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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第2章 サライ王国
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第13話 王国の騒動

 

「お姉様!よかった、無事で…」


「ただいま、悪かったな心配かけて」




 赤い空間からディードリッヒの転移魔術で飛んだ先は、

 アリスの待つサウザンブルグ城の客間だった。


 既に夜遅いという事もあり、城内は静まり返っている。

 しかし静かに見えるのは、実は表面上だけであった。

 昼間の国王暗殺未遂に続き、今度は非公式とはいえ同盟国の姫の拉致事件である。

 滞在自体が内密の為、動ける人間は国王に信頼の厚い者のみだったが、

 それでも相当数の人間が内へ外へと走り回り、刻々と情報を積み上げていた。


 そこへ、彼女が無事帰還したという一報が飛び込んでくる。

 体調が万全ではない現国王ルウィン=サライは、寝室でその休まらぬ体を横たえていたが、

 その一報を受け取ると急いで護衛をかき集め、その足でルナルナの待つ部屋へと直行した。

 ルウィンが来た所で、ルナルナは再びアリスに席を外してもらった。



「やあ、ルナルナも()に攫われたみたいだけど、その様子だと無事撃退できたのかな?

 私の見立てではアレは相当厄介なタイプの強者だったんだけど、

 うん、さすがは魔王の血を受け継ぎし者といった所だね」


 ルウィンはルナルナの所々擦り切れた衣服や体に残る激戦の跡を見て、

 ここ数時間でルナルナの身に何が起こったのか、大体のアテをつけていた。


「うんにゃ、撃退までは至ってない。あれは引き分けって所だな。

 で、そこで少しおかしな方向に話が進んでな」

「何かあったのかい?」


 ルナルナは、赤い空間であったディードリッヒとのやり取りを余さずルウィンに伝えた。

 自分を殺しかけた相手が仲間になるかもしれない事にルウィンが渋い顔をすると思いきや、

 彼は難しい顔をして何やら考え込んでいた。


「ルウィン?」

「ルナルナ、確かに現時点で彼を信用するのは少々危険かもしれないけど、

 仮に彼が本気なら、これは大きなチャンスかもしれないよ」

「チャンス?」


 ルウィンの思いがけない言葉にルナルナは思わず聞き返す。


「彼を雇っていた連中は、私と君を標的にしていた事から内部の、

 それもかなりの上層にあたる者と見て間違いないね。

 そして彼から情報が引き出せれば、その連中を一網打尽に出来るかも知れないのさ」

「ディードリッヒを元に芋づるを狙うって事か。

 でもあいつはルウィンの命を狙ってた奴だぞ。それでいいのか?」

「大事の前の小事さ。彼自身の処遇は君に任せるよ。

 仲間として使えそうなら私のことは気にせずに使ったらいいさ」


 一国の王の命も十分大事だろうと、ルナルナは内心で突っ込みを入れる。


「なんにせよ、あいつのリアクションがあるまでは警戒を解かないほうが良いかもな。

 いきなり翻意して、また暗殺しに来ないとも限らないし」


 真面目な顔で忠告するルナルナに、しかしルウィンは笑ってそれを否定した。


「話を聞いた感じ、きっと()自体の襲撃はもうないよ」

「は?何でそう言い切れるんだ」

「だってそんな事をすれば、君との約束を違える事になるじゃないか」

「だから、それをしかねないほど胡散臭い奴だと言ってるんだけど?」


 しかしそんなルナルナの言葉にルウィンはやれやれといった感じに首を振った。


「他ならともかく、彼は君との約束なら守ろうとするはずだよ」

「だから何でそう言い切れる?」


 ルナルナの釈然としない様子に、ルウィンはウインクしながら付け加える。


「それが男心という奴さ」


 その言葉にルナルナは憮然とする。

 それではまるで、自分が男心をわかってないみたいじゃないか、と。




 そろそろ夜も更けてきたということで、

 ルウィンは待機させていた護衛と共に引き上げていった。


 ルナルナとアリスには、それぞれ別の寝室が用意されていた。

 アリスはかなり不満な様子だったが、おとなしく案内の侍女について行った。

 その辺の分別はあるらしいと、ルナルナは少しだけ感心した。


 旅と激戦に汚れた体を用意されていた濡れタオルで拭くと、

 これまた用意されていた男物の部屋着に身を包む。

 寝室にはルナルナが要望した通りの物が備え付けられていた。


 今日1日でかなりボロくなってしまったお気に入りの服を部屋付きの侍女に渡すと、

 前世でも記憶にないようなふかふかのベッドに身を潜り込ませた。

 やはりかなり疲れていたのか、ルナルナはそのまま深い眠りについた。




 翌朝目が覚めると、城内は昨日以上に騒然としていた。

 ルナルナは侍女を呼んで服を着替えるついでに、何があったのかそれとなく聞いてみた。

 どうやら各部署で働く人間の約30名ほどが行方不明となり、連絡がつかないらしい。

 中には内務卿や近衛隊長なども含まれていて、現在政務は機能不全に陥っているようだ。



「やあルナルナ、よく眠れたかい?」

「ああ、そういうルウィンはあまり眠れてないみたいだね」


 実は暇なんじゃないか?と思える頻度でルナルナに会いに来るルウィンの顔は、

 どうやらまともに寝ていないのだろう、昨日以上に疲労の色が見えた。

 昨日と今日でこうも大事件ばかりが続くのだ。

 彼の心労は計り知れないものがあるだろう。

 現在は通常の政務を一旦打ち切り、行方不明者の捜索を優先させているらしい。


「大部分の人間が忽然と姿を消したらしい。実際人の目の前で消えた者もいるそうだ」

「消えたって、それはそう考えても…」

「ああ、彼の転移魔術だろうね」


 昨日も散々自重しなかったあの小さな暗殺者は、今日も自重するつもりはないらしい。

 まさかディードリッヒは、消えた人間を手土産に自分の仲間になるつもりだろうか?

 正直有象無象の人間など押し付けられたところで困るだけだし、

 ましてやこんな騒動に関与していると思われるのも迷惑な話である。

 ルナルナはそんな考えを巡らせながら、

 これから対面するであろう少年への対応を再考するのだった.



「お待たせルナルナ姉ちゃん!ちょっと遅くなっちゃったよ」


 ルナルナとルウィンが神妙な顔をしている所に、

 二人を悩ませている本人が唐突に現れた。


「なぁディードリッヒ、ちょっと聞きたい事があるんだが」

「なーにルナルナ姉ちゃん」

「今朝から結構な数の人間が姿を消しているようなんだが、何か心当たりはないか?」

「あ、それボクがやったよ」


 ディードリッヒはあっさりと肯定する。


「どういうつもりだ?まさか消えた人々がお前の言っていた証明じゃないだろうな」

「ん、そうだけど?」

「俺はそんな物望んではいない。よくわからない人間押し付けられても困るんだよ!」

「ルナルナ姉ちゃん怒ってる?っていうか何か勘違いしてないかな」


 ルナルナの言葉に、ディードリッヒは少し困ったように首を傾げる。


「ボクが押し付けるのはむしろそっちの人、お姉ちゃんには見てもらうだけだよ」

「ん、どういうことだ?」


 ディードリッヒは先程からルナルナとの会話を無表情に聞いてるルウィンを指す。


「じゃあ早速今から見せるね」


 小さな暗殺者が指を鳴らして室内に魔力を迸らせると、

 部屋を覆い尽くさんばかりの無数の輝く魔方陣が展開される。

 魔法の光が収まった後に現れたのは、無数の人間の形をした物だった。

 そう、それらはすべて人間ではなかった。



 彼らは既に、死体となっていたのだから…



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