第19話 吸血鬼の暴走1
「ヒッ……何よこれ、吸血鬼なんてめったに出ないんじゃなかったの?」
「おぉー、なんかぞろぞろ出てきたね」
周囲を亡者の群れに囲まれ、アリスは悲鳴を、ディードリッヒは歓喜の声を上げていた。
ルナルナと別れた後しばらく沈黙を保っていた二人だが、
頭の後ろで手を組んだディードリッヒは、アリスにのんびりした口調でたずねる。
「んで、どうするの?このままボーっとしてるならボクは吸血鬼探しに行くけど」
「ちょっと待ちなさいよ、あんた私を守るって言ってたわよね。あれは嘘だったの?」
「別に嘘じゃないけどさ、ここでじっとしてるだけなんて退屈で死んじゃいそうだよ」
「……わかったわよ。じゃあ私ここの道具屋周りたいの、付き合ってくれる?」
「護衛料はお姉ちゃんとの添い寝権でいいよ」
「ふざけてんじゃないわよこのエロガキ!」
笑顔で逆鱗に触れてくるディードリッヒに、アリスは声を荒げた。
「ガキっていうけど、ボク多分君よりも年上だと思うよ」
「…あんた一体何歳なのよ?」
「んー、ヒ・ミ・ツ!」
ディードリッヒは可愛らしい仕草でアリスの神経を更に逆なでする。
アリスはこれ以上彼と会話すると血管が切れそうだと視線を逸らし、深いため息をつく。
「はー、何でお姉様はこんな奴を…ポールをつけてくれたほうが100倍マシだったわ」
ポールは現在姿を消してルナルナにくっついている。
前回の失敗がよほどこたえたのだろう。
彼はルナルナから離れることを頑なに拒んだのである。
「あの幽霊かー。あれもかなり強そうなんだよね、一回やってみたいなぁ」
「あんたの頭の中はそれしかないの?」
「他にもお姉ちゃんの事でいっぱいだよ!」
「あんたはもうこれ以上喋らないで…」
会話が進むほど神経を寸刻みで削られていくような感覚に、アリスは頭を抑えた。
役場を出ると、澄んだ空を支配する強い日差しが二人を出迎えた。
往来は人の行き来が盛んで、ここがこの国でもかなりの大都市である事を確認させた。
一定距離を保ちながらついてくるアリスを横目に、ディードリッヒは再び口を開く。
彼はどうやらじっとしたり黙っている事が苦手なようだ。
「でもさー、ルナルナ姉ちゃんと君って女同士じゃん。
君がお姉ちゃんに望んでるのってタダのお友達じゃないよね。それって変じゃないかなー」
「うるさいわね!別に私は女の子が好きなわけじゃないし、全然変じゃないわよ」
「お姉ちゃんだって女の子じゃん」
ディードリッヒの突っ込みに、アリスはだから何?といった様子で更に続ける。
「お姉様はお姉様よ!強くてカッコ良くて、その上実はお姫様だなんて素敵じゃない!」
「うんうん、強くてカッコ良くて可愛いもんね。でもやっぱり女の子じゃん」
「だからお姉様はお姉様なのよ!それに少なくともあんたよりは私の方がお似合いだわ!」
「…女の子同士なんかより男のボクの方がずっと健全だと思うんだけど?」
少しムッとしたディードリッヒの言葉に、アリスは鼻で笑う。
「はん!こーんなチンチクリン、お姉様の隣に立つなんて200年早いわ」
「それってお爺ちゃんじゃん!死んでるじゃん!それこそお姉ちゃんには似合わないよ!」
「あんたとお姉様がお似合いの瞬間なんて未来永劫来ないって事よ。残念だったわね」
勝ち誇ったようなアリスの態度に、ディードリッヒは口を尖らせて不満げに呟く。
「もうここに置いてっていいかな?」
「あーら、男が一度口に出した事を引っ込めるの?体だけじゃなく器も小さいのね」
「ぶー……お姉ちゃん好きなのだってどうせあの視線にやられただけの癖に…」
「ん、何か言った?」
「んーん、何にも」
ディードリッヒはプイッとそっぽを向き、しらを切った。
「ちょっと待って、止まって!」
「何よいきなり大声出しちゃって」
突然、ディードリッヒがアリスを手で制して歩みを止めた。
ディードリッヒのいきなりの豹変に、アリスは付いていけず目をしばたいた。
「悪いけど道具屋巡りは無理だね、どうやらお出ましみたいだよ」
「えっ、何?どういう…」
アリスの言葉をさえぎり、何者かの低いうなり声が辺りを包む。
彼女が慌てて周囲を見回すと、
いつの間にか無数の生気のない目をした人間らしきものが現れていた。
彼らは何かをぶつぶつと呟き、半開きの口から覗く白い犬歯はやけに長く見えた。
「でさ、ここで君がこいつ等のお仲間になっちゃったらお姉ちゃん怒るかな?」
「お、怒るに決まってるでしょう!いいから何とかしなさいよ!ねぇ早くほら!」
変わらずのんびりした口調で物騒な事を言い出すディードリッヒに、
アリスは目じりに涙をためて、彼の襟元を握り締めガクガクと揺らす。
「わかったわかった落ち着いて。んー…宿屋でいっか、おとなしく待っててねー」
ディードリッヒが魔力を展開すると、アリスの足元に一瞬で魔方陣が組み上がり、
次の瞬間彼女を光の下に消し去った。
転移した彼女を見送ると、彼は獣のような抑えきれない表情をあらわにする。
魔人の少年は待ち望んでいた敵に向き直り、
口元を歪めて2本の黒塗りのナイフへと手を掛けた。
「さーって邪魔者もいなくなったし、ここからはお楽しみタイムだね!」




