第一話「遭遇」
この話には性的に生々しいと感じるかもしれない表現が一部あります。
できるだけオブラートに包んでおりますがご注意ください。
第一話「遭遇」
「おかーさーん!」
そう言って我が子は憎たらしいばかりの笑顔を振りまきながら走ってくる。
背中には赤いピカピカのランドセルを背負い、頭には黄色い帽子、黒と紺の入り混じった可愛げのある制服を着て、左手にリコーダー袋を持って走ってくる。
――ピカピカの新一年生、そんな言葉が似合う6歳の女の子だ。
この笑顔を見ているだけで生きる力湧いてくる、頑張らなきゃいけないと、何に変えても守らなければいけないと思う。
あえて言っておくが決して親ばかというわけじゃない。
我が子が可愛すぎるのがいけないのだ。
「きょうねー、あさみちゃんともだちになったの!」
「あさみちゃんと友達になったんだね。」
「うん!」
良かったねと言いながら頭をごしごし撫でてやる。
えへへと言いながら顔を赤らめて笑うこの子は本当にかわいい。
――決して親ばかというわけじゃない。
大事なことだから二回言ったというわけでもない。
そんな何気ないことを思いながら我が子を出迎えた。
小学1年生になってから1か月経とうかというところ、桜の花びらもほとんど見なくなってもうすぐ5月、ゴールデンウィークに突入だ。
春の陽気にあてられたのか少し眠い。
眠さに負けて少しだけ、仮眠をとることにした。
目を瞑ると考えてしまう。
この1か月、子供が心配でならなかった。
――いじめられてはいないだろうか?
こんなことを思うのにも訳があり、この子は私が15歳という馬鹿げた年齢の時に腹を痛めて産んだ子なのだ。
――そんな若さで妊娠して、子供を産んで何を考えているの?
本当に何を考えていたのだろうか。
自分の気持ちというものは一番近くにありながら一番分かりにくいものだ。
若気の至りというやつなのだろうか、あの頃は本当に相手を好きになって、相手の言うままに関係を結んで、避妊するだけのお金もなく、そしてそのまま―――。
彼が私の眼を見ながらこう問いかけてくる。
「ちょっとお金がないからさ、ゴムなしでしようぜ」
「でも妊娠なんてしたら――――。」
「大丈夫だって、1回くらいで妊娠したりなんかしないよ、ちゃんと洗えばね。」
仮に妊娠したとしてもちゃんと責任とってやるって笑いながら彼はお願いしてきた。
その後の彼のお願いに結局私は折れてしまいそのまましてしまった。
今思えばなんて馬鹿なことをしたのだろうか。
子供がほしくないなら避妊は絶対すべきだ。
避妊できないならどんなことがあってもしてはならない。
そしてその結果――
――そんなつもりはないんだ。
彼は逃げるように去って行った。
何かの聞き間違いじゃないだろうか、メールを送っても返ってこず、電話にも出てくれない。不安が込み上げてきて死にそうだった。
連絡が着かなくなって数日後、焦燥感に押し切られて彼の家に尋ねに行った。
彼はいなかった。
インターホンを押しても何の音もせず、ただ頭の中がぐちゃぐちゃになって呆然と立ちすくむしかなかった。
私が呆然と彼の家の前で馬鹿みたいに何度もインターホンを押していると、ご近所の方だろうか、犬の散歩している噂話が好きそうなおばさんが話しかけてきた。
――そこの家の人たちなら先日引っ越したみたいよ?
目の前が真っ暗になった。
どこか漠然と予想していた通り、彼は逃げだしたのだ。
この男にとって私は体だけが目的の女だったのだろうか。
――愛と憎しみは表裏一体
こんな言葉を耳にしたことがあった。
聞いた当初は、笑って愛しているのに憎しみなんかあり得ないと言ったものだ。
その時私はこの言葉の意味が良く分かった。
この男が憎くて、憎くて、殺してしまいたい と、黒い感情がふつふつと湧きあがってきたのだ。
彼の家の前から立ち去り、おかえりと言ってくれるお母さんを無視し、部屋の中でベッドの布団にくるまった。
私が好きじゃなかったのかと妊娠しても責任とると言っていたではないかと、何度も心の中で叫んで――罵倒した。
本当に、本当に殺してやりたいどす黒い感情に染まっていったが、一色に染まらずにいれたのは、私を見捨てずに抱きしめてくれた両親、そして、当時お腹の中にて、今目の前で笑いかけてくるこの子――彩花のおかげだろう。
そして、この若さでこの子をここまで育てることができたのは、怒りながらも降ろさせることなくこの世に一つの命として生まれることを認めてくれた両親のおかげだろう。
妊娠したと親に告げるときの私の心境は非常に危うかったと思う。
どんな反応をされるだろうか、まだ14という若さで子供を身ごもって、相手は夜逃げのようにいなくなってしまった。
私の性格は明るい方だと思う。
友達だってたくさんいる。
たくさんいるが―――こういったときに相談できるような親友はいなかった。
中学生、それも思春期真っ盛りのお年頃、下手に友達に相談しようものなら一日で学校中に広まるに決まっている。
唯一親友とも言えるような子がいるが、オカルトマニアでこの手の相談など当てにならないだろう。
――どう切り出したらいいのだろうか。
悶々とした日が続き、食欲もなく眼に見えて衰えるのが両親からもわかったのだろう。
体調が悪いと言って学校を休み始めて3日、何も言えずにいた私に、両親から話を切り出してきた。
「何か学校で嫌なことがあったの?」
お母さんがやさしい顔をして問いかけてくる。
お父さんは心配している顔を必死に隠しているような表情でどこかそわそわしながらこちらを見ている。
私は答えられなかった。
妊娠して、その相手は町から出ていきました。
なんて言えなかった。
私が答えられずに下をうつむき両親の顔色を再度探るように見上げると
「お母さんは超能力者でもなんでもないのだから、言葉にしてくれないと分からないことだってあるの。」
「立夏を愛しているのだから相談にでもなんでものってあげる。」
そう言ってテーブル越しに私の頭を撫でてくる。
お父さんはお父さんで手を組んでうんうんとうなずきながらこちらを見ている。
不意に涙が溢れてくるのが止まらなかった。
突然泣き出した私に両親は驚き、お母さんは私のそばに座り、強く抱きしめてくれた。
14歳にもなって、大人になりたいと思うようになり、大人の体験をして、もう大人の一員なのだと心のどこかで思っていた。
子供になりたいと思った。
二人の子供なのは明白なのに、お母さんの、お父さんの子供になりたいとおかしなことを思いながら必死にお母さんを抱きしめた。
お父さんはさらにそわそわしていた。
今思えば挙動不審過ぎた。
私は泣きながら必死に伝え始めた。
嗚咽が混じって声で、非常に聞き取りにくかっただろうに、お母さんは抱きしめて頭を撫でながら聞いてくれた。
断片的な説明しかできず、内容もぶっ飛んでいたためだろう。お母さんがまとめたように聞いてきた。
「もう思い出したくもないかもしれないけど、大事なことだからちゃんと聞くわね。」
「つまり――立夏には付き合っていた彼氏がいて、彼と関係を結んで、押し切られて、避妊なしでしてしまって、その、赤ちゃんが今ここにいるのね?」
私は抱きついたままうなずいた。
気持ちが少し楽になった気がした。
お父さんが立ち上がるのが音で分かった。
お母さんはお父さんが近づいてきたからだろうか、抱きしめるのをやめ少し距離を置いた。
なんて言われるのだろうか、今までそわそわしていてその挙動のおかげでどこか落ち着けていた気がする。
自分より暴走している人を見ると冷静になる。
少し違うが似たような現象だろうか。
そして、ついに目の前にお父さんがやってきた。
今まで泣きじゃくっていたせいで、うまく顔が見えない。
「このバカ娘が!!!」
思いっきり拳骨された。
痛みのせいでどこか目が覚めたような感覚がし、ようやく顔を見ることができた。
いつもぽわぽわして気の緩いお父さん、そんな風に思っていた。
怒ったって怖くなんかないと思っていた。
そのお父さんが顔を真っ赤にしてこちらを見下ろしていた。
――この人は誰だろう?
今までの印象にあるお父さんと違いすぎて、すごく怖かった。
目が明らかに怒っていて、そして今度はビンタをされ畳に倒れるように横になった。
そして私の上に馬乗りに乗り、手を振りかぶって―――。
私は次に来るだろう痛みにおびえて、目をつぶって手で顔を覆っていた。
来ない衝撃とどこか低い声を抑えるような泣く声がして、私はそっと手を緩めお父さんのいる方を覗き込んだ。
お母さんがお父さんを抱きしめていた。
お父さんは歯を食いしばるようにして黙って泣いていた。
そしてお父さんが落ち着いたのを見はかると
「理由はどうあれ立夏はどうしたいの?」
「赤ちゃんがいるということは産むか産まないか選ばなきゃならない。」
そう言ってお父さんを離し、互いに座りなおして聞いてきた。
「お母さんは怒ってないの?」
そういった私にお母さんは笑ってこう言った。
「怒ってないわけじゃないけど、普段はのんびり屋でもやしのようなお父さんがここまで怒って、きつい一発をかましたのだもの。」
怖かったでしょ?なんてお父さんの方を見てからかってくるお母さんを見て私も少し笑った。
お父さんはうむうとかなんとか言いながらほとんど生えてえてこない顎鬚をさすっていた。
話を戻すように再度お母さんが問いかけてきた。
私は――すぐに答えられなかった。
「お母さんはね、どちらかというと反対よ。子供を育てるっておままごとじゃないの。」
「お金だってたくさんいるし、彼がいないのならあなたが父親の代わりまでしなきゃならない。ご近所や学校でもものすごく騒がれる。仮に子供が生まれたとしてもその子が幸せになれる可能性は低いと思う。」
そう言って私の眼をじっと見てくる。
さっきまでのやさしいお母さんじゃなく、真剣な表情をしている。
お父さんはまたそわそわしだした。
「今ならまだ色んな人に知られることなく、『なかったこと』にだってできるわ。」
まだ2か月くらいなのでしょう?と問いかけてくるお母さん。
―なかったことって――――赤ちゃんを殺しちゃうって事――――
ものすごく嫌な気持ちになった。
理由は良く分からなかった。
お母さんが言っていることはきっと正論なのだろう。
それに反発したのは私がまだ子供で世間の目というものを何一つわかっていなかったからだろうか。
例え色んな人に奇異な目で見られたとしても、産んであげたい。
お金だって頑張って稼ぐから、絶対に産みたい。
何か足りないことがあれば頑張ってするから、だから――
―産んで―――産んであげたい。
心の底から今までより最も強くそう思った。
「産みたい!!」
気づいたら声に出していた。
今まで生きていた中でこんなことは始めてだ。
「遊びじゃないのよ?赤ちゃんを産むことにだってお金がいるの。立夏はそれだけのお金を持っているの?持っていないでしょ?」
お母さんは咎めるように私を見る。
お父さんはそわそわするのをやめ、沈黙していた。
「だけど産みたいの!私の赤ちゃんだもの・・・・・」
「彼はいなくなったのに?父親のいない子供になるのよ?」
「だけど産みたい・・・・絶対幸せにして見せるから!」
「産むとなったらあなただけじゃない、私達も周りからどんな目で見られるか分からないわ。」
――それは――
私は言葉に詰まった。確かにそうだろう。
どういっていいかもわからず、赤ちゃんがいるお腹を撫でる。
その時――
錯覚だろうか、赤ちゃんが動いたような気がした。
――絶対に産む
心の底からそう思わせるのに時間はかからなかった。
迷惑だってたくさんかけることになるだろう。
だけど、だけど――
「それでも産んであげたい。」
「後悔するわよ?」
「絶対にしないし、絶対に後悔なんてさせない!迷惑だってたくさんかけるけど、けど!・・・それでも産んであげたいの!」
泣いて謝って、降ろしたくないと、自分の子なのだと、産みたいと必死に泣きついた。
我ながら一途だったのだ。
そして――
私の必死の訴えの結果、両親は産むことを許してくれた。
――この親不孝者め~
そんな風に言いながら頭を撫でてくる。
今なら分かる。
両親にとって愛すべき存在はまだ生まれてもいない赤ちゃんではなく、私だったのだろう。
後から聞いた話だが、お母さんは最初から産むことには賛成だった。私に覚悟をさせるために現実的な質問を繰り返したとのことだ。
――本当にお母さんにはかなわない。
産むと決まってからは色々忙しかった。
色んなところに電話してくれて、生活も大きく変わった。
赤ちゃんを育てるにあたって本を買って勉強し、お母さんにマンツーマンで教えてもらった。
もちろん、産む以上学校には隠せなかった。
お母さんが一人学校に乗り込んだ。
私も行かなきゃいけないと言ったが、
――母体に負担かけるようなことやめときなさい。
とデコピンされ、あえなく撃墜した。
一人ででも産んでやるなんて考え、本当に馬鹿な考えだった。
学校は義務教育だったからだろうか、なんだか良く分からないが通信教育にすんなり切り替えることができた。
なんだか私のお母さんはなんだかすごかった。
お父さんは―
仕事から帰ってきたお父さんは、買ってきたのだろうか?手首を左右にうねることでガラガラと音のなる赤ちゃん用のおもちゃを一人でガラガラしていた。
想像できるだろうか?
暗闇の中で男が一人ガラガラしているのである。
ホラーだ。
お父さん曰く、――不測の事態には備えておくものだ。と言って、ニヤリともとれる効果音を携え、ガラガラしていた。
あの時私を怒ったお父さんはどこに行ってしまったのだろう。
学校には私を含め、彼の、元彼の方も話は広まってしまっただろう。
もちろん友達だと思っていた人からは特に連絡なんて来なかった。
学校でそう言われたのだろうか、それとも上辺だけの付き合いというやつだったのだろうか。
なんて考えていると電話が鳴った。
私の携帯である。
もうあの男の連絡先は消してある。
もちろん着信拒否だ。
お母さんかなと思いながら画面を覗くと、オカルトマニアからだった。
『もしもーし?私だよー!生きてるー?私は生きている!』
などと意味不明なことを言っており
『どうして電話してきたの?学校で色々噂されているんじゃないの?』
『あー、なんか妊娠がどうとか言われているね~』
『じゃあどうして電話なんてしてきたの?』
『いやー、友達に赤ちゃんができたのだからお祝いの電話位せねばなーと。』
なんとも能天気な子であり、唯一私が親友なんじゃないかと思える子だ。
面と向かっては言えないが、やっぱり私たちは親友なんじゃないかと、オカルトマニアだなんて思ってごめんと思いながら感謝した。
『というわけで!コングラッチュレーション!だよね?あれ?意味違う?・・・・まぁいいや、とにかくおめでとさんということで』
『英語なんて理解不能だから知らないけれど、気持ちは受け取っておくよ。』
ニヤニヤが止まらない私。
これは仕方ないだろう。
『今度うちの神社?っぽいところのお守り?持っていくからなー。間違いなく安産であるっ!』
『・・・・・なんで疑問形・・・えーと、その、・・ありがとう』
『おうよー、じゃあそういうことで!また今度な~』
悪魔だって退けちゃうかもなんだぜと言いながら電話を切っていった。
本当、荒らしのような人物だった。
だけど、ものすごく暖かな気持ちになった。
そして次の日、オカルトマニア―桜木桃香―はお守りを私にくれた。
今はどこにしまっただろうか――タンスの中だったかな?
「きろー!」
「おかーさん、おっきろー!」
いつの間にか考え事をしながら寝ていたのだろう。
何とも昔の夢を見てしまった気がする。
彩花がにーと笑顔で私の顔を見ている。
「おかーさん、きょうのごはんなにー?」
お腹がすいていたのだろう。時計を見るともう6時だ。
結構長い間寝ていたような。お父さんもお母さんも起こしてくれればいいものを――
――と両親はゴールデンウィークの大型連休を利用してどこかに旅だったのだった。
冷蔵庫の残りに何があったかななどと考えながら冷蔵庫を見る。
うん、この具材なら
「今日は彩の大好きなハンバーグだよ。ハンバーグー!」
「ぐー!」
可愛すぎた。
数日後、バイト先から帰ってくると彩花が嬉しそうに話しかけてきた。
もじもじしている。
「あしたね、あさみちゃんをね、おうちにごしょーたいしちゃったの!」
ダメだった?と首をかしげて聞いてくる彩花、しかも!!明日から私はゴールデンウィーク。
断る理由など皆無だった。
彩花に友達ができたことを喜ばずにはいられなかった。
彩花を抱きしめてうりゃうりゃと両手で撫でてやる。
くるしーようと笑いながら言ってくる彩花もかわいかった。
私は明日どのようにあさみちゃんを持成そうか計画を練り始めた。
両親がいないのが残念である。
そして次の日、あさみちゃんがやって着た。黒髪で長髪のお姫様のような女の子だ。
彩花と二人でいらっしゃいと出迎えし、彩花の部屋に連れて行った。
二人は人形遊びをするようだった。
私はそそくさと退散した。
せっかく友達が来てくれたのだ。邪魔してはならないと思いながらも、彩花が初めて家につれてきた友達。
気になって仕方がなかった。
異変に気付いたのはいつからだっただろうか。
偵察がてらお菓子とジュースを差し入れに行ったとき、彩花は楽しそうに笑いながらもどことなく苦しそうな顔をしていた。
あさみちゃんは笑っていた。
初めて友達を連れてきたことで緊張しているのだろうかと思いながら軽く流して夕飯の仕込みをすることにした。
どうせだからあさみちゃんも夕飯を一緒にどうなのだろうかとふと思い立った。
ノックをして問いかけてみる。
ノックをして返事を聞かずに部屋に入るのはノーマナーだ。
しかし、反応がなかった。
どうしたのだろうと思いながら部屋に入ると―――彩花を膝枕しながら彩花の頭を撫でるあさみちゃんの姿があった。
彩花が寝てしまったので起こさないようにしていたのか。できた子である。
しかし、時間も時間なので彩花を起こそうとすると、あさみちゃんに手を止められた。
「あさみちゃん?もう4時半だからそろそろ彩花を起こしてあげないといけないの。」
と再度彩花を起こそうと手を伸ばそうとして―――手が動かなかった。
あさみちゃんの手に掴まれているからだ。
未知の感覚に恐怖し、掴まれている手を振りほどこうとして、振りほどけなかった。
なんという力だろうか、小学1年生の女の子がこんな力があるわけない。
あさみちゃんは無表情で私を見ていた。
怖くなった。彩花を何とか助けねばならない
しかし、手が振りほどけないので再度問いかけた。
「あさみちゃん・・・?彩花を起こさなきゃいけないから手を放してくれないかな。」
「あやかちゃんはわたしのともだちなの。」
「ずっとずっとともだちでいてくれるってさっきやくそくしてくれたの。」
あやかちゃんは嬉しげな表情で彩花の頭を撫でながら言い返してくる。
――やはりどこかおかしい
私は何とか彩花をあさみちゃんから引き離そうとし――
吹き飛ばされた。
彩花のおもちゃ箱に背中からぶつかり、強烈な痛みが私を襲った。
――一体なにがー?
次の瞬間自分の目が信じられなかった。
あさみちゃんが浮いていたのだ。
それも―――彩花を両手に抱えて
完全にあさみを何か得体のしれない怪物だと思考を切り替えた私は、近くに落ちていたおもちゃをあさみに投げ、その隙に力づくで彩花を取り戻そうとし―――再度吹き飛ばされた。
「彩花は私の娘だ!!彩花に何するつもりだ!彩花を返せ!!!!!!」
痛みに上手く動かない体を何とか動かし、ぶつかったショックだろうか鼻血が出てひどい顔をしながらも、持てる力を振り絞って張り裂けんばかりの声で叫んだ。
しかしあさみはそんなこと気にしないとばかりに
「あやかちゃんはずっといっしょにいてくれるっていったの。」
「だからずっといっしょにいるの。」
といって彩花を腕に抱いて浮遊したまま部屋を出て行った。
一体なんだというのかあのあさみという子は、お姫様なんて目じゃない。
怪物だ。
――これはやばい。
どうしたらいいのだろう。あさみから彩花を取り戻さなくてはならない。
――なんとしてでも!!
しかし手がない、仮にもう一度力づくで彩花を取り返そうとしても吹き飛ばされて終わりだろう。
こうして考えている間にもあの怪物が彩花をどこかに連れて行ってしまう。
どうにかしなければ、どうにか、どうにか―――
――悪魔だって退けちゃうかもなんだぜ!
先日見た夢を思い出した。
本当にどうかしている。
今は何をしているのかも知らない、あのオカルトマニアの言葉が頭に浮かんでくるなんて――
しかしそれ以外に方法が思いつかない。
あの得体のしれない怪物から彩花を取り戻すにはきっと正攻法じゃだめだ。
確か私の部屋のタンスの中に――――――
吹き飛ばされて痛む体を何とか起こし、這いずるように自分の部屋に急いだ。
タンスの2段目―――あった!!
もう6年の月日は経っているのに、未だに新品のように真新しいお守りがそこにあった。
赤で縁取られ、何か良く分からない言葉が書いてある変なお守り、安産祈願とか、御守とかありきたりなお守りとは全く違った。
変わったお守りだった。
だけど私にはその変わったお守りが彩花を取り戻すことのできるものだと直感した。
ただのお守りが非常に頼もしく思えた。
お守りを持って部屋を出た。
今の今まで信じてなどいなかったが、お守りのおかげだろうか、さっきまでより体が軽い気がする。
急いであさみを追った。
あさみの浮遊速度は思いのほか遅かったためか、玄関を出る前にあさみに追いついた。
「彩花は返してもらう!」
そう言ってお守りを前に掲げて彩花をおり戻そうと駆けだした。
「じゃましないでよ」
そう言ってあさみは私を再度吹き飛ばそうとしたのだろう。
だが――
今度は吹き飛ばなかった。
薄らと、本当に薄らとだが、お守りから私を守るように何か膜のようなものが包み込んでいるのが見えた。
ここに来て初めてあさみがびっくりしたような表情を浮かべた。
私はその隙をチャンスだと思い、またお守りを前に掲げてあさみの前に踏み込んだ。
このまま力づくで彩花を引き離すことはおそらくできないだろう。
だから私は、その私はお守りを―――――彩花に持たせた。
そしてそれと同時に私はまた吹き飛ばされた。
また痛みに呻きながらもあさみの方を見ると、効果は劇的だった。
お守りから湯気のようなものがでて、違う、お守りを持っている彩花、彩花の体に触れているあさみから湯気に様なものが出ているのだ。
あさみはまるで高熱の物体を触っているように苦しみ、彩花をついに離した。
――彩花!
私は痛む体を押してなんとか彩花を抱きとめた。
むーんと唸りながら眠る我が子を見てすこし安堵した。
あさみのほうはどうなったのだろうかと、すぐさま視線を少し横にむけると、食い殺すように私を睨んでいた。
まだ体からは湯気のようなものが出ている。
「それはなに?なに?なに?なんなの!わたしのあやかをとらないでよ!!」
体がいたいのだろうか、苦痛に少し顔をゆがめながらも必死の形相で手を上下に振り叫んでくる。
「親友がこの子を妊娠した時にお祝いにくれた、最高のお守りだよ。」
こんな事態だというのに何故か真正面から答えてしまった。
親友など堂々と言い放った自分が恥ずかしい。
もう何年も連絡取ってないのに。
幽霊とかオカルト的なものは今日の今日まで信じちゃいなかったが、本当に・・・こんなすごいお守りをくれるなんて、オカルトマニアはマニアなんかじゃなく本当にそっち関係のやつだったんだな。
――今度会ったら、謝らなきゃな
その時―あさみの様子が唐突に変わった。
「しん・・ゆう?」
「私にはもったいないくらい、いい友達だったようだ。」
私は彩花を強く抱きしめ、警戒を怠らないようにしてあさみに言い返した。
あさみは、ここからじゃ聞こえないが、何かをぶつぶつと言い始めた。
――何をー?
恐らくこのお守りを彩花が持っている限り手は出せないだろう。
一体どう出る?
あさみの挙動にびくびくしながらあさみの動きに身構えた。
「わたしはあやかのしんゆうなの!だから・・・ぜったいにあやかはかえしてもらう」
そう言い放ったあさみは、玄関のドアを吹き飛ばして消えるようにいなくなってしまった。
――誰がドアの修理すると思ってんだよ。
彩花をこの手に取り戻せたことに安堵したからか、この場に似合わない悪態をつきながら彩花を再度強く抱きしめた。
しかし
――ぜったいにあやかはかえしてもらう
間違いなくあさみはもう一度彩花を連れて行こうとするだろう。
そんなことは絶対にさせない。
このお守りがあれば連れて行かれはしないだろうが・・・・
お守り?
「な!ちょ!!」
彩花に持たせていたお守りはぼろぼろになっていた。
さっきまで新品のように新しかったのに、今では見る影もない。
――これはまずいな。
今度会ったら謝らなきゃなんて悠長なこと思っていたが、明日にでも会いに行かなければならないようだ。
今夜のうちになんとか連絡を取って、明日朝一で会いに行こう。
結果として――
桃香の連絡先が見つからなかった。
携帯は金がかかるから節約としてこの子を産んだ時にやめてしまった。
連絡先メモっておけばよかった!!
携帯がないことに後悔したのは生まれて初めてだった。
学校から配布される緊急時の連絡簿があったはずだと思いだし――見つけた。
『この電話番号は現在使われておりません。』
いったいどういうことなんだ。
インターネットで検索すればどうだろうか、あのお守りは本物のオカルトだったのだ。見つかるかもしれない。
お父さんの部屋に侵入し、ネットで検索をかけそれっぽいのにヒットした。
そこに書かれている電話番号にすぐさま電話することにした。
最悪、家の場所はわかるのだ。押しかけるしかない。
『もしもし、こちら桜木心霊相談所です。』
『あー、えっと、こんばんは、私は春樹立夏と言うものなのですが、そちらに桜木桃香さんと言う方はいらっしゃらないでしょうか?』
『桃香姉さんの友人か何かでしょうか?・・・・桃香姉さんは...すみません、ちょっと今旅行のようなものに行ってまして、いつ帰ってくるか分からないのです。』
旅行だと――あのオカルトマニア、この非常時にどこほっつき歩いてんだ!!
しかし、あのお守りをくれたのは桃香なのだから、きっとこの人だって本物のオカルトのはずだ...たぶん。
『もしもし?』
『あああ、すみません。聞いています。』
心霊相談所という名前なのだきっと相談に乗ってくれるのだろう。
仮に変な人だと思われても、恥をかくのは私だけなのだ。背に腹は代えられない。
私が彩花を守らねばならないのだ。
素直に全部話してみるしかない。
『今から大変おかしな話をすることになります。変人と思われるかもしれませんが・・・すべて事実で、もし・・この件に対応できるような人を知っていれば教えてください。』
『おかしな話・・・・分かりました。どうぞ続けてください。』
私は今日あったことをすべて話した。
何と言われるだろうか、不安が込み上げてくる。
『そのお守りは桃香姉さんからもらったのですね?』
『はい、私がこの子を妊娠した時のお祝いにと。』
『分かりました・・・時間がありません。手短に言いますのですぐにうちに来てください。場所はわかりますね?』
そう言って彼は真剣な声で話し始めた。
どうやら当たりだったようだ。これで彩花を守ることができそうだ。
しかし――今すぐ?
『時間がないとは?』
『あなたが今日出くわしたあさみという子は、おそらく幽霊です。あなたも実際に体験したのなら信じられるはずです。そして話を聞く限り、この世に実体化し、念力まで使うだけの能力を秘めている。これはきわめて強い霊です。』
お守りもボロボロにされてしまったのでしょう?と問いかけてくる彼の言葉に、吹き飛ばされ、私を睨みつけるあさみの姿を思い出し、体が震えた。
『桃香姉さんがあなたに渡したお守りはおそらく非常に強力な守護の力を持っています。そのお守りがボロボロになった以上、今あなた方を守ってくれるものは何もありません。ですから今から言うものを準備してすぐこちらに向かってください。あさみは傷が癒え次第すぐに彩花ちゃんを奪いに来るでしょう。』
『そんな・・・・何を準備すれば!!』
『ペットボトルに、1.5リットルのペットボトル3本に塩水を入れ、彩花ちゃんを囲むようにしてこちらに来てください。あさみの探知能力を多少狂わせてくれます。』
彼の言葉を信じるしかなかった私はすぐに彩花を起こし、ペットボトルを準備し、車で家を出た。
「おかーさんどうしたの?あさみちゃんは?このぺっとぼとるなーに?」
そう聞いてくる彩花に私はぼかして答えることにした。
「あさみちゃんはね、彩が寝ている間に帰っちゃったんだ。」
「ペットボトルはね、今から会いに行く人がすっごく飲みたいらしいんだ。」
えー!と顔を膨らませて、なんで起こしてくれなかったの!と聞いてくる彩花。
ごめんごめんと言いながら彩花の頭を撫でた。私は切り替えるように
「彩君、そのペットボトルは大事に抱きかかえておいてね。これは彩君にしかできない大事な任務だ!できるかな?」
「りょーかいです!たいちょー!」
さっきまでのふくれ面はどうしたのか、見事に敬礼までしてくる彩花に苦笑しつつ、アクセルを強く踏み込んだ。
家の近くの交差点を曲がるとき、バックミラーに映る家を見た。
2階の窓が割れ、カーテンが夜風になびいていた。
――ほんとギリギリだったんだな。
あさみが襲来するより早く家を出ることができて本当に良かった。もし少しでも遅かったら――彩花は連れ去られ、私は殺されていたかもしれない。
明日朝一でいかねばならないなど悠長なことを言っている場合ではなかった。
彼が電話に出てくれたことに感謝しつつ、私は桃香の家の場所を思い出し、颯爽と夜の街に車を走らせた。
どうも初めましてあまちゃです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は小説のスキルアップのためこの場を借りて練習させていただくことにしました。
よけしれば小説の内容だけでなく文章として問題がある点をご教授してくださると助かります。
初めての投稿で変なミスを犯しているかもしれませんが今後ともよろしくお願いします。