第24話 吸血鬼の棲む街
どうやらミューレンの思惑は、思っていたよりも人間側に伝わっていたらしい。
実際あれだけ人前に姿を晒し、不自然な演技を続けてきたのだ。
勘の良い人達は、彼に人間と敵対する意思がない事を見抜いていた。
あまつさえ温かい目で見守られていた節もあったそうだ。
ミューレンに育てられ巣立った勇者達も、決して彼らを悪く言う事はなかったらしい。
思えばルナルナ達がこの町で初めてミューレンに遭遇した時も、
住民達は逃げるどころか野次馬と化し、成り行きを見守っていた。
吸血鬼と勇者のやり取りは、もはやこの町の名物となっていたのである。
今回の事件をきっかけに、吸血鬼側の事情は人間側へと伝わり、
結果的に双方の協力の下、更なる共存の形を模索していく事となった。
これから両者は今よりも密な隣人となり、街はますます発展を遂げていくことだろう。
だがしかし最後に一つだけ問題が残っていた。
それは吸血鬼が人間の血を啜るという特性であった。
害意がないとは言え、やはり自分から進んで血を捧げようという人間はめったに居ない。
そこで自らの吐いた言葉を飲み込むつもりのないノルディックは、
ミューレンに自らの腕を差し出しながら言い放った。
「俺の余った血ぐらいはたまに分けてやる。これで万事解決なんだろう?」
堂々とした勇者の物言いに、しかしミューレンは顔をしかめてその提案を拒否した。
やはり誇り高き吸血鬼ともなると、餌付けのような扱いは受け入れられないのか。
「私は若い女性の血が良いのだ。男の血で生き永らえるくらいならこの街を出てゆく!」
ただの好き嫌いだったようだ。
駄々をこねるミューレンに、勇者や街の人々も呆れていた。
結局吸血鬼の『食事』に関しては以前と変わらず『茶番』を演じる事で落ち着いたようだ。
勇者と吸血鬼が同意の下に日々茶番を繰り返す街、オーウェルシティ。
吸血鬼に噛まれると加護が得られるという噂と共に、その街の名は更に全世界へと轟いた。
「お帰りなさいお姉様!…って、そいつどうしたの?」
宿に戻ったルナルナは、アリスの花咲くような出迎えを受ける。
だが、ルナルナに背負われぐったりしているディードリッヒを見て、
彼女は訝しげに表情を曇らせた。
「ああ、ただいまアリス。ディードリッヒは吸血鬼にやられて気絶している。
脈や呼吸に問題はないが、しばらく安静にしていたほうがいいだろう」
「ふん、あんなに自信満々に出て行ったくせに様ないわね。
お姉様、ちょっと彼をこちらに寝かせてくれない?」
ルナルナがアリスの言葉に促されディードリッヒをベッドに横たえると、
アリスはてきぱきと彼の容態を調べ始めた。
実際医者としても問題なくやっていけるのではないか?
ルナルナがアリスの手際を見て、そんな感想を浮かべる。
「うーん、大きなたんこぶが出来てるだけで頭部にも異常は見られないわね。
おそらく意識さえ戻れば問題ないんじゃないかしら。
ただ患部が患部だし、明日一日くらいは様子を見たほうが無難ね」
アリスの言葉にルナルナはほっと胸を撫で下ろす。
この街への滞在期間が少し延びてしまったが、その程度の事は問題ではなかった。
ディードリッヒが安静にしている間、ルナルナとアリスは道具屋巡りと観光を楽しむ事にした。
次の日、意識を取り戻したディードリッヒの不満そうな声に見送られ、
ルナルナとアリスは街へと出掛けた。
道具屋だけでなく様々な店を巡るアリスは、終始上機嫌だった。
途中、吸血鬼と勇者が元気に茶番を演じる場面に出くわした。
その吸血鬼との遭遇率を嘆くアリスに事情を説明すると、
やがて彼女も肩の力を抜き、そのアトラクションを楽しみ始めたようだ。
くるくると落ち着きなく表情を変えるアリスに少し癒された気分になりながら、
ルナルナもこの吸血鬼の街の観光を楽しんだ。
今回もかなり短いです、すみません。
これでこの章のエピソードは一段落です。
1話か2話くらい幕間的な話を挟んで、次からまた舞台は移ります。




