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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第3章 吸血鬼の街
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第17話 茶番の演者

 

「キャアアアアッ!」



 つんざくような悲鳴に、ルナルナ達は一斉に声のした方へと振り返る。

 そこには細い裏路地の入り口でぐったりと力のを失った金髪の若い女性と、

 彼女を後ろから抱える、逆立てた灰色の髪に紅目の男が佇んでいた。


 夕暮れ時の大通り、人の往来はまだまだ活発である。

 振って沸いた事件に、道行く人はその様子を遠巻きにして見守っていた。



「ルナルナ姉ちゃん!吸血鬼だよ!」


 ディードリッヒが馬車の窓に張り付き、その様子を楽しそうに眺めている。

 それはまるで何かのアトラクションを見物するような空気である。

 そして、実はそれは間違いではなかった。


「ねえねぇお姉ちゃん、あれボクが殺ってもいい?」

「あ、ちょっと待つんだ」


 今にも馬車を飛び出していきそうなディードリッヒをルナルナは制止した。

 機先を削がれたディードリッヒは不満そうに口を尖らせる。

 と、同時に人垣の方でワッと歓声が上がった。


「現れたな闇に跋扈する吸血鬼め!しかし貴様等の悪行はここまでだ。

 我が名は勇者ノルディック。おとなしくこの剣の錆となり、永久(とこしえ)の眠りへと還るがいい!」


 見れば、人垣の向こうで赤髪の若者が、二人の男女を従え吸血鬼と向き合っていた。


「フハハハ面白い、小僧の癖に私に歯向かうか。だがしかし、貴様ごときに私が討てるかな?」


 吸血鬼は女性を傍らに寝かせると、漆黒のマントを翻して勇者を名乗る若者へと向き直った。

 わずかばかりの睨み合いの後、赤髪の若者は大上段から吸血鬼に斬りかかっていた。



「ねぇルナルナ姉ちゃん、これってなんなの?」

「ん~、茶番かな?」


 ディードリッヒはうって変わって退屈そうに頬杖を付き、馬車の外を一瞥した。

 彼らは未だに打ち合っていた。

 双方に大きな怪我は見当たらず、ただ時間と若者の体力が大きく浪費されていた。

 赤髪の若者は整わぬ呼吸に肩を上下させ、しかし衰えぬ闘志を吸血鬼に注ぎ続けている。

 吸血鬼は若者の殺気を悠然と受け流し、口角を吊り上げて腕を組む余裕まで見せている。


「フム、まだまだ未熟よのう。だがこちらとてなかなか押し切れぬ。

 貴様にはなにか(・・・)あるのやも知れぬな…

 よし聞け!前途ある若者よ!ここは貴様に免じて引いてやる。

 この娘は餞別だ。貴様の好きにするがよい。

 貴様が更に研鑽を積んだ暁には、再び私が相手をしてやろう。

 私を失望させぬよう、せいぜい強くなるんだな!フハハハハハ!」


 吸血鬼はおもむろに身を翻すと、裏路地の闇へと紛れるように消え失せた。

 後には取り残された若者達と、野次馬達の歓声が響き渡った。



 それは正に茶番であった。

 勇者を名乗る赤髪の命は、本来あの吸血鬼が本気であれば数秒も持たなかっただろう。

 だがあの吸血鬼はその実力を隠し、だらだらと互角の勝負を演じ続け、

 最後には不自然な口上まで残し、去っていった。


 ルナルナから見れば、若者がなにか(・・・)持っているという言葉も寒々しく聞こえた。

 が、同時に一連のやり取りで、ルナルナはこの街の持つもう一つの異名に納得していた。


 『勇者が生まれる街』と。


 彼ら――吸血鬼は有望な若者を育てているのだ。

 名高き吸血鬼が跋扈するこの街には、各地から若い野望を滾らせた者達が集まっていた。

 そしてこの街から名を上げ、後に英雄となった者も数多く存在した。


 『無明のサラディン』に『迫撃のガノン』、『焦土のエターニア姉妹』等など。


 彼らが名を上げる事により街は更なる評判を呼び、ここまでの発展を成し遂げたのだろう。

 これが吸血鬼の考えた人と魔の共存の答えだというのであれば、なるほどよく出来ていた。

 彼らはヴァーミリアが現れる前から人間との共存を図り、

 彼女の『管理』とは別の形でその答えを導き出していたのだった。


 大通りを抜けると、そこそこ大きな宿屋を見つけたので今日はそこに泊まる事にした。

 この日、それ以上吸血鬼に遭遇する事はなかった。




 ルナルナには、この街で知りたい事はまだいくつかあった。

 それにルナルナが立てたのはあくまで仮説、証明する物は今の所持っていない。

 なので翌日、ルナルナは当の吸血鬼に会いに行く事にした。

 神出鬼没の吸血鬼である。まともに探すと時間的にも労力的にも大きな犠牲を払うことになる。

 そこでルナルナは、彼らがいそうな場所にこちらから乗り込む事に決めたのだ。


「で、お姉さまはどこに向かってるの?」

「この街の『役場』、かな」

「…別にもう、お姉様がここのお偉いさんと知り合いでも驚かないわよ」

「いや、初対面だけど」


 今ルナルナが向かっているのは『役場』と呼ばれる街の中枢部だった。

 他の貴族が収める土地とは違い、この街は代々『町長』と呼ばれる者が治めてきた。

 この街の事は『町長』と『役場』が方針を決定し、運営しているらしい。

 そしてルナルナは、『町長』もしくは『役場』の内部に吸血鬼が絡んでいると予想していた。

 事前のアポイントメントは当然なかったが、そこは便利な(・・・)自分の名前が役立ってくれる。

 ルナルナは受付の若い女性に「ルナルナ=エルディレッドが、この街の責任者に話したい事がある」

 と伝えると、彼女は慌てた様子で奥へと引っ込んでいった。

 しばらく後、「町長がお会いになるそうです、どうぞこちらへ」と奥の部屋へ案内された。


「というわけだ、立て込んだ話になるからアリスとディードリッヒは街を見て回っていてくれ」

「えー、こいつと?」


 ルナルナの言葉に、アリスは露骨に嫌そうな顔をする。

 だが、彼女はここがどういう街(・・・・・)なのか思い出したのだろう。

 彼女は渋々ながらルナルナの言葉に従った。


「うー、早く迎えに来てねお姉様…」

「別にゆっくりでいいからね。会えるといいなー吸血鬼」

「ちょっとやめてよ、不吉なこと言ってんじゃないわよ!」


 対照的な様子の凸凹コンビを見送ると、ルナルナも役場の奥へと案内される。

 大きな役場の廊下をしばらく歩くと、その最も奥まった場所、

 『町長室』と札のかかった、意外に質素な部屋に通された。


「やあ、よく来てくれましたね。私が町長のミューレン=ビクトリーノです」

「ルナルナ=エルディレッドだ。

 すんなり俺をここへ通したと言うことは、俺の名前に覚えがあるという事でいいんだよな?」

「さて、何の話でしょう?」


 灰色の髪のいかにも温和そうな青年。ミューレン町長が困った笑みを浮かべて首を傾げる。

 だがルナルナは、いかに隠そうが隠しきれない彼の『格』を感じ取り、ニヤリと笑う。


「あんたがここの吸血鬼を纏める長なんだろう。また面白い街を作り上げたもんだと感心してね」


 微塵も疑わないルナルナの言葉に、ミューレン町長はスッと目を細める。


「ほう、魔力や妖気の類は一切遮断していたはずなんだがね」

「俺の危険察知がね、あんたが只者じゃないってさっきから告げまくってるんだよ」

「失礼だね、私はこんなにも争いを好まない平和主義者だというのに」

「そいつは奇遇だね。

 で、部屋に結界張ってあるんだろう。いい加減その気味の悪い擬態を解いたらどうだ?」

「君が言うかね魔界の姫よ。ではお互い擬態を解こうではないか」

「俺もかよ…まあいいか、あんたの結界は信用してるからな」


 ルナルナがラミアの姿に戻ると、ミューレンの立っていた場所が空間ごと歪み、

 中から漆黒の衣装を漆黒のマントで包んだ、逆立てた灰色の髪と赤目の吸血鬼が現れた。


「って、お前は!?」

「ん、私がどうかしたかな?」




 現れたのは、あの茶番を演じた吸血鬼その人であった。


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