第14話 陰謀の顛末
「一応、何のつもりか申し開きを聞こうか」
「あはは、そんなに怒ると綺麗な顔が台無しだよお姉ちゃん」
ルナルナは怒鳴ってこの場から離れたい気持ちを何とか抑えつつ、
ディードリッヒの行動の真意を確かめようと問い詰める。
先ほどからルナルナのこめかみはヒクヒクと痙攣しているが、
これでも大分表情を露わにしないよう抑えているつもりのようだ。
そんなルナルナの様子もどこ吹く風で、
この小さな暗殺者は、いつものニコニコした表情でルナルナの視線を受け止めている。
その表情は、例えるならお使いを無事達成して帰ってきた子供のようだ。
褒めて!と言わんばかりに胸を張り、ルナルナのご褒美を期待しているようにも見える。
当然ルナルナはこのようなお使いを頼んでいないのだが。
「こいつ等がね、ルナルナ姉ちゃんやそこの国王さんを殺そうとしてた犯人だよ!
で、主犯はこいつ。ボクを雇って実行させた張本人。
こいつは他にも人を集めて色々計画してたみたいだよ」
ディードリッヒは死体のうちの一つの襟首を持ち上げ、その顔をルナルナ達に晒す。
部屋に現れた死体はどれも身なりが良かったが、この男はその中でも特に際立っていた。
胸には星のようなバッジがいくつか付いている。
「バルドス内務卿…」
ルゥインの呻くような声がルナルナの耳に届く。
この立派なカイゼル髭を蓄えたオールバックの男が、行方不明だった内務卿なのだろう。
ルウィンは上層部の誰かが首謀者と踏んでいたようだが、
出て来てみるとやはり納得の大物だったらしい。
ここに来てルナルナは、ディードリッヒが提示してきた『証明』をようやく理解した。
彼は自分を雇っていた連中を纏めてルナルナ達に売ったのだ。
実際昨晩の話し合いで、ディードリッヒを取っ掛かりに芋づるに犯人を炙り出す予定だったが、
計画も過程もすっ飛ばし、いきなり結果だけぽんと出されても困るという物である。
そして更に一つ、重大な問題があった。
「これじゃあ、こいつ等が本当に何か企んでたかなんてわからないじゃないか…」
そう、死人に口はないのである。
『犯人達を一網打尽にしました』と、
『適当に見繕ってその辺の人を手当たりしだい殺しました』で、
この状況ではどちらが真相なのか判別出来ないのだ。
「こいつ等が犯人だったとしても、せめて殺さずに連れてくる事は出来なかったのか?」
「そりゃボクだって最初は軽く麻痺でもさせて連れてこようと思ってたよ。
でもこいつら、懲りずにお姉ちゃんを殺す計画立ててたんだもん。殺されて当然だよ」
ディードリッヒはやれやれといった感じに肩をすくめる。
しかし、それは昨日ルナルナを殺しに来た張本人の言う台詞ではない。
ここで、今までずっと成り行きを無言で見守ってきたルウィンが口を開く。
「君の言うこの主犯の男、バルドス内務卿は良いとしよう。
だがその他の者達が、彼の協力者であるという確証はどこから得たのだ?
まさかここにいる全員がバルドス卿の下に集っていたわけでもあるまい」
「そんなわけないじゃん。ちょっとそこのバルドスを脅して協力者を割らせただけだよ。
バルドス直々に書かせた名簿もあるけど見る?」
ディードリッヒは懐から羊皮紙を取り出し、ルウィンに渡した。
ルウィンは即座に侍女を呼んで別の書類を持ってこさせると、それぞれを見比べ始めた。
「ふむ……些か筆跡に乱れがあるようだが、確かに本人が書いた物で間違いなさそうだ」
「それ書いてる時、そいつ面白いくらい震えてたからね、
『たのむ他は何でもやるから命だけは助けてくれー』だって。
しょうがないから命だけで勘弁してあげたよ。
あ、そうそうボクのあの『仕事場』はそいつん家の庭の地下にあるし、
家を調べれば今回の件の証拠とか色々出てくると思うよー」
そう言ってディードリッヒは意地悪そうに笑う。
今回の事件の大きさは国王暗殺どころか国家転覆レベルである。
仮にルナルナが殺されていれば、どう考えても魔界が黙っていなかっただろう。
下手すれば戦争の引き金にすら成り得たのだ。
当然彼の家系はただではすまないだろう。
命だけどころか、結局全て奪ってるじゃないかとルナルナは嘆息する。
「で、どうかなルナルナ姉ちゃん。これでボクを仲間にしてくれる?」
期待に満ちた瞳でルナルナへと寄ってくるその姿は、一見子供そのものの純真さである。
だがこの小さな暗殺者がそんな可愛い代物であるはずがない。
今回彼が持ってきたモノは、魔界と王国の距離を縮めるのにかなり有益だったと言えよう。
魔界側としては、これで王国内でかなり動きやすくなった。
王国側としても、国家転覆レベルの事件を企む連中を横行させる理由は一つもないのだ。
彼の周到さから言って、今回の件で嘘を言っているとも考えにくかった。
しかし、だからと言ってすんなり仲間に出来るほど、
ルナルナにとってこの少年の心証は良い物ではなかった。
「じゃあ最後に一つ確認したいんだが、いいか?」
「何でも聞いてよお姉ちゃん!」
「もし仲間になったとして、俺の目の前に障害が立ちはだかったらどうしてくれる?」
「もちろん、ボクが殺してあげるよ」
ディードリッヒは当然とばかりにニコニコと答えてくる。
ルナルナが気にかかっているのはこういう部分なのである。
彼を仲間にすると、これから先いらぬ騒動に巻き込まれそうな予感がしてならないのである。
ルナルナから見て、彼の能力には問題がない。むしろ是非手駒に欲しいほど優秀だ。
そしてここまでのやり取りで、彼自身がルナルナに懐いていることにも疑いはなかった。
となると問題は…
「よし、ではディードリッヒを仲間として認めよう」
「やった!よろしくねルナルナお姉ちゃん!」
「ただし」
喜び勇んで駆け寄るディードリッヒを、ルナルナは片手で制して押しとどめる。
ここが肝心とばかりに強い口調で一つ条件を加え、彼女は宣言する。
「勝手に殺すのはナシだ。
これから先相手の生殺与奪については、俺の判断を仰いでくれ。
それでも良いと言うなら、お前を仲間として迎え入れよう」
「えー、なんかまだるっこしいなー」
「嫌なら無しだぞ」
ディードリッヒが口を尖らせてぶーぶー言うが、ルナルナにこの一線は譲れないのだ。
確かに殺しを生業としてきた魔人に、いきなり殺すなというのは大変かもしれない。
しかしここは彼に納得してもらうしかないのだ。
「うーん、まーいっか!」
彼はいつもの能天気な感じで受け入れていた。
この問題さえ乗り切れば、彼もルナルナの優秀な仲間として働いてくれることだろう。
「それと、また魔力足りなくなって我慢できなくなったら、ボクはいつでもOKだからね」
見れば、ディードリッヒが口元を抑えて変な笑みを浮かべている。
そういえばこの少年はこうだったんだなと思い出し、ルナルナは頭を抱えた。
登場人物紹介を作ってみました。
ついでにルナルナさんのイラストもつけてみましたが、
ラミア成分を入れ忘れました、残念です。
外見イメージの保管に役立ってもらえれば幸いです。
気が向いたら色もつけるかもしれません。
各キャラのイラストは、これからも時間のある時に増やしていく予定です。




