第15話 二人の相性
「ルナルナですが、馬車内の空気が最悪です」
もはや収拾のつかない馬車内の喧騒を背にして、ルナルナは深いため息を吐いた。
ディードリッヒが仲間に加わった後、色々な事があった。
まず、あれだけルナルナの元に頻繁に訪れていたルウィンが、
あまりの多忙の為まったく姿を見せなくなった。
どうやら一連の事件の後始末に追われているようだった。
事件の首謀者はそのままバルドス内務卿。
バルドスの一族は当然お家取り潰し。
事件に関わった人間も一斉に処刑された。
と、表向きはそういう発表になったようだ。
実際には事件に関わった人間は、既に死んでいたのだが。
問題はその後であった。
なにしろ政務に関わる人間が大量に消えたのである。
このままでは運用はおろか、体制維持すら難しいことになったようだ。
当面は動ける人間が各部署を掛け持ちしつつ、
人員補強、体制の見直しを図り、何とか乗り切ろうということらしい。
魔界との講和政策を反対する勢力がごっそりといなくなったため、
ルナルナは幾人かの国の主要人物と顔を合わせることになった。
しかし人間と魔物の姫との会談など過去に例がないため、
お互い要領をつかめぬままその場はお開きとなってしまった。
ルナルナは決して彼らに悪印象は与えなかったはずだ。
むしろルナルナの好印象だけが彼らの中に刷り込まれた実感があった。
何しろ彼らは、競うようにルナルナの事しか聞いてこなかったのだから…
この魔眼、話し合いが必要な場では、実はただ邪魔なだけなのでは?
ルナルナはここに来て、ようやくその事実に気が付いた。
イエスマンが欲しいならともかく、話し合いをするには対等な立場が必要となるのだ。
これから先も、フードをとって人に会う機会は増えるだろう。
この件は早急に対策を立てねばと考えるルナルナであった。
その夜、城のお風呂を使わせてもらえる事になり、アリスは狂喜した。
ここでディードリッヒも一緒に入ると言い出したが、当然彼は袋叩きとなった。
風呂内で何があったかは、ここでは割愛させてもらう。
のぼせた体を冷ましつつ、微妙に落ち込んだアリスを連れて客間に戻ってくると、
『お姉ちゃんとお風呂に入ろう大作戦』と書かれた羊皮紙の束に向かって、
うんうん唸っている魔人の姿があった。
こういう所があの周到さに繋がってるのかと、ルナルナは呆れつつも関心した。
直後、アリスがその紙束を奪って窓の外に投げ捨てていた。
確か羊皮紙って高かったよなもったいない、というルナルナの思考をよそに、
そのまま二人の喧嘩が始まった。
最初は汚い罵り合いだったが、次第に物が飛び交い始めた。
さすがに拙いとルナルナが二人を宥めるが、ヒートアップした二人は一向に収まる気配がない。
宙を舞う高級品の数々に、既に手遅れと感じたルナルナはそっと部屋を出た。
向こうからやってくるルウィンを見つけたので、ルナルナは先に客間の惨状を謝っておく。
事情を聞くルウィンに詳細を話すと、ルウィンは腹を抱えて許しを出した。
ルナルナは、こんないい加減な国王でこの国は本当に大丈夫なのか?と少し心配になった。
ルウィンは、魔物との講和政策はこれから一気に進められそうだが、
そのせいでやる事は必然的に増え、ルナルナ達をもてなす余裕がなくなったと告げてきた。
ルナルナもこんな事情の中、ゆっくりと滞在し続けるつもりはなかった。
ルナルナは明日にはここを発つとルウィンに伝えた。
「国が落ち着いたら改めて遊びに来てよ。その時は本当の国賓として迎えるから」
「ああ、その時を今から楽しみにしてるよ」
ルウィンとルナルナは固く握手を交わす。
王国と魔界の新たな1ページを祝うかのように、二人の間に一段と大きな破砕音が響き渡った。
「で、二人とももうそろそろ飽きないのか?」
馬車内で未だ喧嘩を続ける二人に、ルナルナは呆れたように声を掛ける。
ルナルナが今いるのは馬車の外、御者席である。
見よう見まねであったが、ポールの御者ぶりを予習していたのが良かったのだろう。
ルナルナが鞭を打つと、馬車をなんとか発進させる事が出来た。
ちなみにポールは辞世の句を残してその辺に転がっていた。
どうやらルナルナがディードリッヒに攫われた件で、責任を感じていたようだ。
まあ彼は切腹くらいじゃ死なないから大丈夫だろうと、
ポールの気が済むまでルナルナは放置する事にした。
しかし二人の相性がここまで悪いとは、とルナルナは嘆息する。
考えてみれば二人とも主義を通す為に引かないタイプである。
二人はおそらく互いに引けない部分で争っているのだろう。
さっきから「序列が」とか「役立たず」とか「敵のくせに」とか聞こえてくる。
もはやただの子供の喧嘩である。実際二人とも子供なのだが。
こういう場合はどうすべきかルナルナは考える。
決まっている、両成敗である。
ここでどちらかを立てれば立てた方は増長し、立てられなかった方には遺恨が残るだろう。
もともとルナルナが折れて仲間になった二人である。
そろそろ鼻っ柱を折っておかないと、後々もっと面倒な事になりそうでもあった。
「二人とも!そろそろ喧嘩を止めないと俺も怒るぞ」
「だってこいつが!」
「先に手を出したのはあっちだよ!」
ルナルナの予想通り二人からは反論が帰ってくる。
なので、ルナルナは二人が一番堪えるだろう言葉を言い放った。
「お前等いい加減にしないと、ここで解散にするからな。
別に俺は一人で旅したってかまわないんだ」
「そんなっ、お姉様!?」
「ちょ、約束が違う…」
ルナルナの言葉に二人は絶句する。
ルナルナに同行する為に手を尽くした二人だ。
予想通り、やはりこれが一番堪えるのだろう。
「仲間なんだから秩序は守ってもらわないと困るんだよ。
いきなり仲良くは難しいかもしれないが、二人とも仲良くする為の努力はしてくれ」
「で、でも…」
「うー」
大人しくはなったが、未だ不満そうな二人である。
なのでルナルナはここでもう一押しする。
「わかったか?わかったなら仲直りの握手をしてくれ」
ルナルナの言葉に、二人はちらりとお互いに視線を投げると、
指先でつまむ程度に握手した。
視線は双方すでに逸らされている。
ルナルナ的には正直不十分だが、最初の一歩はこんなもんだろうと我慢する。
馬車は目的地へと順調に進んでいくが、
今度は二人とも一言も言葉を発しなくなってしまった。
二人の様子に、まだまだ道は長そうだとルナルナはため息を吐いた。
ここから2章スタートです。
前半だいぶ端折りましたが、そのうちのどこかは幕間として書くかもしれません。
どこをとは言いませんが。




