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黄金の月の蛇姫様  作者: みつきなんとか
第2章 サライ王国
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第7話 半裸の青年

 

「おーい、生きてるかー?」



 『荒野』のど真ん中で、いわゆるパンツ一枚で寝そべるその人物に反応はなかった。

 死んでいるのか?と、ルナルナは思う。

 実際『荒野』に放置されている時点で、どう考えてもそちらの公算のほうが高いのだが。

 ルナルナはその人物を確かめるべく、とりあえず仰向けになるよう転がしてみる。

 年の頃は20代前半だろうか。

 適度に筋肉のついたしなやかな肉体、おそらくなかなかできる(・・・)人物なのではないか?

 一目見て、ルナルナが受けた印象はそれである。

 男にしては少し長い、さらさらの金髪。長いまつげ。整った鼻梁。薄い唇。

 全体的に少し掘りが深いが、目を閉じていても確信できるほどの美形だった。



「死んでる……いや、生きてるか?」


 尋常じゃなく悪い顔色に、既に手遅れであったかとルナルナの頭を過ぎるが、

 男の唇に、ピクリと反応があった。


「おーいアリス、来てくれ!」


 死体だったら見せる必要はないと、馬車に待機させていたアリスを呼ぶ。


「まだ生きてるみたいだ。が、あんまり容態は良くないみたいだな」

「ええ、ちょっと私が診てみます」


 アリスはおもむろに男の脈や心音、瞳孔反応などを調べ始める。


「うーん確かに生きてるけど、あまり芳しくないわね。毒も飲んでるみたい」


 アリスはごそごそと大きな荷物をあさり始める。

 数種類の粉末や液体、木の根のようなものを取り出すと手際よく調合を始める。


「多分これでよし、と」


 出来上がった半液体のソレを、アリスは男に飲ませようと試みる。

 しかしなかなか飲み込んではくれないようだ。


「ダメか…しょうがないわね」


 アリスは薬を口に含むと、口移しで男に飲ませ始める。

 しばらくすると男の喉に飲み込むような反応が見られた。


「ふぅ、どうなるかはわからないけど今出来る事はこのぐらいかしら?

 お姉様、この人馬車まで運びましょう」

「あ、ああ」


 男を馬車に運ぶと、ルナルナは極力揺らさないようポールに指示し、

 ゆっくりと馬車を出発させる。




「アリスは医者だったのか?」


 先ほどの明らかに素人ではないアリスの手際を思い出し、ルナルナは問いかけた。


「いいえ、ただの商人の娘よ」

「そうは思えなかったんだが」

「扱う商品を、自分で使えるくらい把握しておくのは当然のことよ」


 どうやらアリスの父が取り扱う商品には、薬なども含まれていたそうだ。

 実演販売の為にも、一通り扱いを叩き込まれているとは本人の弁である。

 思ったよりも、商人というのは多彩な能力が求められる職業なのかもしれない。


「しかしやけに大きな荷物だと思ってたが、まさか毒消しまで持ってるとは思わなかったよ」

「長旅になるんだから当然じゃない。逆にそんな軽装で旅してるお姉様の方にびっくりだわ」


 ルナルナが感心していた所に反撃をくらう。

 前世もよく旅をしていたが、基本現地調達の身軽な旅だったから、

 しっかり準備するという概念はルナルナにはなかった。

 そんなルナルナを見てアリスは心底残念そうにため息をつく。


「お姉様って、その辺はずぼらなのね…

 うん、お姉さまのそういうところ(・・・・・・・)を治すのも私の使命ね!」

「何の話だ、ていうかその残念なものを見るような目は何だ?」

「いいえ、これはもったいないお姉様を見る目よ」



 姦しく会話をしながら、馬車はゆっくりと王都へ向かう。

 速度を落としたためか、王都を遠目に確認出来る頃には既に日は落ちていた。



「う…ん?ここは」

「あ、気がついた」


 アリスの処理は適切だったようだ。

 長らく気を失っていた男はようやく意識を取り戻したようだ。


「君たちは…いや、それよりも私は助かったのか」


 状況をつかめていないのか、男は自分の体とアリス、ルナルナ、ポールを順に目で追い、

 何かぶつぶつと呟いている。


 目を覚ましてすぐ、なにやら思案に沈む男の姿は妙に絵になっている。

 ルナルナの想像通り、いや想像以上に彼はイケメンであった。

 後日、「お姉様がいなければ危なかった」と、アリスも語っていたほどである。


「君たちが助けてくれたのかい?」


 男は意志の強そうな碧眼をルナルナたちに向ける。


「お姉様が、あなたが荒野に倒れている所を確保しました。

 緊急を要する容態でしたので、私が処置させて頂きました」

「そうか、助かった。礼を言う」


 男はさわやかに笑い、手を上げる。

 その仕草は、世の中の女性のほとんどを射抜くほどの破壊力を持っていた。


「まー気にするな」

「当然の事をしただけですわ」


 目の前の例外達を除いて、だが。


「ところで命の恩人に言う言葉じゃないが、君たちは何者だい?

 この馬車を見た感じ相当の身分だとは思うけど護衛はいないし、それに…」


 そこまで言うと、男はルナルナとポールに目を向ける。

 ルナルナの今の格好はいつものローブに目深に被ったフード。

 ポールに至っては中身が闇色に染まった全身鎧である。

 確かにこれで怪しくないと言う人間がいたら、そちらの方が珍しいほどである。


「私はアリス=ベレス。ウエストダウンのベレス家の娘ですわ」

「ウエストダウンのベレス家か、確かに聞いた事がある」

「それから、お姉様達は確かに見た目は怪しいかもしれませんが、

 決して怪しい者じゃありません。私が保証します」

「そうか、ならば信用しよう。とはいえ今の私も怪しさなら良い勝負だと思うけどね」


 男はそう言って楽しそうに笑う。

 確かに男は現在パンツ1枚だ。傍から見ればただの露出狂である。


「私はルウィン。ちょっと事情があってね、あんな所に寝かされる事になったんだ」


 一体どんな事情があればああいう状況になるのだろうか?

 仮に野盗に身包みをはがされたとしても、あの状況は不自然だ。と、ルナルナは考える。

 おそらく何らかの事件に巻き込まれたのだろう、と。




「そろそろ城門か」


 その言葉にルナルナが目を移すと、眼前には巨大な城門が迫ってきていた。

 周囲に闇が落ち、既に門は硬く閉じられている。

 昼間でも怪しい気がするが、果たしてこの怪しさ全開の一行は無事門をくぐれるのだろうか?

 ルナルナは今更ながら不安になってくる。

 ポールならば城門だろうがなんだろうがすり抜けられる。

 ルナルナも、自分だけなら予定通り(・・・・)壁を飛び越えるだけですむだろう。

 だが、この一行で正攻法に城門を通り抜けるには些かハードルが高い。


「君達、悪いけど何か着る物は持ってないかな?」


 男はずっと半裸状態であった。

 今ルナルナが来ているのは男物の服に白いフードつきのローブである。

 しかしこれ1着だけだし、そもそも彼とは体のサイズが違う。

 ルナルナがアリスに視線を送ると、アリスも首を横に振る。


「参ったね、さすがにこのままでは不味いかもしれない」


 確かに不味くないわけがない。

 その格好で通れる城門がこの世に存在するのか、逆に問いたいくらいである。

 ルナルナに解決策がないわけじゃない。

 だが、ここから起こる事を想像し、彼女は少しため息をつく。

 どっちにしろ彼女は、これから先何度も同じ事を体験するのだろうから。


「ほら、こいつを着ればいい」


 ルナルナはおもむろにローブを脱ぐと男に差し出す。

 同時にルナルナの素顔がルウィンの前に晒される。

 彼は露わになったルナルナの容姿に「ほう」と声を漏らす。


 そう。

 ルナルナが素顔を晒すと、魔眼の力も相俟ってほとんどの相手に惚れられてしまうのだ。

 ルナルナはこれが宿命なのだと自分に言い聞かせる。


 しかしルウィンはルナルナの素顔を見ても、少し驚いたような顔をしただけで、

 それ以上は何も追求してくることはなかった。


「ありがとう、有難く使わせてもらうよ」


 軽く微笑みながら礼を言うルウィンに少し肩透かしを食らった気分になるが、

 ルナルナは面倒ごとが減ったと思うことにした。

 イケメンなら自分程度などおそらく見飽きてるのだろう。

 もしかして自意識過剰になっていたのか?

 ルナルナはそう思い至り悶絶しそうになる。


「ちゃんと洗ってるからな、変な匂いはしないと思うぜ」


 ルナルナは込み上げる羞恥心を隠すように、ぶっきらぼうに言い放つ。


「うん、良い匂いがするね」


 ルウィンが風のような笑みで返してくる。


 何だこれ?違うんだこういうやり取りがしたかったわけじゃないんだ。

 ルナルナは頭を抱える。

 隣でアリスは、終始不機嫌な表情をしていた。





 王都サウザンブルグは、全体をぐるりと頑丈な塀で覆われている。

 当然正面の正門は、それに合わせてかなりの規模になる。

 開閉は何人も人員を動員して行うほどの大きさだ。

 夜間は通用口を使うようだが、そちらも馬車程度なら余裕で通れるような作りになっている。


「しかしなんだ、妙に物々しいというか、通れるのかあれ?」


 城門を間近に眺めルナルナは感想を漏らす。

 そう、妙に多いのだ。警備の人間が。

 魔物を警戒するとしても多すぎる。

 彼らは慌しく動き回り、伝達の為かめまぐるしく入れ替わっているようだ。

 果たしてこんな中でルナルナは通る事が出来るのだろうか。

 最悪今日は野宿だな。と、ルナルナは考えていた。



「ああ、今ちょっとした事件が起こってるからね」


 ルウィンはルナルナの疑問に、なんでもないような口調で答える。


「事件?」

「そう、事件。でもたいした事はないからね。

 まあここは私に任せてくれ。君達はここで待ってるだけでいいから」


 そう告げると、ルウィンは馬車を降りて一人で城門の方へ歩いて行った。

 その格好で本当に大丈夫なのか?ローブめくればパンツ1枚の変質者だぞ。

 いきなり問答無用で捕まるんじゃないか?と、ルナルナは不安になってくる。


 しかし予想に反し、ルウィンは少し警備兵と話すと、すぐさまこちらへ戻ってきた。

 警備の人間達の様子は、更に慌しくなっている。


「ほら通してくれるってさ、行こうか」


 ルウィンは、相変わらず爽やかな笑顔で出発を促す。

 通用口を見ると警備兵は直立し、敬礼を行っていた。

 ルウィンはどんな魔法を使ったのか?

 ルナルナはこの胡散臭い青年を横目に、ポールに馬車を出すよう促した。



「ところで君…ああ、名前を聞いてなかったね」

「……ルナルナだ」

「ルナルナね。君はこの街に何しに来たんだい?」

「ちょっとお母様に会うように言われている人物がいてね」

「へぇ、誰に…というのは、聞いてもいいかな?」

「ここの王様」


 どうせ信じてもらえないだろうと、ルナルナは軽く口にする。

 ルナルナの隣でアリスが「うえ!?」と、素っ頓狂な声を上げている。

 しかしルウィンはその言葉に大真面目に頷いていた。


「なるほど王様ね。でも今日は遅いから明日以降に、ってところかな?」

「ああそうだね、早いうちに宿を取らないと」


 ウエストダウンでもそれで慌てた経験があるルナルナは、素直に肯定する。


「じゃあそれはちょっと後回しにして、今から少し寄ってもらいたい所があるんだ」

「うん、服屋か?さすがにこの時間には開いてないんじゃないか?」

「確かに服も欲しい所だけどね、私の家だよ」

「ああ…」


 つい最近にもこんな展開があったなとルナルナはデジャヴを感じた。


「ということは、ついでに俺達を泊めてくれるとかそんな展開になるのか?」

「ああそうだね。泊まるのは構わない。ただその前に、そこで君とお話がしたいと思ってね」

「別にここですればいいじゃないか」

「ここではちょっと難しいかな。少し込み入った話になるだろうからね」

「まあいっか。で、その家ってのはどっちなんだ?」

「この道をまっすぐ行ったところさ」


 馬車は今、メインストリートのど真ん中を進んでいる。

 街が奥まるにつれて建物も立派になっているから、ルウィンは相当身分の高い人物なのだろう。

 ルナルナはそう当たりをつけていた。

 まあその辺は、先ほどの警備兵とのやり取りでも予想のついたところである。

 そして馬車はそのままどんどん進み、そして折れ曲がることなく道の終着点へたどり着いた。

 目の前には、またまた見上げるような巨大な門が現れていた。


「え?ここって…」


 ルナルナも、ここにきてさすがに驚きの声を上げた。

 門の前には、先ほどと同じ一糸乱れぬ敬礼を見せる、重厚な鎧を纏った兵士達の姿。

 そして門は既に開け放たれ、その間からは格式高そうな巨大な建物が佇んでいるのが見えた。

 たどり着いたのはサウザンブルグの中心。すなわちサウザンブルグ城であった。

 アリスは既に頭から煙を噴き出し、目を回している。


「ここが私の家だよ、ルナルナ――いや、ルナルナ姫か」

「お、お前は一体…」


 ルナルナの隣の胡散臭い青年は、変わらぬ笑顔で自らのフルネームを告げた。



「私はルウィン=サライ。このサライ王国の国王さ」


ずいぶん長くなってしまいました。

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