第二話「逃亡」
第二話「逃亡」
まさか桃香姉さんの友達から仕事の依頼が来るなんて・・・世界は広いようで狭いものだ。
話を聞く次第、道に迷わなければ此方に着くまで約20分といったところか、その間に準備を進めなければ。
まず『あさみ』、この子の名前はどこかで聞いた気がするが、あさみと言う子が原因の霊的被害も記憶にある分はなかったはずだ。
つまり、最近になって霊になったと考えたがいいだろう、ネットで調べて出てこなければ天狗姉妹にお世話になるしかあるまい。
そう思いながらネットで検索をかけることにした。
インターネットとは本当に便利なものだ。
キーワードは『あさみ、死亡、日桜町』といったところか
検索結果 11987件
上の方から数件見ていくことにしよう。
2017年4月10日、○○県○○市日桜町 大型トラックの脇見運転により家族3人がはねられる。奇跡的に夫と妻は生き残るも娘は死亡。
1件目から当たりだろうか・・・・死亡した娘の名前は・・・天道あさみ(6歳)
思い出した。去年巷を騒がせた事故で、ニュースでも大きく取り上げられていた。
春樹さん達を襲った子はこのあさみで間違いないだろう。
――礼儀として人の霊を除霊する場合は、身内の人が生きていれば必ず知らせること。
俺のかあさんからはそう教わった。
この記事を見る限りあさみの両親は生きている。
できれば見つけ出して伝えなければ・・・
あさみの事はある程度めどがついた。
今から彩花ちゃんを追いかけてくるだろうあさみを退ける準備に入ろう。
海水を真似た塩水を持たせてあるとはいえ、あくまでこれは嗅覚を別のにおいで誤魔化すようなもの、大ざっぱな位置は気づかれてしまう。
準備とはいっても特に何かあるわけでもない、いざというときに此方から助けに行く『符』と『陰陽棍』は既に準備してある。
符は木・火・土・金・水の5色があるが俺が同時に使えるのは金と水のみ、1色なら全ての符を扱うことができるが、未だに俺の位では5色を使いこなすことはできない。仮に5色の符全てを持とうものなら全てが相克し、数日かけて作り出す符が灰になってしまう。
今回使うのは2色、金と水にした方がいいだろう。
陰陽棍は宋白木と宋黒木の二つの神木を組み合わせて作ってある。ある意味国宝物と言ってもいいのではないだろうか、陰と陽、求心力と遠心力を霊力である程度操ることができる。ここで言う求心力と遠心力とは引き付ける力と遠ざける力だ。
これがなければ飛ぶこともできず、高く浮遊する霊に対してはなすすべがなくなる可能性がある。
それにこの桜木心霊相談所の一帯には桜木霊山の地脈を利用した逆結界が張り巡らされている。
こう言っては悪いが、霊になって1年程度の子がどう頑張っても突破できるような代物ではない。
準備はできた。後は春樹さん達が来るのを待つだけだが、現在進行形で追いかけられている可能性もある。
少し外に出ておくとしよう。
ライトをつけた一台の白い車が、光と闇の交差する町を抜け、霊山へと続く緩やかな坂道を駆け上がる。
光がほとんどない山の中、葉桜となってしまった桜が車のライトに照らされ、残り少ない桜の花びらを散らせていく。
最後の一瞬まで『桜』であろうとする、一種の幻想的な空間を作り出していた。
「おかーさん、なんかきれいだね!」
「そうだね、まさか葉桜を綺麗だと思うことがあるなんて思わなかったよ。」
「来年は皆でここにお花見に行こう。」
「うん!!」
そう、来年またここに来よう。
今度はこんな訳のわからない状況じゃなく、花見として・・・
この道は曲がり曲がっているが一本道なのだろうか、桃香が家には来たことはあるが、私が一度も桃香の家に行ったことがない事が仇になったな。
この道で合っているのだろうか・・・・いや、桜木霊山の近くだったからこっちの方で間違いないはずだ。
昼と夜で雰囲気が違いすぎていまいち場所がつかめない。
そういえば電話に出てくれた彼、名前を聞いてなかったな、声の感じからするとだいぶ若そうな印象を受けたが・・・
しかしまあ、半信半疑ながら彼の言うとおりに準備したペットボトルだったが、ここまで来ることができたと言うことは多少効果があったのだろうか。
そう考えていたとき、一瞬――バックミラーに白い影が映った。
――あさみか!!
そうだ、彼はこう言った―あさみの探知能力を『多少』狂わせてくれます。
町の中にいる間は、人に溢れ、車に溢れ、光に溢れ、確かにあさみの探知能力を狂わせていてくれていたのだろう。
しかしここは視界がほとんど闇の中、そんな中ライトを照らして走る車があれば、大ざっぱにでもどこにいるのかが分かれば見つけてくれと言っているようなものだ!
「くそっ!」
町の中にいて、彼に来てもらった方が安全だったのではないだろうか!
しかし、携帯電話が普及するにつれ、公衆電話がなくなり・・・・そんな中自分は携帯電話を持っていない。
彼に来てもらうというのもいざというときに連絡の取りようがないか!
焦りといら立ちで考えが堂々巡りになる中、あさみは着実に車に追いついていった。
「彩!ボロボロのお守りだけど、このお守りを強く持ってフードを深く被っておきなさい!」
「おかーさん?」
「彩・・・おねがい!」
苛立ちを込めながら車を走らせる。
もう速度なんて気にしていられる状況じゃなかった。
――暗闇じゃなければもっと強くアクセルを踏めるのに!
夜の闇の中の運転と言うことが足かせとなり満足に速度を出せずにいた。
―ドン!
まさか上に乗られたのか!?
しかし悪いがこの場面で・・・急停車したらどうなるかな!
もはや一刻の猶予もない、彩の返事を聞かずに私は言い放った。
「彩!シートベルトにしっかり掴まっておきなさい!」
ハンドルを真っ直ぐに固定し、ブレーキを強く踏み込んだ。
車はキキキーッ!と音を立てながら急停車し、その後何かが木にぶつかるような鈍い音が響いた。
あさみは吹き飛んだか!?
今のうちに!
「がはっ!」
「おかさーん!?」
気づいた時には吹き飛んだはずのあさみが、正面のフロントガラスを念力でぶち壊し、両手で私の首を絞めていた。
乱れに乱れた髪の中からは、憎悪の思った瞳が覗いていた。
フロントガラスが飛び散り、ガラスの破片で顔を切ったのだろう。上半身が焼けるように痛い。
防犯装置が作動したのだろうか、何やらうるさい音が鳴り響いている。
くそ・・・彩花が何かをしゃべっているが・・・うまく聞こえない・・・
――このままでは彩花が・・・
「あさみちゃんやめて!どうしてこんなことするの!?」
「あやかちゃんだけがわたしとずっとともだちでいてくれるんだ」
「ともだちだけど、なんでおかあさんにこんなひどいことするの!」
あさみちゃんがおかあさんのくびに手をあててわらいながら彩をみてくる。
あさみちゃんがこわい・・・良く分からないけど、いっしょにあそんだあさみちゃんとちがう。
なによりおかあさんからたくさんちが出てる。
なんで?こわいよ・・・おかあさん・・・たすけてよ・・・
―水を以て衝と成す、水衝!―
言霊を用いて符に霊力を付加し現実に具現する。体の前に掲げた符から半透明のような水が湧き出て、器用に車の隙間をかいくぐり、女性の首を絞めていた女の子を巻き込みながら遠くに吹き飛ばした。
ぎりぎり間に合ったようだ。
今吹き飛ばした子がおそらくあさみちゃんだろう。
「大丈夫だったか?」
「おかーさんが、おかーさんが!」
そう言ってもう一人の女の子――此方がおそらく彩花ちゃんだろう――が血濡れの女性の肩を必死に揺すっている。
血は確かに出ているが・・・見た感じガラスは皮膚を浅く切っただけで終わったようだ。
しかし、今は気絶しているから分からないが、最悪目を切っている可能性もある。
そうなれば失明の可能性も出てくる。
動けない女性と結果として動けない女の子を守る状態であさみを退けるには危険の方が高い。
勿体なくはあるがこの場で治癒して動けるようにするしかないようだ。
この程度なら重ましすれば完全に治癒するだろう。
まだあさみちゃんがこの場に戻ってきていない間に・・・
「彩花ちゃん?今からお母さんを治すから、ちょっと離れてくれるかな?」
「おにーちゃん、おかーさんをなおせるの?」
もちろんと自信満々に頷く俺に、彩花ちゃんはゆっくりだが母親から距離をとった。
―金を以て水を生ず―
金符から銀色の光が立ち上り黒い球体のような金属を形作る。
金は水を生じて水の力を高める。
―水符を以て金と成す―
球体のような金属が割れ、そこから溢れ出る無色透明の水がもう一枚の符に吸い込まれるように吸収されていく。
強めた水の力を水符に重ねることにより、水の力を重ましする。
―水を以て治と成す、水治!―
符から溢れ出る水が彩花のお母さんの全身を包み込む。
直後、水は弾け、体の周りを薄らと膜のようなものが包み、逆再生のように傷がふさがっていく。
膜がなくなった後には血が服の所々に染みついてはいるが、傷が完全になくなった女性が気絶していた。
「すごい!おかーさんきれいになった!」
そう言って彩花ちゃんは母親の顔を触りながら母親に強く抱きついた。
お母さん、綺麗になったと喜びながら母親の顔を撫でる彩花ちゃんの姿はまるで、産まれたばかりの赤ん坊が母親の顔に必死に手を伸ばしている様に似ていた。
「おにーちゃんありがとう!」
まだ顔に涙の跡を残しながらも此方を振り返ってお礼を言ってくる。
緊張させてしまったか、いや、状況が状況なので興奮していても仕方はないが、お礼を言ってくる彩花ちゃんの顔はうっすらと赤みがかっていた。
どういたしましてと彩花ちゃんの頭を撫でた後、次の行動に移ることにした。
「すまないが、起きてくれ!」
俺はそう言って彩花ちゃんの母親であり先ほど電話をくれた彼女、春樹立夏の頬を軽くたたき、起きるように何度も呼びかけた。
「ん・・・・だれ?・・あや?あやは!?」
一気に思考が覚醒したのだろう。そう言って俺を押しのけ、慌てて周りを確認し、自分に抱きついて笑っている彩花ちゃんに気付いた。
彩!彩!と言いながら必死に彩花ちゃんを抱きしめる春樹母に、これが本当の母親と言うものなのだろうか。と少しうらやましく感じた。
しかし、感動的な場面で悪いが、このまま見守っている訳にはいかなかった。
「改めて初めまして、此度お電話をいただきました桜木栄華と申します。」
場を仕切りなおすために簡単な自己紹介をし、いつ痺れを切らして戻ってきてもおかしくないあさみちゃんに備えて逆結界の中に急いで行ってもらうことにした。
「あなたが電話の・・・今回は助けてくださってありがとうございます!なんとお礼を言っていいかわかりませんが、彩花を守ってくれてありがとうございました。」
私は怪我をしたはずなのに・・・とつぶやく春樹母に彩花ちゃんがおにーちゃんが綺麗にしてくれたんだよ!と返し、目をぱちくりさせながらさらにお礼を重ねてきた。
どうやら俺が此処にこうしていることでお払いがすんでしまったと思っているようだ。
「まだ終わっていませんのでお礼は後で受け取りましょう。いつあさみちゃんが戻って着てもおかしくない状況です。また手短に言いますのでその通りに行動してください。」
やはりすべて終わっていたと思っていたのだろう。春樹母は一瞬慌てて、すぐに冷静な表情になり彩花ちゃんの頭を撫でるのをやめ、完全に聞く姿勢に入った。
「ここから300mほどまっすぐ行ったところに看板があります。そこを右に曲がり、山伝いを昇って行ってください、大体50mくらい上ったあたりから結界の中に入ります。結界の中に入ればあさみちゃんがどう頑張ろうとも絶対に入って来られません。」
ここからじゃ暗くてみえませんがこっちの方に看板がありますと言って指をさした。
かんばーん!と言って俺が指差した方に目を細めて見る彩花ちゃんが可愛かった。
「え・・・あの・・・あなたはどうするのですか?」
一緒に俺が行ってくれないことに不安になったのだろう。春樹母が表情を暗くしながら聞いてくる。
「私の方はあなた方を追うであろうあさみを後ろから追います。少しやることがありますので。」
「大丈夫です。あなた方には指一本触れさせはしません。」
そう言って俺は安心させるために力強く笑った。
「それでは春樹さんと彩花ちゃん・・・・また後で会おう。大丈夫だね?」
「「はい!(あい!)」」
よく言ったと彩花ちゃんの頭を撫で、二人を送り出した。
これで今俺がいるために姿を隠しているあさみちゃんはおそらくあの二人を追うように出てくるだろう。 彼女たちを囮に使ったようで悪いが、ここで一緒に結界の中まで入ってしまうと次どんな行動を起こしてくるか予想がつきにくくなる。
視力と身体能力を水増しするために体に纏っていた霊力を消し、陰陽棍を構え、空を飛び、いつあさみが出てきてもいいように木々の天辺に身を潜めた。
「彩!行くよ!」
「あい!」
てっきり彼、栄華君が払ってくれたとばかり思っていたが、まだ終わってはいなかったようだ。
しかし、あの怪物を追い払ったり、私のけがを治したり、ちょっと万能すぎるのではないのかオカルト!
考えばかりしていても仕方がない。私は彩の走るペースに合わせて、目標の看板を目指して走り始めた。
彼女たちと別れて1分もしないうちに彼の視界に白い影が映った。
――見つけたよ、あさみちゃん!
俺は陰陽棍に霊力を込め、遠心力を使いあさみちゃん目掛けて空を飛び、求心力を使い、あさみちゃんを此方に引き付けた。
邪魔な男がいなくなり、彩花ちゃんを追おうとしたところ不可思議な力に自分が引き付けられていくのが分かったのだろう。
あさみちゃんは此方を向き、相対することを決めたようだった。
「どうして?じゃまするの?どうしてどうしてどうしてどうして?」
覚えた単語を連ねるだけのようなただの単調な言葉に、強い怒りが込められているのが空気の振動を通して伝わってきた。
「悪いけど、今の君に何を言っても無意味なようなので、体に直接聞かせてもらう。」
俺は懐から無色の符を取出し、同じく相対した。
無色の符を用いて相手の霊力を符に閉じ込めるのを利用し、そこから相手の記憶を覗き見ることにした。 この符はいくら霊力を込めようと何の力も生み出すことができないが、それ故に染まりやく、自分以外の霊力を多少ながらも閉じ込めることができる。
符に霊力を閉じ込めてしまえば、そこから同調し、根底にあるもの、おそらく何があって彩花ちゃんを求めるのかを知ることが可能なはずだ。
「じゃまああああああああああああああああ!」
あさみの目に不意に力が集まるのが分かる。
間違いない、これが春樹母の言っていた念力か。
俺は咄嗟に陰陽棍に霊力を込ることをやめ、落下することで念力をかわした。
空間が歪んだのはあさみから2.5mほど離れたとこからだ。
最短発動距離はこれくらいのものなのだろうか。
音で後ろにあった木々がなぎ倒されていくのが分かる。
――どういうことだ?
明らかに霊になって1年程度の子が使えるレベルの念力じゃない。
これは一撃食らってしまえば、それだけで死亡確定のようなものだ。
結界の中なら大丈夫なんて余裕をこいて言ってしまったが、これは下手すると突破されてしまうのではだろうか。
再び陰陽棍に霊力を込め、あさみの死角にまわるように移動し始めた。
春樹母から聞いた話によるとこの念力に加えて馬鹿力までもっていたはずだ。
掴まれても終わりかもしれない。
死角から隙をついて無符に霊力を閉じ込め、相手の霊力が枯渇するまで逃げ回るがベストだろうか。
「よけるなああ!」
あさみは念力を連発してくる。
明らかに怒り心頭と言った感じだろう。
小さな女の子をいたぶるようで悪いが、わざわざリスクの高い方法を選ぶ必要もない。
このまま念力を連発させ、霊力を枯渇させてもらう!
「どんなに強い念力だろうと、当たらなければ意味はないぞ!」
「くううううぅぅ!」
そう言って俺はあさみを挑発し、一瞬だけあさみの視界に入り、すぐに死角に移動し念力をかわし続けた。
間違いない、念力の発動最短距離は2.5mほど、しかも、おそらく両目で焦点を当てなければ発動できない魔眼型のようだ。
再発動にかかる時間は2秒ほど、これは大きな隙だ。
相手の目線により注意しながら連続で念力を発動させ、それを避ける。
このペースならそろそろだろうか。
相手の霊力が目に見えて減っていくのが分かる。
次念力を発動した後、疲れた隙を突く!
「おまえっオマエッおまええええええええええええええ!」
空が振動した。
思わずは?と恍けてしまったしまった俺は何も悪くないはずだ。
あさみの目が赤くなっている。
今まで念力を飛ばしてきたあさみと纏う霊力の質が違いすぎる。
どうやら中級霊レベルから上級霊レベルにジョブチェンジしてしまったようだ。
「しね」
一瞬で俺の間合いに入り、手を伸ばして俺の首をつかもうとする。
さっきまでと移動スピードが違いすぎる!
陰陽棍の求心力であさみの体と伸ばしてきた手を近づけ、遠心力で俺とあさみの体を引き離すことで何とか回避する。
相手の纏っている霊力が強すぎて求心力の影響があまりない。
離れたかと思うとあさみの目に力がこもるのが分かる。念力だ。
俺はもう一度陰陽棍に送っている霊力を断ち切り、落下することで回避した。
「つかまえたああああああああああああああああああああああ!」
俺が先ほどと同じように落下、つまり下に落ちて避けることを予測したのだろう。
目の前にあさみの手が迫る。
ここであさみの手に掴まっては終わりだ。
俺は咄嗟に霊力を右手と左手に持つ陰陽棍にこめ、遠心力で自分の右手を打ち出すように体から引き離し、霊力を込めた右手であさみの横腹を打ち抜いた。
―無を以て有と成す、吸霊!―
横腹を打ち抜いてすぐ、痛みで体制が不安定になったあさみに懐から取り出した無符を用いて多少ながらも霊力を閉じ込めることに成功した。
――相手が子供でよかった
咄嗟の行動で打ち出した右手があさみの手より早く横腹に届いたのは間違いなくリーチのおかげだろう。
「くふっ・・・・ゆるさないから。」
そう言って横腹を抑えながら俺を見上げてくるあさみの目は、赤から元の白に戻り、先ほどまでの威圧感もなくなっていた。
霊力を込めた右手で横腹を打ち抜いたのと無符に多少ながらも霊力を閉じ込めることができたおかげだった。
しかしまあ、怒りにまかせて急激に強くなるとは、そこが元人間と言ったところか。
怒りにまかせて自分の限界以上の力を、恐らくこのまま行けば遠くない未来に到達するであろう力を無理やり引き出したのだ。
霊体が傷だらけだ。
このまま払うこともできる・・・だが
――礼儀として人の霊を除霊する場合は、身内の人が生きていれば必ず知らせること。
俺にはここであさみを払うつもりはなかった。
それに無理やり除霊するのはあまり好きじゃない。
「あさみちゃん、今回は痛み分けと言うことで互いに引かないかな?また向かってくるのなら相手になってあげよう。君も大分力を使い果たしただろう?」
うーむこう言ってはなんだが言葉分かるだろうか。
相手の思考は小学1年生+幽霊期間1年だ。
「あやかちゃんはわたさないから・・・・」
そう言ってあさみは霊体となり、風に流されるように消えていった。
どうやら言葉は分かってもらえたようだ。
しかしあれだけのポテンシャル、間違いなく結界を突破してくるだろう。
だが、1日あればこの無符に閉じ込めた霊力をもとに呪いを作ることも可能だ。
最悪、成仏ではなく強制的に除霊するしかない。
ひとまず春樹一家と合流し、あさみちゃんの思念を読み取るとしよう。
春樹一家が結界の中に入って行っただろう場所に近づくと、外でも食事できるように作ってある外食用のテーブルとイス、そのイスの一つに春樹母が座り、その上に彩花ちゃんが乗り、春樹母が彩花ちゃんの頭に顔をうずめ、彩花ちゃんを抱きしめていた。
びっくりさせるのも悪いのでワザと音を立てながら近づくと
「!?・・栄華さん!無事だったのですね、良かった・・・時間が経っても戻ってこないものだから。」
びっくりさせないためにワザと音を立てながら近づいたが、どうやらびっくりさせてしまったようだ。声をかけて近づいたが良かっただろうか。
彩花ちゃんは・・・どうやら疲れて眠ってしまっているようだ。
「一応退けることには成功しました。大分霊力は消耗させましたので2,3日は向かってこないと思います。色々と聞きたいことがあるかもしれませんが今日は疲れたでしょう。
今からお風呂を入れますので彩花ちゃんとゆっくりつかって疲れを癒してください。」
「え?いや、しかしですね・・・そこまでしてもらうのも・・・」
「このまま家に帰ると今度こそ守ってあげられませんし、いつまでもそんな血だらけの服のままいるつもりですか?」
「・・・お世話になります。」
そう言って春樹母は申し訳なさそうに頭を下げた。
お風呂は今から入れるとして、春樹母は血を流しているから・・・とりあえずバナナと飲み物を与えておいて、夕食にほうれん草あたりでも使うとしよう。
「それでは此方に着いてきてください。彩花ちゃん?ちょっと起きてくれるかな?」
彩花ちゃんは心ここに非ずと言った状態で春樹母を抱きしめながら立ち上がった。
本当に疲れていたのだろう。これもう彩花ちゃんはそのまま寝せてしまったがいいだろうか。
「春樹さん、もう彩花ちゃんは休ませた方がいいでしょうか?」
「そう・・・ですね、あの子が来た時から顔色もいつの間にか悪くなっていましたし、今はゆっくり寝かせてあげましょう。」
俺は少し待っていてくださいねと、二人の前を後にし、布団を敷くことにした。
布団はどうするか・・・今日くらい布団2つで二人別々に寝るのではなく、大きな布団1つに二人で寝るほうがお互いに安心するだろう。
布団を敷き終わったので戻ることにした。
戻るついでにスポーツドリンクとバナナを持っていくことを忘れない。
「お待たせしました。それじゃ彩花ちゃん、行こうか。」
そう言って俺は彩花ちゃんと春樹さんを連れ客人用の寝室へと案内し、春樹母が彩花ちゃんを布団に寝かせた。
さっきまでかろうじて起きていた彩花ちゃんはあっという間に寝てしまった。
「それではお風呂を入れてきますので、これでも食べて休んでいてください。」
血が足りないかもしれませんのでと言って俺は持ってきていたバナナとスポーツドリンクを春樹母に渡した。
「そんなバナナ。」
「は?」
「ああ、いえ、なんでもないんです。お風呂のほうよろしくお願いします!」
何やら変な言葉が聞こえた気がしたが、俺は春樹母に促されるままお風呂を入れに行った。
「彩・・・守れてよかった・・・!」
本当に彼には感謝しても感謝しきれない。
彼がいなければ成すすべもなく彩花を奪われていた。
何もなかったかのように安らかな顔で寝ている彩花が少し憎たらしい。
この結界の中にいれば大丈夫だと彼は言っていた。
あさみが本性を現したのは4時半くらいだったか、今は何時だろう、今に至るまで心休める時間など皆無だった。
安心してしまったせいか、彩花の安らかな寝顔を見ているせいか、とても眠い。
しかし、桃香め、こんなできた弟がいるなんて聞いていないぞ。
この大きな布団も二人で寝られるように気を使ってくれたのだろうか。
ふーっと息を吐き壁に寄り掛かろうとして手に持っているバナナを思い出した。
――そんなバナナ。――
――は?――
本当に――は?と言いたくなる!
顔が赤くなっていくのが分かる。
なぜ突然ネタに走ってしまったのか。
それほどまでに頭が疲れているというのだろうか。
いやそうでなければ初対面の彼にあんなことを唐突に言うなど考えられない。
服がこれだけ血だらけなのだ。頭に血が足りないのだろう。間違いない。
とりあえず――バナナを食べよう。
「甘い。」
何気ないバナナだが、ものすごく甘く、おいしく感じた。
お湯の温度はこれくらいだろうか。
熱めの風呂が好きな自分としてはなんとなく春樹母も熱めのお風呂を好きになってもらいたいものだがこれはいかに。
この温度で入れて熱ければ水を足してもらうとしよう。
そういえば、春樹母の車・・・ほったらかしだったな。
しかし、俺は車の免許をまだ持っていない。
まだ18歳なのだ。持っていなくてもおかしくなどない。
となると、ぱっと思いつく選択儀が3つ。
1、今から春樹母と一緒に車を取りに行く
2、明日の朝春樹一家と一緒に車を取りに行く
3、業者を呼んで任せる
これは自分の一存では決められないな。ベストは3だが金がかかる。
「春樹さん、お風呂は後10分ほどすれば入れます。着替えは客人用のものがありますのでそちらの方を準備します」
「わざわざありがとうございます。客人用と言うことは結構ここに泊まる人は多いのでしょうか?」
「そうですね、何かと訳ありの方が泊まることがありますね。」
「着替えと言っても浴衣だけでして下着はその・・・なしになりますが。」
下着がないと嫌なら今つけている下着をそのまま使ってもらうしかないですねと顔を引きつりながら言う俺の顔を見る春樹母、顔を赤くして睨みつけてこないでもらいたい。
こればっかりはどうしようもないのです。
「それはそうとして、春樹さん、車はどうするおつもりですか?」
「車・・・?あっ」
車のことをすっかり忘れていたのだろう。
どうしようと目線で訴えてくる春樹母、まるで迷子になった子供のようだ。
防犯装置が作動してうるさい音が鳴り響いていた。
ここは桜木霊山、滅多なことで人が通るわけでもないのでその点はあまり気にしなくていいのだが、ひとまず自分の思いついた考えを伝えてみた。
結果として3番―業者を呼んで任せることになった。
車を運転していて、フロントガラスを壊され、顔を切ったのだ。
今後のあさみちゃんのことを関係なく、車を触るのに少し時間を置きたいということだ。
彼は夕食の準備をすると言って私にお風呂の場所を伝え、出ていってしまった。
車もフロントガラス張り替えなきゃいけないのか・・・
車だけじゃない、家の窓や玄関だってなんとかしなきゃいけない。
すべてを忘れてこのフカフカの布団にダイブしたい。
朝起きればまた彩花が笑っていて、そんな日常に戻りたい。
「お金が湯水のように流れていく・・・」
そして・・・一番の問題は今回の除霊費というやつだ。
自慢じゃないが彩花の育成費のために、やりたいことを我慢してこつこつお金を貯めてきたのだ。そこそこ貯金はある。
といっても貯金できているのは両親と一緒に暮らしており、食費や光熱費などすべて親に頼っているからなのだが。
「いくらになるのだろうか・・・・」
テレビや漫画で見る除霊士は高額な料金を請求してくるものだが、桃香の友達と言うことで割引してくれないだろうか。
今日のところはお風呂でさっぱりして寝よう。考えていても仕方ない。
食事はどうしよう、彼には申し訳ないが食欲がない。
そろそろ10分だ。お風呂に向かうとしよう。
お風呂でか過ぎだろと思いながらお風呂でさっぱりさせてもらい、お風呂を出ると籠が準備されており、籠の中には服が入っていた。
これがジャパニーズYU・KA・TAか。
子供のころ旅館に泊まりに行ったことはあるが、その当時は着替えを準備していって浴衣を着ることなんてなかった。
さわり心地が何とも気持ちいい。
実は陰で旅館を経営していたりするんじゃないだろうなこのブルジョワめ!と思いながら浴衣に手を通した。
浴衣に手を通して気づいてしまった。
――下着はその・・・なしになりますが
下着どうしよう。
浴衣には下着を着けないということを聞いたことがあるような気もするが、私もレディーだ。
乙女心満載で男に夢見る女の子と言うレベルを三段跳びで飛び越してしまってはいるが、恥ずかしい。
――馬鹿な・・・これが狙いだったというのか・・・
気づきたくなかった・・・・しかし私は気づいてしまった。
彼の本当の狙いに
今この家にいるのは私と彩と彼の3人だけ、しかし彩は夢の世界に旅立ってしまった。
もう朝まで目を覚ますことはないだろう。
つまり、実質的に今この家にいるのは私と彼の二人だけ、男と女の二人だ。
そしてその彼は下着を着けずに浴衣を着用することを望んでいる!
さらに言えば自慢じゃないが私は美人だ。中学生のころに関係を持ってしまう彼ができる程度には美人なのだ。
彩花も私に似て将来超絶美人となるだろう。私のようには絶対にさせないが!
先ほど考えていたことが脳裏に裏返る。
――除霊費いくらだ。
そう、彼はおそらくバカ高い除霊費請求し、払えない分は体で払えと言ってくるのだろう。
――君にこのお金が払えるのかな?払えないなら分かるよね?
そう言って彼は私の来ている浴衣をはだけさせ、ゆっくりと私に迫ってくるのだろう。
私が断ればその手は彩花に差し迫るに違いない。
あの可愛さだ。イエスロリータノータッチを守れない下種なロリコンどもは群がってくるだろう。
結果本当にそう求められれば、私は彼の言いなりになるしかないだろう。
今まで両親に迷惑ばかりかけてきて、お金だってたくさんお世話になった。これ以上お金を払わせるわけにはいかない!
何ともいやらしい男だ。桃香の弟とは思えないほどのいやらしさだ。
「春樹さん、湯加減はどうでしたか?」
「程よい熱さで目をはっきり覚まさせてくれました!」
現実に戻ろう。
その後私と彼は、彼の作った夕食を食べた。
彼の料理は男の手料理だとは思えないほどに上手だった。
――馬鹿な!この私と同等だと!
食事の大半を作っているのは私ではなくお母さんなのだ、料理の腕が上達しないのも仕方ない。
詳しい話は明日するということになり、今日のところは寝ることになった。
布団に入って彩花を抱きしめると子供特有の温かさが伝わってきて、私もすぐに夢の中に落ちていった。
「おやすみ、彩」
どうもあまちゃです。
いまいちちゃんと投稿できているのかが分からないダメな人です。
今回の話は1日で書き上げましたがどうでしょうか?
厳しい感想待っています。