プロローグ
「…嘘……だろ?なんだって『近郊の洞窟』にこんなボスが…」
呆然と立ち尽くし、男は誰ともなしに呟いた。
震える右手に柄だけとなった剣だったものを握り締め、頬を伝う冷たい汗は1滴、また1滴と黒い地面を穿つ。
それは、聞いたこともない異常な事態だった。
人里に近い魔物の棲みかには下級の魔物と、それほど強くない『ボス』しか棲まないというのはもはや常識である。
そしてそれは単なる噂話ではない。
実際に各地を巡った彼の経験と照らし合わせても、そこにただの一度も例外はなかったのだ。
しかし余裕の笑みを浮かべ、検分するかのごとく視線を絡みつかせてくるこの相手は、そのどれとも次元が違った。
やや青味がかった腰までの銀髪に、らんらんと輝く真紅の瞳、褐色に彩られた豊満な肢体をエキゾチックな衣装で包んだ彼女――
と、ここまでは町娘の特徴であってもなんらおかしくはない。
…もっとも、これほどレベルの高い町娘は少し記憶にはないが。
問題はここからだ。
爬虫類のように伸びた瞳孔、吸血鬼のように尖った犬歯、チロリと覗く二股の舌、そして青紫に黒の斑点を混ぜた艶かしい鱗に覆われた蛇の下半身。
そう、彼女はラミアと呼ばれる種族そのものであった。
ラミアは魔力、体力共に優れた種族として知られている。
個体によっては魔眼なんて物騒な物を持っている者も居ると聞く。
そして同時に、間違ってもこんな所に棲んでいるような魔物ではない。
彼女達は人里から離れた荒野の向こう、通称魔界にしか棲まない魔物なのだ。
もちろん彼がラミアを目にしたのはこれが初めてである。
もしこんな化物が人里へ降りてこようものなら……
そんな最悪の未来を想像して、彼は慌てて頭を振る。
「ホホホホホ、そなたが疑問に思うのも無理はない。妾はそなたらの言う『ボス』とやらを見舞いに来ただけじゃからの。心配せずとも人の住処には手出しはせぬ、それにそろそろ帰ろうと思っておったところじゃ」
心でも読まれたかと訝しむが、最大の懸念をあっさりと否定してくれたことにより、彼は少しだけ息を付く。
ならばこのまま矛を収め、早い所魔界まで帰って欲しいものだと彼は思う。
「が、妾はそなたに興味がある。よもやこのような場所でそなたのような『素材』に出会えるとはのう」
彼女はすっと目を細め、艶めかしい唇に舌を走らせる。
刹那、ふたたび彼に強烈な悪寒が駆け抜けた。
彼に向けられた彼女の笑みは、まさに捕食者そのものと言える表情だったからだ。
「ホホホ、そなたの能力は妾が大切に愛でてやろう、だからそなたは安心して妾に身を委ねるのじゃ」
赤い瞳を一層輝かせ、ずいと間合いをつめる捕食者に、彼は一も二もなく逃げ出そうとして――
――その体がすでに指先一つ動かせぬほど硬直してしまっているのに気が付いた。
「無駄じゃ、そなたはもはや逃げることも叫ぶことも叶わぬ。せめて最期は苦しまぬよう眠るように逝くが良い……妾の腹の中でのう、ホーッホッホッホ」
――ああ、そういや当代の魔王も魔眼使いのラミアと言われてたんだっけな――
眼前に迫る絶対者を眺めながら、彼はふとそんなことを考えていた。
静寂に包まれた洞窟に、再び魔物達の喧騒が戻ってきたのは、それからしばらく経ってからのことであった。
はじめまして、みつきなんとかと申します。
何か思いついたので勢いで書いてみました。
初めての小説なので色々お見苦しいところもあるかもしれませんが、
生暖かい目で見守ってやっていただけるとうれしいです!
本業と副業が立て込んだりするので執筆は不定期になるかもしれません><