第6話 荒野の出会い
「どうしてこうなった…」
ルナルナはガタガタと揺れながら頭を抱えていた。
出立時は柔らかだった陽光は、
今や天空高くより垂直に降り注ぎ、地面を焼き付けている。
元々ルナルナは暑さや日差しに強い体質だった。
だが今居る場所には、そもそも日差しが届かなかった。
開放された窓からは吹き抜けの風が舞い踊り、頬を撫でる。
そこはかなり快適と言ってよい空間となっていた。
いつもルナルナの肩を定位置としているポールは、今はそこには居なかった。
彼はピカピカと眩しい光を放ちながら、ルナルナの目の前で無表情に佇んでいた。
ルナルナ達は当初の予定通りウエストダウンを離れ、王都サウザンブルグを目指していた。
別れを惜しむアリスの父は、旅立つルナルナに餞別とばかりに馬車を寄贈したのだ。
しかもその馬車は、普通の商人などが使うような質素なものではない。
随所に散りばめられた意匠を感じられる装飾。少々の衝撃にはびくともしない頑強な作り。
一体どこの王侯貴族ですか?と言いたくなるような、それはそれは豪奢な馬車だった。
そして彼がルナルナに寄越したのは、この馬車だけではなかった。
「はぁー…こうやってお姉様と旅が出来るなんて、し・あ・わ・せ♪」
にこにこと身を寄せるアリスの重みを左腕に感じつつ、ルナルナは再びため息をついた。
街を発つ時、アリスは自分もルナルナについて行くと言い出したのだ。
将来の為、商人の娘として世界を見て周りたい。と、そんな名目だった。
そう、あくまで名目であった。
単に彼女が、ルナルナと離れたくないだけだと言うことは一目瞭然であった。
当然ルナルナも断ろうとした。
道中は危険であると。
しかし彼女は引かなかった。
「荒野が危険じゃないって言ったのは、他でもないお姉様よ」
すました顔でアリスはそう告げる。
自らの言葉がブーメランとなってルナルナに突き刺さった。
ここで、実は危険ではない場所にも行くつもりだ、などと言うわけにはいかなかった。
そんな事をすれば、ルナルナの旅の目的を話さなければいけなくなるからだ。
適当な理由をでっち上げる事も思いついたが、ルナルナに嘘を貫ける自信はなかった。
ルナルナは元来、嘘をつくのが苦手なのだ。
「私からもお願いします。娘にどうか外の世界を見せてやってください」
そして本来娘を止めるべきアリスの父親が、事もあろうかアリスの後押しを始めた。
娘を心配する気持ちは当然ある。
しかしルナルナになら任せられるから安心だ、と。
実はこのアリス、昨晩までには父親を丸め込む事に成功していたのだ。
結局二人に言いくるめられる形で、ルナルナはアリスの同行を許可してしまった。
「ま、いざとなったらポールに守ってもらえばいいか」
ルナルナは、目の前で御者を務める幽霊従者に視線を送る。
彼ならちょっとやそっとくらいの事件なら切り抜けてくれるだろう、とルナルナは考えていた。
ところでさきほどから、ポールの全身鎧に太陽光が乱反射して、非常に目に優しくない。
ポールは形から入るタチだから、今は御者モードということなのだろう。
だが、ルナルナの記憶が確かなら、御者は間違ってもあんな格好ではなかったはずだ。
あれでは御者と言うより、死馬を操るデュラハンと呼んだ方がしっくり来るのではないか。
デュラハンの操る馬車が『荒野』を行く。
我々は一体どこへ連れて行かれるのだろう?
しかしポールがおかしいのは格好だけで、他はすばらしい御者ぶりであった。
ルナルナもアリスも馬の扱いを知らなかったので、
彼が居なければ状況はいきなり詰んでいたに違いない。
まさに困ったときのポール頼みである。
日は少しずつ傾き始め、ウエストダウンを発ってからかなりの時間が経っていた。
まだ『荒野』の真っ只中だが、サウザンブルグまでの行程はかなり消費したと思われる。
大人の足で3日ほどという話だったが、馬車のそれなりの速度でここまで飛ばしてきた。
既に3分の2ほどは消費しているだろう。
このままのペースを保てば、おそらく日が落ちる前には到着できるだろう。
やはり文明の利器はいいものだ、と元人類のルナルナは再確認する。
一部の魔物は絶大な魔力を用いて文明の利器どころでない現象を操るのだが、そこはそれである。
魔物達には人間の、こういった合理性を追求する所を知って欲しいとルナルナは考える。
いつまでたっても人間を見下し、同じテーブルに着こうとしないから摩擦が起こるのだ。
それ以前に魔物の根源にある価値観は『力こそ正義』だから、難しいのは当然なのだが…
ルナルナが物思いにふけっていると、いきなり馬車が『ガクン』と大きく揺れた。
「ポール、何があったの?」
一旦馬車を止めたポールが視線をこちらへ向け、そしてすぐさま前方へと戻す。
ルナルナも追従するようにその視線の先に目を向けた。
そこには、半裸の男がうつ伏せで倒れていた。




