったらボクもついてるから、そのナイフを思う存分振るってよ」
「エロガキは黙ってろ」
ルナルナは頭痛のする頭を抑えた。
「俺はちょっと特殊な体質をしていてな、魔力が枯渇すると少々困った事になるんだ」
「ふむ、故に切り札と言うことかの。じゃが火竜の鱗がなければ依頼の物は作れんぞ」
「どうしても必要なのか?」
「うむ、そいつがその道具の核となるからの」
ルナルナが北を目指す以上、必然的にその防寒具は必要となる。
ということは火竜の鱗の入手は必須と言うことだ。
ルナルナは魔界の姫である。
よほどの事がない限り火竜と事を構える事はないだろう。
ドラゴンは知能も高く、鱗を譲ってくれる事もあるかもしれない。
しかし彼らは総じてプライドが高い。
簡単にその鱗を譲ってくれる事はまずないだろう。
最悪その鱗を得る為に、更なるお使いをこなす羽目になるんじゃないか?
悪い予感ばかりルナルナの頭を過ぎる。
そもそも魔物だからといって、ルナルナと敵対しないとは限らない。
ウエストダウンでもオーウェルシティでもルナルナと敵対する魔物は存在したのだ。
やはり最終的には切り札を使う事になるかもしれない、とルナルナは覚悟する。
「ところでここは『魔力回復薬』は扱ってないのか?」
少々高くても保険の為に購入しておくべきだと判断したルナルナだったが、
その彼女の言葉に、ガルタンは渋い顔をした。
「ここは武器屋じゃよ」
そりゃそうだ、と彼女は肩を落とした。
「うーやだ~、行きたくないよー」
「はいはいお姉ちゃん、駄々こねてないでさっさと行こうね」
再び雪だるま化したルナルナを、ディードリッヒが無理やり押し出すように店を出た。
今回もアリスはお留守番となり、その他のメンバーで棲みかを目指す事となった。
本音はディードリッヒも置いていきたいルナルナだった。
だが、万一戦いになって魔力が枯渇した場合、
勝利したとしても棲みかの魔物はゴブリンだという。
そうなった場合、おそらくルナルナは一生もののトラウマを負う事になるだろう。
それならこの子供のような魔人の方がまだマシだというものである。
あくまでマシというだけで、当然ルナルナにとっては嫌なものは嫌なのだが。
雪だるまを搭載して出発する無駄に豪奢な馬車を、アリスは窓から心配そうに見送っていた。
アリスに戦闘能力が無い以上、見送る事しか出来ないというのは覚悟していた。
しかし毎度ルナルナの無事を祈りながらその帰りを待つのは、アリスにとってもつらいのだ。
その彼女の肩にガルタンの手がポン、と置かれる。
「心配じゃろうが、大丈夫じゃよ」
「私もそう思いたいけど…はっ」
そこで彼女は現状を理解する。
ルナルナと一緒に、ポールやディードリッヒまで出かけて不在である。
すなわち何かあった時、彼女を守れる人間がこの場に存在しないのである。
か弱い女子であるアリスの隣に居るのは、エロ魔人ことガルタン=ギルス。
アリスは身の危険を感じ、身体に触れてきたケダモノから慌てて距離をとった。
そんな彼女の様子に、エロ魔人ことガルタンは心外だとばかりに口を開く。
「別にお譲ちゃんには何もせぬよ。
さんざんあのような所を見せておいて言うのもなんじゃが、ワシに少女趣味は無い。
子供を見境無く襲うほど飢えておるわけでもおらぬしの」
しかしガルタンの言葉を信用するには、彼の先ほどまでの行動がその説得力を失わせていた。
アリスはジト目でガルタンを観察しつつ、少しずつ出入り口の方へと近づいていた。
「女性に飢えてるのは事実なのよね?信用ならないわ」
「だから普段はプロにお願いしておる。現に今日も…はっ!しまった」
そこでガルタンは何かに気づいたように顔を上げる。
と同時に、何者かがその扉をノックした。
「ごめんくださーい」
ドアの向こうから聞こえてきたのは若い女性の声である。
「い、いかん!今そのドアを開けてはならぬ!」
慌てて制止するガルタンとは逆に、アリスは逃げ出す絶好のチャンスとそのドアを開けた。
「こんにちわ~、キャット☆エンジェルズでぇす!今日も幸せのデリバリーにまいりました♪」
ドアの向こうには、猫をかたどった衣装の豊満な女性が、胸を強調するポーズを決めていた。
アリスと彼女の目が合った。
アリスはゆっくりと彼女の胸元、自分の胸元、そしてガルタンへと視線を送る。
「……」
「……」
やってきた女性も、まさか女の子が出てくるとは思わなかったのだろう。
決めポーズのまま引きつった表情を浮かべ、そのまま動かない。
「…いや、これはその、じゃな?」
「……」
アリスはそっと扉を閉めた。
まだ線画の状態ですが、登場人物紹介にイラストを追加しました。




