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幻想交差  作者: あまちゃ
3/3

第三話「孤独」

第三話「孤独」

 

 二人は眠っただろうか、あれだけのことが起きたのだ、きっと朝まで熟睡することだろう。

 先ほど春樹母と共に食べた夕食を片付けながらこの後の行動に思考を張り巡らせる。

 先ほどあさみと相対し、咄嗟のことで仕方ないとはいえ、陰陽棍で無理やり右手を打ち出したためか、右ひじの曲げ伸ばしに多少違和感がある。

 彼は自分の右腕をかばうかのように左腕でさすった。

 しかし、彼女は強かった、ああでもしなければ殺されていた。

 霊になって一年と言うにはいささか強すぎる。いったいこの一年で何があったのか。

 元々強い霊能の素質を持っていたのだろう。それは分かる。

 そして偶然にも髪を伸ばしていたため、霊力の貯蔵量が多少増えたのだろう。

 ――偶然が重なりあってあそこまで強い霊を生み出したのだろうか。

 六歳の時にかあさんに拾われ、かあさんの後姿を見ながら十年、時には逃げ出しもしたが、陰陽術について学び、霊について学び、妖怪について学んだ。

 そしてその後独り立ちし、二年間実際に依頼を受け、霊を除霊し、妖怪も数少ないが滅ぼしてきた。

 しかしそれでも――絶対的な経験値が少なすぎて『あさみ』については判断がつかなかった。

 右腕はお風呂に入るついでに治癒しておくとするが

 

 「くーすけ、お前はどう思う?」


 誰もいない台所で言い放った言葉だが、彼の言葉にこたえるようにして、全身が黒色の毛で覆われた犬のような生物が姿を現した。

 蛍光灯が頭上から光を照らす中、その犬の周りだけ光を避けるように暗闇が広がっていた。

 全長は五十cmほどで大人の胸にすっぽり収まるような印象を受ける。


 「くぅわん!」


 狐のような、犬のような声で鳴くこの子はくーすけ、二年前に産まれると同時に俺の式になった犬神と呼ばれる妖怪の一種だ。

 『式』というのは西洋で言う使い魔のようなもので、主に主人をいざと言うときに守ることが役目だ。主人とは言っているがそこには上下関係などないため、小間使いや下僕のように接すると一方的に契約を切られてしまい、逃げ出したり、下手すると殺される可能性もある。優れた式になると念話で意思疎通ができたり、人語を自由に操り、人に化けることも可能だ。

 まだ産まれて二年の歳月しか経っていないため、力も弱く、除霊には参加させたことはないが、この愛らしさから俺の心の癒しとなってくれる。大事なパートナーだ。

 非常に残念なことに、俺の式で、俺を好いてくれているはずなのだが抱きしめようとすると逃亡をはかり、ほっておくと近づいてくる、難しいお年頃だ。

 一種のクーデレだと思う。


 「くーーーわん、くんん!」


 そう鳴いてくーすけは食器を洗う際にはずした俺が先ほどまで着けていた符箱を見る。 

 何を言いたいのかなんとなくしか分からないが、目線の先にあるのは符箱、除霊時に持ち歩く符をれて置くための箱だ。

 さっさとあさみの霊力と同調し、思念を読み取ってしまえと言うことだろう。

 まぁ確かにその通りなのだが、簡単にほいほい同調してもよいものではないのだ。

 相手の思念によっては此方が逆に取り込まれてしまう場合がある。

 取り込まれてしまえば最後、植物人間状態となり、誰か他の除霊士が助けてくれない限り死ぬまで植物人間状態だ。

 取り込まれてしまっても他の除霊士に助けてもらえば良いと言う話でもなく、大事な身内でもない限りほとんどの除霊士が拒否を示すのだ。

 ――除霊士を取り込むほどの思念をもつ霊力に同調する。

 ミイラ取りがミイラになる可能性が高いと多くの除霊士が判断するからだ。

 普段ならすぐさま同調するのだが、一年で中~高級霊レベルまで成長したあさみの霊力に同調するには抵抗があった。

 お風呂に入った後、精神統一をし、その後に同調しよう。

 それが彼の決断であった。

 

 「くーすけ、一緒にお風呂に入るか?」

 「くーわん」


 何言ってんのお前とでも言いたげな視線で俺を見て、暗闇の中に尻尾を振りながら消えていった。

 嬉しいのか嬉しくないのかはっきりしてほしかった。

 

 

 「気持ちいいなぁ。」


 自分一人しかおらず、特別髪のことを気にかけている訳でもいないため、男にしては長すぎる髪を降ろしたまま湯船につかった。

 湯船につかると長い後ろ髪がまるで海藻のように広がる。

 やはりお風呂は熱めが一番、体の底から燃え滾るように洗練される気がする。

 彼は大の大人4人は入れそうな、一般家庭にあるには大きすぎる湯船につかり頭を休ませた。

 湯船から出る湯気の量がお湯の熱さを物語っていた。

 俺は体と髪を洗い、今度は髪をお湯につけないように束ね、再度湯船につかった。

 体が温まり次第、静の間で精神統一し、同調に移ろう。

 静の間とはその名前の通り静かな間、周りの音が一切聞こえない部屋で、かあさんが精神統一しやすいようにと業者に頼んで作った部屋だ。

 かあさんがいなくなった後も、俺は母さんの真似をしてそこで精神統一をさせてもらっている。


 俺はゆったりとした動きやすい上下黒の浴衣をまとい静の間に進んだ。

 静の間には何もなく、壁も天井も白一色、床は畳で、唯一光をともす電燈だけが置いてあった。

 そのままちょうど部屋の真ん中で座禅をし、無駄な思考を切り捨て精神を統一させた。

 思うのはあさみの過去のみ、明日何をするか、今日何があったか、昨日何をしたか、次々と浮かんでくる記憶と考えを『あさみの過去を見る』という思考で塗りつぶし、気持ちが落ち着いたところであさみの霊力を閉じ込めた無符を取り出した。

 

 「始めよう。」

 

 言葉はいらない。ただ単純に自分の霊力で無符をやさしく包み、なじませていく。

 相手の霊力を自分の霊力と混じり合わせ、同調する。

 瞬間、視界が闇に落ちた。


 

 成功したか?視線が低い、ここは家の中だろうか。

 同調するということは相手の目線になること、自由自在に周りを見れないところが難点だ。

 まだあさみちゃんは生きている、これからトラックにはねられるということだ。

 考えていても仕方ない、しばし記憶に流れを任せよう。


 ―4月20日―

 明日はお父さんとお母さんの3人で遊園地だ!

 引っ越してきたばかりで友達という友達もできずに落ち込んでいた私にとっては楽しみでたまらない、初めての遊園地、ジェットコォスターに乗って、観覧車に乗って、それから、それから・・・

 

 「ただいま~!」


 お父さんが帰ってきた!

 いっつも仕事が忙しくて遊んでくれないお父さん。

 帰って来るのが遅くて、帰って来る頃には私は布団にもぐって寝ていることが多い。

 でも、お父さんには気づかせてないけど、寝ている私のところに来て、頭を撫でてくれているのを知ってる。

 偶然トイレに行きたくなって、トイレから戻って来て、再び寝る前に、ちょうど夜遅くに帰ってきたお父さんが部屋にやって着たのだ。

 私はびっくりして、寝たふりをして、それで偶然気づいたのだ。

 道路を工事する仕事とかで、お父さんの手はごつごつして、お豆さんだらけだ。

 だけど私の頭を撫でてくれるその手は大好きだった。

 だから私はお父さんが大好きだ。

 

 「お父さんおかえり!」

 「いい子にしてたか~?明日は遊園地だぞ!いっぱいいっぱい遊ぼうな!」

 「うん!」


 私は帰ってきたお父さんに駆け寄り、とびついた。

 お父さんはまたごつごつした手でいい子にしてたか~?と撫でてくれる。

 

 「おかえりなさい、あなた、今日は早かったのね。」

 「明日は遊園地だからな、ちゃんと休まないと楽しめないさ~♪な!あさみ!」

 「楽しめないさぁ~♪」


 後からお母さんが手をタオルで拭きながら出てくる。

 晩御飯を作ってくれていたのだ。後ろから漂ってくるこの臭いは・・・カレーだ!

 お母さんはやわらかいとか言っていつも私を抱きしめようとする人だ。

 もう小学一年生なのだから、あんまり抱き着いていると甘えん坊って思われちゃう!と思いながらもお母さんの胸が柔らかくて、つい胸を触ったり、顔をうずめたりしちゃう私はダメな子だ。

 休みの日にお父さんとお母さんと三人でテレビを見ていて、私がお母さんに甘えて、胸を触っていると

 ――あさみ!そこはお父さんのものだ!

 とお父さんが言い出し、お母さんにパンチされ、ソファーの前に倒れ、お父さんの背中は私とお母さんの足置きになっていた。。

 目覚めてしまう!とかよく意味が分からないことを言いながらもお父さんは泣いていたので、お父さんの前でお母さんの胸は触らないようにしている。

 

 「今日カレーなんだね!」

 「明日遊園地から帰ってきたら、きっと遊び疲れちゃってるからね!」


 作り置きできるものが一番!と言いながらお母さんもお父さんと一緒になって頭を撫でてくる。

 私は気づかないふりをしたが、お父さんとお母さんは私の頭の上でチューをしている。

 気づかれないとでも思ったか!

 でも私はそんなお父さんとお母さんが大好きだ!

 

 「ほら!冷めちゃわないうちにカレー食べるわよ!あなた、帰ってきてすぐ悪いけどお風呂入れてきてもらっていいかしら。」

 「りょ~かい。」

 「あさみはカレーを運ぶの手伝って。」

 「は~い。」


 大好きなカレーだ。たっくさん食べよう。

 

 カレーを食べた後、お母さんと一緒にお風呂に入って、お父さんもお風呂をあがったのを見計らって家族会議をすることになった。

 

 「明日持っていくものは準備・・・できてるかぁあああああ!」

 「おー!」


 まだ遊園地に行っていないのにこの雰囲気が楽しい!

 お父さんもお母さんも笑ってこっちを見ている。 


 「遊園地で何に乗るかはきまってるかぁあああああ!」

 「ジェットコォースターに乗りたい!、それから観覧車に乗って、コーヒーカップと、メリーゴーランド!それからそれから・・・お化け屋敷も行きたい!」

 

 お父さんの問いに私がそう答えると、お父さんはなぜか真剣な表情になった。

 つられて私とお母さんも真剣な顔をし、お父さんの言葉を待った。


 「あさみ・・・・お化け屋敷はやめときなさい。あれは子供が行くようなもんじゃない・・・!お化け屋敷は子供が行くとお化けが喜んで子供を食べちゃうかもしれないんだ!」

 「そ・・・そうなの!?」 

 「何馬鹿なこと言ってるんですか。お化け屋敷は絶対行きましょうね、あなた♪あさみ、何かあってもお父さんが守ってくれるから大丈夫よ。」

 「お父さんかっこいい!」

 「ま・・・まぁお父さんに任せておきなさい!」


 お母さんは半目でお父さんを睨んだ後、お化け屋敷には絶対行くことを告げると、お父さんはなんだと・・・とつぶやき変な顔をしていた。

 お化けが出てもお父さんが倒してくれるんだよね!と喜ぶ私にお父さんはヒーローがするような決めポーズで答えてくれた。

 この後も楽しく話した後、明日は早いということで寝ることになった。

 今日はとっても久しぶりに、お父さんとお母さんの三人で一緒に寝ることになった。

 

 「おやすみ!お父さん、お母さん。」

 「「ああ(ええ)、おやすみ、あさみ。」」


 明日はいっぱい楽しむぞー!


 「あしたが楽しみね、あなた♪」

 「久々に羽目を外すぞ!ついてこられるかな?」

 「何言ってるんですか・・・おやすみなさい、あなた。」

 「おやすみ、佳苗。」 


 ―4月21日―

 鳥の鳴く声がする。

 朝かな・・・・遊園地だ!

 そうだ今日は遊園地!

 私は布団から起き上がるとまだお父さんとお母さんは寝ていた。

 

 「お母さん!、お父さん!朝だよ!遊園地だよ!」

 

 私はそう言って寝ている二人を揺すり、起こした。

 お父さんはすぐ目を覚まして、遊園地来たか!と声を上げた。

 眠そうに起き上がるお母さんは低血圧とかいうもののためかお父さんを殴って沈黙させた。

 なんとか二人は起き上がると、お母さんは朝食の準備をし、お父さんは新聞を取りにいった。

 そして私はテレビをつけて、今日の天気を確認し、その後お母さん作った朝ご飯を食べ、荷物を再確認した。

 

 「それじゃあ行くか!」

 「おー!」


 そうして私たち三人は遊園地目指して家を出てた。

 まずは、バスに乗って電車に乗って、再度バスに乗っていくらしい。

 バスも電車もあんまり乗ったことがないので、それだけでもうわくわくが止まらなかった。


 「バスの時間は何時かな・・・」

 

 家から近くのバス停に着くとお父さんが時間を確認した。

 

 「お!ちょうど後10分くらいでバスが来るな。ラッキーだぞあさみ!」

 「らっきーだ!」


 そう言ってバスが来るまで三人でバスを待つ人用のイスに腰掛けた。


 「うーん、ちょっとのどが渇いたな。」

 「行く前に牛乳飲んでたじゃありませんか・・・・」

 「じゃあ私があそこで買ってきてあげる!」

 

 お母さんは飲み物持ってくれば良かったかしらと言って、お父さんは炭酸をよろしく頼む!と私に頼んだ。

 私は近くの自販機に財布を取り出しながら駆けだした。

 するとバスが来る方向と同じ方向からおっきなトラックが来るのが見えた。

 

 瞬間――すごい音がして、赤いものが視界をよぎり、目線が空に近くなった気がして、目の前が真っ暗になった。



 ―5月1日―

 ・・・・?

 私・・・寝てたの?

 色んな人が出てくる夢を見ていた気がするせいか頭の中に知らない人の思い出がある。

 ここは・・・バス停?

 私が目を開けるとたくさんの花束が置いてあった。

 綺麗だと思いつつ周りを見ると、バス停はあるのにバス停のイスがなくなり、その近くにある壁がへっこんでいた。

 さらに周りを見渡すと、誰もいなかった。

 時間を指し示す太陽は西に沈みかけ、綺麗な夕方を指していた。

 お父さんは・・・?お母さんは・・??どこ行ったの?遊園地行くんじゃなかったの?


 「なんで・・・お父さんもお母さんもいないの!?」


 必死にあたりを見回した。

 何度も・・・何度も何度も何度も!何度も・・・あたりを見回した。

 お父さんとお母さんお姿はそこにはなかった。

 時間は止まらなかった。

 目が覚めたとき夕方だった時間は、着々と日は沈み、あたり一面を闇へと染め、車が光をともし始めた。

 一度出た涙が止まらなかった。

 なんで!なんで!なんで!

 ずっと遊園地楽しみにしてた!

 私だけじゃない、お父さんとお母さんだってあんなに笑って楽しみだって言っていた!

 絶対に遊園地に行くって言った!昨日だってあんなに何に乗るかだって決めた!3人で楽しもうってあんなに言った!!

 

 「お化け屋敷に行って、お化けが出てきても・・・お父さんが守ってくれるって言った・・・言ったもん」


 それなのに、なんでいないの?

 もう夜だよ?・・・私が寝ちゃったから?、私を置いて遊園地に行っちゃったの!?

 本当に・・・私が寝ちゃったからおいて行ったの?

 一度答えを見つけた思考は他の考えをすべて拒否した。

 ――なんでお父さんもお母さんも私をおいて行ったの!?

 私はお父さんとお母さんに苛立ちを込めながら、目の前にある光景を拒否するようにその場にうずくまった。 

 それでも時間は止まらなかった。


 ―5月2日―

 ついには道を行きかう車の数も減り、ゼロになり、光はあたりを照らすだけの数本の電灯のみとなっていた。

 お父さんとお母さん、どうして来てくれないの?

 遊園地に行っていてももう帰ってくるんじゃないの!?

 私はここで待ってるのに、どうして来てくれないの!!

 ここで待っていても・・・お父さんとお母さんは私を迎えに来てくれないの・・・?

 もしかしたら・・・家に帰っているのかもしれない。

 ・・・・この場にずっといてもたぶん意味がない。

 家に帰ろう・・・

 家に帰って、お父さんとお母さんをいっぱい怒ろう。

 そしてもう一度遊園地に行こう。

 今度は絶対に寝ないから。

 今度こそ3人で遊園地に行こう。

 家に帰ることを決めた私は立ち上がった。

 

 あたりは真っ暗で、本当に怖い、お化けが出てくるかもしれない。

 なのに――お化けが出ても守ってくれるはずのお父さんがいない。

 二人に対する怒りより何よりも一人だけという事がただただ怖かった。

 その怖さが私の足を急がせ、周りにびくつきながら歩いていたのが、いつの間にか駆け足になろうとしていた。

 早く帰ろう、早く早く早く―――――――?

 体が急にだるくなり、走るのをやめた。

 息切れしてさえいないのに体がだるくなり、慣性のまま歩を進めるたびに体がだるく重くなっていった。

 ――なに?これ?

 ついには地面にうつぶせに倒れ、気を失った。


 ―5月3日―

 ん・・・・私・・・また寝てた!?

 記憶に残るのは夜、家に帰ろうとして、急に体がだるくなって倒れて・・・・

 後ろを振り返るとまだあのバス停が見える。

 道路には車が行きかい、太陽の位置はお昼頃を示していた。

 おかしい・・・私昨日から何も食べてないのにお腹が減ってない。

 トイレだって全く行きたいと思わない。

 自分が自分じゃなくなるような得体のしれない恐怖が体を駆け巡り、吐き気が込み上げてきて、我慢できずに吐いた。

 え・・・・・・?

 口の中から出てきたのは無色透明の液体だった。

 ただ・・・地面に落ちたそばから消えてなくなっていった。

 なんで・・・・・?

 一つの思考にたどり着く。

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 違う、そうじゃない。

 絶対に違う!

 蘇るのは最初に眠る前の最後の記憶。

 

 「私・・・トラックにはねられて、死んじゃったの・・・?」


 一度言葉にしてからは理解が速かった。

 鮮明に蘇りだす記憶、思い出したくなかった記憶、私は・・・トラックにはねられたのだ。

 尽きたはずの涙があふれ出て、その涙が地面にに落ちるそばから消えていった。

 悲しくて、怖くて、お父さんとお母さんに会いたいと思うそばから、自分が死んでいることを肯定され、頭が痛かった。

 

 私・・・死んじゃったんだ。

 きっとあの花束は私が天国に行けるようにお父さんとお母さんが置いてくれたのだ。

 でも、私はここにいる。

 天国になんて行けていない。

 私が死んでることは分かった。

 でも、お願いだから、お父さんとお母さんに会いたかった。

 私が死んでいてもいいから、お父さんとお母さんにお参りに来てほしかった。

 


 ―5月5日―

 死んでから何日か日が経った。

 お父さんとお母さんはお参りに来てくれない。

 知らない人が私がトラックにはねられた場所に花を置いてお参りして帰っていく。

 夜の暗闇が怖い。


 ―5月10日―

 もう何日もたった気がする。

 お父さんとお母さんはお参りに来てくれない。

 寂しくて、でも何もすることがなくて、何もできなくて、色々と試したことがある。

 私は色んな道から家に帰ろうとしてみた。

 私はトラックにはねられた場所からそんなに遠くに行けないようだ。

 私にお参りに来る人に話しかけてみた。

 誰も返事を返してくれなかった。

 私に参りに来る人に触ろうとした。

 地面は触ることができるのに、体の中を手が透過していった。

 夜の暗闇にも慣れてきた。

 

 -5月22日―

 何日たったか分からない。

 お父さんとお母さんはまだ来てくれない。

 夜の暗闇に何も感じなくなった。

 

 ―6月8日―

 最近私に花束を持ってきてくれる人がいなくなった。

 お父さんとお母さんは――――来ない。

 

 ―7月8日―

 セミが鳴いている。

 夏になったのかな。

 暑さは感じない。

 お父さんとお母さんは私が嫌いになったのかな。

 

 ―8月3日―

 雨と風がひどい、でも体を全部通り過ぎていく。

 お父さんとお母さんはきっと私を嫌いになったのだ。


 ―10月10日―

 最近眠ってる時間が長くなってきた気がする。

 目を開けると私と同じくらいの女の子が二人で遊んでいた。

 友達なのかな、私も友達がほしかった。

 

 ―12月29日―

 雪が降っている。

 最近まで夏だったのに、いつの間にか冬になったようだ。

 一緒にいてくれる人がほしい。

 友達がほしい。


 ―4月1日―

 近くの木に桜が咲いていた。

 私が死んでから1年たってしまったようだ。

 まだ私はここにいる。

 またこの1年を繰り返すのだろうか。

 友達がほしい。

 

 ―4月21日―

 

 「こんなところでねてるとあぶないよ?」


 誰かの声が近くで聞こえて私は目を開けた。

 私と同じくらいの女子が私の目の前にいた。

 誰に話しかけているのだろう。

 

 「もしかして!かぜひいてるの!?」


 そう言ってその女の子は私の額に――――――手をあてた。

 ―ドクン

 世界に色が戻ってくる。

 眠くてたまらかったのに、眠気がすべて吹き飛んで行った。

 ――なんで?

 私は訳が分からなくなって泣き出した。

 地面に落ちて消えるはずの涙は消えなかった。

 私が泣き出したのを見てその女の子は私を抱きしめてくれた。

 ――あったかい・・・・

 どのくらいの時間そうしていたか分からないけど、その女の子は私の頭を撫でてくれていた。

 私は泣けるだけ泣いたおかげで少し落ち着いた。

 聞かずに入れなかった。

 

 「私がみえるの!?私になんでさわれるの!?」

 「う?」

 

 私はその子を揺さぶって同じことを言い続けた。

 その子は頭に?マークを浮かべるだけで何も答えてくれなかった。

 その子は急にあー!と大きな声を出して家に帰らなきゃと慌てだした。

 

 「ごめんね!きょうはおかあさんがかえりをまってるの!」

 「え・・・・・?」

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 せっかく私を見てくれる人が来てくれたのに。

 せっかく私に触れてくれる人が来てくれたのに。

 もう一人は嫌だ!

 私の目にまた涙が集まってくるのが分かる。

 泣きそうな私のぼやけた視界の中で女の子が困ったような顔をしている。

 

 「そうだ!わたしね彩花って言うの!あなたはなんていうの?」

 「私は・・・・あさみ。」

 

 私はかろうじて答えることができた。

 私の名前はそう言えばあさみだった。

 

 「じゃあ私たちはきょうからともだち!」

 「ともだち・・?」

 「うん!」

 

 そう言って彩花ちゃんはあくしゅ!と言って私に手を伸ばしてきた。

 私は嬉しくてたまらなくて両手で握手した。

 握手をすると友達だからまた会えると、今度は遊ぼうね!と言ってその子は急いで行ってしまった。

 彩花ちゃん・・・私の友達。

 ずっとずっとずっと寂しくてたまらなかった。

 私を孤独から救い上げてくれた友達。

 今日は――――1年ぶりに笑えた気がする。 


 私は彩花ちゃんに触ることができた。

 だからもしかしてと思って、近くのバス停を恐る恐る触ろうとして、触ることができた。

 バス停だけじゃない、近くに落ちてる石ころや壁、なんにでも触れることができた。

 だから、だから、だから

 ――ここから離れられるのかな?

 私は駆けだした。

 いつもここから体がだるくなって倒れて、いつのまにか寝ていた。

 だけど今日は―――簡単に走り抜けることができた。

 嬉しくてたまらなかった。

 今日はなんていい日なんだろう!

 一人ぼっちじゃなくなって、友達ができて、体も自由に動くようになった。

 これなら・・・家に帰れる。

 私を嫌いになったかもしれないお父さんとお母さんだけど、どうしても会いたかった。

 お父さんとお母さんは私のお父さんとお母さんで、何で会いたいのかと聞かれると答えられないけど、ただ会いたかった。

 ここから離れられると分かった私は本気で駆けだした。

 不思議なことに全く息が途切れない。

 私はなじみのある道を走ることができてうれしかった。

 そしてそこの私の落書きのあるミラーを曲がれば私の家が見える。


 「ない・・・・?」


 周りの風景は私がずっと住んでいた風景と変わってないのに、そこには何もなかった。

 私の家が、お父さんとお母さんと一緒に住んでいた家が、そこにはなかった。

 ああ・・・・そうか


 「やっぱりお父さんとお母さんは私が嫌いになったんだ。」

 

 -4月22日―

 昨日は家に行った後どうやって戻って来たのかわからないけど、あのバス停にいた。

 私と彩花ちゃんつながりはこのバス停だ。

 私は彩花ちゃんが来るのを待ったが今日は来なかった。

 明日はきっと来てくれると自分に言い聞かせた。

 また夜になって、何もすることがなかったのでバス停近くの公園に行って眠ることにした。

 

 「お嬢ちゃん、こんな時間に何やってるの?」


 私が公園で寝る場所を探してると太った男の人が話しかけてきた。

 私はその人の私を見る目が気持ち悪く感じて、急いで逃げようとした。

 太った男の人は急に私に抱きついてきて、いけない子だねえと言って私の顔をなめてきた。


 「やだ!むこういって!」

 

 私は意外と簡単に男の人を押しのけることができた。

 すると男の人は急に怒って私を殴ろうとした。

 ――いや!

 何かがぶつかる音と男の人の痛そうな低い声が聞こえて目を開けると、男の人が吹っ飛んで木にぶつかっていた。

 男の人がまた立ち上がってこないかびくびくしながら公園から逃げ出した。


 -4月29日―

 あれから私はずっとバス停で彩花ちゃんを待った。

 私に変なことしようとする人は毎日出てきて、そのたびに不思議な力で吹き飛ばしてきた。

 彩花ちゃんはほぼ毎日来てくれて私と遊んでくれた。

 彩花ちゃんだけが私を大事にしてくれて、私の頭を撫でてくれた。

 彩花ちゃんだけが私を見てくれる。

 ずっとずっと一緒にいたい。


 ―4月30日―

 彩花ちゃんが明日家に招待してくれた。

 やっぱり彩花ちゃんは私の友達だ。

 ずっとずっとずっと一緒にいたい。

 そうだ。彩花ちゃんに明日聞いてみよう。ずっと一緒にいてくれるのか。


 

 「もう・・・・いいよね?」

 

 現実的な声がすると、急にあさみの視点から切り離され、俺は暗闇の中に一人いた。

 何もない真っ暗な空間。

 不思議と自分の体は見えるがそれ以外は何も見えない。

 この声はあさみの分霊の声だ。

 暗闇のどこかから聞こえてくるのではなく、俺の頭の中に直接聞こえてくる。  


 「分かってくれた?彩花ちゃんだけが私と一緒にいてくれるの。だからもう邪魔しないで。」

 「悪いけどね、それはできない。依頼は既に受けてあるんだ。」


 俺はつい即座に言い放ってしまった。


 「せっかく見せてあげたのに・・・・なら、ここからずっと出てくるな!」


 あさみの意志が急に感じられなくなるのが分かる。

 自分もろとも消えて、俺をここに閉じ込める気だ。 

 俺は急いで同調をやめるために意識を覚醒させようとした。

 くそ!選ぶ言葉を間違えた!

 これはやばい、意識が覚醒できない。

 このままでは一生植物人間だ。

 依頼がどうこうとかいう話じゃない。

 

 「ぐあああああああ!?」


 俺は左小指に激痛を感じて、飛び起きた。

 すぐに自分の体が、意識が現実にあることを自覚した。

 閉じ込められると思ったが、何とか戻って来れたようだ。

 激痛の先を見ると、小指がなく、畳がに血が垂れていた。

 痛みに慣れてはいるとはいえ痛い。


 「お前が起こしてくれたのか。」


 もうちょっと優しい起こし方をしてほしかったがと思いながら、俺を起こしてくれたくーすけを見る。

 

 「くわんくわん♪」

 

 くーすけは俺のことなど気にしないとばかりに俺の小指をうまそうになめていた。

 なんて式神だ。

 くーすけが俺が閉じ込められる前に起こしてくれたから助かったのは事実なので、お礼を言いながらくーすけを撫でようとするとくーすけは小指を咥えて部屋を出ていってしまった。

 部屋を出ていくくーすけのしっぽは根元からちぎれるくらいあらぶっていた。


 これであさみちゃんが彩花を狙う理由も分かった。生まれて1年とは思えないくらい強い理由も予測はついた。

 生まれて1年とは思えない強さの理由は、あさみちゃんの能力だろう。

 霊の中には普通では吸収できないような微弱な人の霊力を吸収するものがいる。

 あさみちゃんは死んでから自意識を覚醒させるまで10日ほど日が空いた。

 そして意識が時間が経つにつれ長い時間飛んでいた。

 霊力は目を覚ますたびに強くなっていった。

 その間に近くにある微弱な霊力を無意識のうちに食べて、吸収したのだ。

 俺が先ほどあさみちゃんの霊力に同調したように人の過去を見たのだろう。

 それならあの年で小学生とは思えないくらい知識があるのも理解はできる。

 それで知識量と霊力の総量が上がった。

 このまま彩花ちゃんと出会うことがなければ、眠っている間の霊力増加が限界を超えてしまい、霊体が耐えきれず、成仏と言うのは変だが自分で自分を除霊してしまっていただろう。

 こればっかりは今更どうこう言っても仕方ないのだが。

 さらに最悪なことはあさみちゃんが人を傷つけるのに躊躇がないことだ。

 あさみちゃんと彩花ちゃんが出会って、彩花ちゃんに憑りつくことで実体化することができるようになり、そのあさみちゃんにロリコンどもが群がって行った。

 そしてあさみちゃんはそのロリコンどもをぶちのめすことで霊力の扱いを学んだ。

 この世から消えてなくなれよ・・・我慢できないロリコンどもめ。

 とりあえず、小指の治療をするとしよう。

 骨まで見えている。

 俺は今日春樹母のけがを治療したのと同じように、金符を水符に重ね掛けし、治療した。

 完全とは言わないが、見た目だけは小指を再生させた。

 これは霊体と肉体を持っている生きている人間限定の治療法だ。霊体があり、肉体がある。

 肉体が依存している霊体を治療することで、結果として肉体が治療される。

 俺自身理屈は良く分からなく、恐らくこの現象を解明している人もいないと思う。


 しかしどうするか、同調したはいいがあまり解決には近づかなかった。

 とりあえず呪いは・・・今から念のために作っておこう。

 呪いを作るのに術者がすることは大体最初の5分ほどだけだ。

 後はほっておくだけで呪いを形作る。

 5色の符のうち1色の符、今回は火とあさみの霊力を込めた無符を掛け合わせる。

 かけ合わせた後は時間経過でより2つの符がなじみ効果を発揮できる。

 後は俺の霊力をこの火符に流し、あさみの霊力を通して直接火符の効果をあさみ本体に与えるのだ。

 呪いはこれでいいとして、あさみちゃんの家族は何故一度も会いに来なかったんだ・・・?

 1年間誰にも相手にされず、いないものとして扱われる・・・・か。

 俺はそんな目にあっても耐えられるのだろうか。

 まぁ考えても分からない、今日は疲れた。

 家族の連絡先は明日天狗姉妹に頼んでもう寝よう。

 

読んでくださってありがとうございます。

色々書いていて矛盾が出始めましたのでちょくちょく改訂するかもしれません。

1,2話のタイトルを少し変えました。


*風景描写と神の視点の描写を練習してきます。


あさみ生存ルート

あさみ成仏ルート

あさみ除霊ルート

どれにしよう。


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