いつつめのはじまり (合コンのはじまり)
次の日、大学で正志と昼食をとりながら、マリアと過ごした夜のことを話した。
「よかったじゃん。キャバクラの同伴じゃなくて。昨日ベルサイユって店、ネットで調べてみたんだけど、歌舞伎町の超高級店でさ。1セット2万近くすんの。こりゃ雄介終わったなと思ってたよ」
「1セット2万円!? そういえば、外車もお客さんからのプレゼントって言ってた」
「外車をプレゼント? すげぇ客もいるもんだね。俺たちには一生縁がなさそうな女じゃん。良かったな知り合いになれて」
「結局、本名は教えてもらえなかったけどね」
そう、マリアって源氏名で呼ぶのもおかしいので、何度も本名を尋ねたのだが、うまくはがらかされ教えてもらえなかったのだ。
「私、マリアってあだ名気に入ってるの」
そう言ってマリアと呼ぶことを強制された。
「そういえば、美和ちゃんから昨日メールあったぜ」
正志の何気ない一言で、元・彼女である美和の顔がフラッシュバックした。
「な、なんて? 僕には一切メールの返信がないのに」
「雄介の様子はどうだって。俺たちは学校が一緒で、一番顔を会わせるからな。ちょっと気にしたんじゃない」
「それで、何て返したの?」
正志はにやりと口元を歪ませながら、
「超落ちてる。落ち込んでるせいで俺も酷く迷惑してる、って返したよ」
そう言った。
「マリアちゃんのことも書けば良かったな。そんな楽しいデートしてるんだったら」
「あー。なんかそれはやめて欲しいかも」
「なんで? 美人なんでしょ? こちとら新しい美人捕まえてウハウハしてるって教えてやればいいのさ」
「マリアさんとは何もないって。僕なんか相手にするようなタイプじゃないよ」
「そうかな。プレゼントまでもらったくせに。このヒモ野郎」
「もらったんじゃない。預かってるだけだよ」
「中味は? 開けてないの?」
「開けてない」
結局、昨晩悩みに悩んだが、箱はそのままダイニングに鎮座してもらうことにした。中味は不明のままだ。
「義理堅いねぇ。俺だったら即効開けるな」
「不義理なやつめ。マリアさんにばれて怒られるぞ。そんなだから彼女が出来てもすぐフラれるんだよ」
「あ、そんなこと言っちゃっていいの? 失恋したての雄介くんに良い話を持ってきたのに」
正志は子供のようにはしゃぎながら言った。
「今度の日曜の夜、俺のバイト先の子たちと、合コンって話があるんだけど?」
「えっ、なに、なにそれ」
「失恋したばかりの雄介くんを慰める会を開かないかって、誘ってみたんだけど。こんなにマリアさんと仲良しになってるんだったら余計なお世話だったかなー」
僕は正志の手をぎゅっと掴んだ。
「やはり、持つべきものは親友だよね」
合コン! なんて甘美な響きだろう。好きな言葉は何かって聞かれたら合コンて答えちゃう。これまでいくつも誘いはあったが、美和という彼女がいた手前、一度も参加したことがない。しかし、合コンに興味のない10代男子がいないはずない!
正志は乗り気になった僕の様子に満足し、
「そう、持つべきものは俺みたいな親友よ」
親指で自分自身をぐっと指さした。
「日曜、22時。アルタ前。お前のバイトの時間もしっかり考慮した。次の日は月曜。女子たちはシフト休みで俺たちの授業も午後からだ。朝まではしゃげるぜ」
僕は土日はいつも家電量販店のバイトで一日中埋まってしまう。それを考慮してくれたのだ。しかも正志のバイト先はイタリアンで有名なレストランチェーン店だ。女子高生や若い女の子も多い。
「あれ、僕さっきまで正志と話していたと思ったけど、もしかして、あなたは神様!?」
「うん。これから俺のことは合コンの神様、と呼んでくれ」
「神様! ありがとうございます」
「うむ!」
神様は満足気にうなずいた。
日曜の夜、僕は気分の高揚を抑えつつ、つつがなくバイトを終了させた。
とはいえ、元・彼女である美和のことが何度も頭によぎる。どうせ合コンして女の子と出会っても、美和と過ごした何年もの日々にはそうかなわないだろう。
僕は待ち合わせ場所に到着して、アルタ前の交差点に立ってみる。今夜はミニクーパーに乗ったマリアは現れない。
美和との思い出にかなわないこと、それはわかっている。わかっているけど、何かはじまりのきっかけを探したっていいはずだ。
「よー。雄介。お待たせ」
正志が3人の女の子を連れてアルタ前に現れた。正志のバイト先には一度行ったことがあるが、全員初めて見る顔ぶれだ。
「もう一人バイト先の男がいるんだけど、遅れそうだから先に店に行こうぜ」
「うん。今日はよろしく。三谷雄介です」
僕は正志の後ろにいる女の子たちに軽く頭を下げた。品定めするようにじろじろ見られる。相手は黒髪メガネの同い年くらいの女の子、ちょっと派手な化粧の幼い小さな女の子、ポニーテールの年上らしき勝気そうな女の子と、みな可愛い子ばかりだ。
「三谷くん。はじめまして。正志から噂はいろいろ聞いてるよ-。あたしは千秋、この子は彩夏で、メガネの子が涼子。今日は楽しもうね」
ポニーテールの千秋と名乗った女の子がみなを代表して紹介した。年上のせいか性格のせいかリーダー格といった様子だ。
「噂ですか? 正志のやつ変なこと言ってないでしょうか」
「なんか自分と違って真面目で一途なくせに、あっさり彼女に振られちゃったとか」
「あはは…。フラれっぷりは色々お話しできると思いますよ」
「うん。楽しみ」
千秋はにやにや不適な笑顔を浮かべなから言った。所謂、人の不幸という蜜ほど甘いものはないってか。
「おい。雄介」
正志がこっそり耳打ちしてきた。
「初めに言っておくが俺はメガネの涼子ちゃん狙いだ。援護、頼むぜ」
「任せとけ相棒」
なるほど、正志がたまにバイト先の狙ってる子、と話していたのはこの涼子ちゃんか。清楚なお嬢様といった様子で、とても正志と釣り合いそうにない。まぁ、やれるだけやりますか。
僕たちは歌舞伎町のありふれた居酒屋チェーン店に入り、向かい合わせに並んで座った。
合コンといっても正志のバイト先の同僚であるわけで、話自体はバイト関連で盛り上がり場が冷めてしまうことはなさそうだ。気分は正志のバイト仲間の飲み会に混じりました、といったところだ。
「いやぁ。一度涼子ちゃんと飲みたいと思ってたんだよねー」
正志は下心丸出しの顔で嬉しそうに笑っている。正志が涼子ちゃん狙いというのは周知の事実のようだ。
「涼子が飲み会参加できるなんて珍しいよね」と千秋さん。
「私も涼子ちゃんと色々お話してみたいと思ってたから今夜は楽しみー」
と横の彩夏ちゃんも同調して言う。
「みんな注文はいつもので良いよね」
千秋さんがメニュー表を持って周囲に聞いている。姐御肌で仕切り屋だ。こんな時はありがたい存在である。
「ねぇねぇ、三谷くん」
目の前の彩夏ちゃんが僕の袖を引っ張った。
「中学、高校と一緒だった彼女と別れちゃったんでしょ?」
幼い顔立ちに派手な化粧、つけまつげをぱしぱしさせながら、上目づかいに僕の顔を覗き込んでいる。質問自体
は心の傷を抉り取るようなストレートだが、悪意のない表情に僕は攻める気にもならない。
「しかもしかも」
隣の千秋さんが乗っかってくる。
「初恋だったって本当なの?」
正志のやつめ、これは相当細かく話してるぞ。僕は肩をすくめて言った。
「初恋で、人生初めての失恋ですよ」
「うっわ。これはダメージ大きいよ」
「千秋姉さんにとっては、初恋なんて遥か昔の出来事ですよねー」
彩夏ちゃんがからかうように千秋さんへ言った。
「またそうやって年寄り扱い? もう、彩夏はいつもそう。まつげむしるぞぉ」
「あはは、ごめんなさい、やめてー。助けて三谷くーーん」
キャーキャーと千秋さんと彩夏ちゃんが騒ぎだした。その横で正志と涼子ちゃんは二人で楽しそうに話している。あいつめ。僕をダシにして涼子ちゃんを誘うのが目的だったんじゃないのか。
「三谷くん。はい、ビール持って、乾杯の音頭とってよ」
千秋さんが届いた注文を分けながら言った。
「今日は三谷くんが主役の残念会みたいなもんでしょ? 主役から一言お願いしまーす」
無茶な振りだ。だが、きっとバイト関係の話で盛り上がった場合、僕が混ざれないのを気遣っているんだろう。きっとそうだ。悪意はないはずだ。気遣ってくれてるんだ。そうに決まってる。僕はなんとか前向きに解釈してグラスを手にとった。
「えー、本日は、僕の失恋という大きな人類の歴史に残る出来事により、皆さんとこうして出会うことができました」
大げさな振りをつけたおかげで、彩夏ちゃんが「あはは、人類の歴史っておおげさ」と苦笑した。
「僕の失恋という歴史に、かんぱい!」
皆、カチカチとグラスやジョッキを合わせて合コンはなだらかにスタートした。
この時は気づいていなかったし、この後の未来なんて想像もしていなかった。
まだ話もしてない黒髪メガネの涼子ちゃんと、一緒に朝を迎えることになるなんて。