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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第4章 北へ
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第26話 稀代の名工

 

「嫌じゃー!こんな貧相な子供より、もっとムッチリな女子(おなご)が良いんじゃー」

「はぁ?いきなり何失礼なこと言ってんのよぶっ飛ばすわよ!」


 涙ながらに首を振る中年親父を、アリスは襟首を掴んでぎりぎりと締め上げていた。





「…正直、すまんかった。ワシの勘違いだったんじゃ」


 稀代の名工と謳われたその男は、目の前の少女にそのボサボサの頭を下げていた。


「たく、どう間違えればあんな失礼な言葉が出てくるのよ」


 頭を下げられたアリスは完全におかんむりである。


「しょうがないよ、アリスの体型が残念なのは事実なんだしさ」

「うるさいわね、あなたもぶっ飛ばされたいの?」


 ニコニコと背後から火に油を注ぐディードリッヒにアリスは勢いよく噛み付いた。

 いつも状況を収めていたルナルナは、現在雪だるまになって揺れている。

 突っ込み不在である。

 アリスは色々と吐き出したい言葉をぐっと飲み込み、再び中年の男に向き直った。


「それで、あなたが武器職人のガルタンさんでいいのよね。

 今日は依頼したい物があってきたんだけど、受けてもらえるかしら?」


「お、おお客じゃったのか。最近閑古鳥でのう、ちゃんとしたお客なんて久しぶりじゃ」

「久しぶりって、そういえば何でこんな所に店を出してるの?王家御用達って話なんじゃ」


 アリスの疑問に、ガルタンはため息混じりに首を振る。


「見栄の為にワシの道具を腐らせる連中の相手なんぞ真っ平ゴメンじゃよ。

 ワシはちゃんと使われるための道具を作りたいんじゃ」


 呟くように言葉を吐き出したガルタンの目には、強い職人のプライドが宿っている。

 その様子に、とても先ほどの赤ら顔の中年親父と同一人物とは思えないとアリスは感じた。


「ここまで足を運んでくれるような熱い客を待っとったんじゃが、幻想だったようじゃ。

 金はもう十分稼いだしの、そろそろ引退を考えておったところじゃよ」

「そんな、まだまだ働けるのにもったいない。客なら目の前に居るじゃない」


 目の前の寂しそうな目をした『職人』を、アリスは放っておけなかった。

 成功した商売人というのは彼女の目標でもあるのだ。

 その彼が寂しい目でそんな事を言うことに彼女には耐えられなかった。



「そうじゃったのう。それで誰の、どんな道具が欲しいんじゃ?」

「そこに居るお姉様を暖める道具が欲しいの」


 アリスが背後でふらふらと佇む着膨れたルナルナを示すと、ガルタンも視線を送る。


「ワシには十分温まっとるように見えるが?」

「あれでも全然足りないの。それに私達がこれから向かうのはセレンズ連邦だから、

 生半可な防寒具だと下手すればお姉様が死んじゃうわ」

「それはワシに温めて欲しいというフリで…げふぁ!」


 アリスの無言の捻り込むようなボディが、ガルタンの鳩尾に突き刺さる。


「私、冗談が嫌いなの。それで自力で体を温める道具が欲しいんだけど用意できる?」

「お、お譲ちゃんなかなか良いボディを撃つのう…」


 ガルタンはわき腹を押さえ、脂汗を浮かべながらも何とか気を取り直す。


「ふむ、まずはそのお姉様とやらに脱いでもらえるかの?」


 ガルタンの言葉に、アリスは握りこぶしを作って威嚇するが、ガルタンは慌てて頭を振る。


「決してエロい目的ではない。ワシの道具は持ち主の魔力や特性を利用して作るんじゃ。

 その為にはまず彼女に魔力があるか、体の構造がどうなっとるか調べないといかん。

 特に今回の依頼の場合、魔力の有無で難易度が大きく変わるんじゃ」

「お姉様なら当然魔力くらい持ってるわよ。だってお姉様はすごいんだから」


 アリスが自信満々に答えているところに、ディードリッヒが口を挟んだ。


「あ、脱がせるんならお姉ちゃんの魔力にやられないように気をつけてよ。

 だだ漏れの奴だけでもレジストしないと、そこの子みたいにやられちゃうからね」

「どういう意味よ」

「べっつにー」


 アリスがじと目でディードリッヒを睨みつけるが、彼は何食わぬ顔で受け流した。


「全部脱がせる必要あるの?流石に私そこまで許容できないわよ」

「ああ、服一枚までで良い。魔力があるならその流れ等を見たいだけじゃ」

「じゃあ私が脱がせるわ。お姉様、ちょっと寒いかもしれないけど我慢してね」

「んうー…」


 ルナルナは両手を開き、子供のように無抵抗に脱がされる。


「こ、これは…」


 服一枚まで脱がされ、ルナルナの素顔が晒された所でガルタンの目の色が変わった。



「ムッチムチじゃーい!げぶぁ!!!」


 某大怪盗のごとく飛び掛った中年親父を、アリスとディードリッヒは容赦なく地面に叩き落した。


「速攻でやられてどうするのさ。オジさん魔力使えるでしょ、何でレジストしないのさ!」

「す、すまん。こんな辺境じゃとすっかり女っ気に乏しくてのう、つい耐え切れなんだ」


 ガルタンは赤い顔の、更に赤くなった額を擦りながら弁明する。

 アリスは「がるるるる」と唸り声を上げてルナルナの前に立ち塞がって威嚇している。


「しかし魔術を使わずこの量の魔力を放出しておるとは……ん?」


 そこでガルタンはルナルナが身につけているある物に目を留めた。


「お、お譲ちゃん、ちょっとそのナイフ見せてもらってもよいかの?」

「んー…いーけろ、おかーさまのらから、らいじにあつかっれねー」

「こ、これは……」


 ガルタンは分厚い手袋のような物をはめ、受け取った『幻魔の刃』をまじまじと見ている。

 その表情には驚愕と汗の玉が浮かんでいる。


「何々、なんかすごい物なの?」

「すごいっていうか、とんでもない物だったね」


 アリスとディードリッヒの言葉をよそに、ガルタンはその黒い刀身を鞘に収めた。

 そして彼は目を瞑り、一つ重いため息をついた。


「これは、ワシの黒歴史じゃ」

「へ?」


 聞けば、ガルタンはルナルナの切り札である『幻魔の刃』の製作者だったらしい。





「ワシも昔は少々やんちゃでのう」

「今も違うの?」

「昔はもっとひどかったんじゃ」

「そ、それは…」


 その言葉にアリスはドン引きで一歩下がる。


「お譲ちゃん絶対なにか勘違いしとるじゃろう。武器職人としての話じゃよ。

 ワシの事エロ魔人かなにかと思っとらんか?」

「違うの?」

「違うわい!ただ工房に篭っておると、たまに色々とリビドーが溢れてしまうだけじゃ」

「ふーん」


 アリスの完全に信じていない冷たい視線に、ガルタンは慌てて話を戻す。


「とにかく、ワシは若い頃もっと野心に溢れておっての。

 その頃の若気の至りで生まれたのが、そのナイフなんじゃ」

「若気の至りって、具体的にはどういう?」

「そのナイフ、幻魔の刃のコンセプトは『僕の考えた最強の武器』じゃ。

 魔力をこめればこめるほど攻撃力が上がるようになっておる。

 例えば魔王のような化け物が全力で使えば、まさしく天を貫き地を割るじゃろう」


 ガルタンは既に恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってプルプルしている。


「すごい武器じゃない。お姉様が大事にしてるのも納得だわ。

 で、その武器のどこが黒歴史なの?」

「ワシの顧客は魔王ではなく人間なのじゃよ。吸い上げる魔力が余りにも多すぎてのう、

 ついにはその消費魔力に耐えられる者はおらんかった。

 魔術師の全魔力を奪い、倒れる者が続出すれば呪いの武器と言われてもしかたあるまい。

 ワシは当事所属していた王家を追い出されてしまったのじゃ」

「そ、それは」

「ワシはその時学んだのじゃよ。道具は使う者に見合ったものを作らねばならぬ、とな」

「だからガルタンさんの作る物は全てオーダーメイドなのね」


 思わぬ含蓄のある話に、アリスのガルタンの評価がエロ魔人から武器職人に戻ったようだ。

 手にする者に見合った物を用意する。

 これは商人を目指すアリスにとっても大事な話だったのだ。


「しかし、ワシの名が売れてからは無理難題を吹っかける者や、

 ただ『すごい物』が欲しいだけの顧客ばかり増えてのう…」

「それは、商売人の永遠の悩みなのかもしれないわね」


 名が売れると、客はその中身ではなくその名前の付いた物を求めようとする。

 どこの世界にもあるありふれた、そして職人泣かせの問題だった。

 全ての商品をオーダーメイドで賄うガルタンには、その事実はつらいものであった。



「しかしその役立たずの武器を、何故お嬢さんが持ち歩いておるんじゃ?」

「役立たずなんてとんでもないよ。このナイフはお姉ちゃんの切り札だもんね」


 ディードリッヒの言葉にガルタンは目を見開いた。


「なんと、まさかお譲ちゃんは『幻魔の刃』を振れる(・・・)とでも言うのか?」

「うん、ボクも危うく死に掛けたよ」

「し、信じられん…」


 軽く肩を竦めるディードリッヒに、ガルタンは驚きの表情を隠しもせずルナルナへと近寄った。


「『幻魔の刃』に耐えられる膨大な魔力容量に、常時放たれ続ける魔力か、ふむ…」

「その様子だとなにか思いついたの?」


 のんびりとしたディードリッヒの問いに、ガルタンは力強く頷いた。


「うむ。ちと足りない素材もあるが、そいつを使えるお譲ちゃんなら問題ないじゃろう。

 ワシはこの依頼受けるぞ」

「やったぁ、良かったわねお姉様!これで無事北にも向かえそうよ」

「んー…」


 喜ぶアリスとふらふらのルナルナをよそに、ディードリッヒだけが少し考え込んでいた。


「なによあんた辛気臭い顔して、もしかして本当にお姉様がこのままでいいと思ってたんじゃ」

「別にそんなんじゃないんだけどさ。

 ねぇオジさん、今聞き捨てならない言葉があったんだけどいいかな」

「なんじゃ?」

「足りない素材ってのと、そのナイフが使える(・・・・・・・・・)から問題ないって事は、

 ひょっとしてその足りない素材はボク達が調達してくるって事?」

「当然じゃろう、自慢じゃないがワシは弱いぞ!」


 ディードリッヒの問いに、ガルタンは無駄に胸を張る。


「そういうことだと思った。で、どんな素材が必要なの?あんまり遠くは嫌だよ」

「なぁにすぐ近場の『魔物の棲みか』で十分じゃ」


 人里に近い魔物の棲みかにはさほど強くないボスしか居ない。

 『幻魔の刃』が必要なほど強い魔物を想定していたディードリッヒは少し拍子抜けした。


「じゃあパパっと行って採ってくるよ。何倒せばいいの?」

「うむ、必要なのは『サラマンダーの鱗』じゃ、他ならともかくお主等なら問題あるまい」


火竜(サラマンダー)だと!?」




 そのガルタンの言葉に、完全に意識が覚醒したルナルナが鋭い声をあげた。


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