第20話 吸血鬼の暴走2
「ルナルナ姉ちゃんが個体差があるって言ってたの、ホントだったんだ」
つい今しがた襲い掛かってきた吸血鬼3体の背後に着地を決めると、
ディードリッヒはそんな事を呟いた。
同時に手足を切り刻まれたその3体は、ガクリとその場に膝を突いた。
「…ノドガ、カワク………血ガホシイ…」
魔人の少年の周囲にはすぐさま新手の吸血鬼たちが殺到し、
彼はそれを縫うようにムーンサルトを決め、黒い双剣を振るった。
「うーんこいつ等タフだなー、なんか『麻痺』も効かないし。
流石『アンデッド』の名は伊達じゃないってことだね。
あれ?じゃあもう死んでるから殺しても問題ない?むーなんかややこしいなー」
あれほど賑わっていた往来からは、今やすっかり人の姿は消えていた。
現在道を埋め尽くす吸血鬼の群れが現れた時、周囲にはかなりの人間がいたが、
彼らの大半は辛うじて難を逃れ、どこかしらに非難していた。
だが一部の運の悪い者達は逃げ遅れて亡者の波に飲まれ、
彼らもまた、この亡者の群れの一部と成り果てていた。
「こう言っちゃ何だけど、これじゃ吸血鬼というよりゾンビを相手にしてるみたいだよ。
正直もうちょっと歯ごたえがないとつまんないや」
「そうかい?じゃあ少しエキサイティングな戦いを演出してやろう」
「っ!?」
ディードリッヒはすぐ後ろから聞こえたその声に反応し、即座に前方へ跳び身を翻した。
「てて、なーんだマトモなのも居るじゃん」
見ればディードリッヒの背中が血でべっとりと濡れている。
どうやら突如現れたこの黒いローブの新手に、深くはないが背中を切り裂かれたようだ。
背中から伝わるびりっとした感覚に、魔人の少年は先ほどよりも楽しそうな笑みを見せる。
「ふふ、これならちょっとは楽しめそうだね。じゃあこっちからも行くよ!」
ディードリッヒの姿が光と共に一瞬にして掻き消える。
同時に黒ローブの背後に現れた彼は、お返しとばかりに深々とその背中を切り裂いた。
驚いた黒ローブは背後に向けてその豪腕を叩きつけるが、
その腕が到着する前にディードリッヒの小柄な体は元居た位置へと戻っていた。
「転移魔術だと!?貴様魔術師か」
「うんにゃ、魔人さ」
小さなバトルジャンキーは黒ローブに向け、不敵な笑みを浮かべる。
再び小さな魔人は空間を跳躍し、黒ローブを翻弄しながら双剣で切り裂いてゆく。
当然黒ローブも置物ではない。だが彼の大雑把な反撃はディードリッヒに届く事はなかった。
どう見ても一方的なやり合いだったが、黒ローブはいつしか余裕の笑みを浮かべていた。
それはまるで、ディードリッヒの戦力を把握した上で勝算があると言わんばかりに。
「ふむ、なるほどなかなかに厄介な相手のようだ。
魔術の腕に魔力の量も中々のようだ。だが惜しいかな攻撃が軽い。
その程度では我々の命には届きはしない」
実際ディードリッヒに幾度も切り裂かれた黒ローブは、さして痛手を負ったようは見えない。
「むー、やっぱり武器が違うとしっくり来ないなぁ。
それに殺しちゃうとルナルナ姉ちゃんとの約束破っちゃうし、ほんと面倒くさいなぁ」
「ほう、相手の命を気にかけるなど随分と余裕なことだな」
「ボクは約束は守る主義なんだよ」
「ふん、その余裕いつまで持つかな?」
黒ローブが合図すると、彼の眷属が再びディードリッヒに襲い掛かる。
ディードリッヒは身軽な体裁きで亡者達の攻撃をかわしていくが、
彼らの数が多いため、すぐさまその場は混戦となった。
「もー、こんなのなんでもないけど本当に面倒くさい…」
「そこだ!」
「なっ!?」
黒ローブが無造作に混戦に近づくと、周囲の眷属ごとその豪腕を叩きつけた。
意識外の攻撃を受けたディードリッヒは、数体の亡者と一緒に5メートルほど弾き飛ばされる。
「つー、無茶苦茶するなぁ」
ディードリッヒは何とか直撃は双剣を盾に免れた物の、吹き飛ばされた衝撃に顔をしかめる。
既に事切れたのか、数体の亡者を押しのけてディードリッヒは起き上がろうとして、
首元に大口を開けた吸血鬼の牙が迫っている事に気づいた。
「っと、あぶなー!」
ディードリッヒは瞬時に転移魔術で難を逃れる。
彼が元居た場所を見ると、まだ1体動ける吸血鬼が残っていたようだ。
「流石に君たちの仲間になるつもりはないよ。お姉ちゃんと旅出来なくなっちゃうもん」
「よそ見とは随分と余裕だな」
「っ!」
さらに背後から黒ローブの豪腕が迫る。
ディードリッヒはとっさに双剣で受けるが、とうとうその黒い刀身にピシリとヒビが入った。
ここに来て、ディードリッヒは少し焦り始めていた。
現状、彼に打開できる手段がほとんどないのだ。
黒ローブに構うと周囲を亡者に囲まれる。
亡者を相手にすると黒ローブに一緒くたに飛ばされる。
転移魔術でヒットアンドアウェイをする手もあるが、彼の魔力も無限というわけではない。
彼には気配を消す奥の手があるのだが、実はこういう状況だとあまり役に立たない。
自分の意を消し相手に接近するには最高の手段なのだが、乱戦では意味がないし、
そもそもここで足りないのは火力なのである。
しかもルナルナとの約束で、むやみに相手を殺すわけにもいかない。
せめて愛用の大鎌があればと頭を過ぎるが、無い物はしょうがない。
「やば、これって結構ジリ貧?」
少年は珍しく苦い顔を浮かべ、誰ともなしに呟いた。
「いや、そうでもない。よく持ってくれた」
突如掛けられた今一番聞きたかった声に、魔人の少年は一転明るい声で振り返った。
「遅いよお姉ちゃん!」
「悪いな、これでも随分飛ばしてきたんだ」
涼しい顔で告げるルナルナは、実際報告を聞いてから1分足らずで駆けつけていた。
「アリスはちゃんと飛ばしてくれたのか?」
「うん、今は宿屋でおとなしくしてるはずだよ」
「そうか、よくやったえらいぞ」
ルナルナが少年の黒髪をなでると、彼は嬉しそうに目を細めた。
「ほう、お前が噂の魔界の姫か。
聞いているぞ、3歳程度のお子様が魔王と夢物語を語ってるって噂はな」
「へ?お姉ちゃんってそんなに若かったの!?」
黒ローブの言葉にディードリッヒは驚きの声を上げる。
「この体の年齢はまあ、そんなもんだ。だけど俺の平和主義はもっと筋金入りなんだよ。
で、平和を乱す悪い吸血鬼は、これだけの騒ぎを起こして仲間に裁かれる気はあるのかい?」
「はっ、誇りの為に死ね?人間に倒される?そんなのまっぴらゴメンだね」
黒ローブは悪びれる様子もなく堂々と開き直る。
「そうか、ならばお前は俺が直々に裁いてやろう!」
登場人物紹介にルナルナさんのラミアバージョンの絵を追加しました。
幕間-追憶の情景1に挿絵を1つ追加しました。
人物紹介の方はあまりにラミア成分がなかったので追加してみました。
ルナルナさんはあまりラミアアピールしてくれないので、
ついでにラミアっぽい服も着てもらいました。いわゆるコスプレみたいなものです。
挿絵は別に幼女が描きたくなったから描いたわけではありません。
描きたくなった場面がたまたまそうだっただけなんです、本当です。
幼女分の補給にどうぞ。




