第21話 砂の城
「それで、こいつはお前が苦戦するくらい強いのか?」
「んー、多分1対1なら何とかなるんだけどね、
周囲のお仲間で無理やり乱戦にされるのがめんどくさいよ」
「ん?そういう展開こそ、お前の特技が最大限に生かされる場面じゃないか」
「え、どういうこと?」
威勢よく啖呵を切って、直後ヒソヒソ話を始める二人に黒ローブは余裕の笑みで挑発する。
「どうした、勢いが良かったのは最初だけか?」
攻防を兼ね備えた眷族を使っての戦術によほどの自信があるのだろう。
彼はルナルナとディードリッヒ二人を目の前にしても少しも慌てる様子はなかった。
「一対多の場合まずは戦力を削がないと。『将を射んと欲すれば、まずは馬を射よ』ってね。
『眷属』相手じゃ俺の魔眼は効果ないけど、お前の魔術なら問題ない。動きもトロそうだしな。
邪魔な馬なんて飛ばしちまえば良いんだよ」
「あ、そっか!最初戦うの目当てだったからすっかり忘れてたや」
ルナルナの言葉に、ディードリッヒはようやく彼女の言わんとする事を理解する。
ディードリッヒは今にも襲い掛からんと群れる亡者共に向かって指を鳴らし、
同時に彼らの足元へ、魔力の篭った無数の紋様を一気に展開した。
「……は?」
周囲が眩い魔力光につつまれた次の瞬間、周囲を埋め尽くしていた亡者達の姿は消え、
二人の目の前には黒ローブの男ただ一人がとり残されていた。
「さてと、これでお前一人になったわけだが、まだ抵抗するか?」
一瞬で局面を覆された黒ローブの男は周囲を見回し、呆然とした表情を浮かべている。
実際、ディードリッヒの転移魔術は魔力でレジストするか、
もしくは発動までに魔方陣を避ける以外回避する方法はない。
味方だと頼もしいが、敵に回すと本当に厄介な奴だとルナルナは感想を抱いていた。
「く、そもそも俺はあんたが居る間に適当に暴れてくれって言われただけだ。
こんな所で捕まってたまるかよ!」
黒ローブは悪態を付きつつ、すかさず身を翻して逃げをうつ。
「ここで逃がすわけはないだろう。ディードリッヒ!」
「はいはーい!」
しかしルナルナが小さな魔人に指示を送ると、
瞬時にその意を汲んで黒ローブの目の前の空間へと跳躍する。
これで黒ローブの男は挟み撃ちの形となり、いよいよ追い込まれた状態になった。
「ぐ、こうなったらヤケだ!」
「待て!」
追い詰められた黒ローブが自棄になり、
目の前の小さな魔人に飛び掛ろうとした所で、突如別の方向から声がかかった。
ルナルナが声の方向に目をやると、
そこにはこの街を作り上げた吸血鬼と、その娘が立っていた。
「…ヴァルガン、この騒ぎの犯人はお前か。
自分が一体どれだけの事をしでかしたのかわかっているのか?」
静かな怒りを湛えたその男、ミューレンは口を開く。
事実、彼のやった事はそれほどに重大だ。
一度吸血鬼の眷属になってしまった人間は、もう元に戻る事はない。
しかもこの白昼堂々とである。もみ消せる範囲も超えている。
恐らく今後この街の吸血鬼排斥の気運は高まり、やがて彼らの居場所はなくなるだろう。
吸血鬼と人間の共存できる街を築き上げるのに一体どれほどの労力がかかったのか。
それがたった一度の事件で水泡と化すのだ。
恐らく怒りだけではすまない様々な想いがミューレンの中で渦巻いてるだろう。
だが、そのミューレンの視線を真っ向から受けているにもかかわらず、
黒ローブ――ヴァルガンと呼ばれた男は、余裕の笑みを浮かべていた。
「ああ、よーくわかってるさ。あんたの作ってきた砂の城はもう終わりだって事くらいな」
「貴様っ!」
違和感。
ルナルナは先ほどから、そうとしか呼べない物を感じ取っていた。
ヴァルガンは現在どう見ても絶体絶命である。
前後はルナルナとディードリッヒに囲まれている。
それだけで戦力的には既にオーバースペックのはずである。
さらにこの場に恐らくこの街を誰よりも知っているミューレン町長。
万が一二人から逃れたとしてとして、彼が居る限りこの街を抜けられるとは思えない。
そしてルナルナの見立てでは、実はミューレンより強いのではないかと疑っているミューレンの娘、ミリアまで居るのだ。
もはや彼にこの状況を打開できるすべは残っていないはずなのだ。
だというのに彼は余裕の笑み。
もっと言えば勝利を疑っていない表情を浮かべているのだ。
ルナルナはなにか見落としていないか必死に状況を確認する。
そもそも違和感を感じたのはこの状況になる少し前。
彼の台詞に引っかかる部分があったのだ。
『あんたが居る間に適当に暴れてくれって言われただけだ』
彼は確かにそう言っていた。
ここから読み取れる情報はただ一つ。
共犯者、もしくは黒幕の存在である。
ルナルナは周囲の気配を探るが、現在自分たち以外に強いと思われる気配は存在しない。
しかし、それはどこかに居るはずなのである。
でなければ彼のあの余裕は説明できないのだ。
ルナルナが気付かなかったもう一つの違和感は、音も立てずに彼の背後に寄り添っていた。
本来彼女は彼の心情を最も理解しているはずの人物だった。
だが彼女はこの状況になっても眉一つ動かさず、
その冷たい瞳で事の成り行きを見守っていた。
それはまるで、彼女が傍観者であるかのように。
ルナルナの胸騒ぎが臨界に達した時、その違和感の正体は一つの結果を生み出していた。
「な……」
突如自分の胸から生えた腕を見て、ミューレンは驚愕に目を見開いていた。
「ミリア……なぜ………」
違和感の正体。
すなわちミリア=ビクトリーノは、自らの父ミューレン=ビクトリーノの心臓を背後から貫いていた。
ミリアさんの名前が魔王とだだ被りなのは仕様です。決して忘れていたわけじゃありません。
どうしよう…




