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運命の代償

作者:





「結婚しよう」


 僕の気持ちは本物だった。


「え・・・?」


 僕の目の前にいる彼女は、突然の僕の言葉に驚き目を見開いている。

 彼女は僕の人生のパートナーとして申し分のない素晴らしい女性だ。いや、それどころか、容姿・性格・相性、どれも理想的過ぎて、彼女以外の女性など考えられなかった。

 交際した期間は決して長いとは言えなかったが、彼女を知るには充分な時だった。


「ありがとう・・・私、すごく幸せよ」


 彼女は感極まって、泣き出してしまった。僕はそっと彼女を抱いてやり頭を撫でる。艶やかな黒髪はさらさらとしていて心地よい。


「君と出逢えて良かった。今思えば、あの出逢いは運命だったのかもしれない」


「そうね・・・きっと」


 彼女は僕を手放さないといわんばかりに強く、強く抱き締めてくる。そして僕も、抱き締め返してやる。

 絶対に幸せにしてあげよう。

 僕は心に誓ったのだった。





 その日、僕は会社の営業で外回りをしているところだった。

 春だというのに、街はまだ冬の寒さを残している。


「はあ・・・なにやってんだろ、俺」


 彼女イナイ歴24年を迎える僕は、いつのまにか学校を卒業し、いつのまにか今の会社に就職していた。

 取り立てて取り柄のない僕は平凡な生活をだらだらと続けているのだった。

 

『アンタみたいのは若いうちに早く嫁を見つけないと、先は厳しいよ』


 と、お袋は僕をたしなめる。


「俺だって、好きで一人なんじゃねぇっつの・・・うう」

 不意に冷たい春風が吹きつけ、僕は身を縮めた。

 

 と――


「・・・高橋くん? 高橋くんだよねっ!?」


 突然声をかけられ、僕は驚いて声の主を探す。

 すると、目の前に一人の女性が笑顔を浮かべて立っていた。

 

「どうして俺――私の名前を?」


「覚えてない?」


 僕の営業口調に彼女は一転、寂しそうな表情を浮かべた。

 

 待て。

 

 僕は彼女を知っている・・・思い出せ・・・!


「――! 松浦さん!?」


 そうだ。彼女の名は松浦 奈々子。


「よかったぁ・・・思い出してくれた?」


 松浦さんは、ほっと胸を撫で下ろし、笑顔を見せてくれた。

 そう。笑うと口の端に八重歯が見えて男子に人気だった。


「背、高くなったね! ちょっとわかんなかったよ」


 僕の憧れの、初恋の女の子だ――





 再会を果した僕たちは、すぐに連絡先を交換し、その場は別れた。

 僕自身は、現実的に考えてもう会うことはないだろうと勝手に諦めていた。


 しかしその後なんと、彼女の方から連絡があり、驚いたことに僕は、彼女に告白されてしまった。


「お、俺なんかでいいの? なんで?」


「私ずっと好きだったんだよ・・・勇気がなくて、伝えられなくて・・・結局、卒業したら学校も別々になっちゃったね」


 もしや騙されているのではと、疑心暗鬼に駆られる僕だったが、彼女はそんな事をするような娘ではない。つまらない考えはすぐに捨てた。

 僕はもちろん、喜んでOKの返事をし、彼女と交際する事となった。人生、捨てたもんじゃない。





「あ、ねえ! あれ乗ろうよっ!」

「わかったわかった、急かすなって」


 時が過ぎ、僕たちの仲は親密なものへと変わっていた。

 今日は約束をしていた遊園地でデートをしているところだ。

 無邪気にはしゃぐ彼女は、まるで子供のようだ。

 しかしこれでも料理の腕は一品で、いつも僕の舌を唸らせてくれる。


 本当に、理想的な女性だ・・・。何から何まで、僕が望む全てを持っている。


 そんな夢のような日々が過ぎていった。






「結婚しよう」


 僕は給料を半年間貯めた金で買った指輪を、彼女に見せて言った。


「え・・・?」


 夜に突然公園に呼び出され、何の話をされるのか不安がっていた彼女だったが、僕の言葉を理解すると目の端に涙を溜めて微笑みを浮かべる。


「ありがとう・・・私、すごく幸せよ」


 半年間付き合い、僕は本当に彼女を好きになっていた。

 いや、彼女を本当に愛していた。


「ずっと、一緒だよ」


 僕は彼女に優しく口付けをする。


 一生、彼女を護り続けよう。そう僕は心に誓った。





 悪いことは突然にやって来る。


 プロポーズをしたその翌日から、彼女に連絡が取れなくなってしまったのだ。携帯電話はいつも留守電だし、住所は知らないのだった。


 一体どうしたと言うのだろう。


「やっぱり、少し早かったのかな・・・まだ迷っているのかもしれない」


 そう自分に言い聞かせ、彼女からの連絡を待ち続けた。



 一週間が過ぎ、彼女から連絡はなかった。


「はあ・・・どうしてだろう・・・」


 仕事を終え、マンションに帰宅した僕は、ため息を着いてふと、何気なく郵便受けを見た。


 すると白い封筒が一通、入っているではないか。


「もしかしたら、手紙をくれたのか?」


 差出人を確認してみるが、未記入だった。

 彼女がわざわざ手紙をよこすなんて考えにくいが、今はそうあってくれと祈るばかりだった。


 急いで自室に戻った僕は、封筒を開け、さっそく目を通す。


「・・・・・・これは・・・そうか・・・」


 その文面を読み終えたとき、僕は愕然として立ち尽くしていた。


 しかし、心はすでに、一つに決まっていた。





「じゃあ、行って来るよ」


 僕は会社に出勤するため、朝早くから家を出る。


「いってらっしゃい! 頑張ってね」


 玄関から顔を出したのは彼女だった。いつもの変わらぬ笑顔で僕を見送る。

 僕はにっこりと微笑んで、意気揚々と会社へと向かう。

 

 僕と彼女は結婚していた。子供ももう、彼女のお腹の中にいる。


 僕は彼女に出会えて良かった。きっと神様のくれた運命のプレゼントだったのだ。


 僕は、幸せだ。



 ―拝啓―


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 前半と後半の落差が おもしろいと思いました。 読み終わった後 ゾクッとしました。 また楽しみにしています。ありがとうございました。
2007/06/04 23:41 宮薗 きりと
[一言] ありふれたラブストーリーと思いきや最後のオチ。とても良かったです。
[一言] 時系列が前後する部分があり少々混乱しましたが、それを除けば読みやすい作品だと思います。 (以下ネタバレあり)  認識や記憶を操作された状態での幸福を取り扱った作品は多いですが、ここまで短…
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