第9話 扉の向こう
「お姉様って、お姫様だったの!?お姫様なのよね!私、すっごく納得したわ!」
ルナルナが別室で待機していたアリスの元へ戻ると、
アリスは目をキラキラさせてルナルナへと詰め寄った。
ガッシと両手を掴まれたルナルナは、そのあまりの迫力に顔を引きつらせて一歩後ずさる。
「私ずっと変だと思ってたのよ!
お姉様ってば一般人じゃありえないほど気品と美貌に溢れてるのに、
それをわざわざ隠すような振る舞いをしてるし、服だって男物だし。
そりゃそうよね、下手に道行く人に言い寄られても迷惑なだけだものね!
私が残念だと思ってた所は、世の中を欺く為の演技だったのね!」
「お、おう…」
実際半分以上はあってるので、とりあえずルナルナは否定せずにアリスから視線を逸らす。
「世を忍ぶ男装の麗人の正体は、とある国のやんごとなきお姫様!
ああ、素敵!素敵過ぎるわお姉様!」
普段はフードで顔すら隠してるんだから、
男装の麗人ですらないだろうと突っ込みたくなったルナルナだが、
妄想の薔薇を散らし、キャー!と暴走を続けるアリスには焼け石に水である事は明白だった。
「で、お姫様にはよく婚約者が居るって話だけど、お姉様はどうなの?相手は素敵な王子様?
ハッ!まさか今回国王様に会いに来たのって、お姉様に縁談が持ち上がったってこと!?
ダ、ダメよお姉様。あの方はああ見えて女を振り回すタイプの男だわ!
風のように女を捕まえては、波のように乗り換えていく最低な男よ。
そのくせ家の事は何一つしようとしない、典型的ダメ男に違いないわ!
いくら顔や家柄が良くたってお姉様にふさわしくないわ!」
「ちょ、ストップストップ!ここお城だからね!」
堂々と国王批判を始めるアリスにルナルナは慌ててストップをかける。
扉の向こうには護衛の兵士だって居るのだ。当然めったな事は口走れない。
「ごめんなさいお姉様、私つい興奮しちゃって…」
扉の向こうに変わった様子はなかった。
どうやら話の内容は聞き取られなかったか、
もしくはあまりの姦しさに、見て見ぬフリをされているのかもしれない。
「言っとくけど、ルウィンとは何もないからね。つーか彼には好きな人が居るみたいだよ」
「え、誰だれ?私も知ってる人かな!」
「ひ、秘密」
俄然勢いの衰えないアリスにルナルナは押されっぱなしである。
おそらくはアリスも知っているであろう名前がルナルナの脳裏を過ぎるが、口には出さない。
「そ、そういえばルウィンがアリスに、何かお礼を贈るそうだよ」
「え、私に?何で?」
ルナルナは流れを変える為に話を逸らす。
アリスもその話は予想外だったようで、キョトンとした表情を浮かべている。
「アリスはルウィンの命の恩人だからさ、きっと何か良い物が貰えると思うよ」
「あ、そっか。私国王様の命を助けた事になるのよね。何か大それた事をしちゃったような」
「うーん、そんなに気にしなくてもいいんじゃない?あっちも軽ーい感じだったし」
「王家の人の軽いほどアテにならないものはないわ!…何か嫌な予感がする」
「アリスさん!君のおかげで助かりました!私と結婚してください!…とかね」
「そ、そんなお礼…困る……」
ルナルナが冗談っぽくアリスをからかうと、アリスは困ったような、泣き出しそうな顔をする。
が、次の瞬間何かに気づいたかのように顔を上げ、ルナルナの両手を強く握る。
「お、お姉様!今の台詞、もう一回言ってみてくれないかしら?」
「え?……アリスさん、君のおかげで助かりました?」
「その後!」
「私と結婚してくだs…って何言わすんだ!」
「えー、自分で言った台詞じゃない」
アリスは口を尖らせそっぽを向く。
が、その頬は赤く染まり、完全に緩みきっている。
この子はもうダメなのかもしれない。
ルナルナは頭を押さえた。
ふと、『カタン』と小さな音が、扉の向こうから聞こえてきた。
人間より遥かに感覚の鋭敏なルナルナはそれを耳ざとく拾い、扉の方へ振り返る。
先ほどルウィンに注意を促されたばかりである。
ルナルナは慎重に扉に近づき、外の気配を伺う。
しかし異常な気配はない。
いや、本来護衛がいるはずの扉の向こうに、
気配そのものがないという事に、ルナルナはようやく気付いた。
「ポール!アリスを守ってくれ!」
ルナルナはアリスを庇ように扉との間に立ち、扉の向こうに居るであろう何者かを睨み付ける。
少し遅れて白いローブ姿のポールが、アリスのすぐ前に現れる。
「おい!いるのはわかっているんだ。姿を見せたらどうだ?」
ルナルナは扉に向かって低い声で威嚇する。
しかし扉は何の反応も見せない。
『ふふふ、やだよ。だってここじゃ目撃者が多すぎるじゃないか。
そんな場所で仕事するだなんて、ボクの矜持が許さないよ』
突然エコーのかかった甲高い声が部屋に木霊する。
その耳障りな声に顔をしかめつつ、ルナルナは扉から一瞬たりとも意識を外さず警戒を続ける。
「ならこのまま帰ってくれないか?そろそろ異変に気付いて城の兵も駆けつけるはずだ」
『そうだね、それじゃあ帰るとしようかな』
不意打ちが成功せずに計算が狂ったか?とルナルナは考えたが、油断は禁物である。
相手の正体がつかめない以上、何が起こるかわからないのだ。
じりじりとした空気の中、しばしの沈黙が流れる。
『ふふ、心配しなくてもちゃんと帰るよ…君を連れてね』
「なっ?」
謎の声がそう告げるとルナルナの足元に魔力が迸り、一瞬にして複雑な魔法陣が組みあがる。
「これはお母様の!?」
ルナルナが驚愕に目を見開いた瞬間、魔方陣は強い閃光を放ち、
直後、ルナルナの視界は暗転した。
あらすじを少し書き換えてみました。




