表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第3章 吸血鬼の街
28/74

第23話 勇者のあり方

 

「おいディードリッヒ、しっかりしろ!」



 ルナルナは気絶したディードリッヒの肩を揺するが、

 彼は未だ深い昏倒状態にあるらしく、意識を回復させる兆しはなかった。



「う…がはっ!」


 そこで、ルナルナは別の場所から覚醒の気配を感じ取る。


 ルナルナが目を向けると、なんと心臓を貫かれて息絶えたはずのミューレンが、

 激しく喀血しながらもなんとかその上体を持ち上げ、荒い息をついていた。

 滅ぼすのに困難を極める吸血鬼だが、実際心臓を貫かれても生き残っている様を見て、

 ルナルナは改めてその生命力に驚いていた。

 タフな部類に入るラミアでも、心臓を貫かれて生き残る事は到底叶わないだろう。



「む、ねん……無念、である」


 脅威の生命力で生き延びたミューレンは、しかしその双眸から大粒の涙を流していた。

 そう、今この瞬間彼が失った物は計り知れなかった。


 苦心して築きあげた吸血鬼と人間の共存の形が。

 肉親にして右腕である、全幅の信頼を置いていた娘が。

 そしてその彼女の言葉が真実なら、気高き誇りを元に集っていた一族のその大半が。

 そのすべてが、今日一日で彼の手から零れていったことになる。


 大粒の涙を流しながら天を仰ぐ彼に、ルナルナは掛ける言葉も見つけられず、

 ただ沈痛な面持ちで見守る事しか出来なかった。




 ザワリ。


 と、気付けば無人だった往来に人々の気配が戻りつつあった。

 これまでにない凄惨な事件に、彼らは未だ戸惑っているのだろう、

 当事者であるミューレンとルナルナを遠巻きに伺いながらも、近づいてくる者はいなかった。


 ルナルナはともかく、ミューレンはこの町に棲む吸血鬼として度々顔を晒している。

 この住民の大量眷属化という大事件の後の、吸血鬼への心象はいかなる物になるのか、

 想像に難しい事ではなかった。

 今はまだ怯えの混じった目で遠巻きに眺めているだけの視線も、

 時が立てば憎悪や侮蔑へと転じ、それはそのまま排斥の流れになるだろう。

 そうでなくてもこの街の吸血鬼はその個体数を減らしているのだ。

 今ここで人間から追い出しにかかられては、もはやどうしようもないのである。



 ミューレンも周囲の住民に気付いたのか、ふらりと力なく立ち上がる。

 住民の方向へ向き直った彼の表情はルナルナからは見えなかったが、

 その背中はやけに小さく感じられた。

 彼はそのまま崩れるように地面に膝をつき、諸手をつき、額をつけた。


 ミューレンは土下座をしていた。



「すまなかった!許してくれなどとは言うつもりはない。

 言い訳するつもりもない。こんな筈じゃなかったなどと言うつもりもない。

 今回の事は私の見通しの甘さが招いたものだ。

 事はもはや謝罪で済むレベルを超えている事もわかっている。

 だがそれでも言わせてくれ。すまなかった、と」


 突然の吸血鬼の謝罪に周囲の人々がざわつく。

 目の前の事態をどう受け止め、どう対応すればいいか戸惑っているような様子である。


 そこへ、剣を携えた一人の若者が大股で吸血鬼に近づき、

 目の前まで移動した所で頭を垂れるミューレンを見下ろした。

 ミューレンもその気配を感じ取り、顔を上げて彼に視線を送る。



「貴様は、確か……誰だったかな?」

「て、てめえ!昨日の今日で俺の事忘れてんじゃねぇよ!

 俺はノルディック。勇者ノルディックだ!」


 彼の言葉に、その赤髪の若者が誰だったのかルナルナもようやく思い出した。

 彼はルナルナがこの町に到着した時、ミューレンと茶番を繰り広げた自称勇者君であった。

 ルナルナが気にかけるほどの力があれば、彼女の気配察知に否が応でもひっかかるので、

 この距離で感知できなかった時点で、彼の実力は本当に大した事はないのだろう。


「ついに本性を現しやがったな吸血鬼め。だが貴様の悪行もこれまでだ!

 おとなしくこの剣の錆となるがいい!」


 口上のバリエーションが少ないのか、彼は昨日と似たような啖呵を切ると、

 ミューレンに向かってその剣を構えた。

 だが昨日と違う所は、ミューレンに抵抗の意思がないことだろう。

 彼は今回の事を自らの死で持って償うつもりらしい。


「くくく、そうか最後は『勇者』に討ち取られるか。だがそれもよかろう。

 この身に過ぎたる夢を追いし報いが、このような形で返ってくるとはな。

 最後の最後までなかなか洒落が効いておるわ、フハハハハ」


 ミューレンは既に覚悟が出来ているのだろう。両腕を開き勇者の一撃を待ち構えている。

 だがノルディックはいつまでもその剣を振り下ろすことはなかった。


「どうした何を躊躇う?今の私は心臓が破損している。

 貴様でも首を刎ねれば容易く私を滅ぼせるだろう」


 挑発的なミューレンの言葉に、しかしノルディックはその剣を鞘に収める。


「…貴様、どういうつもりだ?」

「ふん、確かに普通の奴なら、ここでお前の言葉に騙されて喜んで攻撃するんだろう。

 だが見くびるなよ、俺はそんな連中とは違う!」

「魔物を目の前に躊躇う勇者がどこに居る!つべこべ言わずその剣で…」

「うるせえだまれ!

 …お前、本当は人間と仲良くしたいんだろ?」

「なんだと?」


 ノルディックの直球ど真ん中の言葉に、ミューレンはあっけに取られる。


「何度も言うが俺をなめるなよ。昨日俺に対して手を抜いてたのはわかってんだ。

 それに酒場でも聞いたぜ。お前の襲撃による死者は未だ一人も居ないって事もな」

「何を言う、私は魔物で貴様は人間。それだけで私を討伐するのに十分な理由となろう」


 図星を突かれ、意固地になるミューレンにノルディックは首を振り、堂々と言い放つ。


「いいや違うね。魔物を討つのが勇者じゃない。

 目の前の困っている者を救うのが勇者だ。

 誰も手を差し伸べられない者に手を差し伸べるのが勇者ってもんだ。

 それが例え魔物であってもな!」


 その勇者の言葉に、ミューレンだけでなくその場に居る全員が呑まれていた。


「だ、だが我々吸血鬼の手により多くの住人が眷属となってしまったのだぞ。

 その事実はもう取り戻せない。どうやって落とし前をつけるというのだ」

「それだって、大方一部の吸血鬼の暴走なんだろ?

 人間にだって犯罪者は居るんだ。それを見てあんたは人間全体が悪だと思うのか?」

「私はこの街の吸血鬼の長だ。下の者の不始末の責任を取るのは私の役目でもある」

「じゃあ今日新しく吸血鬼になった奴の面倒は誰が見るんだ?

 それを放置して死ぬのはもっと無責任だと思うけどな」

「ぐ、ぐぅ…」



 二人の勝敗はもはや見えていた。

 それはぐうの音も出ないほどの、勇者の完全勝利であった。





「強き者が勇者というわけでなく、そのあり方が勇者…か」


 ルナルナは二人のやり取りを聞きながら、そんな誰かの言葉を思い出していた。




章分けを少し変更しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ